BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第七十七話:位階昇華

 このままでは死ぬ。

 それは予感ではなく、演算結果だった。

【肉体構成ナノマシン焼損率:91%】

【残存稼働率:9%】

【自己再構築:不能】

【創成機能:停止】

【分体同期補助:停止】

【外部支援接続:不安定】

【周辺敵性反応:増加中】

 視界の端で警告が流れる。

 工廠はまだ生きている。

 床下の搬送路は軋み、遠くの炉心は唸り、壁の奥では廃材が組み替えられている。

 俺が模倣暴虐機神を倒したことで、周囲の廃棄兵装は一時的に沈黙している。

 だが、それは恐怖でも敬意でもない。

 単に、次の処理へ移るための間だ。

 今の俺は動けない。

 創れない。

 直せない。

 逃げられない。

 あと数分もすれば、この工廠のどこかの機構が俺を廃材と認識し、回収に来るだろう。

 そうなれば終わりだ。

 神性ごと分解され、素材として再利用される。

 あるいは、さっきの模倣暴虐機神のような何かの部品にされる。

「……選択肢、ねぇな」

 残っているものを確認する。

 隔離保存した神性断片。

 これまで取得してきた性質。

 模倣暴虐機神から奪った高位機械神性。

 そして、今手に入れた権能。

【高位機械神性】

【性質:神性圧壊核】

【性質:炉心融合断片】

【性質:増強補修断片】

【権能:自己進化】

 本来なら、安全な場所で選別するべきだ。

 一つずつ解析し、汚染を除き、神核との適合を確認する。

 合わないものは隔離し、危険なものは廃棄し、有用なものだけを精製する。

 そうやって慎重に進めるべき作業だった。

 だが、今はその余裕がない。

 このままなら死ぬ。

 何もしなくても終わる。

 なら、一か八か。

 これまでに手に入れた機械神性と、今手に入れた権能を融合させる。

 焼け付いた神核へ、高位機械神性を押し込み、強制的に再構築する。

 失敗すれば、俺は俺ではなくなる。

 廃棄神工廠を彷徨う者の一つになる。

 さっきまで倒してきた歪な兵装や、廃材の集合体と同じものへ落ちる。

 だが、それをしなくても死は目前だ。

【緊急進化統合案:生成】

【素材:高位機械神性/自己進化権能/既得機械性質群】

【推定成功率:12.8%】

【失敗時:神核崩壊、または廃棄神性化】

【推奨:通常環境下では非推奨】

「十二・八……」

 低い。

 笑えるほど低い。

 だが、命運を賭けるには十分だった。

「やる」

【最終確認】

【緊急統合を開始しますか】

「開始しろ」

【承認】

【神核緊急再編開始】

 焼け付いた権能を、無理やり動かす。

 その瞬間、世界が反転した。

 痛覚機能は制御しているはずだった。

 神経も、生身の肉体も、もう昔のままではない。

 痛みなど必要に応じて切れるはずだった。

 だが、そんなものは何の意味もなかった。

 痛い。

 肉体ではない。

 神核が痛い。

 俺という存在の中心に、焼けた鉄杭を何本も打ち込まれているような激痛。

 いや、そんな表現では足りない。

 自分を構成する定義を一枚ずつ剥がされ、そこへ別の法則を無理やり縫い付けられる。

 機械神性が流れ込むたび、神核が悲鳴を上げる。

 自己進化の権能が暴れ、既存の構造を喰らおうとする。

 神性圧壊核が、俺自身を素材として圧縮しようとする。

 炉心融合断片が、焼け残った神性流路を無理やり繋ぎ合わせる。

【神性濾過:稼働不能】

【代替処理:強制起動】

【汚染遮断:破損】

【自己定義固定:限界稼働】

【神核再編率:8%】

「が、あ……ッ!」

 声が漏れる。

 声帯などほとんど残っていない。

 それでも声が出た。

 意識が何度も飛びかける。

 そのたびに、自己定義固定を叩き起こす。

 俺は廃材ではない。

 俺は暴走炉心ではない。

 俺は模倣機神ではない。

 田村勇二。

 人だったもの。

 機神へ至ったもの。

 そして、まだ終わっていないもの。

【神核再編率:21%】

【高位機械神性、神核へ浸透】

【権能:自己進化、敵性挙動を検出】

【自己改革処理へ再定義を試行】

 自己進化の権能が暴れる。

 奪った力は、まだ俺のものになっていない。

 放っておけば、俺を喰って勝手に進化しようとする。

 なら、役割を与える。

 お前は俺を喰うための権能ではない。

 俺が俺を改めるための権能だ。

 自己進化ではなく、自己改革。

 暴走ではなく、改造。

 収奪ではなく、適合。

 無制限の変質ではなく、目的ある再編。

【権能定義変更】

【自己進化 → 自己改革】

【名称候補:自己改革(レヴォルブースト)

