BIOHAZARD ~The Twice Up Angels   作:AZ

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File.12:ラクーンの悲劇と天啓

 

 レイラが死んで数年が経った。

 美しかった彼女は、写真の中の世界だけに閉じ込められてしまい、もう僕に直接微笑んでくれることはなくなった。

 

 まるで、身体の中の中核となる部分がすっぽりと抜け落ちてしまったような感覚だった。

 中身もなく、ただタンパク質のガワだけで生きている。比喩ではなく、本当にそんな風に、アテもなく生きていた。

 

 火事の原因は、劇場の照明に使っていたランタンの落下によるものと推定された。電気式ではなく、劇の雰囲気を出す為に、本物の火のランタンを使っていたことが災いしたのだと。

 

 ランタンは何らかの理由でフックから外れ、落下した衝撃でガラスが割れ、中の火が木造の建物を一瞬で飲みこんだ。

 

 警察はこれを事故と断定し、ランタンの管理が不十分であったとして、主催および建物管理者の牧師さんを送検した。

 

 ……しかし、あれは本当に事故だったのか。ランタンが落ちたのは、本当に偶然だったのか。警察の捜査が終わった今では、僕個人でそれを追求するのは難しい。

 

 でも、僕はあの日、ひとつだけ現場で見つけたものがあった。……割れた木の実だ。おそらくくるみか何か。焼け焦げてぼろぼろになっていたから、ぱっと見ただけではわからなかったが、この辺のしげみによく落ちているものだ。警察はそれを気にも留めなかったが、僕はそれを見て、一つだけ思ってしまったことがあった。

 

 ……ただ、今更それを想ったところで、どうしようもないが。

 

 力なくそう思いながら、僕は独り立ち用のアタッシュケースを閉めた。

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

「いつでも帰ってきなさい、ケネス」

 母さんのその言葉を受け取って、列車に乗った。

 

 僕は生まれ育ったこの町を出て、州外にある大学へと通うことになった。

 その大学では、神学についてを学ぶことができる。クリスチャンである両親はその学校への進学をいたく喜んでくれた。

 

 でも、僕は神や聖書に本当に興味がある訳ではない。そこに付随する、天使のことを学びたかったのだ。

 

 レイラの、最期の天使姿。あれを写真に収めたものは居なかった。彼女の天使姿を拝めることは二度とない。そこから僕は、気が狂ったように天使のミニチュア像やレプリカの絵画を買い集めた。男の天使やキューピッドなどは眼中にない。レイラと同じくらいの、女性天使の絵や像を、ただひたすら。たまにキリストや男天使の像も買ったりしたのは、両親に対するカモフラージュだ。

 

 両親はついにケネスも神への興味をもってくれたのだと喜んでいたのだが、僕にとって宗教なんぞどうでもよかった。興味があるのは、ただ、そこにいる優しい女天使だけ。

 

 柔らかい表情で惨めな男を介抱する女天使の絵を眺めていると、それとレイラを重ねてしまう。彼女がもし生きていてくれれば、こんな風に落ちぶれた僕の介抱をしてくれたというのだろうか、この絵のように。

 そんなことを考えながら、その絵画で、何度も自慰行為を繰り返していた。

 

 天使の事を学びたいと思ったのは、純粋な学問のためというより、空洞化した自分の心を穢れた欲で満たすための材料にしたいという思惑だった。神学の解像度が上がれば、僕の中にある穢れた世界がより鮮明になり、そしてより深く、僕の中にあるレイラと愛し合える。

 

 レイラは一人の少女? 違う。彼女は天から舞い降りた本物の天使だ。天使の理解を深めるということは、レイラをより深く知るということなのだ。半ば、そんな風にさえ思っていた。

 

 彼女は死んだのではない、帰天したのだ……と。

 

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 生まれの町を出て、辿り着いたのは"ラクーンシティ"だった。

 思い描く程都会ではないが、活気のある中核都市といった印象。市内には大きな製薬会社があるためか財政は比較的潤っており、治安もいいと評判だ。

 

