深紅の兇猛   作:眼鏡熊@ヒロアカ完走

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―異端児編― 前章:異端英雄のオーバーチュア―再臨の⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎―

 

 僕達は――――――

 

 『未知』に出会った。

 

 その名は『異端児(ゼノス)』。人の言葉を話し、ヒトとの融和を夢見る怪物達。

 それは受け入れがたく、しかし。頭のどこか柔らかいところが囁いてくる。

 

 これ(・・)は、違う。

 俺を苛む冒険者と怪物が同じように見えるかのごとく。俺を苛まない怪物もまたヒトに見えるだろうと。

 いいや、待て。これは下界の悪腫瘍。ひとびとの、敵。

 しかして心はそれを否定する。だって、

 そこに友愛がある(・・・・・・・・)

 だからこそ、見捨てられない。ベル様ももう親愛を抱いてしまったし、ヘスティア様も慈愛を持って受け入れた。

 

 

 だから(・・・)、少女は心に従って愚行を犯した。

 

「『怪物趣味(・・・・)』⋯!」

 

 それを止めることも、止めようともしなかった俺にも非はある。

 しかして神は残酷で、この混乱に乗じて――――――

 

 『■■■』が、旗をあげる。

 

「イ、『闇派閥(イヴィルス)』だぁああああああ!」

 

 『殺帝(アラクニア)』の死亡により幕をあげた『大抗争』。

 『闇派閥(イヴィルス)』は冒険者たちを嘲笑うように反転攻勢に出た。

 聞いた話によれば、自爆を唆された子供たちがいたようだが、ヘスティア様が

 

「魂は天に帰ると輪廻に入るんだ。だから、絶対に会えない。でもね」

 

 きっと君の幸せを願っているし、君たちが幸せに命を終われば、来世でも会えるはずさ。

 

 という言葉を忘れずにいたため、自爆は決行されなかった。

 

 そして、最悪に最悪は重なって―――――

 

「ベル、大好き」

「ぁ」

 

 視界が、深紅に染まった。

 また、まただ。また守れなかった。届かなかった。

 俺は、何を―――――――

 ガシャリ、と心が、砕け―――――――

 

「【ディア・オルフェウス】」

 

 その輝きに、満たされる。

 不可逆を可逆にする無法。死者を甦らせる『禁忌』。その存在証明。

 吟遊詩人は黄泉へと降り、振り返ってしまったエウリュディケーでなく、ただ純粋に白雪姫を見つめる竜の少女を黄泉路から連れ帰る。

 そこに地獄の柘榴を食べる女はいなかった。振り返る女はいなかった。白雪姫は燃え尽きて灰被り(サンドリヨン)になることはなかった。ただ、救われた少女達だけがいた。

 悔しい(・・・)。灰に被せなかったのが自分ではなかったことが、彼女らを、白いの彼女を救うのが自分ではなかったことが、ただただ悔しかった。

 

「クソが⋯!」

 

 あれは灰を被せなかった訳ではない。灰が降りかかる前に傘をさしただけ。降りかかる灰を集めて戻して無かったことにしただけ。

 

「俺が、強ければ」

 

 彼女を衆目に晒すことも、彼女が苦しむこともなかった。

 彼女に灰を被せかけることも無かった。

 

 俺は、弱い。

 強く。強く、なりたい。

 

「もっと、強くなりたい」

 

 聖火が象った槍が。深紅が紡いだ槍がその形をより確固にした。灰を叩きつけて研いで、より鋭く。強くする。

 なればこそ。糧になってもらうぞ『闇派閥(イヴィルス)』。彼女の汚名を雪ぐため。お前らの目的をすり潰すため。

 俺たちの幸せのため。

 

「カスならカスらしく堆肥になってもらおう」

「リリクス・アーデ⋯?」

 

 余りにも唐突で恐ろしい呟きを聞き、フェルズは戦々恐々としながら思わずリリに聞き直す。

 頼むから空耳であれとしたそれはまったく以って聞き間違いではなかった。しっかりガッツリ暴言吐いてるし目は鋭い。

 

