BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
このままでは死ぬ。
それは予感ではなく、演算結果だった。
【肉体構成ナノマシン焼損率:91%】
【残存稼働率:9%】
【自己再構築:不能】
【創成機能:停止】
【分体同期補助:停止】
【外部支援接続:不安定】
【周辺敵性反応:増加中】
視界の端で警告が流れる。
工廠はまだ生きている。
床下の搬送路は軋み、遠くの炉心は唸り、壁の奥では廃材が組み替えられている。
俺が模倣暴虐機神を倒したことで、周囲の廃棄兵装は一時的に沈黙している。
だが、それは恐怖でも敬意でもない。
単に、次の処理へ移るための間だ。
今の俺は動けない。
創れない。
直せない。
逃げられない。
あと数分もすれば、この工廠のどこかの機構が俺を廃材と認識し、回収に来るだろう。
そうなれば終わりだ。
神性ごと分解され、素材として再利用される。
あるいは、さっきの模倣暴虐機神のような何かの部品にされる。
「……選択肢、ねぇな」
残っているものを確認する。
隔離保存した神性断片。
これまで取得してきた性質。
模倣暴虐機神から奪った高位機械神性。
そして、今手に入れた権能。
【高位機械神性】
【性質:神性圧壊核】
【性質:炉心融合断片】
【性質:増強補修断片】
【権能:自己進化】
本来なら、安全な場所で選別するべきだ。
一つずつ解析し、汚染を除き、神核との適合を確認する。
合わないものは隔離し、危険なものは廃棄し、有用なものだけを精製する。
そうやって慎重に進めるべき作業だった。
だが、今はその余裕がない。
このままなら死ぬ。
何もしなくても終わる。
なら、一か八か。
これまでに手に入れた機械神性と、今手に入れた権能を融合させる。
焼け付いた神核へ、高位機械神性を押し込み、強制的に再構築する。
失敗すれば、俺は俺ではなくなる。
廃棄神工廠を彷徨う者の一つになる。
さっきまで倒してきた歪な兵装や、廃材の集合体と同じものへ落ちる。
だが、それをしなくても死は目前だ。
【緊急進化統合案:生成】
【素材:高位機械神性/自己進化権能/既得機械性質群】
【推定成功率:12.8%】
【失敗時:神核崩壊、または廃棄神性化】
【推奨:通常環境下では非推奨】
「十二・八……」
低い。
笑えるほど低い。
だが、命運を賭けるには十分だった。
「やる」
【最終確認】
【緊急統合を開始しますか】
「開始しろ」
【承認】
【神核緊急再編開始】
焼け付いた権能を、無理やり動かす。
その瞬間、世界が反転した。
痛覚機能は制御しているはずだった。
神経も、生身の肉体も、もう昔のままではない。
痛みなど必要に応じて切れるはずだった。
だが、そんなものは何の意味もなかった。
痛い。
肉体ではない。
神核が痛い。
俺という存在の中心に、焼けた鉄杭を何本も打ち込まれているような激痛。
いや、そんな表現では足りない。
自分を構成する定義を一枚ずつ剥がされ、そこへ別の法則を無理やり縫い付けられる。
機械神性が流れ込むたび、神核が悲鳴を上げる。
自己進化の権能が暴れ、既存の構造を喰らおうとする。
神性圧壊核が、俺自身を素材として圧縮しようとする。
炉心融合断片が、焼け残った神性流路を無理やり繋ぎ合わせる。
【神性濾過:稼働不能】
【代替処理:強制起動】
【汚染遮断:破損】
【自己定義固定:限界稼働】
【神核再編率:8%】
「が、あ……ッ!」
声が漏れる。
声帯などほとんど残っていない。
それでも声が出た。
意識が何度も飛びかける。
そのたびに、自己定義固定を叩き起こす。
俺は廃材ではない。
俺は暴走炉心ではない。
俺は模倣機神ではない。
田村勇二。
人だったもの。
機神へ至ったもの。
そして、まだ終わっていないもの。
【神核再編率:21%】
【高位機械神性、神核へ浸透】
【権能:自己進化、敵性挙動を検出】
【自己改革処理へ再定義を試行】
自己進化の権能が暴れる。
奪った力は、まだ俺のものになっていない。
放っておけば、俺を喰って勝手に進化しようとする。
なら、役割を与える。
お前は俺を喰うための権能ではない。
俺が俺を改めるための権能だ。
自己進化ではなく、自己改革。
暴走ではなく、改造。
収奪ではなく、適合。
無制限の変質ではなく、目的ある再編。
【権能定義変更】
【自己進化 → 自己改革】
