手綱を持つ手が震える。私の調子も良くないが、馬の調子が良くない。
「どうどう」
さっきからあらぬ方向に逃げようとするのを何度も抑えている。
先ほどの爆発音で馬は一時的に恐慌状態に陥ってしまった。木に手綱を縛り付けておいた何匹か以外はどこかへと行ってしまった。そしてこいつ以外は使い物にならなかった。城へと向かう足取りは酷く重いものだった。
死が差し迫っている。
だが、城へと辿り着きイスカ様の元へ着いた暁には、俺の使命は達成される。喋れぬリア様に代わり、イスカ様が第一王子になられる。毒殺されかけたリア様は暗殺者を追って森に入り、返り討ちにされる。暗殺者を討てず、おめおめと自らが帰った愚かな兵隊は、その責任を取り、その隊長の頸は切り落とされる。
そういう筋書きが出来上がっている。
元々はリア様が悪いのだ。行方不明になっている癖に、戻ってくるとは。
リア様のせいで誰もが困った。
あの忌まわしき竜を殺したという証明がなければ、リア様をリア様と認めることはなかっただろうに。
『西国の竜』とはなんと忌まわしい名だろうか。
しかし、それが誇張した名前ではないとさっきの戦いでわかる。あらゆることを予想していた。空を飛ばれないためにありとあらゆる策を練った。魔術の打ち方、隊列の組み方、そして虎の子の精霊魔術。それら全てを駆使してやっと殺すことができた。いや、それは正しい評価ではない。あの娘がいなければおそらくは閉じ込めることすら叶わなかった。あの娘はリア様にとっての重荷だった。その重荷がなければ、均衡すら保てず、こちらが物量によって負けていた。
だからこそ、怖い。あの力は一体どこに向かう力なのだ。リア様が小さい時にいた使用人は言っていた。あの子ほど恐ろしい子はいないと。力が恐ろしいのかと聞くとそうではないと答えた。無邪気なまでの探求心が恐ろしいと。あの子に人の心はなく、ただその場その場で適当に合わせているだけ。本質的に人に興味がない。だからいつだって人を殺せる。ただ生かしているのは、気まぐれにしか過ぎないと。使用人が何を見たのかは知らないが、俺はその言葉がずっと記憶に残っていた。リア様に探求心という言葉が似あわなかったから、最初はまともに取り合わなかった。しかし、今思えば違う。あの魔術は探求心の塊だ。効率良く、無駄なく、鋭敏な暗殺剣のように無駄のない魔術だ。どれだけ魔術を鍛えてもあそこまではなれない。どれだけ鍛錬を続けていても、実践を駆け抜けなければ、あのような無駄をそぎ落とした魔術に成り得ない。しかし、それをどこで手に入れたというのか? 行方不明の間の五年? それともそれ以前か。
いずれにしても、リア様がいればイスカ様は玉座に座れない。それはあってはならないことだ。イスカ様には人徳がある。イスカ様がクローバー王国を引き継げば、国は一体となって支えられる。イスカ様こそ、玉座に立つべきなのだ。ただ魔術が上手いだけではいけない。人徳と政治力両方が備わっていなければならないのだ。イスカ様は優しすぎる性質があるが、それは私らが補っていけばいいもの。イスカ様がリア様を殺せなければ、私が殺せばいいのだ!
「———イスカ様」
雪原を馬に乗って歩くイスカ様がいた。突然幻覚を見たのかと思った。本来ここにいるべきではないお方がいらっしゃる。何故御付きの者がいない。供回りはどうした?