「何があってそんな発言が?」

「これ全部『闇派閥(イヴィルス)』の所為なんですから大元を焼き尽くしに行くのは当然では?」

「それは……そうだが」

「なら殺すでしょ」

「リリクス・アーデェ!?」

「世の為人の為僕のためと言う事で」

「私欲が存分に介在しているな!?」

 

 なんて、ギャグの様なやり取りをしながらも、状況は進んでいく。

 

 ————暗躍する『闇派閥(イヴィルス)』。進む欺瞞、疑惑。

 僕達【ヘスティア・ファミリア】はその最前線に居た。

 口を開けばアイツらとの関連性の有無。裏で繋がって居るのではないか。や、モンスターを庇った事への不信感。

 

「…幾つか救いはありますね」

「【アストレア・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】でしょうか」

 

 合流したリュー様が続ける。両ファミリアは『異端児(ゼノス)』のことを知っていて、裏から僕達を助けてくれることになった。

 まあ表向き助けるわけにはいかないとわかっている。わかっているが、その辺りは覚悟決めて欲しかったと言うのが本音だ。

 

「そうですね。両ファミリアが裏で庇ってくださるのは助かります」

「私も知らない内容だったので驚きました」

 

 あ〜〜〜〜〜〜…まぁ、リュー様は。ねぇ?

 

「まぁリュー様腹芸苦手そう。というか苦手でしょうしね」

「失敬な」

「苦手でしょう?嘘もつけなそう」

「失敬な!!!!!!」

 

 事実です。とはお首にも出さず、僕は準備を進める。

 

 ————作戦の決行は、近い。

 

 

 

 

 駆ける。駆ける。駆ける。

 その身を変えながら、声を変えながら。脱ぎ捨てて久しい灰を被り直して、リリクス・アーデ(サンドリヨン)は裏路地を走る。

 正しく、自分は囮。ベル|様(本命)から目を逸らさせ、カモを誘い込む撒き餌。

 手に持つのは、『ダイダロス・オーブ』の模造品(レプリカ)

 これを以ってクズと【ロキ・ファミリア】の両方を誘い込む。

 みたところ、フィン様は複数面を捌いている(・・・・・・・・・)。訳が分からないが、モンスターの漏出と『闇派閥(イヴィルス)』の対応を行なっている。

 そして、肝心の『闇派閥(イヴィルス)』は異端児(ゼノス)から『ダイダロス・オーブ』を奪取せんと動く派閥と、やたらキナ臭い派閥がある(・・・・・・・・・・・・)。【凶狼(ヴァナルガンド)】によって【殺帝(アラクニア)】が討たれたあと表面化した、謎の派閥。

 不正(アパテー)などとも違う、『ディース姉妹』と呼ばれるエルフとも違う派閥が見え隠れしている。

 

「…そろそろか」

 

 クランク走行の如く、オーブを抱えて裏路地へ。

 ———瞬間、気配を感じる。

 振り返って。

 

「【点火せよ(イグニティオ)】。【エクエス・ウェスタ】」

 

 豪炎。抜き放たれた剣に纏われたそれは、敵を焼いていく。

 

「ぎゃああああああ!?」

煩い(・・)

「な、なぜ、モンスターが魔法をォ!?」

「【響く十二時のお告げ】———こういうことさ」

「ぼ、冒険者だと…!?」

「そういうこと。まぁ、運が悪かったと思っておくれよ」

 

 そうして、未だ気を抜いているグズの腕に刃を突き立てる。

 

「あ、あ゛ぁ゛あああああああああ!?」

「さて。お前らの目的を聞かせてもらおうか」

「だ、誰が…」

「じゃあ言いたくなるようにする?」

 

 グリィ…!ブチブチブチ!!

 剣を捻る。筋繊維が引きちぎれる音がする。

 

「なぁ。お前たちでも良いんだけど?」

 

 ずるり、と引き抜いて未だ燃え盛る剣先を奥に居る雑兵に向ける。

 

「な、なんと卑怯な…!」

「人の心がないのか貴様ァ!」

「我らが同志アコーズ様を!!!」

「タナトス様に忠誠を誓った同朋を!!」

「 ()  ? 」

「ひっ」

「ヒィ」

「そうか。お前らタナトスの派閥か」

 

 焼き尽くせ(エグザルド)。残光。

 眼下のアコーズと呼ばれた男の利き腕を切り落とした。

 

「がっ」

 

 男は気絶した。情けないやつ。

 

「き、貴様舐めた真似をォ…!」

「舐めてるのはどっちだ?どさくさに紛れてよくもまあ」

 

 そんなに滅びたいのか?

