10日間の問い   作:三日月ノア

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2話 銀河共同統治層からのアドバイス

 

 

呼び出しは、朝の光が人工海の縁を撫で始めたころに来た。

 

通知は音を立てない。

 

音を立てないのに、起きる側の身体は正確に反応するように出来ている。心拍に相当する数値が少し上がり、皮膚に近い層の温度が半度ほど下がる。目覚めではなく、目覚めさせられている感じ。長く住んでも、この「起こされ方」にはまだ慣れない。

 

前世の私は、枕元のスマートフォンに叩き起こされていた。

 

今の私は、身体そのものを通知の端末として扱われている。

 

どちらが良いかは、まだ決めていない。

 

ベッドから降りるのに、身体は少しだけ時間をかけた。パラメータ再校正、と通知の隅に小さく出ている。寝ているあいだに微細な調整をかけていたらしい。重力補正、血流に相当する循環速度、視覚の色域、聴覚の動的範囲。ありがたいと言えばありがたい。勝手にやるなと言えば勝手にやるなだ。市民契約にはそう書いてある。

 

「どうぞ」と言わなければ、たぶん何もしない。

 

けれど「どうぞ」と一度言えば、あとはしばらく黙って調整される。

 

文明の便利さは、だいたい初期設定のところにある。

 

 

輪送機に乗った。

 

輪送機というのは、こちらの言い方に従って訳せばそうなる。実際には乗るものですらない。扉のような輪の中心を通ると、次の瞬間には別の場所に立っている。意識だけが同期される、と案内にはある。身体は分解されていない、とも書いてある。分解されていないなら何をされているのか、市民向けの説明にはついに書かれない。書いても理解されないからだろう。書いても理解されないから書かない、という態度は、偉い組織ほど上手い。

 

通ったあと、私はいつも一拍だけ、手のひらを見る。

 

前世の癖だった。

 

飛行機を降りたあと、手のひらがいつもの形かどうか確かめる。地震のあと、部屋の本棚が倒れていないか確かめる。あれに似ている。変わっていないことを、自分の目で確かめないと落ち着かない。

 

「到着」

 

案内が小さく告げた。

 

「辺境間接触管理局、第三面談区画」

 

辺境間接触管理局。

 

名前だけで胃のあたりに重さが戻る。

 

胃に相当する器官がこの身体に存在するかは微妙だが、重さは正確にそこへ来る。記憶の側に胃があるのかもしれない。

 

 

面談室は、面談室らしくなかった。

 

まず机がない。

 

椅子もない。

 

四角い部屋ですらなかった。

 

空間の真ん中に、ゆっくり回る薄い輪が三つ浮いていた。輪といっても金属ではない。光だと思うと影になり、影だと思うと水面みたいに揺れる。輪の中心にはそれぞれ、色の違う何かがいた。赤に近い白。青に近い透明。黒に近い金。球体と言えば球体だし、穴のあいた果実みたいにも見える。近づくと遠くなり、遠くを見るとすぐ横に来る。距離の感覚が素直に働かない。働かせないようにしている、というのが正しいのかもしれない。

 

私は入口のような場所で立ち止まった。

 

入口のような場所、としか言いようがない。ドアがあるわけではない。ただ、ここから先は内側だ、という合意だけが空間に置かれている。

 

管理者。

 

共同統治層。

 

辺境間接触に関する承認権限保持体。

 

通知文には、そう書いてあった。

 

つまり、偉い人たちだ。

 

偉い人たち、で済ませるとたぶん怒られる。でも私の感覚ではそうだった。社長とか、役員とか、教授とか、そういう「間違えたらあとで一人反省会になる相手」の宇宙版。一人反省会は、数百年たっても無くならない。何なら長くなった。死ぬほど反省しても、もう死ねないからだ。

 

私は一度だけ、肩の位置を直した。

 

肩の位置が何を意味する身体か、その時点の私はまだ完全には分かっていなかったが、緊張すると肩は上がる。地球でもここでも同じらしい。身体を替えても、癖はついてくる。癖は魂に近い場所に保管されているのかもしれない。魂という単語を、私はここではあまり使わないことにしている。面倒な議論になるからだ。

 

「どうぞ」

 

声は一つだった。

 

でも三つの輪のどれから出たのかは分からない。

 

耳で聞いたとも言い切れない。頭の中へ先に意味が来て、そのあとで声らしい輪郭が遅れてくる。まず内容、次に音。文字幕が先に出て、口の動きが追いかけてくる映画みたいだ。

 

私は中へ入った。

 

床だと思っていた透明な面が、足の下で少しだけ濃くなる。こちらの歩幅に合わせて広がる。気遣いが細かい。偉い文明ほど気遣いが細かいのは、たぶん事故の総量が多かったからだろう。長く続いた制度は、だいたい誰かの失敗の上に出来ている。誰かがこの面談室で泣いた。誰かが走り出した。誰かが物を蹴った。そういう積み重ねの上で、床は歩幅に合わせて広がるようになった。

 

 

「申請者識別、旧地球系出身、現在居住権仮更新後第三百二十七周期」

 

赤に近い白の輪が、そう言った。

 

声の質を言葉で表すのは難しい。強いて言えば事務的だ。事務の声には温度がない。温度がないのに、冷たいとも感じない。それは、冷たくしないように設計された無温度だった。

 

「はい」

 

「緊張していますね」

 

青に近い透明の輪が言う。

 

こちらは観察的な声だった。観察的というと冷たく聞こえるが、観察されることに慣れた身体はむしろ安心する。安心する自分に、私は少し警戒する。

 

「はい」

 

「その必要はありません」

 

黒に近い金の輪が言う。

 

一番静かな声だった。静かだが、芯がある。倫理の言葉を担当している声だと、すぐに分かった。倫理は大きい声を出さない。大きい声の倫理は、だいたい嘘だ。

 

「そう言われると、余計に緊張します」

 

三つの輪が同時に少しだけ明るくなった。

 

笑ったのだと、あとで分かった。笑うときにも口がいらない文明はずるい。こちらだけが顔を使う。向こうは色味と位相の変化だけで済む。取り繕ってもだいたい見抜かれている感じがする。感じがするというより、実際に見抜かれている。こちらの身体の微細な電気信号は、たぶんこの空間で全部読まれている。

 

「正直でよろしい」

 

赤に近い白が言った。

 

「あなたの申請は、文体にかなり迷いがあります」

 

青に近い透明が言う。

 

「懐旧と書いたあとで、三度、里帰りと書き直そうとして消しています」

 

黒に近い金が言った。

 

死にたかった。

 

いや、もう死んでいるのかもしれないが、それはそれとして、その場から消えたかった。申請書の下書きまで全部見られているらしい。下書きは手癖で書く。清書は理性で書く。理性はだいたい取り繕う。ということは、私の手癖の側まで晒されている。

 

「ログは見られるんですね」

 

「提出行為の意図を測るのに有用です」

 

赤に近い白が親切に答える。

 

親切だった。親切なのが一番つらい。悪意なら腹を立てられる。親切には立てられない。立てても自分が悪くなるだけだ。

 

「では、確認します」

 

