機動戦士ガンダムGQuuuuuuX Another side【二次小説】 作:高坂 源五郎
GQuuuuuuX Another side 第25話 赤い彗星のソロモン襲撃
—ア・バオア・クー要塞—
「なに。ドズルのビグ・ザムが倒されただと。」
ギレンは思わず椅子から立ち上がった。ドズルにはビグ・ザムを三機も与えていた。しかし、それが敗れた。これはどう因果を解き明かすべきなのか。
「それが、ドズル閣下は敵のソーラーシステムなる秘密兵器の破壊を企図されました。それを成し遂げられた後、多数の敵MSに囲まれあえなく。」
すとん、とギレンが座り直す。新たな情報を分析する為、彼の頭脳が冷静さを取り戻したのである。
「ビグ・ザムは連邦のMSにやられたのだな?」
「はい。中でも集中攻撃でIフィールドの出力が低下した所を、ビームサーベルをフィールドの内側に突っ込まれて破壊されたとの事です。」
「ふむ。Iフィールドの発生装置は機体の下部であったな。」
「は? は、はい。その通りであります。」
部下がビグ・ザムの構造を把握し損ねて戸惑う間にも、ギレンは情報からビグ・ザム破壊の実像を組み立てていく。
(ドズルは油断したか。いや、仕方なかったのだ。敵の指揮官と秘密兵器を破壊して見せたのだからな。では、運用か? そうだ。ビグ・ザムの初の実戦投入でこの大舞台、とは。ドズルもついていないが。だからこそドズルの功績とすべきか。)
ドズルはビグ・ザムを完全無欠の兵器と誤認した。だから大切な場所に分散配置させたのである。恐らく大局的には、ドズル唯一の失策はそれだ。
ビグ・ザムとて弱点のある通常の兵器である。数には勝てない面があるに違いない。ならば相互支援させればいい。そのように思考を終えたギレンは宣言した。
「連邦の物量に押されたとすれば、それは単騎で立ち向かうからだ。ビグ・ザムは二機か三機ずつでの運用を徹底させる。要は死角をなくせば、それで良いのだ。」
「なるほど!」
ビグ・ザムを超える兵器を生み出すのは容易ではない。というより欠点のない兵器などあり得ない。それに対費用効果では、ビグ・ザムに分がある。だから弱点は運用で補えば良いのであり、質だけでなく量を補う為に増産分の予算を確保したのである。
「ビグ・ザムに追随可能なのは、ただビグ・ザムのみである。ドズルは過信した。いや、初めて搭乗したのだ。その運用法の全容を把握できずとも仕方あるまい。戦訓とは血で贖うものだからな。だがこれからは、ビグ・ザムの相互支援を軸とせよ。」
ギレンはニヤリと笑う。
「相互支援でビグ・ザムに死角が無くなれば、今回のような万に一つの確率を起こされることももはやないだろう。」
—ペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉—
「だからさ。セイラさんはシイコさんを従えた“お姉様”なのよ。」
集めた新人パイロット達の前で、そう一席ぶつのはカイ・シデンである。
「その通り!」
横に立つ“ユニカム”ことシイコがそう宣言したものだから、部屋はドッと湧いた。セイラは迷惑そうにしているが、ビグ・ザムを討ち取った英雄である。この程度の箔付は必要なのだ。
〈ペイルホース〉は現在、ソロモン宙域におけるパイロット育成の主軸となっている。これには幾つか理由があるが、ペガサス級はMS収容数が多くパイロット用の戦術シミュレータが充実している為だ。だからブリーフィングルームを使って、実戦経験の訓示のような座学も行える。
カイを取り囲んでいるのは主力艦隊の背後に兵站部隊と共に配置されていた新兵の集団であり、ソロモン戦にも参加せずに終わった実戦経験のない即成組の新兵である。彼らはその立場も年齢もカイやハヤトなどのサイド7組に極めて近い。だが経験と実績は段違いであり、だからこそ講師役を指名されていた。
「ま、注意事項は色々ある。『慌てるな』と言ったって慌てるし、焦りもするさ。でもよぉ、オレにだって務まるんだ。慣れるまで生き残る。まずは全員、そこを目指すのが一番だぜ。」
カイの語り口はどこか優しい。彼は生き残ったが故の成長を間近で見てきた。まず生き残れば可能性が生まれるのだ。確かに戦場は初見殺しの連続ではあるが、だからこそ何度も生き残れば本人も思いもよらぬ成長を遂げているものなのだ。
「最初から完成されたパイロットなんかいないさ。いたら化け物だ。だが化け物だって戦場なら殺せる。みんな、自分の立ち位置を守ってしっかり戦えるかどうかなんだぜ。」
—グラナダ—
「マ・クベ。ドズルの最期をどう見るか?」
部下と共にソロモン戦の報告書を閲覧したキシリアは、腹心に問いかけた。ビグ・ザムの存在くらいまでなら事前に知らされていた。とはいえ詳細を知るのはこれが初である。しかもビグ・ザムはキシリアの知らないところで追加生産されていた。これをキシリアが量産と呼びたくないのは、量産効果のあるコストダウンモデルではないからである。
(ギレン兄上も、無茶をする。これでは国家予算がいくらあっても足りん。サイド3を食い潰す気か。)