 と、嘲笑すら混じる声で笑えば、奥にいる者たちは抗議の声を上げる。

 

「我らは…我らはただ会いたいだけだ!愛した人に、分たれた家族に!!」

「そう、その為に——「だから(・・・)?それでヒトサマに迷惑かけてそいつらが喜ぶのか?」」

 

 そりゃあ随分なゲスヤローじゃねえの。

 

「ふざけるな!!!!私達の大切な人を貶めるつもりか!!!!」

「貶めているのはお前たちだろう?」

「なんだと…!?」

 

 そう、貶めているのはこいつら。

 不幸にしろ、自業自得にしろ。天に還った魂の価値をこいつらの行動自体が汚し、穢し、踏み躙っている。

 

「理由がどうあれ邪神に入れ込み、正道を行く者たちを不幸にしている時点でどちらにせよ同じところにはいけないだろうさ」

「バカを言うな!!タナトス様は約束してくださったのだ!!死後に会わせてくれると」

「そのタナトス様下界に居んだけど。後魂は天に還ると漂白されるらしいぜ。輪廻の輪とやらに行くんだと」

「う、嘘だ!嘘だああああああ!!」

 

 絶望する。導を喪ったように。迷子の子供のように。主神の甘さが移ったかな。

 呆れたようにため息を吐いて。続ける。

 

「…甘えんなよ。神様に縋って生きてるからそんなことになるんだろ。自分で決めろよ(・・・・・・・)。自分のことくらい。そんなだから、信じたものが揺らいだときに甘えるんだ。だって誰かが言ったから。だって俺の意思じゃなかったからってさ」

 

 深紅(ルベライト)が強く輝く。

 

「お前らはもう取り戻せないところまで来た。せめて罪を償って死ね。奪ったものと踏み躙った物の重さを全て抱えて死ね。せめて。な」

 

 だから。

 

「取り敢えずぜぇーーーんぶ教えな。後の話は【ガネーシャ・ファミリア】でな」

 

 そうして、全員分の自爆装置を没収して、鍵を預かって。近くにいた【ガネーシャ・ファミリア】のメンバーに引き渡した。

 『鍵』を手の中で遊ばせて、思案を巡らせる。『これ』は交渉材料だ。【ロキ・ファミリア】からの干渉を抑える為の物。【勇者(ブレイバー)】はおそらく過度な干渉はしないだろうが、他のメンバーはわからない。

 

 故に『利』で縛る。契約で縛る。

 あの派閥は尊徳で動かない。——否、道徳で動いた方が外目が良ければ道徳で動くだろう。しかし、今回は相手が正義側。僕側の感情を優先する義理はない。

 なので、無視できないメリットを提示してこちら側の意見を通す。

 

 さぁ、最悪の契約をしよう。相手の方が強いからこっちをボコってしまえばいい?そんな状況にする訳が無いだろう。人質でも『鍵』でも、こちらに手が出せない状態にすればいい。

 卑怯?結構。悪辣?大いに結構。お前たちだってゼウスやヘラを追い出す時に無体を働いたのだ。自分たちがそうされないなんて都合が良すぎるだろう?

