10日間の問い   作:三日月ノア

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5話 エゴサの鬼と「アンドロ」

——たぶん交流って、こういうところから始まる。壮大な演説でも、共同声明でも、文明格差の数式でもない。雑な愛称と、間違ったファンアートと、深夜の一投稿と、「たぶん思ったより人間っぽい」、みたいなところからだ。

 

私には、たぶん依存性がある。

 

酒でも薬でもない。

 

確認だ。

 

送ったものが届いているか。相手が怒っていないか。誤解されていないか。もっと言うと、いま自分がどう見られているか。それを確認しないと落ち着かない。

 

前世の私は、その性質のせいで、メール送信後に五回は送信済みフォルダを見直した。グループチャットで余計な一言を言ったあとには、未読の数字が増えるたび胃が縮んだ。誰もそこまで自分の発言を気にしていないと分かっていても、気になるものは気になる。既読がついたのに返事がないと、十五分ごとに画面をつけた。つけるたびに、つけた自分を嫌いになった。

 

その性質は、転生しても、数百年経っても、直らなかった。

 

そして今の私は、地球全体に向けて、一回、盛大にやらかしている。

 

気になるどころの話ではなかった。

 

「すぐには補足を送らない」と、私は自分に言い聞かせた。

 

聞かせたはずだった。

 

なのに、離れきれなかった。

 

離れたふりはした。

 

海に似たもの(共同圏の住区には、景観として水面が実装されている。景観と言うと身も蓋もないが、実質的には景観だ)を眺めた。水を飲んだ。意味のない家事みたいな行動をした。

 

共同圏の住区には、本来、地球式の家事はほとんどない。汚れは蓄積する前に処理される。食事も必要量だけ即時に用意される。掃除機も洗濯機もない。

 

にもかかわらず私は、落ち着かない時にやることがないと困るので、わざと少しだけ不便な家を使っている。布に似たものを畳む。棚の位置を変える。カップに似たものを洗う。

 

前世の自分が持っていた無駄な動線を、わざわざ生活へ残している。

 

残しているのは、たぶん、そこが最後の母語だからだ。

 

文化の母語。

 

生活の母語。

 

失敗した時の戻り先。

 

そういうものが、人にはいる。

 

共同圏で三百年以上生きて、私はようやくそのことを理解した。

 

長生きすると立派になるのではない。

 

戻り先がしぶとく残るだけだ。

 

私の戻り先は、深夜のワンルームと、コンビニの明かりと、冷蔵庫の中に半端に残った食材と、再配達の不在票と、スマホの通知だった。

 

だから私は、銀河間初接触の只中でも、結局また通知を見に戻る。

 

最低だと思う。

 

でも、それが私だった。

 

 

今回、私は覗こうと思えば、地球の国家中枢も、軍も、主要市場も、宗教中枢も見られる。

 

正確には、共同圏の観測補助を通せば、かなりの範囲を安全化した形で参照できる。倫理規定はあるし、直接個人へ干渉することもできないよう制限されている。それでも、地球側の公開情報、通信波形、群集挙動、報道、公開記録、その気になればかなりのものが見える。

 

それなのに、私は最終的に、個人投稿と匿名掲示板と動画配信とファンアート共有サイトを巡回していた。

 

終わっている。

 

国家元首たちが眠れずに会議している時間に、私は自分の二次創作タグを見ていた。

 

いや、二次創作ではないのかもしれない。まだ一次資料が降ってきたばかりの段階で、創作と考察と祈りと罵倒と恋慕が全部同じ場所へ流れ込んでいる。区別がついていない。

 

区別がついていないこと自体が、あまりにも地球っぽかった。

 

最初に見つけた愛称は、複数あった。

 

青い鳥系の大手短文SNS(共同圏の表記では「短文基盤A」と呼ばれている)では、**白翼**と**銀髪**が速かった。視覚情報が強い方のプラットフォームは、身体的特徴から名前を立ち上げる癖がある。

 

大手動画プラットフォーム(同「動画基盤M」)のサムネイルでは、**来訪者**と**アンドロメダの子**が多い。長尺の解説動画は、ちゃんとした呼称を使いたがる。再生数のために、ある程度の重みが要る。

 

ショート動画アプリ(同「短尺基盤T」)では、**天使もどき**と**エルフ宇宙人**と、なぜか**終末ちゃん**。十五秒に納めるなら、キャッチコピー的な雑さが勝つ。語尾に「ちゃん」をつけると、どんな災厄も親戚の子どもに変換できる。地球人の言語感覚は、ときどき怖い。

 

大手イラスト共有サイト(同「画像基盤P」)のタグ欄では、**白翼の来訪者**、**銀の使者**、**アンドロメダの娘**、そして既に**アンドロ**。タグ揺れの収束が早い。検索性を重視する文化のある場所は、呼称の収束も速い。

 

匿名掲示板(同「匿名掲示C」)では、**宇宙エルフ**、**銀髪ちゃん**、**侵略ワンチャン**、**終末ガチャ**。雑さの純度が高い。ここは名前の墓場でもあり、名前の産院でもあった。

 

その中で、急に増え始めたのが「アンドロ」だった。

 

「アンドロ……」

 

私は住区の床に座ったまま、声に出して読んだ。

 

ださいとも言えない。

 