キシリアにとって、ビグ・ザムはもうタネの割れた手品である。素人は騙せるかもしれないが、玄人筋は別だ。そしてマ・クベは、この方面では格別の目利きである。将軍とパイロット、そして兵站の全ての面からこの新兵器を評価できる。
「ビグ・ザムは良い機体です。が、運用に慣れぬ機体を突撃させれば課題も見えましょう。」
マ・クベはまずビグ・ザムを肯定した。指揮官としては使える機体、という評価である。だが全面賞賛はしない。それはキシリアの懸念を知ればこそである。
「本来、ビグ・ザムを仕留めるのには支度が必要でしょう。しかし逆を言えば仕掛けさえ用意すれば狩れる獲物です。ドズル閣下はそんな敵に出会ってしまった。」
運が悪い。そう付け足そうとしてマ・クベは考えを巡らす。
「大勢の敵と対峙し、撃破したからこそでしょう。稀にビグ・ザムの弱点を的確に突く用意と知恵のある相手に出逢ってしまうのです。或いは運か。いや、まさかな。」
まさか幸運だけでビグ・ザムを倒せるはずがない。優秀なMSの集団が、連戦で疲弊したドズル中将の機体に手を掛けられたに過ぎない。
「ドズルの部下の機体も倒されたようだが。」
「ああ。レールキャノンですな。」
マ・クベは面白くなさそうな声で答えた。
「装甲に優れるとはいえ、ビグ・ザムも所詮は破壊可能な兵器に過ぎません。装甲を貫く大火力を喰らえば破壊されます。ただ、ドズル閣下は回避してみせた。避けられるのです。撃破に至ったのは乱戦により、パイロットが敵の砲撃を予期出来なかった為でしょう。」
多数の敵を蹂躙する中、無防備な背中を撃たれる事は起こり得る。本来は装甲とIフィールドの二つが機能する筈だが、苦手な火力が存在したのである。これも“運”の要素で片付けられそうではある。そう簡単に命中させられる物ではないからだ。だが、“運”とはあって当たり前なのだ。つまり起こる可能性があれば、その現象は起こり得る。それが“運”と称されるものの正体である。
「不運ならば起こり得る事もありましょう。しかしそれとて運用でカバーできます。ビグ・ザムが複数機いたのです。三機が互いに連携していれば、と。それが残念でなりません。」
「そうか、そんなものか。」
数でカバーしなくてはならない兵器は、所詮は二流である。キシリアの理想とする形ではない。キシリアはこの時にビグ・ザムに興味を失いつつあった。が、マ・クベは兵器としての可能性を見出している。
「いや、兵器としてのポテンシャルはかなりのものです。もしグラナダに回されれば、防衛状況は鉄壁となりましょう。」
「ギレン総帥は、私に切り札を委ねるほど甘くはない。」
マ・クベの熱意を、キシリアは冷笑した。彼にはどこまでも冷静でいてもらわなくては困るのだ。ただ家族仲の悪さという人間的な問題には、この男の理解が及ばずとも仕方ないとは思っていた。
「む、それは。」
マ・クベは渋い顔をしていた。しかし言った。
「ジオンの勝利の前には、ギレン総帥とて協力を拒みますまい。不詳このマ・クベ、その時はギレン総帥を直談判で説得してみせましょう。無論、聞き届けられなければ刺し違える覚悟です。」
マ・クベはこれで褒められると思っているのだ。だがキシリアは、ギレンを倒せるのなら腹心たるマ・クベすら手放せる。彼女は暫し、マ・クベとギレンが共倒れになる未来に想いを馳せた。それは楽しい想像である。
(マ・クベ、本当に兄と刺し違えてくれるか?)
そう思考して、キシリアは言葉に出す事をやめた。マ・クベを使うとしたら、それは確実にギレンを葬れるタイミングでなければならない。そして仮にギレンを倒したとしても、だ。楽しい空想はこれで終わりである。
「フフ。ギレン総帥を倒したとて、内部分裂したジオンでは連邦に蹂躙されよう。」
「はい、だからこそ聡明なギレン総帥も勝利の為に尽力してくださる筈なのです。」
我が意を得たり、というマ・クベの得意げな表情である。それに対してキシリアは『ギレンを取り除きたい』という己の野心に気がついてしまった。ドズルが消えた今、問題はあの兄だけである。
そして彼一人をどうにかして殺しさえすれば、ジオン公国の全てが彼女のものとなる。連邦と対峙する今、この大それた野心を持つのは破滅につながりかねない。
(だが、人は殺せる。ドズルが死んだのだ。ギレンとて殺せよう。)
キシリアの情念は暗い。だがマ・クベは主君の闇に気がつかず、滔々とビグ・ザムの運用について自説を語り続けていた。
—ソロモン—
「お呼びですか。」
マチルダはソロモン要塞の新司令官、ワッケイン少将の前に立ち敬礼を行った。彼女の側にバスク・オム大尉がいるのももはや作戦会議時のいつもの光景である。
「楽にしてくれ。」
兵士相手の『休め』の号令を士官向けに包んで、ワッケインはマチルダ達に向き直る。彼は椅子に掛けているが疲労の色が濃かった。ソロモン陥落以後、艦隊の掌握に手間取っているのだ。
(ティアンム提督よりは小粒だけれど、新司令が優秀なのは幸いだわ。)
ワッケインは予備艦隊の指揮官である。本来の彼の役割は、陥落したソロモンを連邦の橋頭堡として確保する事にある。それこそがルナツーを支え続けた守将としての彼の経歴に相応しい。