 それとこれとは話が別?知ったことか。俺の優先順位にあれらは居ない。

 

「さぁ。最悪の交渉を始めよう」

 

 『凶猛』が囁く。お前の狙いはこうすれば叶うと。賢者や勇者の知恵が宿ったようだ。いや、違うか。思考の『道筋』が見えているような感覚。『槍』を導にその道を選ぶ感覚。

 この感覚を覚えておこう。これが無くてもその道を立てられるように。

 調べによれば(【ガネーシャ・ファミリア】のリークだが)、そろそろこの辺りに来るはずだ。

 さぁ、僕はどこまでできるかな。

 

 

 ——————

 

 走る。走る。路地裏をひた走る。

 【ロキ・ファミリア】がLv.4。【貴猫(アルシャー)】、アナキティ・オータム。彼女は自身達の団長からの指令を受け、『人造迷宮(クノッソス)』の鍵である『ダイダロス・オーブ』の確保に動いていた。

 そんな時だ。路地裏にて輝く、『深紅』を見たのは。

 瞬間。手で後ろの団員に静止を促し、その『深紅』に問いかける。

 

「———-貴方、【ヘスティア・ファミリア】のリリクス・アーデね?なぜここに?」

「取引——契約ですかね?持ちかけに来ました」

「契約?貴方たちにそんなものが出せると思えないんだけど」

これ(・・)を見ても?」

 

 その瞬間、懐から出された物は———

 

「ま、さか」

「鍵!?」

「そう。【イケロス・ファミリア】のクズから巻き上げた正真正銘の本物ですよ」

「それが偽物でないと言う保証は?」

「喉を潰して両腕を切り落として両足の腱を断った構成員が【ガネーシャ・ファミリア】に拘束されていますよ」

「は…?」

 

 余りに酷い状態の構成員にアキ以外の【ロキ・ファミリア】のメンバーがドン引きしたような顔になるが、リリクスは心底不思議そうな顔で答えた。

 

「なんで何やって来るかわからないゴミ相手に中途半端な対応を?」

「そうね…効率を考えればそうかもしれない」

「ア、アキ!?」

「事実ではあるわ。するかしないかは別としてね」

「でも…」

「どちらにせよ、こちら側には何の労力もかからずに目的を達成できる可能性が出てきたのは事実。それで?契約の内容は?」

見逃してください(・・・・・・・・)。『言葉を話すモンスター』を逃がしている私たちをね」

「私たちにオラリオを裏切れっていうの?」

「黒竜討伐失敗後にゼウスとヘラ追い出していて欠片も追いつけてない派閥が今更裏切りとか言えます?治安維持もまともにできてない癖に」

「…そうね、そうよね。貴方はそのあおりを受けた最たる例だもの」

 

 冒険者の弱体化。それによる『闇派閥(イヴィルス)』の台頭。また、不良派閥の増長。そのおかげで、随分苦労したものだ。

 何が最強か。生まれてこの方平穏無事に暮らせた覚えはないぞ。と、灰に埋もれた過去が顔を出す。

 

「まぁ、それはいいんです。もう、見つけて貰いましたから(・・・・・・・・・・・)

 

 ふわり、と笑って答える。

 

「そう」

「おそらく【勇者(ブレイバー)】…フィン様から何かしら指令を受けていると思いますから。それに触れない程度でいいですよ」

「随分殊勝ね」

「無理でしょ。ちょっと本気出されたらこっちは吹いて飛びますよ」

 

 まぁそうなったらLv.7が二名出てきてオラリオ崩壊あーるてぃーえーとやらが始まるそうですが。と、そんなことはお首にも出さず、そのまま交渉にのる。

 

「それともう一つ。この騒ぎの『闇派閥(イヴィルス)』対応で、あなた方を助けると約束します」

「助ける?Lv.3にできることなんてそうそう無いと思うけど」

「ああ、まあ大型の敵なら多少誤魔化しが効くんですよ」

 

 それこそ階層主級とか。といえば、

 

「まぁ、嘘をつくメリットもないものね。でもいいの?こちらが約束を反故にする可能性は?」

「そうしたなら【ロキ・ファミリア】に品性を求めるのが間違っていたと後悔するだけですよ」

「へぇ?随分煽るじゃない」

「ミノタウロスを逃した挙げ句、被害者の女の子を嗤うような下品な派閥でしょう?」

 

 と、心の底からの赫怒を込めて言えば、

 アナキティ・オータムは口を噤む。アレに関してはこちらに非しかないからだ。

 

