TS転生者が初星学園でアイドルになる話   作:ピンノ

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第27話

 

 十王星南のライブを観たその次の日に。

 学校、いつもの教室で。

 

 

 「プロデューサー、お借りしていたハンカチお返ししますね。……本当ならライブを観に行った時に渡せばよかったんですけど、あの日はつい持ってくるのを忘れてしまってまして……」

 

 

 返却のタイミングは遅くなってしまったけれど、最低限、色落ちしたりしないようには気遣いながらも、しっかりと力を込めて丁寧に洗い。

 それから、アイロンがけをしてシワも残らないようにしたので……きっと私が拭いた涙の跡など、微塵も残っていないことだろう。

 

 ……そして。

 

 プロデューサーがハンカチを受け取った、その後に。

 私はさらに、小さな包みを手渡した。

 

 

 「あとは、ついでに。これからも改めて一緒に頑張ろうっていうことで、ハンカチをお借りしたお礼も兼ねて、私からのプレゼントです」

 

 

 半ば押し付けるようにして。

 プロデューサーには、それもしっかりと受け取ってもらった。

 

 

 「……これは」

 

 

 その包みは、透明なビニール製の袋であり。プロデューサーには、その中身がはっきりと見えたことだろう。

 

 ──それは、黒い珠に金色の龍が巻き付いた、ストラップである。

 

 より詳しく言えば、少し前にプロデューサーに渡した、十字の剣に龍が巻き付いたデザインのキーホルダーと、同じシリーズのものである。

 

 おそらくは修学旅行中の小学生もしくは中学生くらいしか買う人の存在しないであろうそれを、こんな短期間に2種類も買った女子高生など、きっと私くらいのものだろう。

 

 

 「……なるほど。まさかとは言いますが、今度はこれを身に付けてくれ、ということですか?」

 

 

 困惑しているプロデューサーに、私は無言でスッと自分のカバンを見せつける。

 

 ……そこには、同じデザインのストラップが。カバンのファスナーのひとつに括り付けられて、揺れていた。

 

 

 「はい!ぜひ、身に付けてみてください!……なんと言っても、プロデューサー、今回はなんと、ペアルックですよ!」

 

 

 ……とは、言ってみたものの。

 

 本当のところを言うと、別にペアルックがしたくて付けているわけではない。

 

 これは、先日十王星南のライブが始まる前に考えた前世の自分という存在に対して。どう自分の中で折り合いをつけるかということへの、自分なりの答えのようなものである。

 

 ……それを、言葉として具体的に言うのなら。

 

 忘却し無かったことにするつもりはなく、薄れていくのならばせめて、自分だけがわかるような形で覚えておくために、常に象徴となるようなものを身につけておこう……といった、ところだろうか。

 

 ということで、つまり。

 今こうしてプロデューサーにも身に付けるよう促しているのは、ただのカモフラージュのようなものであり、それからただの悪ノリのようなものである。

 

 ……あとは、まあ。

 一応は、感謝の気持ちを伝えるためにプレゼントを渡してみたらいい、という菜花の意見を参考にしたものでもあるけれど。

 

 しかしなんとも、考えれば考えるほどに、感謝の気持ちをまっすぐに伝えると言うのは照れくさく感じてきてしまうもので。

 

 それに、真っ当にプレゼントを渡そうと考えると、その時の奈津の余計な言葉もまたうっすらとよぎって、余計に気恥ずかしくなってしまい。気が付いたらこのような形になってしまった。

 

 あらゆる意味で間違っている気がするから、プレゼントという意味では改めて考え直すつもりではいるけれど、それはそれとして、せっかく渡すのならば身につけてほしいという気持ちもある。

 

 ……と。

 

 私側の話ばかりしてみたけれど。

 しかし、当のプロデューサーはと言えば。

 

 一体どうしたものか、とでも言いたげな様子で、固まっている。

 

 まあ、普通に考えて大分ダサいと言わざるを得ないような代物だし、大学生である身で2つもそんな感じのストラップを身に付けるのは……さすがに抵抗感があるということか。

 

 そしてもちろん、私が身に付けているのも。彼の目には、ものすごいミスマッチに映っていることだろう。

 

 ……しかし、やはり。

 