【適合率:上昇】

 激痛がさらに強くなった。

 骨も血もないはずの身体が、内側から引き裂かれる感覚。

 焼けたナノマシンが砕け、砕けた粒子が再び組み上がる。

 焼損した神性流路へ、炉心融合の断片が食い込み、無理やり新しい回路を作る。

【神核再編率:43%】

【肉体構成再起動】

【ナノマシン残存群、再編開始】

【増強補修断片、適合処理】

 増強補修。

 ただ元に戻すのではない。

 壊れた部位を、壊れたという情報ごと反映し、より強い構造へ変える。

 焼けた部分は、焼けに強く。

 圧壊された部分は、圧壊へ抵抗できるように。

 神性収奪を受けた部位は、収奪経路を逆探知できるように。

 修復ではない。

 更新だ。

 痛みの中で、少しだけ理解する。

 亜神化とは、単に強くなることではない。

 神核が安定し、自分の性質を決めることだ。

 俺は何の神性を持つのか。

 何を司るのか。

 何を己の役割とするのか。

 ただの機械では足りない。

 ただの創成でも足りない。

 ただの模倣でも、ただの進化でもない。

 機械を創り、改め、理解し、再編し、進化させる。

 それが、俺の核だ。

【神核再編率:67%】

【権能:人造機械偽神、再定義開始】

【既存権能が亜神階梯へ移行】

【機械神性掌握深度:上昇】

 焼け付いた権能が、軋みながら形を変える。

 人造機械偽神(デミ・エクス・マキナ)

 偽神の権能。

 機械に関する神域級の行使権。

 だが、それはもう古い。

 機械だけではなく、機械に宿る神性。

 神性から生まれる性質。

 性質を役割へ落とし込み、兵装へ、眷属へ、肉体へ、都市へ組み込む。

 創るだけではない。

 改める。

 進ませる。

 己に合わせる。

【神核再編率:89%】

【種族情報、更新準備】

【権能情報、更新準備】

【高位機械神性、完全統合まで残りわずか】

 最後の痛みが来た。

 それは、今までの比ではなかった。

 自分という輪郭が一度すべて崩れ、神性の海に投げ込まれる。

 無数の機械。

 無数の炉心。

 無数の兵装。

 無数の廃棄物。

 無数の進化失敗例。

 それらが俺を引きずり込もうとする。

 仲間になれ。

 廃材になれ。

 兵装になれ。

 炉心になれ。

 工廠の一部になれ。

 その全てを拒む。

「俺は……俺だ」

 焼けた神核に、黒銀の線が走る。

 その線が形を作る。

 核を作る。

 権能を作る。

 肉体を作る。

 そして、果てしない苦痛の時間を乗り越えた瞬間。

 見ているものが変わった。

 いや。

 視ているものが変わった。

種族名:超克進化機神(イミテリウス・エボルタ)

ランク:亜神級

種族詳細:機神(偽)が高位機械神性を神核へ統合し、亜神階梯へ到達した姿。偽神時よりもさらに安定した神核を持ち、機械神性の理解・掌握・再編能力が大幅に向上している。

権能名:機改亜神(デミゴッド・マキナ・アドバンス)

ランク:権能/亜神級

権能詳細:機械に関する亜神域級の行使権。機械に限らず神性の解析・濾過・再編・創成・進化が可能になった。取得した機械性質を役割定義し、自己および眷属・兵装へ組み込むことが可能。

権能名:自己改革(レヴォルブースト)