「その被害者がウチの団長です。()の大切な物です。むしろ、理性的に貴方方と協力を選んでいる僕を褒めていただきたい」

「ごめんなさい。それに関しては返す言葉もないわ」

「お気になさらず。おかげでベル様も強くなったようですし、僕もあの人に会えましたから」

「そう、それなら契約は受けるわ。鍵と協力の代わりに、貴方たちの行動を見逃してあげる」

「ありがとうございます」

 

 お互いの腹づもりはお首にも出さず、2人は契約を結んだ。

 アキにとっては、もともと団長から見逃すように言われていたからこそ。利しかないこの条件を受け入れ。

 リリにとっては、確証を持った状態で、『闇派閥(イヴィルス)』関連に首を突っ込めるようになった。

 

 そう、これはある種の談合。契約だのメリットデメリットだのを表向き刷り合わせただけの茶番だった。

 

 彼が動いている間にも、神はその舞台を整える。

 

 

 旅の神はその手練手管を以て、愚かな少女を英雄に戻そうとし。

 死の神は多くの命を輪に帰す為に動き出す。

 

 

 

 

 

 

 ——ああ、私は何をしているんだろう。

 ただ、ただウィーネを守りたかっただけだ。

 あの子が笑って暮らせるようにしたかった。それだけだ。なのに————

 

「その竜女(ヴィーヴル)を、殺す」

 

 なぜ私は憧憬に剣を向けて居るのだろうか。

 

 いや、わかっている。私に護りたいものがあって、あのひとに譲れないものがあるだけ。

 そう、それだけだから———

 だから私は。剣を執る。

 

 ————

 

 閃く、閃く。閃く。白兎の連撃と、剣姫の剣がぶつかり合う。

 Lv.6と、対するLv.3。勝てるはずもない。時間を稼げていることすら不可思議な状態で、二人は剣を交えていた。

 時折、言葉を紡ぎながら。

 

「どうして、そこまでするの?」

「あの娘を、助けたいんです」

「人じゃない、モンスターなんだよ?」

 

 言葉は堂々巡りを繰り返す。

 傷つけることが容易なのは双方変わらない。言葉が話せて、意思が通じるなら。私は向き合いたい。と白雪姫はその願いを吐露した。

 理解ができない。ふざけるな。怪物は敵だ。みんながそうではいられない。と、人形姫は突きつける。

 

「斬る、よ?すごく、痛いんだよ?だから———」

 

 止まってよ。と、いっそ子供のような願いをしかし。

 

「だめっ!」

 

 ベルをいじめないで!と、ウィーネは現れた。

 人形姫から、闇が溢れ出す。

 傷つける爪を、恐れを与える翼を。紅石の魔性を。

 それに、ウィーネは。

 

 爪と翼をむしり取ることで答えた。代償を払うように。誓いを立てるように。

 

「また、私が、わたしじゃあなくなったら。その時は、消えるから」

 

 独白のように、紡がれる。

 

「ずっと、ひとりぼっちだったの。暗くて、さむい場所で…わたしがわたしになる前から…ずっとひとり…だれもたすけてくれない。だれも、抱きしめてくれなかった」

 

 それは、既視感だった。共感だった。

 

「斬られて、痛くて…こわかった。さみしかった」

 

 そうだ、あの子は。自分と同じだ、自分と同じ————

 

「でも、ひとりぼっちのわたしを、ベルがたすけてくれたの」

 

 違う。その決定的なまでの突きつけに。人形姫はその仮面を剥がされていく。

 

「真っ暗なわたしを…誰もたすけてくれないわたしを、ベルはたすけてくれたの!」

 

 ずるい。ずるい!ずるい!!

 …ずるいよ。わたしは剣を執るしかなかったのに。

 私に英雄は現れなかったのに。

 

「私はもう…その子を殺せない」

 

 間違っていないと、そう思ってしまったから。

 

「助けることはできない。私はここにいる」

 

 行って。と、エリクサーを置いて、彼女たちに背を向けた。

 

「…いいのか?」

「はい」

「俺は先に戻るぞ」

「……ありがとう、ございます」

 

 なんで感謝されんだよ。狼人はため息をつく。

 

 

 ———されど剣姫に英雄は現れず。異形の少女に英雄は手を伸ばした。

 未だ剣姫は剣姫(イフ)のまま、ただの少女になれることはなかった。

 

