人間に脳を焼かれた上位存在による世界改変に現代社会で国家が翻弄されていくタイプの話。なお上位存在は一切の誇張なくかませにもならないマジで最後まで強さランキング1位の最強龍とする 作:人見小夜子腹パン部
むかしむかし、あるところに、一匹の龍がおりました。
その龍には、名前がありませんでした。
帰るべき巣も、、自分が生まれてきた意味も、頭を撫でられた事もありません。
ただ、生まれ落ちたその瞬間から、腹の底には底の見えない真っ黒な穴が空いており、そこから絶え間なく突き上げてくる「飢え」だけが、龍の知る世界のすべてでした。
お腹が空いた。
お腹が空いた。
お腹が空いた。
龍は、その責め苦から一瞬でも逃れるためだけに、生きとし生けるものを喰らい続けました。
最初は取るに足らぬ小さな命。
やがては国を、王を、神を。
喰らったものの力と技を、そのまま己に積み上げる性質を持っていた龍は、喰えば喰うほど強く、巨大になっていきました。
そこに誇りも美学もありませんでした。
力のなかった頃は、か弱い少女に化けて同情を誘い、手を差し伸べた者を喰らいました。
自分より強い相手には、群れの上に立つ者に化け、恐怖と憎悪と損得を煽って巨大な戦を起こし、最後に残ったものだけを最も無駄なく喰らいました。
ただ、どうすれば最も確実に、最も少ない損耗で、最も多くの肉を胃袋へ収められるか。
その一点だけを考え抜く、氷のように冷たい合理性だけがありました。
やがて龍は、一つの世界にある命を血の一滴、肉の一片すら残さず舐め尽くしました。
それでも足りませんでした。
次なる餌場を求め、次元の壁すら喰い破り、別の世界へ渡ってはまた喰らい、また飢えました。
そうしてついには、宇宙そのものの仕様すら意のままに書き換えられる絶対の存在に至りました。
望めば、あらゆる現象を起こせる。
望めば、あらゆる概念を消せる。
けれども、どれほどの力を手に入れても、腹の底の黒い空洞が満たされることは、とうとう一度もありませんでした。
喰らって、噛み砕いて、飲み下して。
その直後に訪れる、瞬きほどの静けさ。
だがそれが過ぎれば、前よりもっと強い飢えが、内側から存在そのものを喰い破るように襲ってくるのです。
力が増せば増すほど、その巨大すぎる器を維持するための飢餓もまた深くなる。
どこまで行っても終わらない、生き地獄でした。
やがて、喰らうべき世界はなくなりました。
星々は消え、命は絶え、光すら失われ、宇宙にはただ一匹の龍だけが残りました。
何もない虚無の中で、もはや使い道のない全能だけをその身に纏いながら、龍はただ腹を抱えて身悶えしました。
お腹が空いた。
お腹が空いた。
お腹が空いた。
燃え上がる飢餓に内側から焼かれながら、最強の龍は、何もない世界で永遠に苦しみ続けました。
その果てしない龍生の中で、生きていてよかったと思えることなど、ただの一つも、本当に何一つとして存在しませんでした。
これが、すべてを終わらせるためだけに作られた泥の歯車、終末機構のお話。
めでたし、めでたし。
また別のところに、一人の人間の少年がおりました。
彼は、どこにでもいる、よく笑う子供でした。
焼きたてのハンバーグが好きで、夏には夢中でカブトムシを追いかけ、道端で剣みたいな枝を見つけては、それだけで一日幸せでいられるような子でした。
けれど世界は残酷で、彼は戦う役目を背負わされました。
彼の心の中には、「殺していい命」など一つもありませんでした。
人であれ、怪物であれ、傷つけば痛み、死ぬのが怖い命としてしか見られなかったのです。
それでも彼は剣を取らねばなりませんでした。
自分を愛してくれる人たちが泣く顔を、どうしても見たくなかったからです。
震える手で敵を斬り、自分の心の方を先に殺す。
その繰り返しの果てに、「最大多数の最大幸福」という美しい言葉は、彼を支える旗印ではなく、逃れようのない呪いになっていきました。
彼には、生まれながらの特別な才覚などありませんでした。
何度も叩きのめされ、何度も無残に負け、それでも立ち上がり続けたのは、高潔な使命感ゆえではありません。
自分が生き残ってしまったこと。
自分が誰かを斬ってしまったこと。
その命に対して、絶対に「無駄でした」とだけは言えないこと。