「馬の調子が悪く、馬上から失礼します。今しがたリア・クローバー子爵が暗殺者と戦闘を行い———」
「よい。エドガー」
「名誉ある——、え? は?」
「嘘をつかなくてもよい。お前が殺しにかかったのだろう」
「———っ!」
動揺して物も言えなくなると同じくらいに精神は高揚していた。やはりこのお方は天才的だ。
「まさかと思った。しかし、良く考えてみれば今日ほど兄上を殺しやすい日はない。もし私が上に立つのなら、今日この日にするだろう。だが———」
そう言ってイスカ様は叫んだ。
「誰がやれと頼んだ!」
「それは———」
当然頼まれてなどいない。もし提案でもしようものなら、きっと私は軽蔑され却下されるだろうから。
「しかし、この度の戦いは私の頸一つで済みます」
「済むわけがないだろう! 後始末はどうする!? それに———」
イスカ様はありえないことを言った。
「兄上が殺した程度で死ぬと思うのか?」
竜は死なない。
それはどこの伝承にも残る人の恐れ。
実際には竜は死ぬ。しかし、その災害性と多くの人を葬ってきた歴史性からそう恐れられているのだ。
「ご安心ください。リア様を確実に仕留めました」
「確実に? では、後ろのあれはなんだ」
その時、精霊が森から打ちあがるのが見えた。
「あれは厳格か? 違うだろう」
赤、青、黄、緑、四大精霊が持つ鮮やかな色彩が空を埋めんとしていた。しばし、それに魅了されていると飛行魔術の球体上の魔術陣が外からでも視認できた。
「あれは———」
「兄上だろう」
「そんな」
「さあ、賽は投げられた。もうどうなるかは誰にもわからない。いや、あるいは———」
何があるいはなのかわからないが、それを聞くことはできなかった。
だって飛行魔術でこちらにリア様が迫っていたのだから。
肌を刺すような冷たい外気とは違い、飛行魔術の中は球体に包まれ、空気の層で暖かった。リア様の腕に恐れ多くも抱き着き、お姫様抱っこをしてもらうのは、飛行魔術で飛ぶ上で仕方のないことだった。そんなリア様の優しさで成り立つ空間の外は、凄惨の一言では済まない。冷たく乾燥した真冬の空気の中、血霧が空を舞い、先程まで立ち向かっていた兵士達は死屍累々といった感じで最早生きているのかもわからない。あたり一面の森は削れ、木々はなぎ倒され、倒れた木の下敷きになっている者もいる。
勘違いしてはならない。
これを為したのは目の前の御方だ。
そして、勘違いされないようにしなければならない。
これは必要だったことで、無闇矢鱈の暴力ではないことを。
「#?」
怖いかと聞かれた気がする。何よりも恐ろしいことはこの惨劇を1人で行なってしまったこと———違う。そうじゃない。私がすべきことは———
「いえ、怖くありません。むしろ頼もしく思います」
嘘でもリア様を勇気付けることだ。私は普段のリア様を知っている。戦いに向かない性格で、温厚で言葉を喋れないから勘違いされてしまうだけで。
「⋯#」
私は奇妙にもこの惨劇に目を向ける事も、リア様に目を向ける事も出来なかった。ただ感情が一杯になり、涙が溢れるのを抑えようとしていた。どうして私はこれを見て心を痛めているのだろうか。むしろ私達を殺そうとしたのだからこれは報いを受けただけじゃないか。
そう思うことはできなかったし、そう思いたいとは思わなかった。
リア様がこれ以上私にこの風景を見せない様にここから去ろうとするのがわかった。だがその心遣いになんと声を掛けていいのかわからなかった。一面の銀世界だと鏡のように反射し太陽光が眩しい。その中で動く黒い点は直ぐにわかった。
「あれは?」
「#%#?」
近くまで向かうとイスカ様とエドガーがいた。
「まずいかもしれません」
どうなっているかわからない。イスカ様はリア様と敵対していないと思った。でも、もしかしたらがあるかもしれない。
地上に降り立つと2人は呆けた様にこちらを見ていた。それがどういった気持ちなのかは想像出来なかった。
「まさかイスカ様が企てたんですか?」
「違う」
即答した。にも関わらず、少し迷ってからこう言った。
「いや、俺が言った」
「イスカ様! これは私が勝手に企てたこと。イスカ様は関係ありません!」
「最早変わらんだろう。お前が企てようが、私が企てようが兄上にとっては変わらん」
違和感があった。
何故ここまでやる気がないのか。何故諦めているのか。