青に近い透明の輪の内側に、私が出した申請書の文面が浮かんだ。文字列ではない。地球語で書いたはずなのに、意味の塊として立体化されている。丸い文字は丸い光に、角ばった字は角ばった光に。自分の本音が展示されるのは、たいてい居心地が悪い。展示されたうえで、自分がそれをどの角度から書いたかまで見えるのは、もっと悪い。

 

「あなたは旧居住文明、すなわち地球文明への私的関心に基づき、個人的訪問を希望している」

 

「はい」

 

「また、訪問の目的には観察と確認、ならびに文化的接触の試行を含む」

 

「はい」

 

「さらに、動機の一部に懐旧がある」

 

「……はい」

 

「懐旧とは」

 

黒に近い金がそこで止めた。

 

質問のための停止ではない。こちらの言葉をどういう角度で扱うか、少し選んでいる感じだった。単語そのものを扱う丁寧さ。これが偉い文明の倫理なのだな、と私は間抜けな感想を持つ。

 

「旧居住環境への情動的帰属と理解してよろしいですか」

 

「まあ、だいたい」

 

「だいたい」

 

青に近い透明が繰り返した。

 

からかっているのではない。精度を上げるためだ。でも、こっちの体感としては、語尾を引き取られて軽く反射されたみたいで、ちょっと恥ずかしい。

 

「説明しにくいので」

 

私は言った。

 

「住んでた町の、もう行かないと思ってた店の前を、すごく遠くからたまたま見つけた感じというか。入るかどうかは別として、一回そこに立ってみたい、みたいな」

 

三つの輪が静かに光を変えた。

 

理解の処理をしているのだろう。地球語の比喩は、だいたい地球語以外には面倒くさい。面倒くさいのを面倒くさがらずに処理してくれるのは、たぶん、向こうが十分に余裕のある文明だからだ。余裕のない文明は、比喩を先に切り捨てる。効率化の第一歩は、いつもそこからだ。

 

「店舗」

 

赤に近い白が言う。

 

「すみません、今のは例えで」

 

「理解しています。比喩です」

 

理解しているなら、いちいち復唱しないでほしい。

 

でも向こうに悪気はない。そこが一番困る。悪意のない確認は、こちらを一番裸にする。

 

「申請自体は特異ではありません」

 

黒に近い金が言った。

 

「旧居住文明への観察的帰還は、回収市民に一定頻度で見られる」

 

その言葉で、私は少しだけ息を吐いた。

 

よかった。私だけがおかしいわけではないらしい。死後に高度文明へ拾われて、何百年かしてから前世の故郷を見に行きたくなる人は、他にもいるらしい。

 

回収市民。

 

この言い方を、私はまだ好きになれない。

 

回収、という単語は、拾い上げる側の語彙だ。拾われる側の語彙ではない。制度の上では、死にゆく知的生命体のうち、一定の条件を満たす者は、その意識構造を近傍の高度文明に回収される権利がある。権利、とわざわざ書いてあるのは、拒否できるということでもある。回収されずに、素直に死ぬ道もある。回収されるかどうかは、死ぬ前に自分で決めなくてもいい。死ぬ瞬間に、身体のどこかに残っているわずかな同意が測られる。嫌がっていた者は回収されない。嫌がっていなかった者のうち、構造的に移送可能な意識が選ばれる。選ばれた時点で、旧文明の時間では既に死んでいる。

 

つまり、私はいちど死んで、拾われた。

 

拾われてから、三百二十七周期が経った。

 

周期、という単位は、この星系の公転に近い長さだ。地球の一年とだいたい同じ、と言っておけば間違いは少ない。だから三百二十七周期は、だいたい三百二十七年。前世の身体を離れてから、そのくらい経った。

 

その間に、身体を何度か替えた。

 

その間に、住居も替えた。言語層も替えた。仕事も替えた。恋のようなものをして、友情のようなものをして、喧嘩のようなものをして、仲直りのようなものをした。全部「のようなもの」と書くのは、完全に地球語と同じではないからだ。でも、近い。近いから地球語で呼んでいる。

 

三百年分の暮らしを経て、私はまだ地球のことを考えている。

 

だからこの申請書がある。

 

だからこの面談室にいる。

 

だが、その安心は次の一文で消えた。

 

「ただし今回は、対象が他銀河の知的文明である点が異なります」

 

赤に近い白がそう言った。

 

そう。

 

そうなのだ。

 

そこが面倒なのだ。

 

私が本当にやりたかったのは、もっと地味なことだった。遠くから見て、懐かしいなと思って、できれば何かひとつ持ち帰る。地球の食べ物でも、本でも、映像でも、音でもいい。向こうの今がどんな匂いになっているか、近くで確認したい。それだけだ。

 

なのに地球は、いまの私から見れば「旧居住文明」ではあっても、制度上はれっきとした外部知的文明だった。しかも、銀河が違う。こちらの統治層からすれば、銀河の外側はそれだけで別系統。交渉記録の蓄積はほとんどない。先例が少ないということは、私の一挙手一投足がそのまま先例になるということだ。

 

つまり、私の里帰り願望は、書類の上では銀河間初接触の一部として処理される。

 

重い。

 

重すぎる。

 

 

「あなたは、地球文明の現段階をどのように認識していますか」

 

青に近い透明が言った。

 

試験問題みたいだった。

 

私は喉の奥が乾くのを感じた。喉が本当に乾く仕様の身体かどうかは別として、そういう感覚が起きるよう設計されているのがまた嫌だった。嫌だが、たぶん必要なのだろう。緊張のサインを自分で拾えない身体で、重たい面談をするのは、むしろ危ない。

 

「前世の記憶があるので、主観は混ざります」

 

まず逃げ道を作る。

 

これは昔からの癖だ。会議で何か言う前に「素人意見ですが」とか「部署違いなので外していたらすみません」とか置いておくやつ。嫌われるときは嫌われるのに、それでもやる。

 

「現在の地球は、たぶん、技術的にはかなり不均衡で、情報伝達だけ異様に速くて、政治と倫理がそれに追いついていないです。国家も企業も個人も、みんな少しずつ強くなってるのに、扱える範囲が揃ってない。あと、他者を理解する前に分類するのが早い」

 

「他者を理解する前に分類する」

 

黒に近い金が繰り返した。

 

「はい。危険、無害、敵、味方、かわいい、気持ち悪い、使える、使えない、投資対象、宗教対象、そういうラベルを先に貼ると思います。貼らないと落ち着かないので」

 

貼らないと落ち着かない、という部分で、自分の声が少しだけ硬くなった。

 

前世の地球で、私はその「貼る速度」の中で暮らしていた。顔を見る前に肩書きを見る。肩書きを見る前に所属を見る。所属を見る前に、その属性が今、世間にとって好ましいかどうかを見る。好ましくないとなれば、そこから先はほとんど読まれない。読まれないことを知っている者は、読まれるように自分を整える。整えるほどに、本来の自分がどこにいたかが分からなくなる。

 

その習慣を、私は文明と呼んでいた。

 

いや、文明の一部だと思って許していた。

 