責任感と罪悪感だけが、彼を必要な力へと適応させ続けました。
彼の内側には、果てしなく続く荒野がありました。
そこには、これまでに奪ってきた命の墓が、地平線の彼方まで整然と並んでいました。
食事を口にしても、砂を噛むようで吐き気がしました。
眠れば、自分が殺した者たちの絶叫が夢の底から這い上がってきました。
そうして人間らしい欲求は、一つずつ壊れていきました。
残ったのは、生きて世界を救うためだけの機構でした。
そして長い戦いの果てに、彼の剣はひとつの機能へと歪みました。
それは、他者の苦痛を、すべて自分が肩代わりするという機能でした。
世界のどこかで病に苦しむ者の痛み。
理不尽な暴力を受ける者の痛み。
愛する者を失った者の絶望。
飢え、寒さ、恐怖、屈辱、後悔、悲しみ。
世界中のあらゆる苦痛が、見えない糸を伝って彼一人へ流れ込むようになったのです。
けれど彼は、それを拒みませんでした。
誰かが泣かずに済むなら。
誰かが少しでも楽になるなら。
自分が引き受ければいい。
そう思ってしまえる人間だったからです。
そうして長い長い年月が過ぎ、彼はただの、しわくちゃの老人になりました。
世界は平穏になっていました。
遠い町では、母親が子供のためにハンバーグを焼いていました。
夏の野では、虫かごを抱えた子供たちが笑いながらカブトムシを追いかけていました。
道端では、どこかの子が「剣だ」とはしゃぎながら、ただの枝を振り回していました。
誰も、そこに彼がいたことを知りませんでした。
知る必要もありませんでした。
誰かが全部背負って消えてくれたから、他の誰もそれを見ずに済んだのです。
彼は冷たい石の床の上で、独りきりで死にました。
看取る者はいませんでした。
呼ぶ者も、惜しむ者も、思い出す者もいませんでした。
息絶えた老人の顔には、この世のものとは思えない悍ましい笑みが浮かんでおりました。
ようやくすべての苦痛から解放された安堵だったのか。
壊れ切った精神が最後にたどり着いた狂気だったのか。
それはもう、誰にもわかりません。
ただ一つ確かなことは、彼が生涯をかけて守ろうとした「最大多数の最大幸福」という美しい数式の中に、彼自身の幸福だけは、最初から最後まで一片たりとも入っていなかったということです。
勇者ではなく、救済機構となり果てた哀れな彼は、そうして誰にも知られず、笑いながら朽ち果てました。
その人生の中で、生きていてよかったと思えることなど、戦う役目を背負ってから後、ただの一つも、本当に何一つとして存在しませんでした。
これが、世界を救うためだけに作られた血肉の歯車、救済機構のお話。
めでたし、めでたし。
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何故、一国の首相たる自分が、化け物から営業を受けているのだ。
転移は、あまりにも唐突だった。
首相官邸の最深部。
防諜、警備、動線管理、あらゆる意味で日本国内でもっとも侵入が困難なはずの空間に、何の前触れもなく『それ』は現れた。
体長三メートルほどの黒い龍。
ファンタジーの産物が現実に出現したことに対する、陳腐な困惑は湧かなかった。
その場にいた全員が、本能で理解したのだ。
これは未知の生物などではない。
全能の化け物であり、最悪の捕食者であり、終末そのものであると。
既知の物理法則など、この存在の前では何の役にも立たない。
未知との遭遇という言葉に付きまとう安っぽい浪漫すらない。
ただの、絶対的な死の顕現だった。
危機管理監は顔面を蒼白にしたまま声を失っていた。
安全保障担当の補佐官は、何かを言おうとして喉を鳴らしただけで終わった。
科学顧問は眼鏡の奥で目を見開き、理屈で理解したからこそ余計に動けなくなっていた。
SPたちは訓練された反射で前へ出ようとしたが、誰一人として銃に手をかけるところまで辿り着けなかった。
抜く、という発想そのものが、目の前の現実に対してあまりにも無意味だったからだ。
日本の頭脳と呼ばれる者たちが、揃いも揃って雷に怯える子供のように床にうずくまり、ただ震えていた。
だが、その絶望的な空間の中で、ただ一人。
総理大臣の頭だけは、恐るべき速度で回転を始めていた。
