・その神には目的がある。
・その世界には神に選ばれた12の種族がいる。
・12の種族は、神から不定期で異世界での巣作りを要求される。
・巣作りの条件は以下
+巣作りは、100歳を迎えた時に右手に印が授けられた男が150歳の時に開始すること。
+神から授けられるエンジンコアを異世界に設置してそこを巣とすること。
+巣作り開始から10年に一度、元の世界とつながるため、100年以内に番を作ること。
+巣作り開始から100年に一度、神より巣の評価を受け、C評定以上であること。
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「……次、ゴクウ。前へ」
白磁のように滑らかな肌と、見透かすようなエメラルドの瞳を持つ鼠人族の教官、シリスが冷淡な声で名簿を読み上げた。
猿人族の少年ゴクウは、重い足取りで魔力盤の前に立ち、自身の魔力を注ぎ込んだ。
神学校――それは、世界各地から「神に選ばれた十二の種族」の代表たる男たちが集められ、150歳の成人式を迎えるその日まで「巣作り」の基礎を学ぶための聖域である。
しかし、この聖域に平等という言葉は存在しない。
龍人族や虎人族といった、神の寵愛と強大な魔力を生まれ持つ上位種が絶対的な権勢を誇る一方で、魔力も腕力も乏しい猿人族は、同じ神に選ばれた十二種でありながら下位種として徹底的に虐げられていた。
かつては独自の領土を持っていたとされる彼らも、今や生息数一万頭にまで激減し、上位種たちからはただの数合わせの底辺として見下されているのが現実だった。
今日、神学校の実技訓練棟では、明日に成人式を控えた生徒たちの最終的なシミュレーション試験が行われていた。
部屋の中央に鎮座する巨大な魔力盤。
そこには、術者の魔力波長を読み取り、箱庭のような仮想の空間をホログラムとして投影する高度な古代魔法が編み込まれている。
支給された擬似エンジンコアから得られる【EP(エンジンポイント)】を消費し、仮想の敵を想定した『防衛陣地』を構築してコアを護り抜く。
術者の魔力や血統の格がそのままEPの初期値や変換効率に直結する、残酷なまでの実力測定である。
ゴクウが魔力版に全ての魔力を注ぎ込み、盤上に浮かび上がったのは、彼の持つ絶望的なまでに少ないEP――【110 EP】という数値だった。
試験での仮想敵は、Cランク相当の『ドスゴブリン』の群れ。
ゴクウは震える手で盤面を操作し、なけなしのリソースを絞り尽くす。
敵の足止め用に最弱の魔物である【スライム(コスト:50 EP)】を召喚し、その背後に微小なダメージを与える【粗悪な木の刺罠(コスト:50 EP)】を設置。
そして最後に残った10 EPで、ひざ丈ほどの不格好な土の壁【泥のバリケード(コスト:10 EP)】をコアの前に具現化させ、そのすぐ後ろに、最終防衛ユニットとしてゴクウ(アバター)を配置した。
防衛の基本である「遅延と削り」、そして自らの身を呈してコアを護るという、彼なりの精一杯の陣形だった。
『――仮想試験を開始します』
無機質な音声と共に、盤上のホログラムでゴブリンの群れが突撃を開始する。
最弱のスライムは、ゴブリンの蹴り一発で破裂して消滅。
続く木の刺罠も、ゴブリンの足裏をわずかに傷つけるだけで、容易くへし折られてしまう。
そして最後の一時しのぎである泥の壁も、粗末な棍棒が一度振り下ろされただけで土煙となって四散。
防衛ユニットとして構えていたゴクウのアバターまでもが、呆気なく吹き飛ばされてしまった。
現実はあまりにも残酷だった。
――パァンッ!