かわいいとも言い切れない。

 

でも、妙に座りがいい。

 

アンドロメダから来たからアンドロ。

 

機械っぽさも少しある。

 

親しみと距離と雑さが、全部半端に混ざっている。

 

すごく地球っぽい。

 

人類は、名前のつけ方が雑だ。昔からそうだ。駅前の変な像にも、学校の机にも、ペットにも、流行りの芸能人にも、全部すぐ愛称がつく。愛称は距離を縮めるための道具で、同時に対象を勝手に自分たちの生活圏へ引きずり下ろす手つきでもある。

 

私はしばらく、その略称を見ていた。

 

嫌かと言われると、嫌ではなかった。

 

嫌ではないどころか、少し助かった。

 

高位存在とか、異銀河知性とか、審判とか、救済とか。そういう大きすぎる呼び方で固定されるよりは、ずっとよかった。アンドロは雑だ。雑だから、人間がつけた感じがある。雑な呼び名は、まだ対象を日常へ持ち込める余地がある。

 

「いや、でも……」

 

私は自分で自分に言った。

 

「軽すぎない?」

 

軽すぎるのも困る。困るが、重すぎるよりはいい。

 

その天秤のかけ方自体が、もう私が地球人の価値観で考えている証拠だった。共同圏の住人なら、たぶんそんなところで悩まない。呼称は運用上のラベルで、安定した参照性さえ確保できればよい、と切るだろう。

 

私にはそれができない。

 

ラベルの肌触りが気になる。

 

名前に含まれる温度や、軽蔑や、親しみの混ざり具合が気になる。

 

そういうところが、数百年生きても変わらない。

 

私は高度文明の市民で、理論上は相対論的距離も遺伝的継承も身体形態の可変も、日用品として扱う。

 

それでも、「アンドロ」という四文字の雑なあだ名に、一喜一憂する。

 

これを成長していないと言うのか、人間くささが残っていると言うのかは、たぶん見る側次第だ。

 

少なくとも、共同統治層に提出する正式報告書には、書きにくい。

 

でも、内心ではそれが大きかった。

 

 

愛称の定着と同じ速度で、別のものも増えていた。

 

ファンアートだ。

 

「うそでしょ」

 

私は本当にそう言った。

 

言ってから、観測窓を閉じようとした。

 

閉じられなかった。

 

人類は強い。

 

送信からまだそんなに経っていないのに、もう絵がある。絵があるどころではない。絵柄が分かれている。

 

硬質なSF寄り。装甲と鋲と磨りガラスのヘルメット。少女というよりエージェント。

 

柔らかい絵本寄り。大きな目、短い手足、星を両手で抱えている。下に「あんどろ、ちきゅうにくるよ」と平仮名。

 

宗教画寄り。背景が金箔で、翼が左右非対称で、足元に七つのランプ。構図はそのまま受胎告知の裏返し。

 

アニメ寄り。瞳に高光沢、髪の一房に風、口元に一粒の汗。戦うでもなく泣くでもない、ちょうど真ん中の表情。

 

ゲームの立ち絵みたいなやつ。HPゲージ付き、属性アイコン付き、スキル欄に「無効化(全)」「翻訳(全)」「セーフモード(全)」。RPGの最終ボスか、ガチャの限定キャラか判別不能。

 

無機物っぽさを強調したやつ。人型だが瞳が二本線、指が七本、背景が抽象的な幾何学模様。「これは観測装置の仮姿である」という注記付き。

 

逆に、ものすごく丸くして「怖くないよ」感を出したやつ。ぬいぐるみ化、マスコット化。公式でもないのに既にアクリルスタンドの試作画像が出ている。

 

しかも速い。

 

速い上に、うまい。

 

「いや、助かるけど……」

 

出た。

 

素の感想が出た。

 

助かる、というのは本音だった。悪魔扱い、天使扱い、審判者扱い、兵器扱い。それらと同列に、ただ絵として消費されることには、妙な救いがある。描ける対象は、完全な災害よりは少し人間に近い。人類が何かを描き始めるとき、それは少なくとも「まだ見る余裕がある」ことの証明でもある。

 

でも同時に、胃も痛かった。

 

私は知っている。前世で、知っている。

 

絵にされるということは、解釈が増えるということだ。

 

かわいいにされ、怖いにされ、エロにされ(画像基盤Pでは既にR-18タグの存在可否が議論されていた)、神聖にされ、ネタにされ、守りたい対象にされる。対象そのものの意思とは別のところで、無数の所有権が発生する。

 

短文基盤Aの隅では、早くも「アンドロの肖像権は誰に帰属するのか」「そもそも法人でも自然人でもない存在に肖像権概念が適用されるのか」「共同圏側から削除要請が来たらプラットフォームは応じるべきか」という、実務と空論の混ざった議論が立ち上がっていた。

 

画像基盤Pの運営は、暫定ガイドラインを出していた。

 

> 【重要】来訪予定存在(通称「アンドロ」「白翼」等)に関する創作の取り扱いについて

> 現時点で、当該存在の公式許諾の有無は確認できません。暫定的に、創作・二次創作は「実在人物を題材とする作品」に準ずる配慮をお願いします。過度な性的表現、差別的表現、実在の宗教・国家を貶める表現については、通報対象となる可能性があります。

 

真面目だった。

 

