【放課後の教室】
終業の鐘が鳴ると同時に、教室内は騒めきに包まれた。
「織斑くーん! 一緒に帰りませんか?」
「あっ、私もっ!」
四方八方から押し寄せる女子生徒の波。その中心で、織斑一夏は必死に手を振り上げる。
「ちょっ……待て待て! みんないっぺんに話しかけたら分かんないって!」
「みんなごめんなさいね。織斑さんは私が借りていきますので」
凛とした声が割って入る。副担任の山田麻耶が腕時計を見ながら言った。
「織斑くんはこれから特別訓練です。全員解散してください」
「ええ~……」
「ズルい……」
不満を漏らす女生徒たちを尻目に、麻耶は一夏を引っ張るように廊下へ連れ出した。
「あの……山田先生? 訓練ってどこでやるんですか?」
「地下のシミュレーション・アリーナです。専用機持ちの皆さんが使ってる特別棟。織斑さんは今日からそこで訓練です」
「専用機持ち……? もしかして……」
「ええ。セシリア・オルコットさんと――それから篠ノ之箒さんも参加されます」
一夏は思わず固唾を飲んだ。セシリアはもちろんのこと、幼馴染の箒と面と向かって訓練するというのは複雑な心境だ。
「あの……それって何か意味が?」
「意味、と言いますか……織斑くんがクラス代表になるかどうかが懸かっていますので」
麻耶は小声で付け加えた。
「実際のところ、織斑くんとセシリアさんのどちらが代表になるかで学園全体の注目度が変わります。ですから――」
「圧力がかかったんですね」
「正直言うと……ええ」
申し訳なさそうな表情を浮かべる麻耶に、一夏は苦笑した。
「大丈夫です。俺だって男ですし」
「ありがとうございます。ただ――」
階段を降りきったところで麻耶は立ち止まる。
「織斑くんはまだISの基本操作すらままならない状況です。ですから今日の訓練は『模擬戦』ではなく『指導』が目的になります」
「指導? 誰が教えてくれるんですか?」
一夏が尋ねると同時に、奥から聞き慣れた声が響いた。
「もちろん私がやる」
鋭い切れ味を持つその声の主は――
「織斑先生……!」
金属製の隔壁扉が開くと同時に姿を現したのは、姉であり担任教師でもある織斑千冬だった。
【シミュレーション・アリーナ】
地下深くにある巨大空間は青白いLEDライトに照らされ、まるでSF映画のセットのような雰囲気を醸し出している。
「ここが……シミュレーション・アリーナ?」
一夏は感嘆の声を漏らしながら辺りを見渡した。壁一面には無数のモニターが並び、中央には直径五十メートルほどの円形リングが浮かび上がっている。
「織斑一夏。さっさと着替えろ」
千冬が冷徹な目で促す。
「は、はい!」
慌てて更衣室へ向かう一夏。十数分後、真新しいスーツを身につけた彼が戻ってくると、既にリングの上で準備運動をしている金髪の少女がいた。
「ようこそいらっしゃいましたわね。織斑さん」
セシリア・オルコットは丁寧に挨拶を送るものの、その蒼い瞳には一切の迷いがなかった。
「さっそくですが――」
「待て」
割り込んだのは千冬だ。彼女は腕を組みながらリング中央へ歩み寄る。
「セシリア・オルコット。そして篠ノ之箒」
奥から現れたのは真紅のコートを羽織った長い黒髪の少女――箒だ。
「織斑一夏の基本訓練は今日から本格化する。ただし……」
千冬は三人を見据えながら告げた。
「最初の六日間は基礎動作の定着のみ。七日目に模擬戦を行い、勝者がクラス代表となる」
「了解しましたわ」
「承知」
セシリアと箒がそれぞれ頷くなか、一夏は困惑の表情を浮かべる。
「な……七日後って……明日じゃないですか!」
「正確には残り六日四時間十七分だ」
千冬は腕時計を確認しながら続ける。
「ISの起動ログを確認したところ、織斑一夏の素質はかなり高い。問題は経験値と――」
その瞬間。
「織斑先生!」
麻耶が駆け込んできた。
「大変です! 第三アリーナで暴走機が出現! しかも……」
「IS学園内部で暴走だと?」
千冬の眉間が険しくなる。
「所属不明の無人機です。制御系が破壊されており外部からの干渉を受け付けません!」
ざわめくスタッフたち。千冬は即断する。
「緊急出動体制を敷け。セシリア・オルコットと篠ノ之箒は出撃準備」
「了解しましたわ」
「任せてください」
二人は素早く退場する。
「織斑一夏。お前はここに残れ」
「えっ!? でも……」
「お前の機体〈白式〉はまだ初期設定中だ。出撃は危険すぎる」
千冬の言う通り、一夏専用の試作型IS〈白式〉は届いたばかりで、システムの最適化も完了していない。
「分かってますけど……」
唇を噛む一夏。その時――
「織斑君!」
突如、モニターが真っ赤に染まった。
「第三アリーナの無人機……急速にこっちへ接近中です!」
麻耶の悲鳴に近い報告。
「なんだと!?」
千冬がモニターを睨む。その画面には黒い外骨格を纏った人型の影が映し出されていた。
「この形状……聞いたことのないタイプだ」
次の瞬間。天井を貫く轟音とともに白い光が炸裂した。瓦礫と砂埃が舞うなか、黒い影がゆっくりと着地する。
「IS……なのか?」
一夏は息を呑む。目の前に立つそれは人間の形をしていながら、明らかに異質だった。
「識別コード未登録。国籍不明。武装認証も不可」
管制官が絶望的な声で呟く。
「織斑先生……!」
一夏は拳を握り締めた。
「こんな時に俺にできることは……」
「織斑一夏!」
千冬が叫ぶ。
「待機命令を破れば退学だ。分かっているな?」
「それでも俺は……!」
一夏は床に横たわる〈白式〉のパッケージへ走る。まだ起動可能か分からないが、今の自分が守れるものを守るしかない。
(一夏……!)