歩みを止めることすらなくゴブリンの群れは擬似コアに群がり、それを無残に叩き割る。
『――コアの破壊を確認。防衛失敗。』
判定音が訓練棟に響き渡り、盤上のホログラムがふっと掻き消えた。
配置の工夫など、圧倒的なステータス差の前では何の意味も持たない。
ほんの数分で蹂躙された現実を前に、ゴクウは力なく両手を下ろし、じっとうつむくしかなかった。
「……これが、あなたの想定する『防衛陣地』ですか? ゴクウ」
背後から、大気を凍らせるようなシリスの冷たい声が降ってきた。
次回の評価会で審査員も兼任する彼女は、手元の記録板に容赦なく不可の烙印を刻みながら、深い溜息をついた。
「最弱のスライムに、腐った木の罠。そんなもので魔物の進軍を止められるとでも? 小手先の工夫をしたところで、ユニットも罠も低品質すぎて意味を成していません。これでは、本番の評価会でどの女も見向きもしませんよ。いえ、評価会まで生き残ることすら不可能です」
「はっ! 防衛だと? 冗談だろう! ゴブリンの足裏をマッサージして泥遊びをしただけじゃねえか!」
教官の辛辣な言葉に、横から無遠慮に割り込んできたのは生徒の一人――上位種筆頭たる龍人族の代表、アグニカだ。
2メートルを優に超える巨躯、燃え盛るような真紅の髪と二本の角。圧倒的な種族の格を持つ彼は、周囲の空気を陽炎のように揺らめかせながら、ゴクウを豪快に嘲笑う。
「そんなゴミを並べるためにEPを消費するくらいなら、裸で土下座でもして魔物に命乞いをした方がマシだぜ! なぁ、猿!」
周囲の生徒たちからも、一斉に嘲笑が沸き起こる。シリスは、アグニカたちの露骨な侮蔑を咎めようともしない。
上位種と下位種の間にある絶対的な壁の前に、弱者には種族としての尊厳すら与えられないのが、この世界の理だった。
ゴクウは一言も反論できず、右手の甲に深く刻み込まれた黒い『印』を隠すように左手で固く握りしめ、逃げるように訓練棟を立ち去った。
【Tips:評価会と『印』について】
神に選ばれた代表の男は、150歳の『成人式』の日に神からエンジンコアを授かり、異世界にて己の巣を作成する義務を負う。
女たちは10年に1度の『巣作り評価会』にて審査を行い、番(つがい)を決める。
評価会の最低合格ラインは「Bランクの魔物」を無傷で完封すること。
選ばれた男の右手には100歳の時に決して消えない『印』が刻まれる。
その夜。
静まり返った神学校の薄暗い寮の自室で、ゴクウは一人、冷たいベッドの端に腰掛けていた。
窓から差し込む青白い月明かりが、彼の足元に濃い影を落としている。
「……明日だ。明日で、俺は終わる」
絞り出すような声は、絶望に染まりきっていた。
今日のシミュレーションの通り、自分のEPではBランクの魔物に対抗する陣地など到底構築できない。
惨死するか、評価会で永遠の恥辱を受けるかの二択しかない。
逃げ場のない現実。
刻一刻と破滅の時が迫り、恐怖と無力感で彼の精神が完全に限界を迎えたその瞬間だった。
――ガァァァァンッ!!
ゴクウの脳天に、巨大な落雷が直撃したかのような凄まじい衝撃が走った。
「あ、が……ッ!?」
床に転げ落ち、頭を掻き毟る。
視界が激しく明滅し、異質な『記憶』の濁流が脳髄を乱暴に蹂躙していく。
(……なんだ、これ……?)