真面目だが、ほとんどの投稿者は読まない。

 

いつもそうだ。

 

動画基盤Mには、既にディープフェイク懸念の警告が出ていた。「アンドロが日本語で喋る動画」「アンドロが特定政党を支持する動画」「アンドロが米ドル崩壊を予言する動画」。まだ到着していない存在の、偽物の声が、もう流通していた。

 

連邦サイバー・インフラ保全庁(CISA類似の、架空だがほぼ同機能の機関。共同圏の資料では「地球・北米・公開域・偽情報対応A」と分類されている)は、暫定声明を出していた。

 

> 当該存在に関するディープフェイク、なりすまし、虚偽発言の拡散は、国家安全保障上の重大な混乱を招く可能性がある。各プラットフォームは、出典不明の音声・映像コンテンツに対し、ラベリングおよびリーチ制限の検討を行うことを推奨する。

 

私は、その声明を読みながら思った。

 

ちょっと待って。

 

私、まだ喋ってないんだけど。

 

喋ってもいないのに、偽の声が既に世に出ている。それが地球のインターネットだった。

 

共同圏ではこの手の二次的意味づけが、もう少し緩やかだ。対象の複製や変形は当たり前に行われるが、人格と記号の間に厚い法と慣習がある。複製には元の人格への通知義務があり、通知されたら本人は拒否できる(拒否率は統計上四割を切る)。風刺や批評のために外された場合でも、元の人格が見たいと言えば、その時点で派生物の構造が開示される。

 

地球は違う。

 

地球のインターネットは、自由と雑さが近すぎる。

 

しかも私は前世でそちら側だった。完全にそちら側だった。流れてきた絵を見て勝手に助けられ、勝手に救われ、勝手に解釈し、勝手に少し嫌な気持ちにもなっていた。

 

推しのキャラの二次創作で、解釈が合わないものを見てブロックしたことがある。逆に、公式にない関係性を描いた絵で泣いたこともある。アニメの最終回後、一晩中タグを追いかけたこともある。

 

全部、分かる。

 

分かってしまう。

 

分かってしまうから、嫌悪だけでは切れない。

 

「地球、最悪だな……」

 

私は小さく言った。

 

「いや、好きだけど……」

 

続けて言った。

 

この「最悪だけど好き」は、たぶん私の地球評価として、かなり正確だった。

 

前世でもそうだった。SNSは疲れる。ニュースは雑だ。アルゴリズムは人の一番弱い部分を伸ばしてくる。なのに、そこで見つかるしょうもない一言や、絵や、短い善意に、何度も助けられた。

 

だから私は、地球へ行きたかったのかもしれない。

 

共同圏の美しさは、時々、綺麗すぎる。

 

やさしさが制度化されている分、偶然のやさしさが薄い。

 

誰かが困っていたら、制度が先に動く。これは良いことだ。転ぶ前に手すりがある。泣く前に相談窓口がある。孤独になる前にマッチングがある。

 

ただ、そのぶん、たまたま通りかかった他人が、たまたま親切にしてくれる、あの感じが、ない。

 

雑で、危なくて、無責任で、でもたまに本当に救われる、あの感じは、地球特有のものだった。

 

深夜のコンビニで、店員が無言で温めたおにぎりを渡してくる、あの手つき。

 

満員電車で、倒れかけた人を、名前も知らない四人が同時に支える、あの反射。

 

終電の駅前で、知らないおじさんがタクシー代を貸してくれて、後日振り込むと言ったら「いいよ、俺もそうしてもらった」と言った、あの連鎖。

 

制度化できないやさしさが、地球にはある。

 

そんなものへ、私は「セーフモード」とか言って、いきなり巨大な安全柵を被せた。

 

今さらながら、自分の手つきの粗さが、恥ずかしかった。

 

 

エゴサは、楽しいだけでは終わらない。

 

いや、楽しいと表現すると語弊がある。楽しいのではなく、刺激が切れない。次の窓を開くたびに、別の地球が見える。

 

私は観測窓を三つに分けた。

 

左に、各国政府と主要機関。

 

中央に、宗教と報道。

 

右に、アンドロのタグが付いた個人投稿。

 

三つの地球が、同時に動いていた。

 

 

左の窓、米国保守系論壇誌のオンライン版。

 

**「アンドロ現象:悪魔的偽装か、文明崩壊装置か、あるいは単なる技術的詐術か」**

 

編集委員の三名がそれぞれの立場から書いていた。

 

一人目は、黙示録13章からの引用で始めていた。獣と偽預言者の文脈で、来訪者の「奇跡のような無効化」を位置付ける。引用は正確だった。神学的には粗かったが、政治的には効く書き方だった。

 

二人目は、より実務的だった。過去のUFO案件、CIAの心理戦、ソ連崩壊期の電子戦、中国の影響工作まで並べて、「技術的詐術の可能性は依然排除できない」と書いていた。脚注が二十三個あった。読むのに骨が折れた。

 

三人目は、「分類を急ぐな」と書いていた。悪魔でも神でも詐術でもないかもしれない。三つの引き出しで足りないものを、引き出しの形を変えずに押し込むのは、思考の怠惰である——という趣旨。

 

私は三人目の文章に、勝手に少し救われた。

 