しかしながらティアンム提督と共に、艦隊の中枢を担う将官が多数戦死した。これにより予備艦隊の指揮系統が主力として昇格する逆転現象が生じたのである。ワッケインは現在、残された派遣艦隊の総指揮を委ねられている。
「まずは説明しておこう。知っての通り我々は艦隊の再編を余儀なくされている。ア・バオア・クー要塞への侵攻もそれが可能となってからだ。」
さらりとワッケインはそう説明した。依然としてジオンの最終防衛ラインであるア・バオア・クーを突く想定ではある。しかし『厳しい』というのが現場の肌感覚だ。たった一機のMAであの被害なのだ。実際はビグ・ザムと呼称される三機いたにせよ、である。そして何より、ソロモンで敵を打ち砕いたソーラーシステムはもうないのだ。
「バスク・オム大尉。ソーラーシステムの進捗はどうかな?」
「思いの外損傷が酷く、統括艦を今すぐ用意した上で全システムを再登録する必要があります。つまり“不可能”です。ミラーの輸送艦はルナツーに戻す方が良いでしょう。」
「そうか。ソーラーシステムはルナツーへの輸送路が機能し次第、送り返すとしよう。輸送艦にはせめて前線を支える物資を運んでほしいからな。」
ワッケインが未練がましくソーラーシステムをこれまでソロモンに収容していたのも、ソロモンならば代替案の構築や修理が可能かもしれない為だ。しかしバスクが言うのなら、連邦の拠点であるルナツーに戻すほかない。今のルナツーは後方拠点となっており、何より地球に近い。
実際の指揮艦の構築は地球のジャブローで行ったのである。ルナツーでジャブローからの指揮艦を迎えてのシステム全機の再登録。それが今となっては可能な最善であるのだろう。
「マチルダ・アジャン大尉。修理の進捗はどうかね?」
〈ペイルホース〉もビグ・ザムにより破壊された部位の修復を完了した。爪で掴まれた際に破損した艦隊の装甲である。
「はい。問題なく完了しました。」
「それは良かった。ソロモンで拿捕されたペガサスが改装された結果の余剰部品だが、現場が間に合わせてくれたのだな。」
ワッケインはそう応えると、深くため息をついた。彼のマネジメントは逆境の中にあり、ダメージコントロールの連続である。〈ペイルホース〉復帰は数少ない明るい材料なのだ。だが、この艦を攻撃に使う事はもはや不可能である。旗艦の直掩が必要なのだ。
「自分を過大評価するわけではないが、今度司令官が討ち取られたらこの艦隊は終わりだ。となると、マチルダ・アジャン大尉。」
「はっ!」
「ビグ・ザムを二機まで仕留めた実績のある君達には、旗艦の直掩についてもらう。異論は?」
「ありません。」
もはやそれしかない、というのがワッケインやバスクそれにマチルダの共通理解だ。ワッケインは艦隊指揮官としては“並”でしかないが、司令官が生きていると死んでいるのとでは大違いである。
「私もソロモン要塞の守備に専念出来れば良いのだがな。それでもあのMAには手こずる。正直、規格外だ。」
「同感です。」
マチルダは短く同意を示した。彼女の言葉は実際に対峙した者としての感慨に満ちている。ワッケインもそれに気がついたらしい。
「そうか、君の艦は直接対峙していたな。どうだったかね。」
「当たり負けしそうになりました。」
正直なマチルダの告白に場が和んだ。背後の幕僚から軽い失笑が起きる。“突進”という彼女の二つ名はよく知られている。だがワッケインは緊張を解いた自らの幕僚達へと振り返り、叱責する。
「笑うな。直接対峙した者の言葉だ。」
そしてマチルダへと顔を戻し、真剣に尋ねた。
「……ビグ・ザムに対して、体当たりは有効かね?」
連邦軍はジオンの遺棄した通信文から、その正式名称を掴んでいた。しかしまだおおよその性能と名前しか把握していない。
「はい。物理的な打撃は有効です。並の艦で当たり負けしない為には、相当に加速している必要がありそうですが。」
「ふむ、対要塞戦で艦隊は低速を維持していたのだったな。」
要塞を攻撃する時、命中率を重視して低速に落とす。彼我の相対速度差が縮まり、命中率が劇的に改善する。これは一種のセオリーであるが、宇宙空間における物理打撃のインパクトは質量かける速度である。
ビーム兵器主体だからこそ選択された連邦の戦術は、ビグ・ザムに優位な速度に自らを落としていたという事である。ただ、艦を巻き込んでの自爆など普通は考えない。ビグ・ザムは戦艦を使い潰す必要のある相手という事だった。
「サラミスでは駄目か?加速すれば、威力は補えよう。」
「あのMAは装甲が厚いのです。可能性があるのはマゼランの決死の一撃だけでしょう。」
それとて恐らく回避されるかいなされる。ビグ・ザムの主砲はマゼランとて粉砕しうるのである。体当たりとて威力や命中で確実性を欠く。『倒せるかもしれない手段』、ただそれだけだった。
「高機動な機体で、機体下部を狙わせるのはどうだ?」
バスクがマチルダに問うた。彼らは実際にその方法で敵を撃破している。
「迎撃用武装という対策があるの。偶然に近い成功だったわ。専用の訓練された複数の機体に連携して飛び込ませて五分五分、そんなところね。」