ここに来てしばらく経つと、そうでもないと気づく。分類は文明の必要条件ではない。速度だけが分類を必要条件に見せていた。それに気づいても、前世の三十年分の身体癖は消えない。消えないまま、三百年以上持って来た。

 

赤に近い白が、ゆっくり明るさを下げた。

 

考えているのだろう。

 

「その文明に対して、あなたはどの位置を取るべきだと思いますか」

 

私は少し黙った。

 

どう答えても罠っぽい。

 

友好的接触と言えば軽い。上位存在として指導する気はないと言えば、本当に上位なら無責任に見える。対等と言えば嘘だ。対等ではない。少なくとも技術的には。

 

そして私は、ここで変に理想的な答えを言うと、あとで自分がそれを守れなくなるのを知っていた。理想的な答えを言ってしまった自分を、あとで私は必ず嫌いになる。嫌いになると、嫌いな自分から逃げるために、もっと変なことをする。その連鎖は、数百年生きても止まらない。

 

「分かりません」

 

結局そう言った。

 

「分からないまま行くつもりです」

 

三つの輪が静かになった。

 

これはさすがにまずかったかもしれない、と思った瞬間、青に近い透明が言った。

 

「もっとも妥当です」

 

「え」

 

「分かったつもりで来る個体より危険性が低い」

 

黒に近い金が補足する。

 

「ただし」

 

赤に近い白が言った。

 

「分からないことと、準備しないことは同じではありません」

 

はい、と私は反射で答えた。

 

学校か。

 

学校だった。

 

 

そこからは、説明というより教育だった。

 

管理者たちは、私に三つのことを言った。

 

その三つが、あとで全部変な形で私を縛ることになる。

 

一つ目。

 

「あなたは、地球文明にとって個人ではありません」

 

その文を、赤に近い白が、少しだけ間を置いて言った。

 

「正確には、個人として訪問しても、受け取られ方は個人になりません。あなたは、外部文明の窓口になります」

 

私は、すぐには返事ができなかった。

 

そんなつもりはない、とまず思った。

 

私はただの市民だ。共同統治層でもなければ、外交官でもなければ、軍でも研究代表でもない。趣味で外縁を見ているだけの、わりと地味な人間だ。元人間だが。ともかく、そんな大きい役じゃない。

 

でも、向こうから見ればそうではない。

 

他に誰も来ないなら、来た一人が文明になる。

 

それは、分かる。

 

分かるから重い。

 

前世で一度だけ、海外からの研修生の世話役をやったことを思い出した。十日間のプログラムだった。私はただの中間管理職で、研修生は私の会社のことなどほとんど見ていないはずだった。なのに帰り際、研修生の国の上司にメールで感想を送られたとき、私は自分が書かれると思わなかった形で自分が書かれていた。「彼女は親切で、仕事が丁寧で、あなたの国はこうなのだと感じさせてくれた」。私は国を代表するつもりなど微塵もなかった。それでも、向こうの記憶の中では私が国になっていた。人間はそういう生き物だ。他に見えないから、見えた一人で全部を作る。

 

その仕組みが、今度は私と銀河のあいだで動こうとしている。

 

「覚えておきます」

 

私は言った。

 

覚えておくだけでは足りないのを、言いながら知っていた。

 

二つ目。

 

「技術差は、意図の有無とは無関係に威圧になります」

 

今度は青に近い透明が言った。

 

「あなたが安全措置と思う行為でも、相手にとっては主権剥奪、武装解除、神罰、世界終末のいずれかに見える可能性があります」

 

「気をつけます」

 

私は言った。

 

言いながら、それがどれほど曖昧な返事か分かっていた。気をつけるで済む差ではない。

 

「気をつけるだけでは不足します」

 

黒に近い金が、穏やかに追い打ちをかける。

 

「明示しなさい。なぜそうしたか。何を止め、何を止めていないか。あなたにとって安全であっても、相手にとって安全の形は異なる」

 

私はうなずいた。

 

たぶんうなずく以外のことが出来なかった。

 

相手にとって安全の形は異なる。

 

その一文は、二つ目の助言の核だった。こちらが「何もしていない」と思っている行為が、向こうにとっては生活の根幹を揺さぶる、ということ。例えば、視線。例えば、沈黙。例えば、こちらの電力消費の一部が、向こうの軌道上の何かと位相的に干渉する、とか。考え出すときりがない。きりがないから、明示する。何をして、何をしなかったかを言葉にする。言葉にしないと、相手は勝手に物語を埋める。埋めた物語は、だいたい恐怖に寄る。

 

「明示する」

 

口に出して繰り返した。

 

繰り返すと、すこし楽になった。繰り返すと意志になる。意志は楽を連れてくる。楽は油断を連れてくる。その順番も、ちゃんと怖い。

 

三つ目。

 

「観察しなさい」

 

これは、三つの輪がほとんど同時に言った。

 

響きが少しだけ重なった。

 

「低文明だからではありません」

 

赤に近い白。

 

「他文明だからです」

 

青に近い透明。

 

「相手の反応を、あなたの記憶で先に分類しないこと」

 

黒に近い金。

 

「元地球人であることは利点にもなりますが、最大の誤差にもなります」

 

そこを言われると弱かった。

 

私はたしかに、地球を知っている気でいた。でも知っているのは、何百年も前に死んだ時点までの地球だ。地球は私の記憶の中で止まっている。向こうは止まっていない。今の地球については知らない。もしかしたら何もかも変わっていて、私の知っている比喩が全部古くなっていて、私の知っている怒りの形がもう怒りじゃなくなっていて、私の知っている泣き方がもう泣き方ではなくなっていて、それでも私は咄嗟に「ああこれは知ってる」と言ってしまうだろう。言ってしまったあとで、違うと気づいても、もう遅い。一度貼ったラベルは、自分の中で勝手に動く。

 

「記憶で分類しないこと」

 

これが、三つのうちで一番難しいと、私は静かに思った。

 

一つ目は理屈で分かる。二つ目は技術で対応できる。三つ目は、自分の脳の癖を相手にする話だ。相手が自分だから、一番逃げやすい。

 

「分かりました」

 

私はそう答えた。

 

その時点では、本当に分かったつもりだった。

 

つもりだった。

 

 

面談の本体はそのあとだった。

 

「訪問方法を協議します」

 

青に近い透明の輪の内側に、いくつもの案が展開された。

 

案一。静かな観測のみ。こちらの存在を一切示さず、必要な観測を行い、記録を持ち帰る。向こうから見れば、何も起きない。

 

案二。無人プローブの送付。自律的な小型観測機を送り、事前に定められた範囲でのみ挙動し、所定の期間後に自壊する。

 

案三。局所的な夢接触。こちらが特定の個人の睡眠層に、ごく短い接触を行う。相手は夢として記憶する。検証は不可能。

 

案四。電波的予告。向こうの技術で受信可能な帯域で、到着の事実のみを事前通知する。相手の側に時間的準備を与える。

 

案五。文化資料だけの交換。こちらは姿を見せず、代表的な資料のみを先行送付し、返答があれば対応する。

 

あとから振り返れば、どれももっと穏当だった。

 

だがそのどれもが、私にはしっくりこなかった。

 

案一は、こちらが悪くない観察者の顔をして一方的に見るだけだ。

 