冷たい石造りの床の感触が消え、ふかふかとした黒い合成皮革の椅子の感触が重なる。
窓から見えるはずの二つの月の光が、まばゆく発光する4Kモニターの光へとすり替わる。
耳鳴りに混じって、小気味良いキーボードの打鍵音と、エナジードリンクの甘ったるい匂いが脳を焼いた。
『Congratulations‼ World Rank : No.1‼』
画面に表示されたその絶対王者の称号がフラッシュバックした瞬間、ゴクウは全てを思い出す。
「はぁっ、はぁっ……俺は……ゴクウ……猿人族の……。いや、違う……俺は……」
彼は震える両手を目の前にかざした。泥に塗れ、魔力も通わない脆弱な手。
だが、記憶の中の自分は、この手でマウスを握り、何万時間もかけて数千、数万の魔物の大軍を完璧な計算で殲滅し続けていた。
混乱の中で、先ほどのシミュレーションの記憶が不意に蘇る。
【スライム:50 EP】【木の刺罠:50 EP】。そして、敵の波状攻撃のタイミング。
「……コストの数値、魔物の挙動……。全部、全く同じだ」
ただの偶然ではない。
この世界の絶対的な法則、評価の基準、巣作りのシステム。
そのすべてが、前世の自分が人生の全てを懸けて頂点を極めたゲーム『巣作りエンジン』の仕様と完全に一致している。
数十分の時間をかけ、バラバラだった二つの記憶と人格が、冷たいパズルのようにカチリと噛み合った。
荒い息は次第に落ち着き、床から立ち上がった彼の瞳から、先程までの怯えと絶望は完全に消え去っていた。
そこにあるのは、底知れぬ狂気と、冷徹な計算が渦巻く異様な光。
「……なるほどな。ただの理不尽な世界だと思っていたが、世界の法則があの『巣作りエンジン』、しかもレジェンドモードと全く同じなら話は別だ」
ゴクウは現状を極めて冷静に分析し始めた。
このまま明日を迎えれば、間違いなく自分は死ぬ。
Bランクの魔物を相手に、スライムや木の罠しか置けない猿人族のEPでは、まともな防衛陣地など組めない。
だが――この世界が前世でやり込んだゲームと全く同じシステムで動いているのなら、自分の中にあるトップランカーとしての知識を使えば、この詰み切った盤面を強引にひっくり返せる。
地形の起伏や死角を利用した緻密な射線誘導、モンスターの思考AIの穴を突いたハメ技、微小なダメージのトラップをミリ単位で重ねて引き起こす無限コンボ。
前世で数万時間を費やして編み出し、世界中のプレイヤーを戦慄させた狂気的な戦術の数々や数多のバグ・裏技などを駆使すれば、たとえレジェンドモードで110 EP(ノーマルでも5000EPはある)しかなくとも、評価会をやり過ごし、生き延びる道筋などいくらでも描けた。
「いや……戦術だけじゃない」
ゴクウの瞳に、さらなる強烈な野心の光が宿った。
ただ生き残るだけではつまらない。
もしこの世界のありとあらゆる法則がゲームと完全にリンクしているのなら、ゲーム内における「種族ごとの裏設定」すらも現実で再現できるのではないか。
彼は、自分たち猿人族に隠されたゲームの裏設定を熟知していた。
『巣作りエンジン』の猿人族。
イージー、ノーマルモードでは選べず、ハード、レジェンドモードでのみ選択できる種族。
その中でもレジェンドモードの猿人族のみ隠し設定がある"とされている。"
ゲームの攻略本に書かれていた裏設定に、猿人族の真なる姿『魔猿(まえん)』について書かれていた。
>最弱と馬鹿にされる猿人族だが、その真の姿は数千年前まで大地を支配していた超越種『魔猿』である。
>祖先が暴れ過ぎたため、神によってその力は血脈の奥底に幾重にも封印された。
>ゲームにおける魔猿の封印解除条件はレジェンドモードで「HPが最大値の1%未満になった瞬間、かつ死亡していないこと」。
>さらに、その極限状態において小数点以下の極めて低い確率で、防衛本能の暴走により『魔猿』の姿を取り戻すことがある。
>この隠しギミックを使った猿人の真なる姿は君の目で確かめてくれ!!!!
この隠しギミックは、半ば都市伝説のようなものだった。
システム上、プレイヤーが自キャラクターに意図的な『自傷ダメージ』を与える手段が存在せず、敵の攻撃による被ダメージには常に「乱数」のブレが絡む。
乱数調整によってHPを意図的に「1%未満」という極小の数値で寸止めできたとしても、更に小数点以下の確率を引き当てるなどというのは、運任せの奇跡でしかなかったのだ。
前世の世界中の誰もが挑戦し、誰一人として成功しなかったため、「開発者の仕込んだダミーデータだ」「ただのデマだ」「誤植」とまで言われていた。