スレッガーの体当たりが功を奏したのは、事前のシイコの攻撃が有効打として機能していたからだ。普通にやれば、普通に撃退されてしまう。なかなか狙って連携するのも難しいだろう。
「ならば尚のこと、レールキャノンによる正面突破。接近された艦は決死の体当たり。それしかないな。」
「はい。」
ワッケインのまとめを、マチルダは肯定した。
(彼はきっと試験の成績が良いタイプね)
マチルダは夢想する。秀才は既存の解決法の活用に上手い。しかし一を十にする努力は可能でも、それほど潜在的な価値のある一を生み出す力がない。
(何か新しい知恵が欲しいところだけれど、難しいわね。)
効率的ではあるが凡庸、それがワッケインの本質である。となるとマチルダとしては、“戦術の天才”と称されるバスクに期待するしかない。この男の知謀に、この事態を打破する秘策はあるのだろうか。
—グラナダ—
キシリアの率いる艦隊がグラナダを発した。その行き先はソロモンである。その艦隊には、ペガサス級強襲揚陸艦〈ソドン〉を拝領したシャア・アズナブル大佐の姿もあった。
「ソロモンを追われた私が、陥落後のソロモンを目指すのか。人生、何が幸いするかわからないものだな。」
“赤い彗星”のシャアは、副官のマリガン中尉の前でそう溢して見せた。しかしその口調はどこか軽い。彼はドズル中将から罷免され、キシリア少将に拾われた。その結果として、ソロモンの失陥の現場に居合わせる事はなかった。軍人としてソロモンは格好の働きの場であったかもしれないが、負け戦は好みではない。憂鬱なるストレスの現場に居合わせる事なく、女遊びも楽しんだ彼は溌剌としていた。
「サイコミュの実戦での評価試験。そしてソロモンに連邦艦隊を押し留める為です。」
お目付役として同席しているマリガン中尉が、重々しくそう注釈を入れる。
「分かっているさ。キシリア閣下には直々にご確認頂くのだ。拾って頂いたばかりの私としても、気合が入ろうというものだ。」
シャアとしては、この辺りでグラナダにおける実績がいる。いつまでも能無しでは差し障りがある。彼は出来る男であり、出来る男として遇されたい。“使える筈のエース”と“実証されたエース”は現場での扱いが違うのだ。
「しかし、少し意外だな。キシリア閣下自ら御出陣とは。」
キシリアはドズルを見捨てた、というわけではないが撤退が方針にせよ支援部隊も送らなかった。部隊派遣の時間を少し繰り上げれば間に合った筈なのだ。だがキシリアは敢えて時間差で部隊を差し向けている。
「きっとドズル中将の敵討ちでありましょう。或いは鎮魂の手向けと、そういう事なのでは。」
マリガンがキシリアの意図を取りなすようにそういう。その言葉の意味にシャアはニヤリと笑った。
「なるほどな。ドズル閣下の部下を取り込む為の政治的なパフォーマンスでもあるという事か。」
「で、ありましょう。そして勿論、ルナツー攻略の為の目眩しでもあります。」
ドズルの部下はいずれ再編され、各地に配置される。突出したドズルが討たれた形であり、ソロモン陥落という痛恨時に対して被害は少ない。元々、ソロモンとしても撤退方針だったとも噂されている。
「連邦の秘密兵器がなければ戦略的撤退と称されていたかもしれないという話だ。とすればキシリア閣下はドズル閣下の兵を狙ってるか。」
「ソロモンからグラナダに移籍されたシャア大佐こそがその証明でありましょう。ルナツー攻略時には、彼の地に駐屯させる兵も必要です。」
「キシリア閣下は随分と先を見ておられるのだな。」
シャアの慨嘆を、マリガンはキシリアへの賞賛と受け取った。
「はい。あの方には遠大な計画がおありなのです。」
マリガンの忠誠心の対象はあくまでキシリアにある。それはシャアも承知している。その上で、シャアにグラナダの士官のあるべき姿を見せるのがこのマリガンの役目であるのだろう。
「それで、例のパイロットはいつこの艦に?」
「現在、キシリア様に拝謁しています。それが終わり次第、リックドムごと移乗する事でしょう。」
意外にも、マリガンのその言葉にシャアは嫌悪感を示した。
「気に入らんな。」
「はあ?」
マリガンは問い返す。まさかキシリア批判ではないだろうが、この上官の意図を図りかねたのだ。
「ギレン閣下がわざわざ寄越した士官を、私の下に。となれば、私と彼は同類と見られているのだろう?」
政治的な色の話である、とマリガンは了解した。ならばこの上官に発破をかけるだけでいいだろう。
「キシリア様は、シャア大佐の手腕を試されているのでしょう。」
したり顔でそういうマリガンを、シャアはそっと見た。こんな時、彼の仮面は視線を気取らせず便利である。
「そうか。それでは精々、新しい部下には友好的に振る舞う事にしよう。」
シャアには予感がある。シャリア・ブルという新任の士官は、恐らく使える男であると。だからこそこの状況は危険なのだ。シャアが独自に党派を形成したとなれば、キシリアがどう出るか分からない。だから先回りしてマリガンに溢して見せた。
シャリアと仲を深めるのが、キシリアの期待であると言質をとったのである。
(私にも、そろそろ独自の手足が必要だからな。)