そして何が変わらないのか。何一つわからないのに、彼らは通じ合っていた。
エドガーは剣を抜いた。
反射的に身構える私とは違い、リア様は身動ぎすらしなかった。剣は抜かれた後、雑にリア様の足元から2,3歩離れた所に投げ捨てられたからだ。
「子爵。どうかその剣で私を殺してくれないか? それで今回の騒動は終わりにすることができないだろうか」
私はその言っている意味がわからなかった。
「貴方からすれば、イスカ様の家臣団全てが憎いかもしれない。しかし、此度命令して、実行させたのは私だけです。私の命だけで、今回の騒動を治めてもらうことはできないでしょうか」
「な、何を言っているんですか?」
私は一度リア様を見た。例え頼まれたとしてもそのようなことをするような御方ではないだろう。今度はイスカ様を見た。何か答えてもらえると思ったが、イスカ様はばつが悪そうに目を逸らした。
「リア様がその人を殺したから一体何になるというのですか!?」
もしかしたら唯一貴人ではない私の疑問は、無視してもよかったのかもしれない。でも、彼らは無視できなかった。
「この騒動の落としどころを付けるためです」
エドガーが代わりに言った。
「そんなことしなくたって、つけられるじゃないですか」
もはや訳も分からず、泣き出したかった。
そういう訳にいかないことはわかる。
「リア様が赦してくれさえすれば...」
リア様を見ると何を言っているのか理解できていないのか、私に向かって笑顔で笑った。
もしかしたら本当に何もわかっていないのかもしれない。そもそもリア様はやられたからやり返しただけで、別に報復を望んでいるわけじゃない。リア様は優しい方で…。
「兄上が赦しても、全ての人が赦すわけじゃない」
イスカ様の言うことは子供が言うようなものじゃない。
「それが私の命一つで済む。それが最も小さな犠牲だ」
「犠牲の大きい、小さいじゃありません。別に殺さなくったって!」
「お前にはわからないだろう」
「何が!」
「それが貴族の持つ責任なのだ」
「なっ」
わからない。何を言っているかわからない。
「何が貴族ですか!」
それがイスカ様から出た言葉だと信じたくなかった。
「貴族だろうと何だろうとこれ以上人を殺さなくて良いじゃないですか!?」
意味がわからない。
責任なんて取れるわけがない。
人を一人でも殺してしまった時点で、人を殺そうと思った時点でもう何も償うことはできない。私の両親が死んだことだって、あの強盗にどうやって償わせるというのだ。どうやっても私の恨みが晴れるわけじゃない。
「じゃあ、私の家臣が兄上に殺されたのはどうやって説明する? 私の家臣の憎悪は兄上に向かう。それは既に兄上へと向いてはいたが、行動には起こさなかった。当然だ。人を殺すことは悪いことなのだから」
それがわかっていながら、どうして殺そうとするのだ。
「だが、食事に毒を盛り、集団で暗殺をしてしまった。まるで坂から石が転がっても、石自身が止まれないように、ラインを越えてしまったのだ。お前は本当にこのエドガーだけが、兄上を憎んでいると思っているのか?」
「それは……」
「ああ、違う。私の家臣全員が兄上を恨んでいる。将来の当主の家臣になるはずが、それが五年前にあっさり変わってしまったのだ。それは、当然僕だって…」
そこでイスカ様は口を閉ざした。そうか、ああやってリア様と仲良く見せていたと言えど、結局はイスカ様すらもリア様も羨んでいたのだ。行動に起こしはしないでも。いや、むしろああやって仲が良いことを示して、家臣達に見せつけていたのだ。変な気を起させないために。
「建前とは人間を獣に戻さないためにあるものだ。一度獣に戻ったら人間としては生きていけない。城壁の中の獣は狩らないといけない。そうしなければ人間は治安を守れないのだ」
「———ッ!」
私はもう何も言えなくなっていた。何とかして反論したいのに、何とかしてイスカ様に違うって言いたいのに、何も言えない。
イスカ様が人のことなど考えていないと思っていた。
でも、違う。考えた上でこれを提案してきたのだ。
必死に考えたってこれ以上に平和に済まない。だから落としどころ。これがイスカ様が考える犠牲の少なくする方法なのだ。
「#」
リア様が一歩前に出た。
リア様以外が息を呑むのがわかる。
剣を拾い上げ、エドガーに一歩ずつ近づいていく。
「リア様!」