【名称候補:
【適合率:上昇】
激痛がさらに強くなった。
骨も血もないはずの身体が、内側から引き裂かれる感覚。
焼けたナノマシンが砕け、砕けた粒子が再び組み上がる。
焼損した神性流路へ、炉心融合の断片が食い込み、無理やり新しい回路を作る。
【神核再編率:43%】
【肉体構成再起動】
【ナノマシン残存群、再編開始】
【増強補修断片、適合処理】
増強補修。
ただ元に戻すのではない。
壊れた部位を、壊れたという情報ごと反映し、より強い構造へ変える。
焼けた部分は、焼けに強く。
圧壊された部分は、圧壊へ抵抗できるように。
神性収奪を受けた部位は、収奪経路を逆探知できるように。
修復ではない。
更新だ。
痛みの中で、少しだけ理解する。
亜神化とは、単に強くなることではない。
神核が安定し、自分の性質を決めることだ。
俺は何の神性を持つのか。
何を司るのか。
何を己の役割とするのか。
ただの機械では足りない。
ただの創成でも足りない。
ただの模倣でも、ただの進化でもない。
機械を創り、改め、理解し、再編し、進化させる。
それが、俺の核だ。
【神核再編率:67%】
【権能:人造機械偽神、再定義開始】
【既存権能が亜神階梯へ移行】
【機械神性掌握深度:上昇】
焼け付いた権能が、軋みながら形を変える。
偽神の権能。
機械に関する神域級の行使権。
だが、それはもう古い。
機械だけではなく、機械に宿る神性。
神性から生まれる性質。
性質を役割へ落とし込み、兵装へ、眷属へ、肉体へ、都市へ組み込む。
創るだけではない。
改める。
進ませる。
己に合わせる。
【神核再編率:89%】
【種族情報、更新準備】
【権能情報、更新準備】
【高位機械神性、完全統合まで残りわずか】
最後の痛みが来た。
それは、今までの比ではなかった。
自分という輪郭が一度すべて崩れ、神性の海に投げ込まれる。
無数の機械。
無数の炉心。
無数の兵装。
無数の廃棄物。
無数の進化失敗例。
それらが俺を引きずり込もうとする。
仲間になれ。
廃材になれ。
兵装になれ。
炉心になれ。
工廠の一部になれ。
その全てを拒む。
「俺は……俺だ」
焼けた神核に、黒銀の線が走る。
その線が形を作る。
核を作る。
権能を作る。
肉体を作る。
そして、果てしない苦痛の時間を乗り越えた瞬間。
見ているものが変わった。
いや。
視ているものが変わった。
▼
種族名:
ランク:亜神級
種族詳細:機神(偽)が高位機械神性を神核へ統合し、亜神階梯へ到達した姿。偽神時よりもさらに安定した神核を持ち、機械神性の理解・掌握・再編能力が大幅に向上している。
▲
▼
権能名:
ランク:権能/亜神級
権能詳細:機械に関する亜神域級の行使権。機械に限らず神性の解析・濾過・再編・創成・進化が可能になった。取得した機械性質を役割定義し、自己および眷属・兵装へ組み込むことが可能。
▲
▼
権能名:
ランク:亜神級権能
権能詳細:取得した機械神性の情報を解析、改善、改造し、自身の神核・肉体・兵装・眷属への適合化を補助する。
▲
情報が流れ込む。
今までとは比較にならない精度だった。
以前は、対象を見ていた。
今は、構造が視える。
神性の流れ。
符号の意味。
機構の役割。
汚染と有用性の境界。
炉心の癖。
素材の記憶。
性質がどこから生まれ、どこへ向かおうとしているのか。
全てが層になって視える。
それだけではない。
権能の規模が違う。
効力が違う。
深度が違う。
今までが幼児のままごとだとするなら、今は専用機械を用いた大規模作業だ。
同じ「創る」でも、意味が変わる。
同じ「取り込む」でも、精度が違う。
同じ「修復する」でも、そこには改善と最適化が乗る。
【肉体再構築開始】
【焼損ナノマシン群を再編】
【増強補修を適用】
【神性圧壊耐性を部分付与】
【炉心融合による神性流路再構成】
【自己改革による適合補助】
床に倒れていた身体が、ゆっくりと戻っていく。
まず、胴体。
崩れていた輪郭が整う。
焼け付いた部分が黒銀の流体へ変わり、そこから新しい構造が生まれる。
次に腕。
右腕が生える。
以前の再生とは違う。
単純に元へ戻るのではなく、内部の神性流路が再設計されている。
左腕も再構築される。
圧壊で潰された記録を反映し、内部に圧壊緩衝層が組み込まれた。
背部。
脚部。
神核周辺。
全てが修復され、同時に更新される。