思いがけぬ形ではあるが、ガルマは退役しドズルは戦死した。その結果として、キシリアもシャアの手の届きそうな所にきた。そしてサイコミュ搭載MSと、それを動かすパイロット。それを独占すれば、シャアが父親の復讐を遂げる事も夢ではないのだ。
(私がダイクンの遺児である限りは、狙われ続ける。だからこそ、消えてもらう。)
シャアの仮面の下の殺意は一瞬である。だからこそ、シャアを完璧に監視していると自負するマリガンにもこの殺意は気取られる事はなかった。
—チベ級重巡洋艦〈パープル・ウィドウ〉—
キシリアは入室したその士官を見据えた。フラナガン機関が軍から推薦した二人目のニュータイプである。
「貴様がシャリア・ブル大尉か。」
「はい、そうであります。」
落ち着いた語り口調である。が、その目には狂信的な光があるとキシリアは見た。
「木星では苦労したそうだな。」
「私にとってあの星は地獄です。地球圏への帰還はもう不可能かと諦めておりました。」
キシリアは頷いた。その言葉に嘘はないと見極めた為である。
「では、その粘り強さで“赤い彗星”を支えてやってくれ。」
「自分にパイロットが務まると、そうお考えなのですか?」
「当然だ。訓練の成績は良い。」
バサリ、とキシリアは書類を投げ出した。シャリア・ブルについてまとめられた資料には彼の戦績も記載されている。この男、ザクでの交戦経験もあるのだ。
「貴様の機体のリックドム。総帥は貸し出しに制限を課している。生半なパイロットに与える機体ではないのだよ。期待させてもらうよ、シャリア・ブル大尉。」
対面はそれで終わりである。キシリアは退室を指示した。そしてシャリア・ブルが室外に出た事を見定めてから、部下である参謀長に問う。
「どう見た、あの男。」
「まず確実にギレン総帥に声をかけられておりましょうな。」
参謀長が首を振りながら答える。
「シャアはヤツを取り込めると思うか?」
「分かりません。が、可能性はあるかと。」
キシリアは薄く笑った。
「正直者そうだ。ギレン兄の周囲を固める側近連中とは毛色が違う。少し様子を見る。手を出すなよ。」
「ハッ。」
それはギレンのスパイの可能性が強くとも、手を出すなという事である。参謀長はその意図を正しく察した。
(貴重なニュータイプだ。精々利用させてもらおう。シャアの忠誠心を測るのに用いるのも一興か。)
キシリアはギレンと権力を争う危険なゲームをしている。今は駒が不足しているのであり、強力な駒は味方にするものと決めて盤面を進めねばならない。そうしなければ、彼女の対局は開始することもままならないのだ。
(権力を掴む。そのためには、毒饅頭とて喰らってみせよう。)
人は思想や信条とは別に、最後は勝つ側に流れるとキシリアは疑わない。ならば勝てば良いのだ。表面的に従うならそれを使う。内心など興味はない。勝てば、それで全て塗り替えられるのだから。
—ペガサス級強襲揚陸艦〈ソドン〉—
シャア・アズナブル大佐には教育者としての側面がある。そしてそれは当たり前の事なのだ、出来る上官として部下を教え導くのは。
ただシャアの人材育成法は、極めて分かりにくい。大半の教育はデニムなど直属の上官に丸投げする。基礎が固まり伸びてきたところを見計らって、赤い彗星の手腕を見せつける。その上で『えいっ』とばかりに相手の長所を引き出す。
『シャアがいれば、シャアという才能と共にあれば自分はここまでの事ができる。』
この自分が伸びたその時の瞬間を、忘れさせない。それがシャアの人材育成の要諦である。彼のやり方はある種残酷で、実は『底上げ』ではなく『選別』である。適性がない者はどこまでも落ちていく。
ただジオン軍内部に限れば、この方法はこれまで上手くいっていた。それはジオン軍人、特にパイロットは選別を潜り抜けて適正と技量を備えているからである。
(私は、部下を育てるのが上手い)
シャアが持つどこか根拠のない自信、その由来はこれである。部下が彼を必要とし、押し立ててくれるから活躍するのだ。そして部下を一流の、それは少なくとも奉仕者としては一流にしておけば後腐れもない。
「ドレン、よく来てくれた。私は君だけは信じていたぞ。」
“赤い彗星”の示す信頼に、ドレンは笑みを漏らした。彼こそは、自分以上の補佐役はいないと、そう信じきっている。シャアがキシリアの下で地歩を固めるというのなら、協力は惜しまない。
「大佐の御用とあらば、いつでも馳せ参じますとも。」
“赤い彗星”により拿捕された連邦の強襲揚陸艦は、徹底的な改修を経て〈ソドン〉と命名された。今はシャア・アズナブル大佐の1番の部下を自称するドレン大尉が艦長を務めている。ドレン大尉もまた、ドズル陣営からキシリア陣営に乗り換えたのである。
ドレン大尉の部下は当初は戸惑いを示していたが、ドズル中将が戦死しソロモンが陥落するに至ってこの決断を評価した。それはドレンの正しさが証明された為である。
そんな艦内はキシリア陣営入りを今は歓迎しており、シャア大佐の下で結束を見せている。〈ソドン〉はシャアにとって快適な環境が設られていた。
「しかし、何ですな。今度の新任の将校はどうされるのですか?」
ドレンは上目遣いでシャアに尋ねた。