いや、今更言ったところで、リア様の決心を揺るがすだけだ。
そもそも私には口を挟む余地などないのだ。
私は何も言ってはいけない。
———沈黙が流れた。
リア様以外の時が止まったかのように、ただ時間だけがゆっくり流れた。
そして、エドガーの前に立つとリア様は剣を渡した。
「#$#%?」
落としたよ。
そうとでも言いたげだった。
リア様が殺すために前に進んだのではなく、内心嬉しかった。しかし、それと同じくして、迂闊だったと思った。
おそらくリア様はこの会話の流れなどわからなかったのだ。もしかしたら目の前のエドガーが自らを襲ってきた人だとも思っていないのかもしれない。
「どうしてだ! どうして! 私を殺してくれない!?」
エドガーはここで初めて自分など相手にされていないと思ってしまった。
そうではない。リア様は言葉がわからないのだ。だが、それを知っているのは、私とリンゴォ氏のみだ。だからこそ、私はリア様の言葉を代わりに喋るためにここに立っていたはずだ。
「ち、ちが」あなたが殺してくれないのなら、私があなたを殺す!」
そうしてリア様が渡した剣を掴み取ると剣をリア様に向けた。
リア様からすれば、剣を渡したら何故か激高し、剣を向けてきたことになる。当然驚いて、防御術式を展開しながら、距離を取った。
「違います!」
「【第四術式 槍投擲】」
私の叫びは、緊迫感によって押しつぶされてしまった。魔術によって槍が創られた。あれはもう何度も見た殺傷能力の高い術式。あの槍に貫かれることは死を意味する。リア様はそれを魔術の壁を作り、咄嗟に防ぐ。
「待ってください!」
それでも叫んだが、誰も私の話など聞かない。
もう言葉で何とかなる段階ではなくなった。
ただの言葉などこの決闘において何の役にも立たないのだ。
「俺に一つだけ勝機があるとすれば、あなたの後ろにそのメイドがいることだ。あなたが避ければメイドを貫く。そしてこの魔術はあらゆる防御魔術では防げない」
すこし違和感を持った。だってまるで演劇のように説明するのだ。
「【第五術式———」
熱気と光が肌を焼く。先ほどの魔術は槍の形をしていたが、この魔術は炎を纏った槍の形をしている。さっきの説明からして考えれば、先ほどよりも威力が高いのだろう。リンゴォ氏も言っていた。槍系統の魔術は竜の鱗すら貫く。その上位互換的な魔術。それが弱いわけがない。だから、本気でリア様を殺すつもりなのだ。
でも、一方でさっきの説明口調がおかしいと思った。
「リア様! おかしいです! その方はまるで死のうとしているみたいです!」
リア様に意味が通じたのかはわからない。
それを知ってか知らずか、リア様は避ける素振りすらない。
「リア様!」
「———炎槍投擲】」
膨大な熱量を持った槍が近づいてくる。月明かりによって照らされていた銀世界は、今度はこの炎によって照らされていた。
怖い。
火は人が作り出した最初の文明だ。当たれば熱く、獣も避ける。
貫かれる想像ができない大きな槍よりも、火の方がよほど恐怖を感じる。
「#$#」
大丈夫。そういっているように聞こえた。
「###」
リア様は同じような槍の魔術を創り出し、放った。
「魔術での相殺を狙うか!」
しかし、エドガーは驚いた顔をするものの、どこか余裕があった。
何か、何か見逃しているのでは?
「っ! リア様、それでは、炎が飛び散って周りが火の海になってしまいます」
この男にとってどのような結果でも良かったのだ。避ければ私が死に、防御すればリア様の周りが火の海になる。もし、服にでも火が付けばリア様は死ぬ。どう転んでも自分が有利になるように仕組んだのだ。
「##」
エドガーも私が企みを暴いたことを喜ぶように笑う。最早知っても知らずとも、もう遅いのだ。
「なに!」
しかし、その笑みは炎がどんどんと小さくなると共に消えていった。不思議なことに炎に包まれた槍は、蠟燭の灯が弱まるように、鎮火された。
残されたのはただの槍と槍。
真正面からぶつかり合うと、お互いが穂先を潰し合うように砕け散った。
それをボーっと見ていたのは束の間、エドガーはもう一度魔術をふるおうとする。
「第四「##」
それよりも早くリア様が高速で放った魔弾がエドガーを穿った。
それでも威力としてはあまりないのだろう。まだ次の魔術を放とうとするエドガーに対して追撃の魔弾を食らわせる。
「ふざ、ける」