案二は、機械だけ行かせて自分は行かない。

 

案三は、夢の側に罪を押し付けているようで、ずるい。

 

案四は、向こうを怖がらせるだけ怖がらせて、こちらはまだ姿を見せない。

 

案五は、物だけ行って本人は行かない、という、一番私の嫌いな距離の取り方だった。

 

「……見つからないまま見るの、ずるくないですか」

 

うっかり口から出た。

 

三つの輪が少しだけ止まる。

 

私は慌てて続けた。

 

「いや、別に倫理の正解を知ってるとかじゃなくて。自分が見られる側なら嫌だなって。勝手に観察されて、あとで分析だけされるの。地球って、そういうこといっぱいやってきたので」

 

言いながら、また少し後悔した。

 

歴史を知ったような口をきくと、だいたい浅い。けれど、それも本音だった。

 

前世の記憶の中に、一つ引っかかっている絵がある。駅前の改札の上、古いカメラが二台。新しいカメラに替えられて、古いほうは外されないまま残っている。誰もあのカメラが何を映しているか、毎日を歩く人には気にならない。気になるのは、誰かに何かがあったときだけだ。私はあの二台のカメラが嫌いだった。嫌いだったが、安心するときもあった。嫌いと安心の両方を持ったまま、私はあの改札を通っていた。

 

見られる側の気持ちは、それだけでは矛盾を抱える。

 

だから「姿を見せずに見る」は、その矛盾を片方だけに押し付ける。

 

押し付けるなら、こちらが見せる側にも回るべきだ。

 

少なくとも、私はそう感じた。

 

黒に近い金が、ゆっくりと位相を変えた。

 

「被観察性を共有すべきだ、と」

 

「たぶん」

 

「未接触文明に対し、自らも観察対象として姿を見せる」

 

「そうです。たぶんそっちの方が、誠実かなって」

 

赤に近い白が言った。

 

「誠実は、必ずしも安全ではありません」

 

「はい」

 

「ですが、倫理的整合性は高い」

 

青に近い透明が続けた。

 

「承認条件付きで許容可能です」

 

私はまばたきをした。

 

許可が出そうな流れだった。

 

いや、待ってほしい。私は本当に、そこまで大げさなことを望んでいたのか。ちょっと見に行きたい、くらいの軽い気持ちだったはずだ。なのに話はもう、未接触文明への姿を見せた接近の是非になっている。

 

やばい。

 

急にやばくなってきた。

 

 

「条件、というのは」

 

声が少し裏返った。

 

「観察記録の提出」

 

赤に近い白。

 

「非対称性に対する事前配慮」

 

青に近い透明。

 

「必要最小限の安全措置。過剰介入の禁止」

 

黒に近い金。

 

最後の条件だけ、妙に重く聞こえた。

 

過剰介入。

 

つまり、やりすぎるなということだ。

 

当たり前だ。当たり前なのに、その当たり前が、あとで私にはいちばん難しくなる。

 

「それから」

 

青に近い透明が、少しだけ近づいた。

 

「対外印象の設計を誤らないこと」

 

「対外印象」

 

「あなたは前世文明の記号を知っています」

 

赤に近い白が言う。

 

「その知識は役に立ちますが、雑に用いると、最も低い解像度で理解されます」

 

私は胸が痛くなった。

 

もう何か思い当たっているからだ。

 

地球人にとって分かりやすい形。威圧しすぎず、でも上位性は伝わる形。親しみが持てて、しかし神秘もある感じ。そういうものを私は、すでに頭の隅で考え始めていた。

 

耳が少し長いとか。

 

髪の色が現実より少しだけずれているとか。

 

目の焦点の合い方が妙に深いとか。

 

やめろ。

 

まだ早い。

 

心の中で自分に言ったが、遅かった。

 

考えるなと言われると、人はだいたい考える。

 

「あなたは、地球人としての自分を使いすぎる危険があります」

 

黒に近い金が言った。

 

「知っているつもりの文化ほど、誤読は深くなる」

 

はい、と私は小さく返した。

 

でもその時点で、私は別の方向にも怯えていた。

 

もし、舐められたらどうしよう。

 

その発想が出た瞬間、自分で嫌になった。

 

小さい。発想が小さい。銀河間初接触の話をしているのに、「舐められたらどうしよう」で悩むな。もっと大きいことを考えろ。倫理とか主権とか文明間秩序とか、そういうことだろう。

 

でも、私の心配はそっちへ行かなかった。

 

地球にいた頃の私が、何か大きい場へ出るときに真っ先に心配していたのは、いつもそこだった。軽く見られないか。場違いに見えないか。変な人だと思われないか。仕事ができなさそうに見えないか。

 

それが今、最悪の規模で出た。

 

舐められたらどうしよう。

 

地球に。

 

それで、こっちに迷惑がかかったらどうしよう。

 

アンドロメダの共同圏の誰かが、「あの地球出身の個体にやらせたせいで初接触が雑になった」と思ったらどうしよう。いや、こちらの文明の存在者たちがその程度のことを気にしないか。そちらは心配しなくていい。

 

地球人が「なんだ、大したことない」と誤解して、よく分からない攻撃とか、無茶な交渉とか、神格化とか、変な方向へ走ったらどうしよう。

 

私は急に、自分の役割が大きくなったような気がした。

 

正しくは、面談の最初から大きかったのだ。ただ、今ようやくその重みが自分の小さい不安の形に翻訳された。

 

そして小さい不安は、大きい責任よりずっと人を動かす。

 

これが、のちのち私の行動を歪ませる基本設計になった。

 

 

面談が終わるころには、私は疲れていた。

 

内容が難しかったからではない。

 

難しいのは難しかったが、それ以上に、ずっと「ちゃんとしている」必要があったからだ。ちゃんと聞き、ちゃんと答え、ちゃんと理解し、軽率なことを言わないようにする。その作業は、文明の格差より先に私を消耗させた。

 

ちゃんとしている、は前世からの持病だ。

 

前世の私は、会議のあとで毎回、全発言を脳内で再生した。あそこは言い方が強すぎた、あそこは遠慮しすぎた、あそこで笑ったのは変だったかもしれない、あそこで笑わなかったのは冷たかったかもしれない。再生し終わって、ようやく眠れた。眠れても、夢の中でまた再生していた。

 

何が変わったかと言えば、身体を替えても再生は止まらなかった、それだけだ。

 

退出前、赤に近い白の輪が言った。

 

「最後に一つ、助言を」

 

助言。

 

その言葉に、私は少しだけ身構えた。

 

「どうせ行くなら、実際に会ってきなさい」

 

私は顔を上げた。

 

「遠距離の観測だけではなく?」

 

「はい」

 

青に近い透明が答える。

 

「低文明であっても、知的生命体との接触は、遠望より対面で得る情報の方が多い」

 

黒に近い金が続けた。

 

「倫理、緊張、儀礼、恐怖、沈黙、視線。そうしたものは、記号化された通信より、現前において強く出ます」

 

現前。

 

目の前に、という意味だ。

 

私はその助言を聞いて、まず、ああやっぱり、と思った。

 