「ふむ、シャリア・ブル大尉の事か。フラナガン機関の見立て通りなら優れた才能を持つパイロットだ。試してみるさ。」
サラリとそう答えたシャアは、コーヒーカップを口元に運ぶ。ソドン艦内の居住ブロックには擬似重力があるのであり、こうしてチューブ以外の飲み物を飲める。熱いものを熱いうちに頂くのも、宇宙では贅沢の部類なのだ。
「大佐ならば不安はないでしょう。才能もあるのかもしれません。が、しかしです。」
ドレンはカッと目を見開く。
「ギレン総帥とキシリア閣下の息がかかっているのやもしれません。迂闊な事はされるべきでは無いかと。」
「大丈夫だ。もしも私に馴染まぬ者なら、この手でケリをつける覚悟はある。」
シャアはこともなげにそう答えた。反抗的な者、足手纏いとなる者を始末した経験は一度や二度ではない。戦場には、『安全だと錯覚するが危険極まりない』そんな場所が幾つも存在する。シャアは手を下さずとも、そこに誘い込むだけでいい。
そんなシャアを良く知るドレンは深く頷いた。
「そのお覚悟があれば、問題ありませんな。」
ドレンの賛意を受けて、シャアが笑う。
「ま、今回はその手は必要ないだろう。もしフラナガン博士の見立て通りなら、私も彼もニュータイプであるのだ。ギレン総帥やらキシリア閣下にはない共通項で結ばれている、これが私の新たな強みとなるのだからな。」
〈ソドン〉艦内を訪れたシャリア・ブル大尉はまだ異物である。乗ってきたリックドム自体が珍しい。しかもキシリア直々にシャアの相棒役に指名された訳で、注目を集めていた。そこには無遠慮な視線も少なくない。
「け、気取ってやがるぜ。」
トクワン大尉は聞こえるように毒づいて見せた。彼と同格の大尉が来ると、仕事がやりにくいのである。せめて先達として敬う姿勢を見せろ、とそう息巻いているのだ。
しかしシャリア・ブルは沈着である。珍しい生き物でも見るかのようにトクワンを見ている。トクワンは虚しくなった。
「ケッ!」と吐き捨てると共に横を向く。
所詮、あの男には部下がいない。シャア大佐の護衛とでも看做せば、折り合いはつけられる。本当は最初からそうすべきだったのだが、トクワンもこの〈ソドン〉特有の空気に舞い上がっていたのである。この男にも可愛い所はあり、シャアを押し立てる気分になっていた。そこが少し空回りをしただけである。
「失礼、シャア・アズナブル大佐はどこに?」
「一番奥の部屋であんたを待ってますよ。」
そっぽを向いているトクワン大尉の代わりに答えたのは、デミトリー曹長である。彼は悪相だが根は良い人物であり、パイロットとしてはトクワンの相棒役であった。
「ありがとう。」
短く礼を述べたシャリアは、シャアの私室を目指した。その背後でデミトリーがトクワンにポカリとやられたのは、上官の許しなくシャリアと口をきいたからであるのだろう。
ノックの音と共に、『シャリア・ブル大尉であります。』との挨拶の声が聞こえた。自室で待っていたシャアは短く『入れ』と声をかける。
「失礼します」
入室したシャリア・ブル大尉はスラリとしていた。その風貌は芯のある強さを感じさせる。緊張もしておらず、シャアを見る目には感情がない。この“赤い彗星”に対して、油断も慢心も関心もさしてないのだ。
「シャリア・ブル大尉であります。ギレン総帥より派遣され、キシリア様より大佐の部下となれと拝命されました。」
ビシッと敬礼をする仕草は、その口上と相待って隙がない。ギレン総帥とキシリア閣下の名を並べる。その口上は、こけ脅しにも聞こえる。あるいは、本人は両者を等しく気にも留めていないのか。
「その挨拶、私でなければ相手を怒らせているかもしれんぞ。」
シャアは少し揶揄するように切り出す。常人は、自分より権威ある者の名前に弱い。その名を出されただけで威圧されたと感じる。シャリアは、シャアの指摘にハッとした様子である。
「そうなのですね。」
「君はこれまでまるで夢現の中で生きてきたかのようだな。それは君の高い資質ゆえに、集中を欠いても問題がなかった証左でもある。」
シャアにも覚えがある。この世は退屈だ。油断すればすぐにそうなる。シャアは油断せずに退屈を紛らわし、彼を高めてくれるものを常に探している。それは挑戦であったり、対決であったりする。だが『普通に優秀なだけの人物』にとっては、全てがつまらなく灰色に見えてしまうだろう。
「君の気持ちは分かる。だが君はもう戦場に来たのだ。常に気を張れとは言わないが、悪癖は慎みたまえ。特に相手を見て物を言うことを覚えるべきだな。」
「は、気をつけます。」
シャリア・ブルの神妙な顔つきを見て、シャアは満足した。この反応ならば、彼の“教育”に付き合える。シャアはこの部下を『教育に値する』とそう見定めたのである。
—ソロモン宙域—
リックドムは高推力の機体である。実のところドムは、宇宙空間でこそその真価を発揮すると言って良いほどである。だが、“赤い彗星”の駆るガンダムはリックドムの機動力を凌駕した。
『どうした大尉、まだこんな物ではないぞ。』
軽く揶揄するように、シャア大佐がシャリアを注意する。
(直線機動です負けるはずがないのだが、赤い彗星は化け物か。)