向こうがその気になれば、自分たちは全員、今この瞬間に死ぬ。
抵抗は無意味。逃走も無意味。
ならば残された道は一つ、交渉だけだ。
そもそも、こうして姿を現している時点で奇妙だった。
この怪物が本当に望むなら、日本政府など痕跡も残さず消せるはずである。
にもかかわらず、わざわざこの場へ現れ、わざわざこちらに認識できる姿を取り、わざわざ会話を始めようとしている。
そこには、少なくとも「意思疎通を行う理由」がある。
ならば戦いは、もう始まっている。
総理の戦場は武力でも神秘でもない。
例え全能の相手でも、それを振るうのは意思である。
この化け物に、人類を滅ぼす意思を持たせないこと。
それが唯一の勝ち筋だった。
脅威度を計算する。
たった今見せつけられた転移能力だけでも、現代文明にとっては致命的だ。
通信、金融、エネルギー、物流、行政。高度に相互依存した社会において、物理的障壁も、生体認証も、警備計画も、すべてを無視して急所へ侵入できるというだけで国家は成り立たなくなる。
仮に転移の際、周囲の質量も任意に運べるのなら、高高度から巨大質量を落とすだけで都市機能は消し飛ぶ。
極論、あの力ひとつあれば、喧嘩一つしたことのない自分でも世界を滅ぼせる。
ならば、なおさら交渉しかない。
総理は心の中で、必死に虚勢を張った。
全能の存在にすら、人間の外交という手札は通用するのだと見せてやる。
それは、武力を半ば放棄しながらも、知恵と調整と忍耐で平和と繁栄を維持し続けてきた国の代表としての、意地だった。
彼は戦場の英雄ではない。
だが、修羅場の利害調整だけは誰より多く潜ってきた。
怒鳴り合う派閥を宥め、敵対する省庁を妥協させ、地方と中央と企業と外国の思惑を、破綻しない形で一つの文書に落とし込む。
それがこの男の戦い方だった。
視界の端で、ひとつ影が動いた。
唯一、床から立ち上がった次官だった。
乱れたスーツの襟を正し、青ざめた顔のまま、それでも背筋だけは伸ばしている。
総理と目が合う。
無言の一瞬で、互いが同じ結論に達していることを理解した。
戦う。
ただし、言葉で。
総理は一歩前へ出た。
胸の内では心臓が嫌になるほど暴れていたが、そんなものは外交上の参考情報にならない。
深く、完璧な角度で頭を下げる。
「初めまして。日本へようこそ、龍様」
喉が張りつく。だが、声はどうにか平静を保っていた。
「我が国では、美味しい食事と最高のエンターテインメントであなたをおもてなしする用意がございます。どうか、まずはお話をお聞かせ願えますでしょうか」
一拍の沈黙。
その黒い龍は、あまりにも無機質な声で言った。
「交渉だ」
官邸の空気が凍った。
龍は続ける。
「半年後、日本にダンジョンというものを作る。それに伴い、魔術、レベルアップ、マジックアイテムという概念が世界に導入される」
誰一人、反応できなかった。
ただ、総理だけは即座にその単語群の意味を理解した。
立場上、自国のサブカルチャー事情にも一定の知識はある。と言うか普通に好きだった。
だからこそ理解できたし、理解できたからこそ、背筋が冷えた。
導入される、という言い方。
発見される、でも、発生する、でもない。
まるで新しい制度や規格を世界へ実装するかのような口ぶりだった。
龍は、そんな人間側の戦慄にも関心を示さない。
「今からやるのは、その際の混乱に対するチュートリアルであり、対価の前払いだ」
危機管理監が小さく息を呑んだ。
科学顧問は何か計算しようとして諦めた顔をした。
次官だけが、蒼白なまま一歩だけ前へ出る。
「確認させてください、龍様」
その声もまた、震えてはいたが崩れてはいなかった。
「それは、日本を実験場に選んだ、という理解でよろしいでしょうか」
「正しい」
龍は即答した。
「日本は実験場として効率が良い。治安、統治能力、識字率、インフラ密度、島国であること、創作物による概念受容性。初期導入環境として合理的だ」
愛着も敬意も、そこにはない。
ただ、条件評価だけがあった。
総理は内心で苦く笑いそうになった。
やはりそうか。
この怪物は、日本が好きだから来たのではない。
最も管理しやすく、最も壊れにくく、最も観測しやすいから選んだのだ。
総理は頭の中で、別の計算を始めていた。
ダンジョン。
魔術。