威力は低いものの素早く放つことができる魔弾を高速で何十発と放つ。途中、エドガーは防御魔術のようなものを展開するが、それもすぐに砕かれてしまい、次の魔弾が襲う。
「がほっ」
エドガーが吐いたものが魔術言語でも、苦悶の声でもなく、血反吐になった。そのとき、やっとリア様は魔弾を放つ手を止めた。
しかし、それでも警戒を止めることはなく、魔術を構える。次に何かを起こしたら、また魔弾を食らわせると言うように。
幸か不幸かリア様は殺すことまではしなかった。
しかし、それはエドガーにとっての不幸だと言うことはわかる。彼はきっとリア様に殺されるために、魔術戦を仕掛けたのだから。だが、リア様にこれ以上人を殺して欲しくない私としては良かったとすら思っている。
これにて勝負がついたと私は思った。
でも、その時予想もしていなかったことが起こった。
「兄上!」
イスカ様が遮るように二人の前に飛び出してきたのだ。
「兄上、もう十分でしょう。こいつを一思いにやってください」
違う。違うのだ。
「兄上が魔術の槍で貫くだけでいい。これ以上こいつを苦しませる必要はありません」
リア様はわからないのだ。今、この状況が。
なのに私はそれを説明できないでいた。
イスカ様の後ろで笑うエドガーが見えたから。
エドガーはイスカ様を見ると笑いながら、剣を抜いた。
「#!」
リア様は咄嗟にイスカ様へと防御の魔術を張った。
その時のエドガーのやった事は、誰しもが予想できなかったことだった。
「此度の暗殺は全て私がやったこと。他の誰も関係がない!」
そう言って自分のクビに剣を押し当て、まるでヴァイオリンでも弾くかのように剣を動かした。
経脈から流れる血液は勢いよく飛び出た。
その血液は雪の上に飛び散り、さらにリア様とイスカ様の防御魔術にかかった。
——————死んだ。
それも呆気なく。
これは確かに彼らが言うには意味があったことであるはずだ。だと言うのにそれが全く意味を成さないかのように時間は進んでいく。この人は一体何を得たのだ。ただ全てを失っただけ、何も得られずに命だけを失った様にしか見えない。
「兄上、マリー話がある」
目の前で人が死んだというのに十歳らしくないイスカ様はこう言った。
「これで、これをもって落としどころとしたい。それは可能か?」
今なんと言った?
血に染まった銀世界の上で、ウサギを殺すことを怖がった少年が今何と言ったのか?
脳みそが停止してしまいそうだった。
だが、私の仕事はそうではない。ただ、ここで呆然と見るのが仕事ではない。私が喋らないといけない。私が喋れなかったばかりに、エドガーは命を落とした。なんでもいい。なんでもいいから喋れ。
「リア様がそれを拒否するとお思いですか?」
結局のところリア様は自分の言葉で説明できない。だからこそイスカ様の言葉が真実になってしまうのだろう。だからこそ、この質問はせめてもの抵抗だった。
「思わない」
ああ、知っているのだろう。
「我儘ついでで言うとだ。兄上達は確かにこのエドガーに襲われた。だが、これをなかったことにすることは可能か?」
「は?」
言葉もでず、ただ怒りと疑問が表象する。
「一体何を!」
怒りだか、驚きだかわからない感情で反射的に聞いた。
「このままだとエドガーの家族は謀反の罪で一族郎党皆殺しだ。関わった家臣も皆———。しかし、この男だけが策略を組んだだけなのだ。だから、これを暗殺者のせいにできないか? 厚顔無恥なのはわかっている。この通りだ」
そう言ってイスカ様は頭を下げた。本来ならばリア様ならともかく身分の低い私にまで下げるべきではない。そうやって誠実さを表そうとしているのはわかる。分かるのだが、それ以上にこの目の前の少年が何を言っているか、わからないのだ。
「料理人は濡れ衣を掛けられた。暗殺者を追いかけ、森まで入ったが、暗殺者は一人ではなかった。激しい戦闘になり、我が兵に死傷者が出たものの、兄上が追い払った。そういう風にしてくれないか」
その嘘を私につけ。
そう言っているのか?
それは真実ではない。
嘘をつくのは悪いことだ。
でもこの嘘はもう誰も殺さない。
家臣がリア様を狙うことも、家臣の家族まで傷つくこともないだろう。
それを反故にしてしまうことは、その逆が起こりうるということだ。
「それでは駄目か?」
その表情だけは子供の様に純粋だった。
「私は———」