 電車を降り、駅を出ると360°が知らない光景。思えば、一人でこんなに遠くまで出て来たことなどあまりない。

 渡された大学の地図を見ても、ここがどこなんだかすらもさっぱり。

 

 ぼーっと突っ立っていると、とある女性から声をかけられる。

 

「こんにちは。ちょっといい? あなた、この町は初めての人?」

 

 若い、女性警察官だった。大きなカバンと広げた地図を持ってる様から様子を見に来たのだろう。

 

 突然に声をかけられるものだから、咄嗟のコミュニケーションが上手くできない僕は小さくパニック。

 

「あ、ああ、ああの……」

「大丈夫、おちついて。はい大きく吸って……ブレス……」

 

  喉からつっかえるものを出すように声を押し出そうとする僕の手を、その女性警官は優しく握ってくれて、呼吸の手助けをしてくれる。一呼吸おわった後に、にこりと微笑んでくれる。

 

 その女性警察官、普通の警察官ではあまり見ない、ベレー帽を被っている。ベレー帽のバッジには星の紋章。そこには"S.T.A.R.S."の文字が添えてある。

 

「ジル! そろそろ本部に戻るぞ。遅れたらまた署長がカンカンだ」

「今一般市民の対応中よ。先に行ってうまいこと言っておいてちょうだい、クリス」

 

 女性警官の背後にいる男性警官は僕を一瞥すると、両手を上に向けてからパトカーへと戻っていく。

 

「あ、あの」

「いいの、気にしないで。それで、何か困ってることは?」

「ぼ、ぼく……ここのだ、大学、いい行きたくて……」

 

 ドモリ続ける僕の話を、その人は途中で遮ることなく、全部言い終わるのを待ってから頷いてくれる。

 

「そう。いい大学を選んだのね。確かに、こんな地図じゃ迷っちゃうのも無理ない。バスでの行き方を教えるわ」

 

 そういうとメモ帳を一枚破って、バスの乗り場と、降りる停留所、そこからの乗り換えを書いて僕にくれる。そのまま、最初の停留所まで一緒に歩いてくれた。どこの町からきたのかや、大学でどんなことをするのか、この町で美味しい料理屋はどこかなど、いろいろ親身に話してくれた。

 

 停留所に丁度良くバスが流れてくる。ドアが開きそこに飛び乗ると、運転手の黒人のおじさんがその女性警官につばが飛びそうな勢いで話しかける。

 

「よォ、ジルちゃん! なんだ天下のスターズがまた道案内か? そんなもんその辺の新米にでもやらせとけよォ」

「あのねロブ、犯人逮捕だけがスターズの仕事じゃないの。市民の為のスターズなのよ。ほら、もうダイヤ遅れてるんだから」

 

 バスのドアが閉まると、女性警官が手を振ってくれる。

「ラクーンシティへようこそ!」と言ってくれた。

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

「あなたたちにとって神とは何であるか。例えば絶対的な君主であるのか、慈悲深き愛の源であるのか、宇宙の秩序と呼ぶものもいれば、それは単なる概念であるとも言う。神とは人により、国により、文化により、思想により、形を変える。雑に言えば人によって違うということだ。しかし何故人々はそのような姿カタチのない存在に対して共通認識を抱くことができるのか。そこには過去の思想家たちの……」

 

 前の席の女子学生が大あくび。隣の男子学生はペンを回して時間が過ぎるのを待っている。

 神学を学ぶ大学だからと言って、そこに集う学生がみな宗教に熱心な者達かというとそうではないらしい。

 講義室の隅ではお菓子を摘まみながら笑ってる者もいるし、教授はそういう連中に対して無関心。

 

 少し、気が楽だなとも思う。宗教に興味がないのは僕もそうだし、周りがガチガチの神オタクたちだったら、正直ついていけないなとも思ったから。

 

