人間に脳を焼かれた上位存在による世界改変に現代社会で国家が翻弄されていくタイプの話。なお上位存在は一切の誇張なくかませにもならないマジで最後まで強さランキング1位の最強龍とする   作:人見小夜子腹パン部

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第5話

 

 

格安で世界の廃棄物を引き取り、文字通り「無」へと還す。

日本政府主導の下、突貫工事で設立された『特区・静岡大穴管理機構』が本格稼働を始めたのは、会見からわずか数週間後のことだった。

 

資源を生み出すわけではなく、ただ「捨てるだけ」の穴。

しかし、それは現代社会において石油資源すら凌駕するほどの絶対的なカードとなった。

 

日本政府は「発展途上国の衛生環境改善とインフラ支援を優先する」という、誰も表立って反対できない人道的な建前を盾に、列強諸国からの一般ゴミの受け入れ枠を大幅に制限した。

これにより、アメリカや中国、ロシアといった大国は、自国の莫大なゴミ処理費用とリソースを軍事や宇宙開発に回して覇権を握るという目論見を、表向きは「人道上の配慮」によって完全に封じられた。

 

その一方で、輸送コストの採算を度外視してでも他国が頭を下げて持ち込んでくる廃棄物があった。

「高レベル放射能汚染物質」や「処理不能な特殊化学兵器」といった、量は少ないが国家の喉元に刺さった骨のような負の遺産である。

 

日本はそれらを、あえて『格安』で引き受けた。

 

恩を売り、弱みを握り、国家の生殺与奪の権の一部を握る。

かつて敗戦国として常に列強の顔色を伺っていた日本の国家としての尊厳は、皮肉なことに「世界のゴミ箱」となることで静かに、しかし確実に急上昇していった。

 

それは外交儀礼の細部にも滲み出た。

かつて日本へ当然のように要求を突きつけていた列強の使節たちが、今では静岡大穴管理機構の受け入れ枠を巡って、低い声で「ぜひ我が国分の優先枠を」と頭を下げてくる。

日本の官僚は、かつてなら考えられなかった静けさで、「まずは提出済みの機密保証協定の更新を」「追加の査察受け入れを」と条件を並べる。

相手は笑顔を保ったまま、それを呑むしかなかった。

 

最も汚い役割を握ることで、最も強い交渉力を得る。

そのねじれた構図こそが、新秩序の象徴だった。

 

さらに、国内における恩恵は計り知れなかった。

既存のゴミ処理施設に割いていた莫大な国家予算と人的リソースが解放され、次世代インフラへの投資へと回された。

何より、静岡へと続く全国的なゴミ輸送網の再構築により、運送業界や巨大倉庫ビジネスが未曾有の特需に沸き、長らく低迷していた日本の景気は劇的なV字回復のカーブを描き始めた。

 

それと同時に、この「穴」の存在意義と、背後にいる『ワールドエネミー(WE)』の存在は、世界中で狂信的なうねりを生み出していた。

 

いかなる質量を放り込んでも消失する神秘の穴は、小規模な新興宗教の御神体として崇められ始めた。

特にフランスを中心とするヨーロッパでは、この混沌の時代に現れた超越者を「新たな秩序の神」と解釈するカルトが一大勢力を築き、その神秘を一目見ようと、静岡周辺には連日、世界中から巡礼者と称する狂信者や野次馬が殺到していた。

 

国際社会において、日本が放つ「ルールを守らないなら、貴国のゴミは今後一切受け入れない」という静かな脅しは、核兵器以上の凶悪な抑止力として機能した。

列強が強引な手段に出ようとすれば、日本は巧みに「我々には、かの超常存在との友好的なパイプがある」という事実をちらつかせた。

たった一つの穴と、それに付随する輸送網の再構築がもたらした余波は、人類の社会構造そのものを不可逆の領域へと作り変えつつあった。

 

■■■■

 

翌日。総理官邸、地下の極秘会議室。

 