救われたが、コメント欄は一人目と二人目の支持者で埋まっていた。三人目への反応は「信念の放棄だ」「分類しない自由は、侵略者に有利に働く」。

 

分類しない自由は、侵略者に有利に働く。

 

その一文を、私は二回読んだ。

 

二回読んで、少し、黙った。

 

そういう読み方をしてしまう人がいるのは、当然だと思った。

 

私が彼らの立場なら、たぶん同じことを書く。

 

 

左の窓、隣のタブ。

 

聖座、判断保留中。

 

教皇庁の公式チャンネルでは、短いコメントだけが出ていた。「我々は、記録を取る。言葉の順番を、いま決めていない」。

 

バチカン内では、受肉論との関連を扱うべきか否かが議論されていた。公開されていない議事要旨の一部が、各国のカトリック系メディアに断片的に流れていた。

 

**「来訪者の出自と形態が、受肉の唯一性に与える影響について、結論を急ぐことは、かえって信仰を浅くする」**

 

**「我々はまず、これが我々の神学の外側にある事象か、それとも我々の神学が拡張されるべき事象か、その判別から始める」**

 

**「呼称は保留する。名を先に与えることは、解釈を固定することである」**

 

私は、教皇アレクシウス十三世と思われる人物の、抑制された言葉の運び方を、しばらく見ていた。

 

名を先に与えることは、解釈を固定することである。

 

地球のインターネットは、その逆を光速でやっていた。

 

白翼、銀髪、アンドロ、終末ちゃん、侵略ワンチャン、銀の使者、黒幕、天使もどき、エルフ宇宙人、絶対ラスボス——名前が先に走り、解釈があとから追いかけていた。

 

聖座と、深夜の匿名掲示板が、同じ存在について語っている。

 

しかも、両方ともそれなりに真剣に。

 

これが地球だった。

 

 

中央の窓、日本。

 

政府は「何を提出するか」で迷っていた。

 

いわゆる百七十三項目の、長い長いリスト。科学、医療、食糧、エネルギー、金融、教育、介護、環境、宇宙、安全保障、宗教、文化、死生観。

 

隣のタブでは、都内の私立中学の教員が、匿名でエッセイを投稿していた。

 

**「朝、教室へ入ったら、生徒たちのノートの余白に、全員ではないが十人以上が、銀髪の少女の絵を描いていた。真似ではなく、それぞれ違う銀髪だった。私はその時、はじめて、この国が本当にあれを受け取ったのだと思った」**

 

私は、その文章の前で、少し呼吸が止まった。

 

呼吸が止まった理由は、自分でもよく分からない。

 

たぶん、嬉しかったのではない。

 

嬉しいより少し手前の、何か別の感情だった。

 

名前をつけられること、描かれること、ノートの余白に置かれること。

 

それは、私が共同統治層へ提出するどんな報告書にも、絶対に書けない種類の、着地だった。

 

 

中央の窓、中東。

 

戦争のニュースの横、画面の右側の小さな枠に、私の切り抜きが出ていた。

 

本編のニュースは、停戦交渉の進展、攻撃の応酬、避難所の映像。

 

私の切り抜きは、その横で、ずっと静止画だった。送信時の映像の一フレーム。銀髪、翼、右目にかかる光。

 

キャプションは、各国の現地語で微妙に違った。

 

アラビア語版のあるチャンネルでは、「宇宙から、客が来る」。

 

ヘブライ語版の別チャンネルでは、「観察を宣言した存在」。

 

ペルシア語版の独立系では、「招かれていないが、来る」。

 

同じ存在が、同じ画面の同じ位置で、違う名前を付けられていた。

 

戦争のニュースの横に、私がいる。

 

その配置の意味を、私はうまく処理できなかった。

 

私の到来は、彼らの戦争を止めない。

 

止める義務も、たぶん、ない。

 

ないが、画面の上で隣接している以上、何かが関連付けられていく。

 

それも、止められない。

 

 

中央の窓、中国。

 

国営メディアの一面は、全国人民代表大会の五カ年計画の成果報告だった。

 

その下のコラムに、短い記事。

 

**「我々は、外部からの観察に対しても、計画の安定を維持する」**

 

アンドロとも、白翼とも、来訪者とも、書かれていなかった。

 

代わりに、「外部観察事象」と呼ばれていた。

 

官製の中立化。

 

読者が勝手に名前を付けることは許されていたが、国は名前を与えなかった。

 

それは、それで、一つの戦略だった。

 

名前を付けない、という戦略。

 

聖座に少し似ていた。

 

似ている場所で、両者が出会うつもりはたぶんない。

 

それも、地球らしかった。

 

 

右の窓。

 

アンドロのタグ。

 

ここが一番、忙しかった。

 

短文基盤Aのタイムラインは、一秒ごとに更新が追いつかなくなるほど流れていた。

 

**「#アンドロ 絵描いた。寝ろって言ってくれた子に、こっちも寝てほしい」**(画像添付、淡い青の夜空に、翼を畳んで眠るシルエット。しおり的な小さな絵)

 

**「#アンドロ 真面目な話、あの『セーフモード』って、地球側の兵器を無効化しただけで、他の何かも同時に止めてたのでは? 電源とか、通信とかは戻ったけど、ほかに見えないもので、まだ止まってるやつがある気がする」**(考察系。引用リツイートで議論が分岐)