 

 

 

 

 ウィーネたちと別れたベルたちだったが、モンスターが暴れている報告を受ける。神ヘスティアのステイタス更新を挟み、彼女らは大急ぎで走り出した。

 喧騒。混乱。その中心には————

 

「エイナさん!!」

「ベルちゃん!」

 

 石竜(グロス)に狙われるエイナがいた。

 瞬間、ベルは走り出してエイナと石竜(グロス)の間に入る。

 

 これは問答。あるいは精算。あるいは————茶番(・・)。舞台を整えた演出家(ストーリテラー)が。さぁさぁ、ドラマツルギーを成せ(ふさわしい『役』を演じろよ)と吹き込んでくる。

 舞台は整った。人形(役者)は揃った。あとは導く|結果(ハッピーエンド)に向かうだけ。さぁ。英雄譚を始めよう。もう一度。神に導かれて、英雄街道を突き進もう。我が道こそが正道なり。

 

「(どうする!どうする!?殺すのか?このヒトを!?)」

 

 いいのか?それで。本当に?

 

「良いわけ、無いだろ…!」

 

 これは、私の道だ。私が選んだ、私の道だ。

 私は(おのこ)じゃあないけど。おじいちゃんが言いたかったことはわかる。

 

 彼が吶喊する。その殺意は本物だ。

 裏で糸を手繰っているであろう(それ)の意思が伝わってくる。

 急迫するその殺意を前に、ナイフを握る手が強張る。

 

 それでも、少女の手は振られなかった。

 

 空白の中で、走り抜ける閃光に導かれるように。心の奥底の雷霆に掬い上げられるように。

 セピア色の記憶が色を取り戻す。

 

『他人に意思を委ねるな』

 

 祖父(かこ)の声が響く。

 

『精霊だろうが、神であろうが同じだ。まして儂は何も言わん』

 

 祖父(かこ)の言葉が告げている。

 義母と叔父の瞳が想い返される。

 

『だれの指図でもない。自分で決めろ』

 

 祖父と義母と|叔父(かこ)の眼差しは、訴えている。

 

『これは、お前の物語(みち)だ』

『お前の意思を通せ』

『私たちの子供なら、いや。お前がお前である為に』

 

 祖父と義母と|叔父(かこ)の笑みはずっと前からそう教えてくれていた。

 

「ッッッ!!!!!!」

 

 声を上げる。理不尽な現実を打ち破るために。

 声を上げる。醜悪な神意に叛逆を叫ぶ。

 

 あの子の語る夢と。彼の感謝を思い返して————

 

 強いられていた選択を跳ね除ける。

 

 引き伸ばされていた時間が戻る。褪せた世界に色が還る。

 

『ォォォォォォオオオオオオオオ!!!!!』

 

 私は信じるよ。

 

 だから(・・・)。ナイフを鞘に納めて、両手を広げる。

 

 

 ———グロスのその爪は、怪物のそれは。彼女らを貫くことはなく。

 今この時。少女は確かに、神意に逆らった。

 

 

 ————橙黄色の瞳が、眼下の光景を冷たく見下ろす。

 役割を演じきれなかった愚者を見るように。

 糸の切れた人形に糸を付け直すように。

 配役に逆らった演者を舞台に無理やり引き戻すように。

 

じゃあ(・・・)、やれ。アスフィ」

 

「———恨むな。とは言いません」

 

 そうして、狂乱を呼ぶ針が投擲される。その直前に。

 

 少女の勘が。勇者の親指が。騎士の深紅が。最大級の警鐘を鳴らす。

 ———整えられた舞台も。神の奸計も。勇者の知略をも打ち砕く。

 

 『漆黒の破壊者』の、到来を—————-

 

「ヴモォォォォォォオオオオオオオ!!!!!!!!!!」

 

 突如襲来する、推定Lv.7の|怪物(・・・・・・・)。ブラックライノスの亜種と考えられる。漆黒の猛牛。

 

 瞬間、衝撃。猛牛の突進がベルの体を引きずっていく。

 男神(ヘルメス)の驚愕が、勇者の瞠目が、女神(フレイヤ)の微笑みが砕けた舞台に彩られる。

 そう、聞かん坊には関係ない。糸も、囁きも、書き換えられた戯曲も。千切って叫んで暴れ回って。

 