共同統治層としては、そちらが当然なのだ。せっかく行くなら、ちゃんと観察してこい。データとしても、関係性としても、その方が価値がある。記号化された通信では取りこぼされるものを、そちらは重視している。手紙より、面談。写真より、視線。録音より、息づかい。それは、こちらの文明が長く続いた理由の一つかもしれない、と私は小さく思った。記号化の速度だけで動く文明は、たぶんどこかで一度折れる。折れたあと、現前に戻れたかどうかで、続くか続かないかが決まる。地球は、まだ折れている途中だ。折れている途中でこちらが訪ねれば、現前は、向こうにとって救いにも災厄にもなる。

 

次に思ったのは、やっぱりそうなるよね、だった。

 

旅行どころではない。

 

正真正銘、表舞台だ。

 

最後に思ったのが、一番良くなかった。

 

ちゃんとしなきゃ。

 

その一言だった。

 

倫理でもなく、歴史でもなく、文明間責任でもなく、ちゃんとしなきゃ。

 

私はそこで、やらかしの種を育て始めた。

 

「会う、なら」

 

私は慎重に言葉を選んだ。

 

「相手にとって、こちらがどう見えるかも考えた方がいいですよね」

 

「当然です」

 

青に近い透明。

 

「あなたは何を懸念していますか」

 

黒に近い金。

 

「舐められることです」

 

言ってしまった。

 

言った瞬間に、二百年ぶりくらいに頬が熱くなる感じがした。

 

この身体に頬という概念がどのくらいあるかは知らないが、とにかく恥ずかしかった。

 

「正確には」

 

私は慌てて付け足した。

 

「こちらを、無害で、無責任で、適当に扱っていい相手だと思われることです。そうなると、向こうにもこっちにも良くないかなって」

 

三つの輪は、思ったより長く沈黙した。

 

それが余計につらい。

 

やっぱり変なことを言ったか。

 

小さい。発想が本当に小さい。銀河共同統治層に向かって「舐められたくない」はないだろう。どこの高校生だ。

 

ところが、赤に近い白が静かに言った。

 

「未成熟な表現ですが、論点は外していません」

 

未成熟。

 

刺さる。けれど否定ではない。

 

「知的接触において、相互の過小評価は危険です」

 

青に近い透明。

 

「ただし、威圧によってそれを防ごうとすると、別の誤読を生みます」

 

黒に近い金。

 

「あなたが設計すべきは、恐怖ではなく、容易に分類できないことです」

 

私はその言葉を、その場では半分しか理解しなかった。

 

容易に分類できないこと。

 

半分は、たぶん正しく受け取った。

 

人間は相手をすぐに分類する。なら、分類しにくい姿と態度で行けばいい。危険すぎず、可愛すぎず、神すぎず、人間すぎず。分かりそうで分からない位置。分類されないことは、支配されないことに近い。分類されないことは、消費されないことに近い。名付けられる前に、ちゃんと向こうに考える時間を渡す。それが、現代社会へのささやかな意趣返しでもある。市場はすぐに値札を貼る。メディアはすぐに見出しを付ける。SNSはすぐにハッシュタグを決める。そのどれにも、なるべく遅く入ること。

 

その解釈自体は、たぶん半分は合っていた。

 

でも半分は、完全に私の悪い癖に引き寄せられた。

 

私は共同統治層の助言を、まるで「ちゃんと雰囲気を作って行け」と言われたみたいに受け取ってしまったのだ。

 

雰囲気。

 

最悪の言葉である。

 

雰囲気は、本質を隠す化粧になりやすい。雰囲気作りに入った瞬間、中身への注意が薄くなる。薄くなった中身は、本人が一番よく知っている。知っているから、雰囲気をさらに強める。強めれば強めるほど、中身は遠くなる。

 

それを私は、銀河間接触でやろうとし始めていた。

 

まだ足を動かしていないのに、転ぶ準備だけが整っていく。

 

 

帰り道、私は人工海の縁を歩いた。

 

面談室を出たあと、すぐ家へ戻る気になれなかった。頭の中がうるさい。偉い存在に会ったあと特有の、会話を全部反芻して変なところがなかったか確認してしまうやつだ。あれやめたい。何百年たってもやめられない。

 

「未成熟な表現ですが」

 

私は一人で呟いた。

 

言い方が優しい。

 

優しいが、きっちり刺してくる。あれは偉い人の技術だ。地球でもいた。怒鳴らないのに、あとで一番効いてくる上司。

 

海面は静かだった。

 

静かすぎて、少しだけ怖い。この文明の海は、本物より静かに出来ていることがある。事故率と不快指数を下げるためだ。優しい海。だからときどき、どうしようもなく嘘くさく見える。

 

人工海。

 

そう呼ぶのは、元地球人の私くらいだ。この星系の住人は、単に「海」と呼ぶ。彼らにとって海は最初から人工のもので、それを本物と呼ぶことに抵抗がない。私は、そこに小さく躓く。私にとっての海は、塩のにおいと、港の油のにおいと、打ち寄せる波音の、遠くで漁船の音が混じる、あの海だ。目の前の海は、色がきれいで、波の周期が一定で、においがほぼない。空気に匂いがほとんどないのは、こちらの文明の特徴でもある。匂いは個体差を強調するから、公共空間では薄くする。公共空間に自分の体臭を置きたがる人は少ない。それは分かる。分かるのに、鼻の奥がいつも少し寂しい。

 

重力は、歩きやすい強さに調整されている。

 

低いわけではない。

 

調整されているだけだ。

 

「調整」と「自然」の違いを、前世の私は、こっちに来てから覚え直した。自然は優しくない。調整は優しい。優しさの量と、本物の量は、だいたい反比例する。

 

私は足を止めて、遠くの都市の縁を見た。

 

光が複雑な色で変わっている。たぶん交通と天候と広告と芸術展示が重なっている。高度文明は、だいたい全部を重ねてくる。広告は、私が前世で知っていた広告とは別物だ。買わせようとしない広告。買わせようとしない広告とは何か、と三百年前の私なら笑っただろう。こちらの広告は、買うかどうかの前に、その物がどういう文脈で存在しているかを語る。語り終わっても、買う動線はそんなに強くない。買う人は買うし、買わない人は買わない。買わなかった人を、市場は追いかけない。そういう広告の設計を、私はかなり好きになっていた。

 

ここが私の今の居場所だ。

 

それは疑いようがない。

 

長く住んだ。学んだ。働いた。何度か身体も替えた。友人もいる。好きな店もある。苦手な共同体もある。税に近いものだって払っている。市民だ。ちゃんと。

 

でも、その夜の私は、どうしようもなく地球のことを考えていた。

 

豆腐のことを思い出した。

 

あの夜、冷蔵庫に残してきた豆腐。賞味期限が切れていたかもしれない。たぶん切れていた。切れていたから、誰かが捨ててくれたはずだ。誰か。私の部屋に入れる誰かが、あのときいたかどうか。いなかった気がする。なら、豆腐は長いこと冷蔵庫にあった。長いことあって、やがて部屋ごと誰かに処理された。

 

洗濯物のことを思い出した。

 