どこかで微かに響いた声。それが誰のものかも確かめる暇なく、彼はスイッチを叩き込んだ。
「――起動。」
青白い光が迸る。全身を包む感覚は初めてでありながらも奇妙に馴染んだ。
「織斑くん……まさか本当に!?」
麻耶の驚愕の声。一方、千冬は険しい表情のまま腕を組む。
「……好きにしろ。責任は私が取る」
「ありがとうございます!」
一夏の背中に装着された純白の鎧が唸りを上げる。
「行くぞ……!」
「来るな!」
突然の警告。黒い機体から放たれたレーザーが床を抉る。回避した一夏の目前で爆炎が花開いた。
(速い……けど)
(狙いは甘い!)
本能に任せて踏み込む。刃を抜いた
〈雪片弐型〉が鈍い輝きを放つ。
「うおおぉぉっ!」
一閃。黒い装甲が火花を散らし――
(今のは浅かったか)
機体の軸をわずかにずらした相手に対し、追撃を加えようと加速した瞬間。
「待ってください!」
蒼い閃光が飛び込む。セシリアの〈ブルー・ティアーズ〉だ。左右のスラスターから青い光条を撒きながら、二機の間に割って入る。
「織斑さん……なぜ戦場に……!」
「先生から許可を得た」
嘘ではない。千冬は止めなかった。
「そういう問題ではありませんわ! 貴方はまだ初搭乗でしょう!?」
「それでも……目の前で仲間が危険なら、動かないわけにはいかない!」
一夏の言葉にセシリアは一瞬息を詰まらせた。
「……分かりましたわ。でも私の指示に従ってください。あれは普通の機体ではありません」
「ああ」
頷く一夏。その時、黒い機体が高速旋回し始める。
(まずい……!)
直感に従い跳躍。足下で爆発が起こる。飛び散った破片がアリーナの壁面を削る音が響いた。
「織斑さん! 後方五メートル!」
セシリアの警告と同時に背筋に冷たいものが走る。咄嗟にブースターを噴かせた矢先、前方からレーザーの嵐が迫った。
「くそっ……!」
急旋回で避けつつ反撃態勢。雪片を構え――
(まだだ……まだ冷静になれ)
荒くなる呼吸を抑えながら隙を探す。
「ブルーティアーズ!」
セシリアの指示と同時に青いエネルギー弾が四発、敵機めがけて放たれる。三発は躱されたものの一発が右腕を掠めた。
「今ですわ!」
その言葉に呼応して一夏は突進する。黒い装甲の継ぎ目へ狙いを定めて……
「……やるな」
低い声。敵機のコクピットと思われる部分から人影が見えた気がした。しかしそれは刹那の幻のように掻き消える。
(なんだ……?誰かいるのか?)
混乱する思考を振り払いながら刃を振るう。しかし相手の動きは予想以上に俊敏で、
「当たらない……!」
「ならばこれですわ!」
セシリアがエネルギーレーザーを連射。複数の光線が交錯し黒い機体を追い込む。一夏はその隙を突いて側面から急襲した。
「もらったぁ!」
「それはこちらの台詞ですわ」
セシリアの援護射撃が完璧に機能し、ついに一夏の斬撃が敵機の左肩を捉えた。
火花が飛び散り、金属の軋む音と共に黒い装甲が砕け落ちる。
「もう少し……!」
追い討ちをかけようとした瞬間。相手の瞳孔のようなセンサーが赤く光った。
(来る……!)
咄嗟に防御姿勢を取る一夏。次の瞬間――
凄まじい衝撃波がアリーナ全体を揺さぶった。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされそうになる一夏。何とか空中で姿勢を立て直すと、先程まで敵機がいた場所に大きな亀裂が走っているだけだった。
「逃げられた……?」
「いいえ」
セシリアが険しい表情で分析する。
「自己保存モードに入ったのでしょう。コアデータさえ奪われなければ意味はありません」
一夏は安堵と悔しさがない交ぜになった感情を抱えながら、静かに降下した。
「ありがとう。セシリアさん」
「礼を言うのは早いですわ。まだ何も解決しておりません」
確かに。謎の襲撃者の目的も正体も不明なままだった。
「とにかく……今日はここまでだ」
管制室のスピーカーから千冬の声。
「全員待機解除。織斑一夏。貴様は医務室へ行け。簡易チェックが必要だ」
「分かりました」
一夏は頷きながらも、どこか納得いかない気持ちを抱えていた。
(あれは何だったんだ……)
モニターに映る破損した黒い装甲の破片を見つめる。そこには未知の紋章のようなものが刻まれていた。
「これは……」
背後でセシリアが呟く。彼女もまた異常な緊張感を漂わせている。
「これから忙しくなりそうですわね」
二人は視線を交わし合う。その眼差しには共に戦い抜こうとする決意が宿っていた。
【幕間:管制室】
モニター越しにアリーナの様子を見守っていた千冬は小さく息を吐いた。
「やはり……来るべき時が来たか」
「織斑先生……あの黒い機体は?」
麻耶の問いに千冬は淡々と答える。
「詳細不明。だが確かなことがある」
「なんです?」
「奴らは我々の想像を超えた存在だ。そして織斑一夏……あいつは重要な鍵を握っている」
千冬は遠ざかる白い機体を目で追いながら呟いた。
「全ての真実を解き明かす鍵をな……」