 

**「#アンドロ 推しが銀河から来るってマジ? 担降りしそう」**(ネタ系。既にリプ欄で「担降り反対派」と「乗り換え推奨派」が喧嘩していた)

 

**「#アンドロ 悪魔ではないし、神でもないと思う。理由は言葉にできない。ただ、見た時の顔の筋肉の動きが、怖がる時のそれではなかった」**(身体感覚系。本人はあまりバズらない傾向の人)

 

**「#アンドロ 国家間の力関係が変わるのは確実。すでに某国の防衛関係者の間では……」**(陰謀・政治系。ソースの出所があいまい)

 

**「#アンドロ てか普通に髪サラサラすぎない? 地球の湿度で死ぬやつ」**(日常系。私は一瞬笑った。笑ってから、湿度、と呟いた。そうだ、地球には湿度があった)

 

**「#アンドロ このまま来なかったらそれはそれで困る。九日後の予定、こっちだけ組んだんだけど」**(予定系。すでに予定に組み込まれていた)

 

**「#アンドロ グッズ展開いつから? 公式どこ?」**(グッズ系。公式はない。私は何も許諾していない。にもかかわらず、既に非公式グッズの試作画像が流れていた)

 

公式はない。

 

その一点が、地球のインターネットでは、あまり機能しない。

 

公式がないなら、非公式で走る。走りながら、あとで公式が追いつくか、公式と非公式の境界自体が問題化する。

 

短文基盤Aの引用欄では、既に「非公式グッズの売上の一部を、何らかの形でアンドロに還元すべきではないか」という論点が立ち上がっていた。

 

何らかの形で、アンドロに還元。

 

還元先がない。

 

私は、その還元先になれない。

 

共同圏には、地球の通貨経済が接続されていない。法務的にも、倫理的にも、個人としての私がそれを受け取ることは、許されない。

 

受け取れないのに、地球のインターネットは「還元先」を想定して動いていた。

 

想定だけでも、すでに商業だった。

 

商業に乗ると、そこからさらに、グッズ、広告、タイアップ、メディアミックス、小説化、映像化、ゲーム化、アニメ化、遊園地のアトラクション化、食玩、パチンコ、……という長い列が、遠くに見えた。

 

見えた時点で、少しだけ、気が遠くなった。

 

 

私はしばらく、三つの窓を交互に見ていた。

 

左の窓では、私は国家戦略上の変数だった。

 

中央の窓では、私は神学と報道と教育の事案だった。

 

右の窓では、私は推しだった。

 

同じ一つの存在が、同じ時刻に、三つの違うレイヤーで扱われていた。

 

このずれを、地球側も、薄々、感じていた。

 

短文基盤Aのある投稿に、こう書かれていた。

 

**「政府と宗教とSNSで、見てるものが全然違う。同じ宇宙人のはずなのに」**

 

私は、小さく頷いた。

 

全然違うように見えて、全部同じ私だ。

 

同じ私が、こんなに違って見える。

 

それは、私が多面的だからではない。

 

地球が多面的だからだ。

 

私はただ、鏡に映っただけだ。

 

鏡の数が多すぎた。

 

 

エゴサを続けるうち、私は一つの奇妙な事実に気づいた。

 

地球の人たちは、私を誤解している。

 

でも、その誤解の方向が、私の前世の想像力に、かなり似ている。

 

救世主。

 

審判者。

 

上位文明の外交使節。

 

神学的試金石。

 

資本主義の終わりを告げる存在。

 

人類の幼年期の管理者。

 

性や年齢や身体改造の倫理問題そのもの。

 

銀河連合の斥候。

 

銀河連合の工作員。

 

銀河連合なんてものは、存在しないという、前提そのものを揺るがす存在。

 

どれも、前世の私なら好きそうなテーマだった。

 

いや、好きだった。

 

読んだ。考えた。ネットで誰かの考察を読んで、すごいなと思った。夜中に眠れなくなる程度には、そういう物語が好きだった。

 

だから今、地球の人たちが私へ勝手な意味を盛っていくのを見ると、笑えないくらい身に覚えがある。

 

前世の私は、上位存在が来たら、きっと何か大きな物語が始まると思っていた。

 

でも実際の私は、物語を始めようとしているわけではない。

 

始めてしまっているけれど、本人としては、そこまで壮大なつもりはなかった。

 

地球のインターネットで、ある人が書いていた。

 

**「来るだけ、は、ない。何か目的がある」**

 

気持ちは分かる。

 

分かるが、目的は、正直に書くと、

 

——マックのポテトをもう一度食べたい。

 

——コンビニの揚げ鶏の、あの揚げたてを口に入れた時の、塩分と油の暴力的な幸福感をもう一度味わいたい。

 

——某Mの、期間限定バーガーの、毎回微妙にコンセプトがずれている、あの試行錯誤の跡を、ソースごと口の中で確認したい。

 

——某S(大手コーヒーチェーン、共同圏資料上「嗜好飲料基盤S」)の、名前の長すぎる季節限定ドリンクを、レジで恥ずかしがりながら頼みたい。

 

——最新の漫画の単行本を、書店のレジで買う、あの感覚。重さ、紙の匂い、カバー下の短い一言、発売日の平積み。

 