 ————見たこともない景色を作り出す(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 路地裏で、その二人は相対する。武器を構える少女をよそに。猛牛は言葉を紡いだ。

 

「————夢を。ずっと、夢を見ている。たった一人の人間と戦う夢を。血と肉が飛ぶ殺し合いの中で、確かに意思を交わした。最強の好敵手」

 

 その言葉に、少女の中で一つの影が浮かび上がる。まさか。

 

「(まさか———)」

「あの夢の住人と戦うために。今自分はここに立っている。自分の名はアステリオス」

 

 そうして、『雷光』を冠する自分の名を明かし。希うように告げる。

 

「……名前を、名前を聞かせてほしい」

「……ベル。ベル・クラネル」

「ベル。どうか」

 

 再戦を。

 理性が、優先順位を叩きつける。

 力量差なんて明白。それでも。それでもなお。

 

 戦い、たい。誰かの為じゃない。私の衝動が。闘争本能(こころ)が。

 

「ごめんなさい。みんな」

 

 わたしは、私は。

 

 『冒険』がしたい(たたかいたい)!!!!

 

 闘う。戦う。

 

「ブモォオオオオオオ!!!」

 

 無粋な敵を払い除けながら。最高の好敵手と、二人きりで刃を交える。邪魔を許さず、ただ逢瀬を繰り返す。

 冒険者も。少年少女も。民衆も。冒険に挑むただ一人の冒険者を見つめ続ける。

 

「いけ」

 

 届く。

 

「頑張れっ」

 

 山吹色のあの声が。

 

「負けるなァーーーー!!!」

 

 爆発する。堰を切るように。口火を切る様に。溢れ出すように。

 

「がんばれっ。姉ちゃぁああああああああん!!」

「ベルお姉ちゃぁん!!」

「がん…ばって…!!」

 

 止まらない。声援が。背中を押す歓声が。

 

「いけぇええええええっリトル・ルーキーィイイイイイイイイイ!!」

「やれぇええええええ!!」

「ブッ殺せェええええ!!」

「頑張れ!!」

「負けないでぇ!」

「ベルちゃーーーん!!」

 

 聞こえる。みんなの声が。

 

「リ……リトル・ルーキー……!」

「……リトル・ルーキー!!」

「リトル・ルーキー!」

 

 熱が伝播するように。うねりを上げて。その声達が聞こえてくる。

 

「リトル!ルーキー!」

「リトル!ルーキー!」

「「「リトル!ルーキー!」」」

 

 その声に、余裕を見せられなくなった神は精一杯の笑みを留めながら声を出す。

 

「おいおい…なんだこれは」

「…ベル様ですからね。貴方の手になんて収まりませんよ」

「ァ」

 

 そして、その声に冷え切った汗を滝の様に流す。

 冷たい声。溢れきった殺意。その、赫怒(深紅)

 

「どうも。ヘルメス様」

「リリクス…アーデ…!や、やぁ、何が———」

「楽しかったですか?」

 

 ゼウスやロキの真似事は。

 

「…は」

 

 ばれている。しかし、いやに穏やかだ。これは、一体。

 

「まぁ、ベル様の経験になりましたし。貴方に知らしめるには丁度良いかと思いまして」

 

 あの人は、貴方の筋書きに収めるには荷が重すぎますよ。

 

「貴方を殺すのも面倒ですし、沙汰はあの人の保護者に任せます」

「リリ君がやってくれても良いんだぜ?」

 

 君がしてくれお願いだ。

 

「い・や♡」

「終わった」

「ヘルメス様…って、リリクス・アーデ?」

「お。きましたね苦労人」

「くろ…?!」

 

 そうして、少年はゾッとするほど美しい笑顔を浮かべて。

 

「交渉しましょうか。神ヘルメス」

 

 断れるなんて思うなよ?と言外に示しながら。最悪の取引に神と従者を引き込んだ。その内容がわかるまで。あと———

 

 

 ———————

 

 ナイフが砕ける。大剣がどこからか飛来する。

 万全ならまず瞬殺。敵わない。ああでも、きっと考えていることは同じ。

 

 

 この者こそが——

 この怪物(ひと)こそが——

 

 好敵手(・・・)!!