「だが……ここが『現実(リアル)』なら可能だ。敵の攻撃に頼らずとも、自身の魔力を暴走させて意図的に自傷すれば、乱数抜きのダメージを完全にコントロールできる」
ゴクウは即座に自分のステータスを表示させ、一切の躊躇なく自身の体内に巡る微弱な魔力(MP)を意図的に暴走させた。
本来、EPに変換するため外部へゆっくりと放出するべきエネルギーを、無理やり逆流させて自身の生命力(HP)そのものをゴリゴリと削り取っていく。
「ガハッ……!」
口から大量の鮮血が吐き出される。肉体が内側から破壊される凄まじい激痛に、一瞬で意識が白濁しそうになる。
トップランカー特有の異常な演算能力で、「秒間減少HP」から死神の鎌が首筋に触れるコンマ数秒前の極限のフレームを見極める。
「ここだ……ッ! 『微弱治癒(ヒール)』!!」
HPが1%を下回った瞬間に、ゴクウは残された魔力を振り絞り、生活レベルの回復魔法を発動させた。
致命傷を相殺し、死の判定をキャンセルしつつ、HPが1%を下回ったという事実(フラグ)だけをシステムに強引に刻み込む。
だが――何も起きない。
小数点以下の確率は、そう容易く引けるものではなかった。
「……くそっ。もう一回だ……!」
ゴクウは息を整え、回復魔法でわずかに持ち直したHPを、再び魔力の逆流によって削り始める。
1%未満まで削っては回復し、フラグが立たなければ再び自傷を繰り返す。
それは、自らの手で首を絞め、気絶する寸前で離すような、常人ならば一度でも発狂するであろう死の疑似体験の反復だった。
幾度となく命を削り、激痛にのたうち回りながらも、彼をこの狂気の作業に繋ぎ止めていたのは、もはや明日への恐怖などではなかった。
前世の圧倒的な戦術知識を取り戻した今の彼ならば、最弱の陣形でも巣作りを生き延び、評価会をやり過ごすことくらいは容易い。
彼を突き動かしていたのは、ただ一つ――『World Rank : No.1』にまで上り詰めた、トップランカーとしての執念と矜持だった。
誰も成功した者がいない、未踏の領域。
乱数というシステム上の壁に阻まれ、嘘か本当かの判断もつかず、世界中の誰一人として到達できなかった神話のフラグ。
だが、現実(リアル)となった今なら、自らの意志と緻密な計算でその壁を越えられる。
それを証明せずして、何が絶対王者か。
何百回と死の淵を反復するこの地獄の激痛すらも、前人未到のフラグを叩き折るための極限の『やり込み』に過ぎなかった。
――10回、50回、100回。
床は吐き出した血で赤く染まり、精神はとうに限界を超えていた。
やがて一晩中続いた狂気の反復の果て。
窓の外がわずかに白み始め、いよいよ成人式の朝がすぐそこまで迫った頃。
「ハァ……ハァ……ッ666回目!」
血反吐に塗れたゴクウは、極限の集中力で自身の致死ラインを見据えた。
3%……2%……。
「『微弱治癒』……ッ!!」
次の瞬間、血の匂いが充満する静まり返った寮の部屋で、彼の中の世界だけが激しく震えた。
『――条件達成を確認。隠しパッシブスキル【魔猿の血脈】をアンロックしました』
脳内に響く無機質なアナウンス。
かつての祖先たちが振るったような、天を衝くほどの暴力的なオーラがあふれ出す。
しかしゴクウの肉体から滲み出た「くすんだ金色のオーラ」は、外部へ爆発することなく、まるで彼自身の肌にへばりつくように極限まで圧縮されていく。
部屋の空気を揺らすことすらなく、ただ己の皮膚のすぐ下で、凄まじい密度と熱量を持った『神通力』が静かに、しかし確実に脈打っていた。
茶褐色だった髪は静かに逆立ち、凡庸だった瞳の奥底にだけ、太陽のごとき黄金の輝きが灯る。
頭頂部には物理的な角ではなく、彼自身にしか知覚できない禍々しい二本の角の幻影が確かな感覚として宿っていた。
周囲の物音ひとつ立てない、完璧なまでの静寂。
しかし、彼という存在の質量だけが、外界に一切の悟りを与えることなく、底なしの深淵へと変貌を遂げていた。
誰も到達しえなかった都市伝説を、狂気的な「やり込み」によって現実のものとしたトップランカーは、朝焼けが差し込む中でただ一人、己の手に宿る未知の力を確かめるように深く息を吐いた。
150歳の『成人式』の朝。
神々すら想定外のバグを内に秘めた最狂の猿人が、ここに誕生した。
【Tips:女性教官の存在について】
この世界において、男の構築した巣の防衛力を最終的に審査し、番(つがい)として相応しいかを見定めるのは女たちの役割である。
ゆえに神学校の実技教官には、評価の絶対基準を熟知した女たちが各国の評価委員会より指導者として派遣され、男たちの実力を冷酷に査定している。
当然だが全員番はいない。