レベルアップ。
マジックアイテム。
もしそれが本当に世界へ導入されるなら、それは娯楽的な非日常の到来ではない。
文明の基盤そのものが改造されるという意味だ。
医療体系は変わる。
軍事バランスは崩れる。
教育制度は再編を迫られる。
資源と労働の定義が変わり、保険、治安、宗教、スポーツ、犯罪、外交、すべてが作り替わる。
国家予算の項目名からして書き換わるだろう。
そして最悪なのは、この怪物がそれを「良いこと」でも「悪いこと」でもなく、ただ仕様変更として告げていることだった。
次官が問う。
「その混乱への報酬、と仰いましたが」
「文字通りだ」
龍は虚空へ爪を向けた。
何もない空間が音もなく裂ける。
その裂け目から現れたのは、一振りの西洋剣だった。
装飾も過剰ではない。
むしろ異様なほど簡素で、だからこそ完成され切った凶器に見えた。
存在しているだけで、周囲の空間がその輪郭を避けているような錯覚があった。
龍はそれを、まるで事務机の上の資料を示すような気軽さで掲げた。
「スコルージ」
無機質な紹介だった。
「私の全能を極限まで圧縮した剣だ。破壊不可。万物斬殺」
言葉が軽すぎて、意味の方が遅れてやってくる。
龍は剣身を一度だけ傾けた。
照明が反射したはずなのに、その瞬間だけ光の方が刃を避けたように見えた。
「本来の用途は、宇宙的脅威や全能神のような対象を一撃で殺すことにある。不死性、再生、因果改変、位相逃避、自己定義の上書きなど、全能由来の防御機構をそれ以上の出力で押し潰して切断する」
淡々と、天気予報のようにとんでもないことを言う。
「殺しきれない別格の全能に対する対策として、麻痺、混乱、気絶、石化、即死、存在剥奪の状態異常を付与する」
総理の眉が、わずかに動いた。
状態異常。
その単語だけが妙にゲーム的で、しかし説明されている中身はどう考えてもゲームの範疇ではない。
その説明は、逆にこの剣の異常さを際立たせた。
総理は、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
要するにこの剣は、「殺す」ことに失敗した時の保険まで最悪なのだ。
龍は剣を虚空へ戻した。
そしてもう一つの選択肢を示すように、空中へ円を描く。
そこに、静かな穴が開いた。
向こう側には、夜の海が見えた。
潮騒まで聞こえる。
この官邸の地下深くにいるはずなのに、穴の向こうには確かに別の場所の現実が存在していた。
「転移ゲート」
龍は言う。
「世界の二地点を恒久接続する。設置座標は任意。接続先は地上、海上、地下、上空を問わない。直径、安定性、片方向制限の有無などは調整可能だ」
次官の顔色が、恐怖とは別の意味で変わった。
総理も同じだった。
剣は最悪の兵器だ。
だが、ゲートは兵器である前に、国家の位置そのものを書き換える。
物流が変わる。
エネルギー安全保障が変わる。
離島防衛、海運、航空、観光、貿易、災害救助、サプライチェーン、あらゆる距離の意味が消える。
同時に、国境もまた別の意味で消える。
地政学が根底から壊れる。
日本列島が海に囲まれているという前提すら、歴史的な偶然へと格下げされる。
「どちらか一つをやる」
龍は言った。
「剣か、ゲートか。これは日本への前払いだ」
「……何故、前払いなどというものを」
総理の口から、思わず問いが漏れた。
龍は総理を見下ろす。
その眼に、人類への愛は微塵もなかった。
哀れみも、慈悲も、保護者じみた責任感もない。
ただ、自らが提示した条件に対し、この知性体がどう合理的に動くのかを見届けようとする、静かな期待だけが底光りしていた。
「混乱は避けられない」
龍は答えた。
「だから、事前に利益を与える。そうすれば、君たちは混乱の中でも前進を選ぶ確率が上がる」
次官が小さく息を吸った。
総理は、心の中でその言葉を反芻する。
励ましではない。
信頼でもない。
ただの、行動予測だ。
それでも、その期待は確かにそこにあった。
人類を愛してはいない。
だが、人類の合理性には賭けている。
それは、この龍にとって最大限に近い好意なのかもしれなかった。
龍は、最後に簡潔に告げた。
「選べ」
官邸の地下に、重い沈黙が落ちた。
その中で総理は思った。
これ一択じゃないか?