 

 貴方に勝ちたい!!

 

 剣戟が結ばれる。瞬間。ファイアボルト六連。追加の迎撃は躱されるが、しかし、準備は整った。

 足りない。力が。鋭さが。

 

「【ファイアボルト】」

 

 剣に炎を纏わせ、鈴の音が鳴る。

 勝てない。私の——

 

 最大威力をぶつけなければ!!

 

 突進がぶつけられる。塔ごと吹き飛ばされる。

 

「魔法はわざと外した」

 

 この二十秒を作り出すために。

 

 ゴォオオオオン…!!

 ゴォオオオオン…!!

 

「…大鐘音」

 

 鐘が鳴る。

 戦いの終わりを告げる鐘がなる。

 

 英雄を思い浮かべる。

 そう、人類の反抗を始めた。その船の名は———

 

 深紅の兇猛

 

 

 ―異端児編―

 

 

  前章:異端英雄のオーバーチュア

 

 

 再臨の———

 

 

 アルゴノゥト。

 

 

 剣とツノが衝突して。その逢瀬は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 敗北者はただ一人。その塔で涙を流す。

 

 もっと、もっと強くなりたい。

 

 その聖火は、確かに勢いを強くした。

 

 

 

 

 闇派閥(イヴィルス)とモンスターから逃げる神を尻目に、少年はその手の槍に力を込めた。

 

 イグニティオ。という文言を紡げば、その両足に炎が灯る。

 ずっと、嫌な予感だけがしていた。出来すぎている(・・・・・・・)。きっと勇者も感じていて、しかし手が届かない違和感。

 この避難経路はあいつらの根城にかなり近い。で、あれば———

 

 

「…ビンゴ」

 

 瞬間、物陰から刃を振りかぶる影を槍でぶち抜く。

 

「ガッ…!?」

 

 驚愕の声を尻目に、炎を両足と槍に纏わせて、めぼしいポイントを駆け抜ける。

 

 二、三、四。そう続けていくが————

 

 空に登る柱を見て、少年はつぶやいた。

 

「間に合わなかったか」

 

 

 ———対して、糸繰る神は、想定より少ない柱の数に興味深げな笑みを浮かべる。

 

「へぇ…?意外と面白くなるかもな」

 

 

 ——————-

 

 地上へ漏れ出たモンスターの対応に追われていた中で、それは聞こえてきた。

 五つの柱を、皮切りに。

 

「聞け、オラリオ。―――聞け。【創設神(ウラノス)】。時代が名乗りし暗黒の元、下界の希望を摘みに来た」

 

 声が聞こえる。

 

「『約定』は待たず。『誓い』は果たされず。この大地が結びし神時代の契約は、我が一存で握り潰す」

「全ては神すら見通せぬ最高の『未知』。純然たる混沌に導く為」

「傲慢?――結構。暴悪?――結構」

 

「脆き者よ―――――汝らの名は『正義』なり」

 

 その、言葉に。

 

「――――――それは違う」

 

 声を出す。

 『騎士』は、その声に力を込めて『巨悪』に否やを叩きつける。

 

「それだけは、違う。お前たちには負けない。『悪』には屈しない」

「ほう?ならお前は俺達の『巨悪』を正せるかな?」

正す(・・)。あの人の笑顔の為に。大切な家族の為に」

 

 お前が邪魔だ。

 

悲劇(おまえ)の出番はここにない。失せろよ巨悪(げんじつ)。お前らが俺達の幸せを砕くなら」

 

 この『兇猛』で叩き潰す。

 

「はっ!やってみせろ!」

 

 この時代は――――――

 

「終わらせる」

「終わらせない」

 

 整えられた舞台も。決められた筋書も。神の計略も。悪辣なる意思も。

 あまねく悪意をぶちのめす。

 

 さぁ、かくして。この世界を混沌に落とさんとする神と、オラリオの短くも長い戦いが始まった。

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