 だからこそ、これがいいのだ。

 

 そもそも、私は前世の自分があまり好きではないのだから。

 これほどまでに、安っぽくて薄っぺらい『かっこよさ』みたいなものの象徴は、きっと他にはないものだろう。

 

 ──なんて。

 とは、言ったものの。

 

 ……こうも露骨に躊躇われては、私としてもどうしたものかわからなくなってくる。

 

 

 「──わかりました。こちらは、ありがたく受け取りましょう」

 

 

 ……葛藤を、振り払い。

 プロデューサーは、それを私の目の前でしっかりと、カバンにつけた。

 

 

 ……その様子を見て、ふと。

 奈津の、マーキングという……私がプロデューサーに対して一種の恋愛感情を持っていることを前提とした変なアドバイスをしてきていたことを、思い出した。

 

 当然、別にそういうつもりは無かったのだけれど。

 

 ただ、それを思った、その瞬間。

 

 少なくともあの場にいた奈津と菜花には、もし見つけられたらそういうことと捉えられかねないな、ということに気が付いて。

 

 一瞬、猛烈な後悔に襲われたけれど。

 

 ……しかしよくよく、考えてみたら。

 

 恋愛云々を抜きにして言えば、プロデューサーが誰か他の人に……みたいなのはやっぱり嫌だという気持ちがあること自体は、事実なので。

 

 不本意ではあるけれど、そういう意味では。

 これは、最初から奈津のそのアドバイスに従った結果であるとも言えるのかも知れないということに、気がついた。

 

 

 「……ありがとうございます、プロデューサー」

 

 

 それは、私の妙なわがままに付き合ってくれたことに対してなのか。

 それとも、日頃の感謝に対してなのか。

 

 ……口に出した私にも、いまいちよくわからなかった。

 

 

 「それで……話は変わるんですけど、これからどうする予定ですか?」

 

 

 そんなこんなで、色々と。自分の中でもごちゃごちゃしてきてしまっていることは、自覚している。

 

 

 ──だからこそ、こういう時は、話を変えてしまうに限る……ということで。

 

 私は、話の方向性を、大きく変えることにした。

 

 

 「私は、最初の時と比べて、かなり前向きになれたことは自覚してます。それに、私だけのアイドルとしての武器も身に付けました。……だけど、その上で。現状はトップに届かなかったわけですけど……」

 

 

 ……私は今、どうしたら前に進むことができるのか、よくわからない状態でいる。

 

 それでも、実のところあまり危機感を持っていない。

 

 その理由は……情けない話ではあるけれど、きっとプロデューサーならなんとかする方法を知っているだろう、という他力本願な考えからである。

 

 敢えて響きの良い言葉で言い換えるのなら、『信頼』とも表すことができるだろうか。

 

 

 「……観月桃花には、アイドルとして、明確に足りていないものがあります」

 

 

 そして、そんな私の、信頼という名の無責任な思考に対して。

 プロデューサーは、何やら確信があるかのように言い切った。

 

 

 「観月さん、それはなんだと思いますか?」

 

 

 ……そうして、続いた言葉は。

 私に考えさせる、ものだった。

 

 

 ──今の私に、足りないもの。

 

 ……そんなもの。

 

 少し考えてみただけでも、簡単に、思い付く。

 

 

 「うーん、純粋に実力……とかですかね?」

 

 

 ……とは言え、パッと浮かんだものだから、本当にそれが正しい考えなのかは自信がなかったけれど。

 

 

 「その通りです。観月さんには、純粋な実力が不足しています」

 

 

 パッと浮かんだその考えによって、正しい答えを1発で言い当てることができたらしいのは。

 

 ……それは、私が本当はわかっていたから、とかではなく。

 

 単純に、物事を考える時の角度の違いによるものだろう。

 

 私は、これまでに自分が身に付けたものばかりを見ていたから、プロデューサーに問いかけられるまで思いつかなかったけれど。

 確かに、足りていないものという視点で考えたら……自分でも驚くほどにあっさりと、答えが出てきた。

 

 ……純粋な、実力。

 

 それは、言ってしまえば、数値的な実力と言い換えることもできるだろう。

 