そこには、数週間前の会見直後とは比べ物にならないほど、疲労困憊し、焦燥しきった政府高官たちの姿があった。

 

円卓の上には、飲み干された栄養ドリンクの空き瓶、ぬるくなったコーヒー、冷めきった弁当の残骸、徹夜で更新され続けた議事録の束、静岡大穴管理機構の受け入れ枠一覧が積み上がっていた。

 

何人かはネクタイを緩めたまま、何人かは仮眠室から引きずり出されたばかりの顔で、誰も彼も目の下に濃い隈を作っていた。

穴の利権と、龍の威光、そして偽物の『スコルージ』のレプリカによるハッタリで世界を牽制し続けるのにも、限界が近づいていた。

 

「……ダンジョンだ。それに付随するレベルアップと魔術の概念……。一体どう対応すればいいんだ!」

 

防衛大臣が、充血した目でテーブルを叩いた。

 

「斬首作戦に使えるような特異能力者が、諸外国で、あるいは国内のテロリストから生まれたらどうする!? 魔術? 不確定要素が多すぎる! もし『蘇生』や『空間転移』、あるいは機密情報を筒抜けにする『完全翻訳』なんていう概念爆弾が民間レベルでばら撒かれたら、国家の安全保障など一瞬で瓦解するぞ!」

 

「落ち着いてください、大臣。まだ導入の時期までは猶予が……」

 

次官が宥めようとするが、極度の緊張と睡眠不足が続く官僚たちは、もはや理性を保つのがやっとだった。

会議室は、パニック一歩手前の感情的な怒号に支配されようとしていた。

 

その時だった。

 

「――随分と熱心だな」

 

空気が、凍りついた。

 

特注の防音扉も、生体認証も、一切作動した形跡がない。

誰も入室音を聞いていない。

誰も気配を感知していない。

 

なのに、気づいた時には、円卓の端、空いていたはずのパイプ椅子の上に、灰色のショートボブの少女が、ちょこんと体育座りをして皆を見つめていた。

 

まるで、最初からそこにいたかのように。

 

「ひっ……!」

「あ、龍様……」

 

誰かの喉が情けない音を漏らした。

総理が慌てて立ち上がり、深く頭を下げる。他の閣僚たちも弾かれたように立ち上がり、一斉に平身低頭した。

 

「申し訳ありません。未知の事態を前に、我々としたことが感情的になり……合理的でない醜態をお見せしました」

 

総理の謝罪を聞き、龍は不思議そうに小首を傾げた。

そして、あの徹底した合理性を重んじる化け物は、意外な言葉を口にした。

 

「合理的でない? なぜそう思う。合理だって、意志が無くては動かない」

 

無機質な声が、静まり返った会議室に響く。

 

「全ての合理的な行動は、結局のところ『何かをしたい』という強い衝動を満たすために起動させるものだ。故に、極限状態で感情的になること自体は、種の生存戦略として極めて合理的だ。君達が気づいていないだけで、今のように感情を表に出し、危機感を共有して脳を活性化させる行為は、目的を満たす為の役に立っているのだろう」

 

龍は淡々と続ける。

 

「また、『感情的になるのは合理的でない』などという冷静ぶった言説も、そうやって感情的な人間を見下して自尊心を満たしたいという、合理性を満たす為の手段に過ぎない。君たちの行動に、無駄はない」

 

総理たちは呆然とした。

 

全宇宙を喰らい尽くした終末の存在が、人間心理の根源的な肯定をしている。

それも、甘やかしではなく、徹底して冷えた理路のままで。

 

この龍は、感情を否定しない。

むしろ、合理を駆動させる燃料として肯定しているのだ。

その理解の深さが、逆に恐ろしかった。

 

「……は、はあ」

 

誰かが、間の抜けた返事を漏らした。

誰も笑えなかった。

 

「それにしても……なるほど、君達はあの穴の『合理性』を、そう使ったか」

 

「……正解、ではなかったのですか?」

 

総理が恐る恐る尋ねる。

あの穴をゴミ箱にし、他国の首輪として使うという誘導に乗ったのは自分たちだが、龍の意図を履き違えていたのなら即座に消し飛ばされる。

 