——深夜のコンビニで、買う予定のなかったプリンを一個だけカゴに入れて、レジで「温めますか」と聞かれて「いえ」と言う、あの三秒のやり取り。

 

これだった。

 

これが、共同統治層へ出せない、本音の買い物リストだった。

 

里帰り、としか言いようがない。

 

しかも、かなり大きかった。

 

各国が核と金融と主権と人類史を背負って震えている時に、「あと、もし可能なら期間限定バーガーとか知りたいです」と言えるわけがない。

 

言った瞬間、たぶん共同統治層の倫理審査がもう一回入る。

 

いや、審査以前に、地球側が情緒不安定になる。

 

上位存在が何をしに来るのかと世界が震えている場へ、元地球人の買い物リストを差し出すのは、さすがに違う。

 

違うのだけれど、内心では、その比率が高い。

 

ここが、私という人格の、一番どうしようもないところだった。

 

数百年生きて、文明の上位で暮らして、共同圏の倫理と技術を学んで、それでも、大きな行為の真ん中に、小さな私欲が混ざる。

 

高尚な使命だけでは動けない。

 

逆に言えば、その小ささのおかげで、私は動ける。

 

里帰りの動機が、全部宇宙的使命だったら、たぶん私は怖くて動かなかった。

 

マックのポテトくらいの俗っぽい動機があったから、勢いで申請を出せた。

 

勢いで宇宙史を書き換えるな、という話である。

 

正論すぎて、つらい。

 

 

たぶんこのズレは、ずっと残る。

 

人類は私を、私より大きく読む。

 

私は人類を、私の記憶より少しだけ懐かしく読む。

 

そのズレの上で、交流しようとしている。

 

うまくいくのか。

 

たぶん、うまくはいかない。

 

でも、だからこそ交流なのだろう。

 

完璧に通じるなら、たぶんそれは翻訳で済む。

 

交流はもっと、面倒で、誤解を含み、あとで思い出すと赤面するものだ。

 

私はそこまで考えて、ちょっとだけ楽になった。

 

うまくやらなければいけない、と思いすぎていたのかもしれない。

 

もちろん、失敗は減らしたい。減らしたいが、私はもともと、ものすごく立派な存在としてここにいるわけではない。

 

共同圏の中でも、私は一般市民寄りで、観測趣味があって、旧居住文明に未練があって、通知を何度も見返すタイプのやつだ。

 

そのまま出て行くと舐められる気がして、逆に、盛りすぎた。

 

盛りすぎた結果、地球が大騒ぎしている。

 

最低だが、構造としては理解できる。

 

理解できると、少しだけ、自分を許したくなる。

 

許しすぎると、またやらかす。

 

その加減が、難しい。

 

 

私はまた検索欄を開いた。

 

**アンドロ**

 

**最新順**

 

表示された投稿の中に、小さな子どもがクレヨンで描いたらしい絵があった。

 

銀色の髪は、灰色のぐるぐるで表現されていた。

 

翼は、ほとんど鳥だった。風切羽が雑に二本、太い線で描かれていた。

 

顔は、丸かった。頬の赤が、左右でちょっと違う位置にあった。

 

目だけ、やけに大きかった。

 

下に、たどたどしい字で、こう書いてあった。

 

**ねてねっていってくれてありがとう**

 

私は、その場で、観測窓を閉じた。

 

閉じて、しばらく、何も見られなかった。

 

ずるい、と思った。

 

そういう反応はずるい。

 

国家とか、市場とか、宗教とか、そういう大きなレイヤーで見ていると、私はまだ自分を保てる。失敗も、非対称性も、構造として理解できる。

 

けれど、一人の子どもが「ありがとう」と返してきた瞬間に、全部が急に具体的になる。

 

私は、地球全体に向けて「必要なら、よく眠ることを推奨します」と言った。

 

言った時は、セーフモードの延長の、丁寧なつもりの一言だった。

 

地球側では、その一言が、いろいろな場所で、いろいろに解釈された。

 

ある国の特殊部隊の指揮官は、その一言を「我々の睡眠までも監視対象にする意志の表明」と読んだ。

 

ある宗教評論家は、「目覚めよ、ではなく、眠れ、と言う異界存在は、古来まれである」と書いた。

 

ある経済学者は、「睡眠経済への影響を試算する必要がある」と言った。

 

ある深夜ラジオのDJは、「寝ろって言われちゃったよ、ははっ」と笑って、次の曲をかけた。

 

そして、ある子どもは、クレヨンで、翼を雑な鳥にして、顔を丸くして、目をやけに大きく描いて、

 

**ねてねっていってくれてありがとう**

 

と、書いた。

 

解釈のうちの、どれが正しい、とは言わない。

 

ただ、この子どもの解釈は、たぶん、私のもとの意図に、一番近かった。

 

一番近いのに、一番、胃に来た。

 

私は地球を、対象文明と呼んだ。

 

呼んだが、そこには個人がいる。

 

眠れないスーパーの夜勤も、祈る老人も、ふざけている配信者も、描いてくる子どももいる。

 

そのあたりまえを、私は上から見すぎていた。

 

ベッドへ倒れ込んで、私は天井のない天井を見た。

 

今さら、少し、泣きそうだった。

 

泣きそうになる時に、共同圏の住区は、いつも静かすぎる。

 