ベランダに干しっぱなしのTシャツ。その日は天気予報が雨だった。雨だったのに、私はベランダに干していった。帰ったら取り込むつもりだった。帰らなかった。帰らなかった私の代わりに、雨がTシャツを濡らした。濡れたTシャツは、たぶん数日後に、誰かに回収された。ゴミとして。

 

駅前の横断歩道のことを思い出した。

 

信号が変わる前に、半歩だけ踏み出す癖。あれは都会の癖だ。都会の癖は、田舎に行くと迷惑になる。田舎の癖は、都会に行くと遅くなる。その両方を知ってから、私は信号の前で一呼吸置くようになった。一呼吸置いた私は、たぶん事故に遭う直前、少しだけ間抜けに見えていた。

 

そういう、文明史にも銀河政治にも一ミリも関係ないもの。

 

私は、それを持っている。

 

他の誰よりも低く、くだらなく、しかし確実に。

 

だったら、そのことを捨ててはいけないのかもしれない。

 

そうも思った。

 

でも同時に、それだけで行くのは危ないとも思った。

 

相手は私の内心など知らない。

 

地球から見れば、私はただ来る側だ。来る側の一挙手一投足は、全部意味になる。意味にされる。親切も威嚇になるし、気遣いも支配になる。共同統治層が言っていた通りだ。

 

なら、ちゃんと準備しなきゃ。

 

ちゃんと。

 

その言葉に取り憑かれると、私はいつもろくなことをしない。

 

自然体でいればいい場面で、急に台本を書き始める。立派なことを言おうとする。無難な格好をしようとして逆に浮く。地球でも何度もやった失敗だ。やった失敗を、数百年たっても保存している。

 

つまり、これは根深い。

 

私は海縁のベンチみたいなものに座った。ベンチみたいなもの、としか言いようがない。座ることを想定した地形があるだけで、家具として存在してはいない。物より意図が先にある世界は、便利だがたまに腹が立つ。座面は、私の体温に合わせてわずかに柔らかくなる。ありがたい。ありがたいから、余計に泣きたくなる。

 

そこで私は、自分用のメモを開いた。

 

項目一。

 

**舐められないこと。**

 

書いて、嫌になった。

 

幼い。あまりに幼い。

 

でも消さなかった。本音だからだ。消した本音は、あとで別の場所から暴れて出てくる。暴れる本音より、書いて並べた本音のほうが、まだ御しやすい。

 

項目二。

 

**怖がらせすぎないこと。**

 

書いて、手が止まった。

 

怖がらせすぎない。その線引きが、こちらには具体的に分からない。向こうのどこまでが「適度な驚き」で、どこからが「存続に関わる恐怖」か。たぶん、何がどう違うかは、行ってみないと分からない。行ってみないと分からないことを、行く前に書いている。書くことで気休めにしている。

 

項目三。

 

**でも、適当に扱われないこと。**

 

項目一と項目二のあいだに、矛盾が見える。

 

見えるが、消さない。矛盾は、たいてい動機の正直な形だ。矛盾を綺麗に解消すると、動機そのものが死ぬ。

 

項目四。

 

**地球の文化に敬意があるように見えること。**

 

「あるように見える」と書いた自分に、一瞬だけ苛立つ。

 

敬意は、あるかないかだろう。あるように見える、は言い訳だ。けれど、敬意の形は文化ごとに違う。こちらの敬意の形が、あちらの侮辱の形になることはいくらでもある。だから「見える」と書いた。書いてから、私は、この修正癖はダメだと自覚する。自覚しながら書き直さない。

 

項目五。

 

**上位文明の窓口として失礼がないこと。**

 

項目六。

 

**出来れば感じよく。**

 

そこまで書いて、私は額を押さえた。

 

無理だろ。

 

無理である。

 

全部同時には無理だ。地球の就活でもこんな条件を全部満たせる自己PRはない。協調性があって、主体性があって、リーダーシップがあって、素直で、自分の意見があって、空気が読めて、空気に流されない。誰だそれ。

 

それでも、やろうとする。

 

それが私の悪いところであり、長所でもあるのかもしれない。無理な条件を前にすると、とりあえず表でも作ろうとする。世界を理解しているからではなく、理解していないのに締切だけは見えている時の反応だ。

 

私はメモを閉じ、もう一度だけ面談の言葉を思い出した。

 

**容易に分類できないこと。**

 

これだ。

 

たぶん鍵はこれだ。

 

私はそれを、また少しだけ間違って解釈する。

 

分類しにくい姿。

 

分類しにくい口調。

 

分類しにくい距離感。

 

分かりやすく優しくしすぎると、軽く見られるかもしれない。怖くしすぎると終わる。なら、その中間。人間っぽすぎず、神っぽすぎず、機械っぽすぎず、でも全部少しずつ混ぜる。

 

私はそこで、やってはいけない種類のやる気を出した。

 

地球でも、こういうタイプはいる。

 

文化祭とかプレゼンとか初対面の飲み会とかで、「ちゃんとしなきゃ」と思いすぎて急にキャラを作る人。あとで本人が一番つらいやつ。前世の私だ。前世の私の、一番治らなかったところだ。

 

それを私は、銀河間接触でやろうとしていた。

 

どうかしている。

 

でもその夜の私は、どうかしているまま、少しだけ前向きだった。

 

怖い。

 

重い。

 

でも、やるしかない。

 

 

家に戻った。

 

家、と呼んでいるのは、三百年のうちのここ八十年ほど住んでいる部屋だ。広くはない。広くはないが、前世の部屋より少しだけ広い。玄関に相当する空間は、歩幅で二歩。二歩で居間に相当する空間になる。居間の奥に、休息層がある。休息層は「寝室」にはあたらない。この身体は厳密な意味では眠らない。ただ、眠りに近い状態で休息する時間がある。その時間は、部屋の照度が落ち、空気の循環が静かになり、外界からの通知が遅延表示になる。

 

私は上着に相当するものを脱いだ。

 

上着、と呼んでいるのは、外出時に身体の外殻の表面を一層分だけ厚くする層のことだ。物質的に脱ぐわけではない。脱いだように感じるだけだ。その「感じ」を身体が提供してくれるのは、前世の習慣の継承だった。脱ぐ動作がないと、一日が終わった気がしない。こちらの市民の中には、その習慣を持たない者もいる。持たない者と話すと、たまに、私が脱ぐ動作をすることを珍しがる。珍しがられると、私は少しだけ誇らしい。前世からのものを、ひとつだけ持ってきた、という誇りだ。

 

棚に、本に相当するものがいくつか立ててある。

 

本に相当するもの、というのは、読むことを想定した情報の束が、物理的な厚みを持つ形で置かれているものだ。手に取れば、内容が空気中に展開される。電子書籍と紙の本の中間、と前世の語彙で言えば近い。中間というのは、たぶん、私のような元地球人のために用意された譲歩だろう。全部が空気中に展開されるだけの部屋では、手持ち無沙汰になる元地球人が一定数いる、と、住宅案内のFAQに書いてあった。

 

台所に相当する場所には、飲み物用の装置がある。

 