「別に、他の手段もあったというだけだ」

 

龍は虚空を指でなぞった。

 

「例えば、君たちが選ばなかった剣『スコルージ』。あれも色々と使いようがあった。穴の奥に逆さまに固定して入れれば、触れたものを概念ごと抹消するのだから、同じく究極のゴミ箱にできた。対象を『切る』ことで概念ごと消失させるというのは、そういう事だ」

 

龍は、さも簡単なパズルを解くように言った。

 

「タイミングさえ合わせれば、飛来する核爆発そのものの概念だって切って無効化できる」

 

そのデタラメな性能の応用法に、防衛大臣が絶句する。

 

「しかし、あの穴を単なるゴミ箱にするなら、おーいでてこーい、みたいにならないといいな。質量は消えても、因果律のエネルギーは失われるぞ」

 

不意に口にされた、星新一の有名なSF短編のタイトル。

日本の官僚たちなら誰もが知っている、捨てたゴミが空から降ってくるあのブラックジョーク。その背筋が凍るような比喩に、全員の顔から血の気が引いた。

 

続いて、龍は無表情のまま言った。

 

「なろうの某有名作みたいに、世界改変の第一歩として、まずは『ゴミの処理』から手をつけるのも有用だしな」

 

「……っ」

 

総理は耳を疑った。

 

「龍様……なろう(小説家になろう)、ご覧になるんですか……?」

 

「擬態し、人類を懐柔する為に、その手のサブカルチャーの知識は幾らあってもいい」

 

龍は当然のように頷き、さらにとんでもない単語を羅列し始めた。

 

「ネットスラングの淫夢とか、ゆっくり虐待の概念も知っているぞ。人間の悪意の煮詰まり方として、非常に興味深いデータだった。もし望むならその語録で会話もする」

 

日本政府の最高頭脳たちは、別の意味で頭を抱えそうになった。

全知全能のバケモノが、なぜよりによってそんなインターネットの深淵にして最底辺の呪われた知識を学習しているのか。ツッコミを入れたら殺されるかもしれないという恐怖が、会議室を異様な空間にしていた。

 

「それよりも、一つ伝えておくことがある」

 

空気が、再びピンと張り詰めた。

 

龍の灰色の瞳が、総理たちを見据える。

 

「先日の、核廃棄物に対する国際的な牽制の一件。君達の合理性と狡猾さは、私の予想をはるかに上回った。人類全て、特にこの場にいる君達は、称賛に値する」

 

称賛。

その単語の直後に訪れた沈黙は、妙に重かった。

 

総理の背筋を、嫌な汗が流れる。

褒められているはずなのに、少しも嬉しくない。

この存在が高く評価した直後に与えてくるものは、褒賞ではなく、試練の増量だと直感が言っていた

 

そして、龍は告げた。

 

「だから、予定を前倒しする」

 

会議室の空気が、一段深く沈んだ。

 

半年後。

その猶予こそが、今の日本政府を辛うじて立たせている唯一の支柱だった。

世界各国を欺し、なだめ、牽制し、穴の運用と外交の制度設計を先に終わらせるための、最低限の時間。

それが、いま、この一言で消えた。

 

「半年後としていたダンジョンの発生、及びそれに伴う『レベルアップ』と『魔術』の概念の導入を、今日、この世界に持ち込む」

 

誰かの息が止まった。

別の誰かが、椅子を軋ませた。

ご褒美のように聞こえて、その実、地獄の開幕を前倒ししただけの宣告だった。

 

「なっ……!?」

「お待ちください、龍様! ダンジョンの作成に伴う魔術とレベルアップは、せめて、せめて片方ずつ段階的に……!」

 

防衛大臣の悲鳴のような懇願を、龍は一刀両断した。

 

「謙遜することは無い」

 

無慈悲ですらない。

ただ、事務的な確信だった。

 