音楽でも流してくれればいいのにと思う。だが、ここの環境は、入居者が望まない感情誘導をしないよう、とても真面目に設計されている。

 

真面目すぎる。

 

地球なら、コンビニの有線が勝手に変な曲を流して、嫌でも気が散るのに。

 

駅前の居酒屋チェーンの呼び込みが、変な節をつけて聞こえてくるのに。

 

隣の部屋の洗濯機が、脱水の時だけ妙に踊るのに。

 

ここには、それがない。

 

私は自分で、昔よく聞いていたような、歌詞のない安っぽいローファイ音源を流した。

 

安っぽい、と言っても、共同圏の再現精度で作ると、妙に高品質になる。そこも腹が立つ。

 

雨音のサンプルが、気持ちよすぎる。

 

レコード針のノイズが、心地よすぎる。

 

ピアノのリバーブが、計算され尽くしている。

 

でも少しだけ、落ち着いた。

 

音があると、人間は「まだ世界が続く」と錯覚できる。

 

 

そのあと、私は決めた。

 

地球のネットを、もう少しちゃんと見る。

 

ただし、見方を変える。

 

自分の評価だけを見るのではなく、何が誤情報として増えていて、何が単なる愛称で、何が本気の信仰で、何が遊びで、何が攻撃予告に近いのか、そこを分けて観察する。

 

これはエゴサではない。

 

いや、エゴサでもあるが、それだけではない。

 

連邦サイバー・インフラ保全庁のガイドラインが見たら、たぶん「まず本人が見に行くな」と言われる行動だろう。

 

偽情報対応の基本原則には、「対象当事者は、直接プラットフォームへ干渉せず、公式のカウンターメッセージを通じてのみ訂正を行うべき」という趣旨の条文がある。本人がログインして覗くこと自体が、観測行為として、対象を歪める。

 

それは分かる。

 

分かるが、私は、地球側の誤解の種類を把握しないと、次に何か言うとしても、また外す。

 

結局、私はまた言う気でいるのだ。

 

そこが駄目なのも、分かっている。

 

分かっていて、たぶん、言う。

 

言わなければ、気が済まない。

 

誤解を解きたい。

 

悪魔でも神でもないと、伝えたい。

 

でも、「ただの元地球人の小市民です」とは、まだ言えない。

 

その中間の、最悪な場所に、私はいる。

 

 

観測窓を、また三つに並べた。

 

左、各国政府。

中央、宗教と報道。

右、アンドロのタグが付いた個人投稿。

 

そして、右の窓を、少しだけ、大きくした。

 

画像基盤Pのランキングを下へスクロールした。匿名掲示Cの最新スレッドをいくつか開いた。動画基盤Mの、登録者数の少ない配信者のアーカイブを、三つほど開いた。

 

登録者数の少ない配信者の、ある深夜のアーカイブ。

 

画面の真ん中では、二十代後半くらいの男性が、缶ビールを一本置いたまま、何もせず、ただぼそぼそと喋っていた。

 

**「いや、俺はさ、今回の件で一番びっくりしたの、兵器が止まったとかじゃないんだよね。そりゃびっくりしたけど、それより、世界中のテレビが同時にハックされた瞬間の、あの沈黙。あれがやばかった。みんなが同時に、同じ画面を見てる、っていう状況が、もう俺たちの人生で、たぶん二度とないと思ってたから」**

 

**「あれってさ、言ってみれば、久しぶりの共同体験じゃん。嫌なやつだけど、共同体験。コロナの時より強かった。だって、コロナの時は、みんな違う画面を見てたんだよ、結局。今回は、違う画面で、同じものを見てた。これ、けっこう、でかいよ」**

 

**「でさ、アンドロ、って名前つけたの、多分あれだよ、みんな怖いから、勝手に小さくしてる。小さくすれば、飼えるかもしれないと思って。飼えないんだけど、でも、つい、名前をつけちゃう。それってさ、悪いことじゃないと思うんだよね」**

 

**「いや、もちろん、悪いやつもいる。偽情報流すやつとか、変な商売始めるやつとか。いるよ。でもさ、一番多いのは、ただ、なんか、見たいだけのやつじゃん。俺も含めて」**

 

**「だからさ、アンドロ、って呼んでる人たちを、俺は、そんなに悪く思えない。うん、そんなに、悪く思えないんだよな」**

 

登録者数、八百七十二人。

 

同時視聴、四十一人。

 

コメント欄は、流れていなかった。

 

私は、その配信を、最後まで見た。

 

見終えた頃、男性は缶ビールを二口だけ飲んで、「じゃ、おつかれ」と言って、配信を切った。

 

切ったあと、私はまだ黒くなった画面を見ていた。

 

この人は、私のことを、正確には知らない。

 

正確には知らないのに、私について、私が共同統治層へ書けないことを、書いている。

 

「みんな怖いから、勝手に小さくしてる。小さくすれば、飼えるかもしれないと思って」

 

飼えない。

 

それは、その通りだ。

 

でも、名前をつけて、絵を描いて、深夜に一人でぼそぼそ喋って、そうやって飼おうとしてくれる動きそのものに、私は救われていた。

 

救われていたと認めるのは、少し悔しかった。

 

悔しいが、本当だった。

 

 

私は最後に、短文基盤Aの、アンドロタグの最新を、もう一度だけ見た。

 