 歌唱、ダンス、それから、自分を魅せる力。

 ……すなわち、ゲーム的に言うのなら、『vocal』、『dance』、『visual』の三つの軸からなるパラメータ……みたいな。

 

 考えてみれば、それを伸ばすレッスンは。プロデューサーの下では、あまり中心的な軸として取り組むことはしていなかった。

 

 そう考えれば、足りていない部分、と言うのであれば。

 おそらくは、この部分が当てはまるだろう。

 

 

 「レッスンを行い、実力を伸ばしていきましょう。これまでに手に入れた武器も、実力に比例して効果がさらに伸びるはずです」

 

 

 ……そう言い切るプロデューサーの言葉には、ある程度以上の説得力を感じた。

 

 だけれど、しかし。

 正直なところ、それはある意味では大きな方向転換とも言うべき方針であり。

 

 不安を感じる部分が、無いわけではない。

 

 

 「……本当に、それでいいんでしょうか。その、言ってしまえば、普通……と言いますか。他の人がやっていないようなことをしないと、勝負にならないんじゃないかなって、思ってたんですけど」

 

 

 少なくとも、これまでは私たちはそうしてきたように思う。

 

 定期公演の時は……まあ、あの時はスタートラインにすら立てていないような状態だったから、一旦置いておくとして。

 

 その後の『N.I.A』では、真っ先に自分だけの武器を身に付けること、を目標とした。

 

 その時点で、数値的な実力を伸ばすことが伸び代となるのなら、それを伸ばすことも、できたはずであるにも関わらず。

 

 ……それは、そうしなかった理由があるのではないか。

 

 例えば、そうしたところで。

 周りよりも伸びが遅くて、置いていかれるだけに終わるのではないだろうか。

 

 そのような考えが、先ほどから幾度となく脳裏を掠める。

 

 

 「観月さんが基礎となる技術を習得し、それによって実際にスコアを伸ばすためには、ただ習得するだけではなく……それを、しっかりとマスターするまでが、セットとして必要になります」

 

 

 ……それは、そうだ。

 

 私はステージ上で自分自身のパフォーマンスにあまり意識を割くことができないから……実戦投入には、無意識レベルでこなせるようにならなければならないということは、わかっている。

 

 だから、中途半端に広く浅く多くの技術を身に付けたところで、逆に上手くいかないというのは、その通りだろう。

 

 

 「……これまでは、それをするためにはあまりにも時間が不足していました。目標までの期間が短く、結果的に、短期間で効果の出るような方針をとらざるを得なかったんです」

 

 

 ……つまり。なるほど。

 

 そこまで言われて、ようやく初めて。プロデューサーの言わんとしていることが、おそらくきちんと理解できたような気がした。

 

 ──確かに、定期公演も『N.I.A』も。

 そしてそれから、夏の『H.I.F』も。

 

 どれも全て、準備期間は短かった。

 

 ……しかし、今はまだ夏の『H.I.F』が終わったばかりで。

 そして次の目標は、冬の『H.I.F』ということになっている。

 

 

 「……つまり、冬の『H.I.F』まではまだ時間があるから、それまでにその時間をたっぷり使って、しっかりと実力をつけられる、ということですね」

 

 

 ──私の言葉に、プロデューサーは首を縦に振って肯定した。

 

 

 「方針は、よくわかりました。……冬に向けて、私、頑張ります!」

 

 

 ……長期戦に、なるだろう。

 準備期間が長いということは、それだけ成長が実感しづらい期間もあるだろう。

 

 だけれど、それはもう、覚悟の上だ。

 

 進むべき道が示されたのだから、私は、前に進むのみである。

 

 ……そう、意気込んで。

 

 私はプロデューサーに、宣言した。





※2026年4月8日現在、公式の親愛度コミュが27話までで止まっていますので、それを基に執筆しているこの話も、一旦、ここで更新を一区切りとさせていただきます。
近いうちにH.I.F編が実装されるとのことなので、それが実装されたらまた投稿再開をするかも知れませんが、その場合でも、私は書き溜めをしてから投稿をするスタイルですのでそれまではどうしても間が開くことになるかと思います。

ですので、ここまで読んでくださった皆様に、ここで一度お礼を言わせてください。

ここまで読んでくださった皆様、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
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