装置、としか言いようがない。温度と味と粘度と香りを指定すると、それが出てくる。地球のコーヒーに近いものも出てくる。出てくるが、完全には同じではない。同じではないことを、私は八十年かけて受け入れた。受け入れた日から、ときどき、完全に同じではないことを嬉しく思うようになった。同じでないから、ここが地球でないことを、毎朝こちらに思い出させてくれる。

 

居間の壁に、絵に相当するものを掛けてある。絵に相当するもの、というのは、こちらの市民がときどき制作する、静止した意図の層だ。意図の層は、見る者の体調や時刻に応じて、微妙に明度を変える。今夜の壁は、少し暗めだった。私の今夜の気分に合わせてくれている。合わせてくれているのに、少し鬱陶しい。気分を読まないでほしい時というのが、人にはある。

 

私はその壁の前に立って、しばらく何も考えないようにした。

 

考えないようにすると、かえって考える。

 

地球のことを考えていた。

 

三百年前の地球のことではない。今の地球のことだ。私はまだ、今の地球を見ていない。見ていないのに、見に行くことだけはもう決まっている。決まってしまった、と言う方が正確かもしれない。

 

共同統治層は、私の申請を通した。

通したのは、私のためではない。

辺境間接触の事例として、通すに足る倫理的整合性があったからだ。私の個人的な里帰り願望は、制度の隙間を通って、初接触の枠に滑り込んだ。私はその隙間を利用した側であり、同時に、その隙間に責任を負わされた側でもある。

 

ありがたい、と思うべきなのかもしれない。

 

ありがたさより先に、体が疲れた。

 

 

通知が一件、届いた。

 

身体の内側ではなく、部屋の空間の中央に、静かに文字列が立ち上がった。

 

**承認。詳細条件は追って送付。形態設計、言語設計、安全措置は各自責任で事前提出。**

 

各自責任。

 

最悪の四文字だった。

 

自由度が高いということは、失敗が個人持ちになるということだ。これも、前世の会社で学んだ。裁量を渡すのは、責任を渡すことと同じ意味だ。責任だけ渡してくる上司もいれば、裁量ごと渡してくれる上司もいる。共同統治層は、後者に近い。後者に近いから、逃げ場がない。

 

形態設計。

言語設計。

安全措置。

 

並べて読むと、三つとも「設計」と「措置」の字面が重い。

 

形態は、身体の見た目のことだ。地球に行くときに、こちらの素の姿で行くわけにはいかない。素の姿がそもそも何かも、私はうまく答えられない。市民の身体は、用途に応じて交換され、重ね着のように付け足される。地球向けの姿は、地球向けに設計される。つまり、演出される。

 

言語は、地球の言語をこちらで翻訳する層のことだ。翻訳精度の問題ではない。どの単位で、どの情動と一緒に、どの声量で届けるか、という設計だ。丁寧すぎれば慇懃無礼になり、砕けすぎれば軽く見られる。地球語の敬語は鬼門だ。敬語でやらかす元日本人が、どれだけ地球上で存在したかを思い出せばいい。あれを、銀河間接触の第一声でやる。考えたくない。

 

安全措置は、一番ややこしい。私の側の安全ではない。向こうの側の安全でもない。その両方を、私一人でバランスを取れ、ということだ。安全の形は相手によって違う、と管理者は言った。ではこちらが取るべき安全は、どちらに寄せるのか。寄せる、という発想自体がすでに、片側への傾きだ。

 

テンプレートはあるらしい。

 

あるらしいが、地球向けの前例はほとんどない。

 

ない、というのは、文字通りない。辺境間接触の記録はある。あるが、その多くは、こちらが観察者、相手が被観察者の立場で終わっている。今回のように、こちらが先に名乗り、姿を見せ、しかも元出身者が行く、という組み合わせは、過去の事例と重ならない。重ならない場合、その個別事例が次の前例になる。つまり、私がやらかしたら、未来の誰かの前例が「地球出身者の初接触は雑だった」になる。

 

最悪だ。

 

最悪なのに、ここで震えているのは、やっぱり私個人だ。

 

 

私はベッドに倒れ込み、顔を覆った。

 

ベッドに相当するもの、と本来なら正確に呼ぶべきだが、倒れ込むときは「ベッド」でいい。正確さは、倒れ込むことと相性が悪い。

 

「マズいな……」

 

口に出して言った。

 

声は部屋の静寂に吸い込まれて、返ってこなかった。返ってこないのは知っているのに、毎回、少しだけ返事を期待している自分がいる。三百年経ってもそれは治らなかった。

 

私は正式に、地球へ行けることになった。

 

そして正式に、自分で自分のやらかしを設計できる立場になった。

 

数百年生きても、人は急に賢くならない。

 

特に、責任の大きさと自己演出の悪癖は、長寿命社会で勝手に矯正されたりしない。

 

むしろ、失敗しても死なないぶん、変な癖だけが長持ちする。

 

長持ちした癖は、たいてい一番都合の悪い場面で出る。

 

 

天井を見た。

 

天井に相当する面は、真上ではない。少し湾曲している。湾曲しているのは、視野を均一に使うための設計らしい。私はその湾曲に、三百年かけてまだ完全には慣れていない。前世の天井は平らだった。平らな天井を見上げて、明日の予定を考えて、どうしようもなくなって寝るのが、地球的な夜の過ごし方だった。

 

今夜も、私は似たようなことをしている。

 

湾曲した天井の下で、明日ではなく、数周期先の地球訪問のことを考えている。

 

考えるふりをして、別のことを考えている。

 

別のこと、というのは、本当にどうでもいいことだ。

 

地球のいまは、どうなっているんだろう。

まだ、駅前の横断歩道に信号はあるんだろうか。

まだ、豆腐は売っているんだろうか。

まだ、洗濯物を干しているんだろうか。

 

その疑問のそれぞれに、たぶん誰かの暮らしがぶら下がっている。

 

信号を渡る人がいて、豆腐を買う人がいて、洗濯物を取り込む人がいる。

 

そのどれにも、私はもう属していない。

 

属していないのに、見に行こうとしている。

 

見に行くついでに、銀河間初接触をすることになっている。

 

どうしてそうなった、と問えば、共同統治層は丁寧に答えてくれるだろう。丁寧に、論理的に、倫理的整合性まで添えて。それを聞いたところで、私の気持ちは整理されない。気持ちは論理でほどけない。三百年生きた今でも、そうだ。

 

 

私は寝返りを打った。

 

寝返りに相当する動作、と書くのはもうやめよう。寝返りでいい。身体は何度か替わっても、寝返りは寝返りだ。

 

目を閉じる。

 

閉じると、視界の裏側に、管理者の輪が三つ、残像のように浮かんだ。

 

赤に近い白。

青に近い透明。

黒に近い金。

 

三つの輪は、残像の中でも、落ち着いた位相で回っていた。

 

あの人たちは、今ごろ何を話しているんだろう。

 

私の申請を通したあと、その決定を上層へどう上げるのか。あるいは上げないのか。上げなくてもいいくらいの案件なのか。上げなくてもいい案件だとしたら、それは私にとって救いなのか、それとも侮辱なのか。どちらでもないことを、私は知っている。制度は、救いも侮辱も用意しない。制度はただ、通したものを記録する。