ランク:亜神級権能

権能詳細:取得した機械神性の情報を解析、改善、改造し、自身の神核・肉体・兵装・眷属への適合化を補助する。

 情報が流れ込む。

 今までとは比較にならない精度だった。

 以前は、対象を見ていた。

 今は、構造が視える。

 神性の流れ。

 符号の意味。

 機構の役割。

 汚染と有用性の境界。

 炉心の癖。

 素材の記憶。

 性質がどこから生まれ、どこへ向かおうとしているのか。

 全てが層になって視える。

 それだけではない。

 権能の規模が違う。

 効力が違う。

 深度が違う。

 今までが幼児のままごとだとするなら、今は専用機械を用いた大規模作業だ。

 同じ「創る」でも、意味が変わる。

 同じ「取り込む」でも、精度が違う。

 同じ「修復する」でも、そこには改善と最適化が乗る。

【肉体再構築開始】

【焼損ナノマシン群を再編】

【増強補修を適用】

【神性圧壊耐性を部分付与】

【炉心融合による神性流路再構成】

【自己改革による適合補助】

 床に倒れていた身体が、ゆっくりと戻っていく。

 まず、胴体。

 崩れていた輪郭が整う。

 焼け付いた部分が黒銀の流体へ変わり、そこから新しい構造が生まれる。

 次に腕。

 右腕が生える。

 以前の再生とは違う。

 単純に元へ戻るのではなく、内部の神性流路が再設計されている。

 左腕も再構築される。

 圧壊で潰された記録を反映し、内部に圧壊緩衝層が組み込まれた。

 背部。

 脚部。

 神核周辺。

 全てが修復され、同時に更新される。

【肉体構成再建率:32%】

【自己再構築:再開】

【創成機能:限定復旧】

【分体同期補助:再接続待機】

【機械蟲軍増産:低出力で復旧】

「……戻ってる」

 声が出る。

 今度は、明確に。

 指を動かす。

 動く。

 手を握る。

 滑らかだ。

 立ち上がるにはまだ少し重いが、さっきのように指一本動かせない状態ではない。

【肉体構成再建率:58%】

【稼働可能】

【完全回復まで推定:短時間】

【周辺敵性反応:接近中】

 視線を上げる。

 廃棄神工廠の奥から、何体かの廃棄兵装が近付いていた。

 さっきなら絶望的だった。

 動けない身体で、ただ回収されるのを待つしかなかった。

 今は違う。

 俺は右手を開いた。

 周囲の廃材に視線を向ける。

 素材として視る。

 神性として視る。

 使えるものと、捨てるべきものを分ける。

「来るな」

 ただ一言。

 掌から黒銀の神性が薄く流れた。

 廃棄兵装たちが止まる。

 止まっただけではない。

 関節部の命令系統がほどける。

 汚染が濾過される。

 中核の機械神性が分別される。

 数秒後、三体の廃棄兵装がバラバラに崩れた。

 破壊ではない。

 解体。

 使える素材は黒銀の粒子へ。

 汚染された部位は灰へ。

 有用な神性断片は隔離結晶へ。

【機械神性断片を取得】

【品質:低】

【自己改革により自動選別】

【統合不要:素材化】

「……楽だな」

 あまりにも楽だった。

 今までなら、敵と接触し、解析し、分解し、汚染を避け、必要な性質だけを抜き出す必要があった。

 今は、その工程がほとんど自動で走る。

 もちろん、高位存在相手なら別だろう。

 だが、この程度の廃棄兵装なら、もう脅威ではない。

 立ち上がる。

 足元が少し沈む。

 身体が完全には戻っていない。

 だが、歩ける。

【肉体構成再建率:74%】

【権能安定化進行中】

【亜神級神核:正常稼働】

【量子AIとの接続:再確立】

【……接続を確認しました】

 量子AIの声が戻った。

「聞こえるか」

【確認しました】

【所有者の種族情報および権能情報が更新されています】

【神格階梯:亜神】

【生存確認】

【復旧を確認】

「死にかけたがな」

【成功率12.8%の処理を強行した結果としては、極めて良好です】

「褒めてるのか、それ」

【事実です】

 いつもの調子だった。

 それだけで、少しだけ意識が落ち着く。

【分体同期を再接続しますか】

「いや、まだいい。ここは大陸内部だ。余計な接続は絞る」

【了解】

 深く息を吐く。

 呼吸は必要ない。

 だが、区切りとしてはちょうどよかった。

 視界の端に、取得情報が並んでいる。

 高位機械神性。

 神性圧壊核。

 炉心融合断片。

 増強補修断片。

 自己改革。

 そして、亜神化。

 課題は、生きて神性を持ち帰ること。

 なら、達成条件は満たしたと言っていい。

 問題は、ここから出られるかだ。

 廃棄神工廠の奥で、さらに大きな反応が動いた気配がある。

 模倣暴虐機神ほどではないが、SS級に届く反応が複数。

 以前の俺なら、ここで欲を出していたかもしれない。

 もっと得られる。

 もっと強くなれる。

 そう考えて、さらに奥へ進んでいた可能性がある。

 だが、今は違う。

 理解した。

 神性を喰うほど強くなる。

 だが、喰い方を誤れば濁る。

 進みすぎれば、また何かに引きずり込まれる。

 今回はここまででいい。

「帰るぞ」

【推奨します】

 右手を軽く振る。

 周囲に散らばった自分の焼損粒子、戦闘残骸、取得済み神性結晶を回収する。

 回収できないものは、その場で分解。

 使えるものは隔離。

 危険なものは焼却。

 作業が速い。

 自分でやっているはずなのに、以前とは比べ物にならない。

 まるで、頭の中に巨大な工廠がある。

 設計、分解、選別、組み立て、検査。

 それらが同時に走っている。

 これが亜神域。

 偽神とは違う。

 入口ではなく、階段を一つ上がった。

 歩き出す。

 廃棄神工廠の通路が、来た時とは違って見えた。

 壁も、床も、炉心も、廃材も。

 全てが情報を持っている。

 今までは表面しか見えていなかった。

 今は、その奥にある役割が視える。

 使えるもの。

 危険なもの。

 不安定なもの。

 神核に合うもの。

 捨てるべきもの。

 それらを判別しながら、来た道を戻る。

 遠くで、隔壁が開く音がした。

 案内役の機人が待っているのか。

 それとも、別の迎えが来たのか。

 どちらにせよ、戻る必要がある。

 俺は黒銀の亜神核を胸の奥で安定させ、廃棄神工廠の出口へ向かった。

 

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