「君達には十二分にその力と適応力を示している。他国への外交も、穴の利権でだいぶ楽にコントロールできるはずだ。今日中に、ダンジョンとレベルシステムについての国家的な管理システムを構築してもらう」

 

反論は許さない、という絶対者の決定。

 

だが、総理と防衛大臣が急にゾッとして言葉を失ったのは、そのスケジュールの前倒しに対してではなかった。

 

本能が、警鐘を鳴らしたのだ。

 

背後の空間が、先ほどの龍の出現時とは全く異なる、吐き気を催すほどの死の気配で歪み始めていた。

 

最初に異変に気づいたのは、空調の音だった。

一定のリズムで鳴っていた機械音が、いつの間にか遠ざかっている。

次に、室内の時計の秒針が、やけに耳障りに響き始めた。

机の上に置かれた紙の端が、風もないのにかすかに震える。

壁に落ちる人影が、照明の角度と噛み合わない方向へ細長く伸びていく。

室温は変わっていないはずなのに、肺へ入る空気だけが、墓穴の底のように冷たかった。

 

「……気づいたか」

 

龍が、歪む空間へ視線を向けた。

 

「異界からの、不死者の王(ノーライフキング)及びその軍勢が来る。私の手のものではない。この1分後に現れる」

 

「不死者の、王……?」

 

次官がうわ言のように繰り返す。

 

「彼もまた、別の世界を滅ぼしている存在だ。かの世界において、時間を停止し、すべての物理・魔法攻撃を無効化し、即死耐性を貫通してあらゆるものを殺す『即死の大魔法』を操り、殺した相手を即座に自らの手駒のアンデッド化する能力で、いくつもの国家を滅ぼしてきた。彼のモットーは絶対的な弱肉強食。それはつまり、弱者に対して一切の容赦が無いと言う事だ」

 

龍は淡々と、しかし絶望的なスペックを語る。

 

「世界改変アイテムを使って次元を裂き、この世界を新たな狩場として侵攻してきている」

 

あと数十秒で、時間を止め、耐性無視の即死を撒き散らす死の軍勢が、この官邸の中心に現れる。

日本の頭脳たちは、あまりの絶望的な事態の連続に、もはや悲鳴すら上げられなかった。

 

「どうする?」

 

龍は、ちょこんと首を傾げて総理たちを見た。

 

「私がやってもいいし、君達の自衛隊がやってもいいが」

 

総理、防衛大臣、そしてすべての閣僚たちが、首が千切れるのではないかというほどの勢いで、めちゃくちゃに、ぶんぶんと首を横に振った。

 

「分かった」

 

龍は立ち上がった。

体育座りで小さく見えていた身体が、すっと伸びるだけで場の支配権を奪い返す。

軽く肩を回し、首を鳴らす。

まるで、会議の合間に少し外の空気でも吸いに行くような気安さだった。

 

そして、総理たちを見た。

 

「君達も、男の子なのだろう」

 

「……え?」

 

「血湧き肉躍るバトル展開が、好きだろう」

 

龍の感情の読めない顔に、微かな、本当に微かな笑みのようなものが浮かんだ。

 

その表情は、人間の尺度で言えば、悪戯を思いついた子供のそれに近かった。

だが、そこに宿る精神構造が違いすぎるせいで、可愛げより先に恐怖が来る。

 

「全能の力を使って、ただ『死ね』と命じて存在を消すなんて、無粋な真似はしない。魔術のデモンストレーションも兼ねてな」

 

迫り来る次元の裂け目の前へ歩み出る。

 

空間の亀裂の向こうから、乾いた骨の擦れるような音がした。

次いで、数え切れないほどの、濁った殺意。

会議室の照明が、一瞬だけ脈打つ。

 

龍は振り返らないまま言った。

 

「それ故に、ここから始まる君たちの地獄のデスマーチ(徹夜の事後処理)の前の息抜きとして――」

 

灰色のショートボブが、裂け目から漏れる昏い光を受ける。

 

「私が普通に戦って、君達の最高のエンタメとなってやろう」

 

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