シャリア・ブルは舌を巻いた。道化師じみた仮面をつけたこの上官は、大佐まで上り詰めたのは伊達ではないらしい。すると彼の話していた“サイコミュ”という技術も、案外本当であるのかもしれない。
『ふふ、化け物とは光栄な事だ。』
その時のシャリアを襲ったのは衝撃である。口に出していない自らの心の中を見透かされたと、そう感じ取ったのだ。
「大佐?」
『言っただろう。サイコミュとは脳波で操縦すると。そして相性の良い相手の思考は、こうして簡単に読めてしまうらしいな。』
(まさか。)
まさかとは思っても、そうであるのだろうとシャリアは覚悟した。とはいえ謀反も不服従も考えてなどいない。彼は単に“赤い彗星”の部下をそつなく務めたい。その程度の腹づもりしかなかった。
『なんだ。意外と底の浅い男だ。もっと野心的でいてくれて構わないのだがな。』
『大佐。いい加減に私の思考を読むのはやめてくださいませんか。せめて見て見ぬふりをしていただきたい。』
シャリア・ブルは苦言を呈した。今は作戦中である。雑談でさえ憚られるのに、部下の思考を読むのにサイコミュの機能を用いるなど悪趣味極まりない。
『いや済まなかった。だが口にせず黙っているのも、不自然というものだろう?』
シャリアにとってそんなことは知った事ではなかったが、集中を乱されればあわやという事故も起きかねないのである。
『心配いらんさ。君と私の腕ならな。仕掛けるぞ。』
その瞬間、シャリア・ブルにシャアの抱くイメージが共有された。シャアの進む軌跡に沿って最適な位置に半ば無意識に進路を変更する。
シャアがビットと呼ばれる支援機を操縦し、そしてガンダムのビームライフルで敵艦隊に砲撃を加える。シャリア・ブルは背後に付き従いながら、シャアが料理しなかったサラミスにバズーカの弾丸を撃ち込んだ。
その間にもシャアのビットは新たな連邦のMSを排除している、敵艦を丸裸にして仕留めるつもりだ。護衛が消えたサラミスに、シャアのビットによる攻撃が突き刺さる。それはサラミスの砲門を破壊し、機銃を蒸発させる。
『行きたまえ』
命令させるまでもない。シャリア・ブルは機動をサラミスに向ける。トドメを刺すばかりのサラミスは、呆気なくシャリア・ブルの放つジャイアントバズーカの直撃に沈んだ。
シャアはシャリアの視界の中の敵を、意識的に手をつけないようにしている。それは謂わば“赤い彗星”からのトスである。
ジャイアントバズーカの火力で吹き飛ばして欲しい獲物を、シャアの望む角度で叩き込む。気づけばシャリアは、シャアの望むビットの群れの中の一員のような扱いであった。
シャアの意識とシャリアの意識が混濁し、二人は誰も見たことの無い速度で戦果を積み重ねていく。これまでに撃破したサラミスは五隻を超え、連邦のMSである軽キャノンに至っては二十機を超えた。まだ戦闘を開始して、5分と経過していないにも関わらずだ。
その時、フランシス・バックマイヤー中尉は哨戒に出ていた。シイコは例によって新人教育に邁進しており、偵察任務は彼一人で良いと断ったのだ。
(“ユニカム”は敵に勝つ鍵だ。可能な限りは温存したい。)
それは連邦将兵の総意に等しい。だがそれが、バックマイヤー中尉が、身を守る盾を失った事を意味していた。
「なんだ、あれは。」
バックマイヤー中尉が敵に気がついた時、彼の傍のサラミスが爆炎を上げた。それが惨劇の始まりである。そのサラミスの爆発に巻き込まれなかったのは、彼の反射神経と搭乗するGファイターの機体特性による。高速機動で難を逃れ、彼は敵を探した。
次々と破壊される味方機の姿が、敵を探る道しるべとなる。
「あんな所に。敵だ。敵の強行偵察だ。MAいや、新型のMSだ!」
赤い敵影はどこか連邦制のMSを思わせる。そしてその動きは、彼に一つの予感を抱かせた。
「赤い……ガンダム。まさか、“赤い彗星”か。」
“赤い彗星”ならば知っている。容易な敵ではない。しかしここには彼しかいない。被害を食い止めるのは、彼の責任だ。そもそもこの敵は、軽キャノンで対処するには早過ぎる。
「任せろ。」
右往左往する味方のサラミスや軽キャノンに対して、彼はそう宣言していた。連邦のトップエース“ユニカム”を恋人にした彼もまたエースと称されている。だから勝てない筈はないと、そう判断したのだ。
シャアの意識の端にしか上らなかったそれを、シャリア・ブルの意識は掬い上げた。シャアが抱く圧倒的な全能感と高揚感の中で、死にゆく者達の思考はあまりにも小さくか細い。それでも恋人であろう女を呼ぶ思考には、どこか普遍的な悲しみがあった。
『それはノイズだ。意識を集中させろ。シャリア・ブル大尉。』
“赤い彗星”が部下をそう叱責する。今日の仕上げとして、彼は目の前のマゼランを討ち取りたいのだ。
『はい、大佐。』
シャリア・ブルは答えた。そして困難に直面する。そのマゼランを守るように、ペガサス級強襲揚陸艦が前に出たのである。その瞬間、シャアが怯みを見せた。
(ち、験の悪い。)
その時、シャアが意識を向けたのは遥か後方のキシリアである。
(大佐はキシリア閣下を気にしておられる……?)