 

私は目を開けた。

 

「容易に分類できないこと」

 

もう一度、声に出した。

 

声に出すと、その言葉は別のものに変わった。

 

聞いたときは、倫理的な助言だった。

口に出すと、ほとんど呪いだった。

 

呪いは、呪われる側に似合うように形を変える。私の呪いは、「ちゃんとしなきゃ」と似ている形に変わっていた。似ているが、少しだけ違う。「ちゃんとしなきゃ」は、こちらの側の安心のための言葉だ。「分類できないこと」は、向こうの側の混乱のための言葉だ。どちらも、混乱の管理という意味では同じなのかもしれない。

 

同じだとしたら、私は三百年前と同じ失敗をする。

 

 

地球では、今、何時だろうか。

 

私のいる星系と、地球の太陽系のあいだには、時差と言うにはあまりに大きすぎる距離がある。時間の比較は、本当は意味を持たない。持たないのに、私は今も、地球の時間で物事を考える癖が抜けていない。

 

たぶん、地球のどこかで、誰かが起きている。

 

誰かが起きていて、今日も生活をしている。

 

その誰かは、私がこれから行くことを、まだ知らない。

 

知らないまま、今日を過ごしている。

 

明日も、たぶん知らないままで過ごす。

 

知らないままの時間が、私の訪問の準備期間でもある。

 

こちら側が形態や言語や安全措置を各自責任で設計しているあいだ、向こうは気づかないまま、信号を渡り、豆腐を買い、洗濯物を干している。

 

そのことを思うと、胸のあたりが、少しだけ痛くなった。

 

胸に相当する場所が、少し。

 

それは、たぶん、申し訳なさというやつだった。

 

申し訳ないなら行かなければいい、とは思わなかった。

 

行かないという選択肢は、面談室を出たときにもう消えていた。

 

残っているのは、どう行くか、だけだった。

 

 

もうだめかもしれない。

 

本当に、そう思った。

 

それでも、起き上がった。

 

起き上がって、部屋の中央に、空間メモをもう一度呼び出した。

 

さっき海縁で書いたメモが、そのまま残っていた。

 

項目一。**舐められないこと。**

項目二。**怖がらせすぎないこと。**

項目三。**でも、適当に扱われないこと。**

項目四。**地球の文化に敬意があるように見えること。**

項目五。**上位文明の窓口として失礼がないこと。**

項目六。**出来れば感じよく。**

 

読み返して、笑いそうになった。

 

笑いそうになって、笑えなかった。

 

これを書いた自分を、私はあとで恨むことになる。恨むことになると知っていて、それでも消さなかった。消せなかった、の方が正確かもしれない。

 

私は、新しい項目を足した。

 

項目七。**容易に分類されないこと。**

 

書いたあと、その下にもう一行、小さく足した。

 

——ただし、分類されないことを目指して、変にキャラを作らない。

 

書きながら、この一行を守れる自信が、すでになかった。

 

守れないかもしれない。

守れないかもしれないが、書いた。

書いたものは、あとで自分を責める道具になる。

責める道具が多いほうが、私はたぶん、少しだけ慎重になる。

 

三百年生きた末の、私の自制の形が、これだった。

 

情けないが、現実だった。

 

 

メモを閉じた。

 

閉じてから、もう一度、ベッドに戻った。

 

今度は倒れ込まず、ゆっくり横になった。

 

湾曲した天井が、やわらかく暗くなっていく。

 

休息層の照度が落ち、空気の循環が静かになる。

外界からの通知が、遅延表示に切り替わる。

 

けれど、頭の中の通知は遅延しない。

 

頭の中では、ずっと同じ文字列が回っている。

 

**承認。形態設計、言語設計、安全措置は各自責任で事前提出。**

 

各自責任。

 

各自責任の「各自」が、たった一人だという事実に、私はもう一度たじろいだ。

 

通常、各自責任と書かれるときの「各」は、複数いることが前提だ。各部署、各担当、各加盟文明。責任を分散させる前提の言葉だ。ところが今回の「各自」は、文字通り、私だけを指している。分散する相手がいない。分散しようがない。

 

これは、各自ではない。

 

独任だ。

 

独任、と前世の辞書で呼ばれる役割。一人でやれ、一人で負え、一人で済ませろ。

 

済ませられる気がしない。

 

済ませられる気がしないのに、もうやるしかない。

 

やるしかないと認めた瞬間、私はほんの少しだけ、眠くなった。

 

身体が、私の観念のほうに先回りして、休息に入ろうとしている。身体のほうが賢いのかもしれない。考えても進まないときは、いったん寝る。地球でもそうだった。こちらでもそうだった。

 

 

眠りに入る直前、私はもうひとつだけ、考えた。

 

何を着て行こう。

 

銀河間倫理でもなく、文明間秩序でもなく、主権でも武装差でもなく、まずそこだった。

 

何を着て行けばいいんだろう。

 

耳は、少し長い方がいいだろうか。

声は、すこし低めに、均一に整えるべきだろうか。

髪の色は、分類しにくい色がいいと言われた気がする。

服は、地球の記号に寄せるか、こちらの記号を適度に混ぜるか。

 

考えるほど、頭の奥が熱くなった。

 

この熱さを、私はよく知っている。

 

前世の文化祭のステージ前夜、制服の下に何を着ていくかで三十分悩んだときの熱さだ。あの夜の私は、結局、どうでもいい無地のTシャツを選んだ。どうでもいい無地のTシャツが一番浮かなかった。浮かないことは、たぶん、いまの私にも必要なはずだった。

 

必要なはずなのに、どうでもいい無地のTシャツで銀河間初接触に行く勇気は、私にはなかった。

 

勇気がないので、デザインに逃げることになる。

逃げたデザインが、あとで地球の人々に、どういう名前で呼ばれるのか。

それを私は、まだ知らなかった。

知らないまま、眠った。

 

 

最後に、遠い声で、赤に近い白の輪がもう一度、言ったような気がした。

 

——誠実は、必ずしも安全ではありません。

 

私はその声に、寝入り端で、小さくうなずいた。

 

うなずいたことが、まずかったのかもしれない。

 

誠実と安全のあいだで、私は、誠実のほうを選んでしまった。

 

選んだこと自体は、たぶん間違っていない。

 

間違っていないが、誠実をどう演じるかの部分で、これから私は、たっぷりとやらかすことになる。

 

そのやらかしの種は、その夜、私の寝息と一緒に、部屋の暗さに静かに降りて、ゆっくりと根を張り始めていた。

 

誰にも気づかれないまま。

 

もちろん、私自身にも。

 

 

私が眠ったのと同じ時刻——

というのは、嘘だ。

時差は、ない。距離は、ありすぎる。

だから正確には、もっと先のことだ。

 

もっと先の地球のどこかで、

誰かがまだ、洗濯物を干していた。

誰かがまだ、豆腐を買っていた。

誰かがまだ、駅前の横断歩道で、信号が変わるのを待っていた。

 

私はそのことを、まだ知らなかった。

 

知らなかったし、

もし知っていたら、

私はきっと、もう少しだけ、

着るものに悩まなかった。

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