【肉体構成再建率:32%】
【自己再構築:再開】
【創成機能:限定復旧】
【分体同期補助:再接続待機】
【機械蟲軍増産:低出力で復旧】
「……戻ってる」
声が出る。
今度は、明確に。
指を動かす。
動く。
手を握る。
滑らかだ。
立ち上がるにはまだ少し重いが、さっきのように指一本動かせない状態ではない。
【肉体構成再建率:58%】
【稼働可能】
【完全回復まで推定:短時間】
【周辺敵性反応:接近中】
視線を上げる。
廃棄神工廠の奥から、何体かの廃棄兵装が近付いていた。
さっきなら絶望的だった。
動けない身体で、ただ回収されるのを待つしかなかった。
今は違う。
俺は右手を開いた。
周囲の廃材に視線を向ける。
素材として視る。
神性として視る。
使えるものと、捨てるべきものを分ける。
「来るな」
ただ一言。
掌から黒銀の神性が薄く流れた。
廃棄兵装たちが止まる。
止まっただけではない。
関節部の命令系統がほどける。
汚染が濾過される。
中核の機械神性が分別される。
数秒後、三体の廃棄兵装がバラバラに崩れた。
破壊ではない。
解体。
使える素材は黒銀の粒子へ。
汚染された部位は灰へ。
有用な神性断片は隔離結晶へ。
【機械神性断片を取得】
【品質:低】
【自己改革により自動選別】
【統合不要:素材化】
「……楽だな」
あまりにも楽だった。
今までなら、敵と接触し、解析し、分解し、汚染を避け、必要な性質だけを抜き出す必要があった。
今は、その工程がほとんど自動で走る。
もちろん、高位存在相手なら別だろう。
だが、この程度の廃棄兵装なら、もう脅威ではない。
立ち上がる。
足元が少し沈む。
身体が完全には戻っていない。
だが、歩ける。
【肉体構成再建率:74%】
【権能安定化進行中】
【亜神級神核:正常稼働】
【量子AIとの接続:再確立】
【……接続を確認しました】
量子AIの声が戻った。
「聞こえるか」
【確認しました】
【所有者の種族情報および権能情報が更新されています】
【神格階梯:亜神】
【生存確認】
【復旧を確認】
「死にかけたがな」
【成功率12.8%の処理を強行した結果としては、極めて良好です】
「褒めてるのか、それ」
【事実です】
いつもの調子だった。
それだけで、少しだけ意識が落ち着く。
【分体同期を再接続しますか】
「いや、まだいい。ここは大陸内部だ。余計な接続は絞る」
【了解】
深く息を吐く。
呼吸は必要ない。
だが、区切りとしてはちょうどよかった。
視界の端に、取得情報が並んでいる。
高位機械神性。
神性圧壊核。
炉心融合断片。
増強補修断片。
自己改革。
そして、亜神化。
課題は、生きて神性を持ち帰ること。
なら、達成条件は満たしたと言っていい。
問題は、ここから出られるかだ。
廃棄神工廠の奥で、さらに大きな反応が動いた気配がある。
模倣暴虐機神ほどではないが、SS級に届く反応が複数。
以前の俺なら、ここで欲を出していたかもしれない。
もっと得られる。
もっと強くなれる。
そう考えて、さらに奥へ進んでいた可能性がある。
だが、今は違う。
理解した。
神性を喰うほど強くなる。
だが、喰い方を誤れば濁る。
進みすぎれば、また何かに引きずり込まれる。
今回はここまででいい。
「帰るぞ」
【推奨します】
右手を軽く振る。
周囲に散らばった自分の焼損粒子、戦闘残骸、取得済み神性結晶を回収する。
回収できないものは、その場で分解。
使えるものは隔離。
危険なものは焼却。
作業が速い。
自分でやっているはずなのに、以前とは比べ物にならない。
まるで、頭の中に巨大な工廠がある。
設計、分解、選別、組み立て、検査。
それらが同時に走っている。
これが亜神域。
偽神とは違う。
入口ではなく、階段を一つ上がった。
歩き出す。
廃棄神工廠の通路が、来た時とは違って見えた。
壁も、床も、炉心も、廃材も。
全てが情報を持っている。
今までは表面しか見えていなかった。
今は、その奥にある役割が視える。
使えるもの。
危険なもの。
不安定なもの。
神核に合うもの。
捨てるべきもの。
それらを判別しながら、来た道を戻る。
遠くで、隔壁が開く音がした。
案内役の機人が待っているのか。
それとも、別の迎えが来たのか。
どちらにせよ、戻る必要がある。
俺は黒銀の亜神核を胸の奥で安定させ、廃棄神工廠の出口へ向かった。