そのシャリアの思考を、再びシャアが読み取る。
『ふ、笑うかね。私はキシリア閣下にお認め頂けない事を恐れている。この機体を取り上げられれば、いやどのMSであれパイロットを続けられなければ私は無能力者に戻るのだからな。』
心を読み取る事は、心を読み取られる事に繋がる。接触は双方向なのだ。だからシャアが己の心の中を隠しても無駄だ。あのペガサス級は、以前シャアの不意を突いた事がある。ここで突進して無理をするのは避けたい。シャアの見栄が、無様を晒す事を良しとはしない。
「戦果は、これでもう充分ではありませんか。」
シャリア・ブルが言ったのは本心である。シャアにもそれは伝わった。本音で話す人物ほど、サイコミュ環境下では強いらしい。
『よし、ならばこの戦艦を最後にするか。』
シャアがそう決断できたのも、シャリアの心を使ってシャアが己の心の動きを知覚したからである。シャアが見た“赤い彗星”は、『無理をしている』と映った。あの敵の事などどうでもいい。拘る事に間違いがある。今倒す必要がないなら、単に避けて通れば良いのだ。
シャアの操縦するビットは、四機全てが戦艦を狙った。そして瞬時にマゼランを四方から撃ち抜く。そこに五機目のビットとしてリックドムが突撃し、バズーカを放つ。爆炎に沈む敵艦の艦橋を、赤いガンダムのライフルが撃ち抜く。
“赤い彗星”はペガサスの妨害をものともせずにマゼランを撃破した。このペガサス級が生き残ったのは、単にシャアが見逃したからである。その恐怖を敵の指揮官に植え付けて、シャアは悠々と因縁の敵艦の横を通り過ぎた。彼はどうしても、その敵を撃つ気持ちにはなれなかったのだ。
『引き揚げるぞ。』
シャアはそう宣告した。しかしそんな言葉を口にせずとも、シャリア・ブルはシャアの背後にピタリと張り付いている。だからその言葉はやはり、シャアが自分で自分に宣言した内容であるのかもしれなかった。
赤いガンダムとリックドムはソロモンを引き揚げる。彼らの背後には多数のMS、そして艦船が打ち捨てられていた。戦艦十隻、MS六十機とされる“赤い彗星”の一年戦争時のスコア、その多くがこの泊地攻撃作戦で稼ぎ出されたと噂された。
「信じないわ。」
シイコは荒れ狂った。恋人が未帰還機に名を連ねたのだ。MSだけで二十機近く落とされた。軍艦は五隻以上が沈められ、サラミスだけでなくマゼランも含まれている。事態は予想以上に混乱しており、バックマイヤー中尉がひょっこりと顔を見せても不思議ではない雰囲気がある。
セイラは沈黙していた。しかし彼女は、バックマイヤー中尉の最後の思考を読み取っていた。それはシイコも同じである筈だと、セイラはそう考える。だからセイラは何も言わずに、ただ黙ってシイコを抱きしめた。
セイラの腕の中でシイコは泣いた。彼女は自分の淡い恋が、永遠に苦いものに変わってしまったとそう知覚していたのだ。
「彼との間に子供を授かったかもしれないの。月のものが、もう何日も遅れているの。」
シイコがポツリとそう呟く。
(それでビグ・ザムからは逃げ回っていたのね。なんて残酷で優しい話なのかしら)
セイラは自らのその考えがシイコに伝わるのを恐れながら、それでもなおシイコの得た物と失った物の大きさを計りかねていた。
【あとがき】
お読みいただき、ありがとうございます。
物語はいよいよ『GQuuuuuuX Beginning』本編と重なる時代へ入りました。
今回の軸は、グラナダへ移籍したシャアと、その周囲で動き始める人間関係です。
ソロモン戦でビグ・ザムという新兵器が戦場を震撼させましたが、キシリアはその衝撃が薄れる間もなく、サイコミュ兵器という新たな切り札を投入します。一方のシャアは、「赤いガンダム」と「ビット」という絶対的な力を手に入れ、シャリア・ブルとの出会いを経て、新たな戦いへ踏み出すことになります。
連邦側では、“ユニカム”シイコにとって大きな転機となる出来事を描きました。バックマイヤーとの関係は以前から少しずつ積み重ねてきましたが、その結末は避けられませんでした。そして、シイコの子供については「一年戦争時代の恋人との子」という解釈で描いています。
悲しみに沈むシイコとは対照的に、これまで彼女を支えてきたセイラの存在感も少しずつ増していきます。戦場の主役が移り変わる中で、それぞれがどのような役割を担っていくのかにも注目していただければ嬉しいです。
次回はいよいよゼクノヴァへ向けて、物語がさらに大きく動き始めます。
次回もよろしくお願いいたします。
今回のお話はいかがでしたか? 貴方の気持ちに近いものを選んでください。
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シャアは横暴な上官
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シャアは理想の教育係
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シャリアは苦労人だ
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サイコミュが反則級
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キシリアの闇が深い
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ビグ・ザムは運用が命
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政治戦が面白い
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バックマイヤーが切ない
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シイコが幸せになって
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最後が切なすぎた
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この世界観が好き
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旦那ではなく“あの人”の子か