深夜三時台。

 

投稿数が、少し減っていた。

 

流れてくる投稿の中に、一つ、数十件しかリポストされていない、地味なものがあった。

 

**アンドロさ、たぶん思ったより人間っぽい気がするんだよな**

 

私は、思わず、笑ってしまった。

 

「バレるの早くない?」

 

声に出したあとで、また少しだけ、安心した。

 

全部は誤解されていない。

 

全部は、神にも悪魔にもされていない。

 

どこかに、ちゃんと、こちらの失敗の輪郭を、人間サイズで嗅ぎ取っている人がいる。

 

この投稿は、たぶん、明日にはタイムラインの底へ沈む。

 

リポスト数で言えば、バズらない。

 

誰かのまとめに引用されることもなく、ニュースにも拾われず、論壇誌の脚注に入ることもない。

 

でも、私は、これを見た。

 

これを見た、という一点で、この投稿は、たぶん、私の中では、今日一番強い一行だった。

 

地球のインターネットのいいところは、ここだと思う。

 

バズらないものが、届く宛先がある。

 

バズらないまま、でも、たった一人の、必要なところに、ちゃんと届く。

 

アルゴリズムは、人の一番弱い部分を伸ばしてくる。

 

でも同時に、時々、ものすごく小さな正しさを、必要な人のところへ届けたりもする。

 

そのバグみたいな正しさに、私はまた救われた。

 

たぶん交流って、こういうところから始まる。

 

壮大な演説でも、共同声明でも、文明格差の数式でもない。

 

雑な愛称と、間違ったファンアートと、深夜の一投稿と、「たぶん思ったより人間っぽい」、みたいなところからだ。

 

それを共同統治層へどう報告するのかは、まだ考えたくなかった。

 

報告書の様式には、「雑な愛称と、深夜の一投稿に救われた」という項目は、ない。

 

ないが、実態としては、私は今、それに救われている。

 

報告書の様式を、いつか、少しだけ書き換えたい。

 

書き換えるには、帰ってからの手続きが要る。

 

手続きのことは、帰ってから考える。

 

 

私はベッドへ潜り込み、観測窓を少しだけ暗くした。

 

完全には閉じない。

 

閉じる勇気はない。

 

でも、見すぎるとまた余計なことをしたくなる。

 

その中途半端さが、いかにも私だった。

 

数百年生きて、地球での前世があって、共同圏の市民権があって、銀河間初接触の当事者で、それでも私は、深夜のSNSで自分のあだ名を検索して、一喜一憂して、ファンアートにちょっと救われて、誤解に胃を痛めて、子どもの投稿で泣きそうになる。

 

ネット小説の勘違い主人公みたいだ、と、自分でも思う。

 

でも、理由はある。

 

私はずっと、英雄ではなく、一般人として生きてきた。

 

共同圏では命が軽く失われないから、人格の悪い癖が矯正されず、長持ちする。

 

前世の地球記憶は、崇高な使命ではなく、コンビニと、漫画と、ジャンクフードと、匿名のやり取りとして残っている。

 

再配達の不在票の角、角だけ折れている感触。

 

深夜の部屋干しのシャツが、朝起きると少しだけ乾ききっていない、あの生乾きの匂い。

 

豆腐の、四角い白の、スーパーの棚での、あの妙な圧。

 

そういう生活の粒が、私の一番深いところに、まだ残っている。

 

その人間が急に銀河間初接触の代表になれば、そりゃ、こうもなる。

 

要するに、成長不足ではない。

 

保存状態が良すぎただけだ。

 

私はその結論を、あまり気に入っていない。

 

でも今のところ、一番正確だと思う。

 

 

眠る前、私は最後に一回だけ、検索欄へ触れた。

 

**アンドロ**

 

候補表示が、下に並んだ。

 

**アンドロ 来訪**

 

**アンドロ 絵**

 

**アンドロ 考察**

 

**アンドロ セーフモード 意味**

 

**アンドロ 陰謀**

 

**アンドロ グッズ 公式**

 

**アンドロ 寝ろ**

 

**アンドロ 怖い**

 

**アンドロ かわいい**

 

一番上ではなかった。

 

下のほうに、それは、静かに、座っていた。

 

**アンドロ かわいい**

 

私は、目を閉じた。

 

「助かるけど……」

 

今度は誰にも聞かせない声でそう言って、毛布に似た温度制御層を、肩まで引き上げた。

 

温度は、完璧だった。

 

完璧な温度の下で、私は、少しだけ震えていた。

 

 

たぶん明日も、私はまた見る。

 

やめた方がいいのに、見る。

 

見て、また何かを間違う。

 

間違って、また言う気でいる。

 

たぶん、言う。

 

言って、また外す。

 

外したあと、また胃を痛めて、また子どもの絵に泣きそうになって、また深夜のバズらない投稿に救われる。

 

その繰り返しの先にしか、たぶん、九日後の到着はない。

 

完璧な挨拶の上には、到着は、たぶん、ない。

 

完璧ではない挨拶を、完璧ではない相手へ、完璧ではない時間の中で、それでも届ける。

 

それが、交流だった。

 

交流のはずだった。

 

私は、毛布に似た温度の下で、もう一度だけ、呟いた。

 

「明日も、見る」

 

その予感だけは、妙に、正確だった。

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