「なァ、こんな授業聞いてて面白いか?」

 ペン回しをしていた隣の男子学生が僕に訊く。黙って首を横に振る。

「神さまホトケ様天使様。なんたってそんな連中を崇拝するのか俺にはわからん。最後に頼りになるのは神様よりも金と暴力だ」

 冷笑気味にそう続ける。

「だ、だけど君はこのだ、大学を選んだんだろう」

「来たくて来てると思うか? 大学行くか漁船に乗るか迫られたんだ。そりゃ大学のほうがいいわな。入試もザルだったわけだし。お前は?」

「にに、似たようなものさ」

 彼はふっと鼻で笑うと、先生が背を向けた隙にリュックを雑に握る。

「誰かが作った概念に頭を下げるなんて狂ってらァ。だったら俺がカミサマを作ってやる。そうすりゃぼろ儲けかもな」

 

 そいつは最後、「今日の晩に女のコと呑み行くけどお前も来るか?」と言った。僕が首を横に振ると、彼は先生が見ていない隙をついて講義室から抜け出して行った。

 

 ――だったら俺がカミサマを作ってやる。

 いいフレーズだなと思った。既存のものを崇拝するよりも、自分で自分の心惹かれるものを作る、か。

 

 その考えはなかったなと思った。

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 大学での生活が一年ほど過ぎた頃だった。

 僕がこの町に徐々に慣れて来たころ。9月くらいだったろうか。

 

 この町にとっては最悪で

 僕にとっては、この上ない程最高な瞬間が訪れた。

 

 

「いいことケネス! 今日よ、今日の列車に必ず乗るのよ! お願いだから、ああもう……神よ」

 

 受話器の向こう側で喚き散らす母。受話器を置いて、寮のテレビをつける。

 ブラウン管がノイズをたてながら、町の様子を映し出す。

 

 テレビに映るその町は、赤く燃え盛っており、そして、たくさんの人が倒れている。

 

『これは現実なのでしょうか!? 一体何が起こっているのでしょう! 警察車両がまた一台、もう一台と目の前をああ何台も走り去っていきます! これはテロなのでしょうか!』

 

 この町で暴動が起きた。首謀者なき暴動。声明らしきものは何もない。

 

 画面が変わる。暴動の前線らしい。警察が暴動を起こした市民に対して盾と拳銃を構えている。

 

 しかし、どうも様子がおかしい。暴動を起こしたとされる市民らは、武器を持たず、身体を緩慢に揺らし歩きながら警察へと歩く。

 

『ええ、現場です! 現在警察と市民のにらみ合いが起こってる模様。それ以上近づけば撃つ。警察はそのように声を挙げ牽制しているようですが――』

 

 その瞬間、テレビのスピーカーから聞こえて来たのは、悲痛な叫び声。

 

『ぎゃあああああああああああああああ!』

 

 カメラが映す。目を疑う。市民の男が、警察の喉を食いちぎっている。大量の血しぶきが、警察の首から。

 直ぐに銃声が響く。その男、何発銃撃を受けても動じない。男だけではない。

 警察とにらみ合っていた市民の多くが、男と同じように身体を緩慢に揺らし、こちらへ歩いてくる。

 

『い、以上! 現場からはいじょ! むり! にげよ……うわ、うわああああああああああああああああ!』

 

 レポーターの悲鳴と共に、画面が消える。

 

 鞄を持つ。外に出ると、夕間暮れの逢魔ヶ刻、多くの人々が荷物を抱えて逃げる準備をしている。

 ここではまだ、その暴動とやらは起きていないらしい。

 

 未曽有の事態だなと肌で感じる。

 

 駅に走って向かうと、構内に入り切れないほど人であふれ返っている。

 皆この町から逃げたい一心なのだ。今発車した列車ははちきれるほどの人が乗っている。乗車率は何百%あるのだろうか。

 

 しかし、このままではいつまでたっても列車に乗れない。

 

「いつになったら乗れるんだ!」

「お願いこの子だけでも乗せてください!」

「早く! もうヤバいんだってばこの町は!」

 

 人々の不安や怒りが募った声が響く。

 

『皆さん、落ち着いてください! 今、軍が手配したトラックがあります! それで隣町まで抜けられます!』

 

 メガホンからその呼びかけが入る。

 皆が今度は駅から一斉に流れ出て、人の濁流が起こる。

 

 駅の外にはオープントップ式の軍用トラックが何台も並んでいる。荷台部分に多くはないが人を乗せられる。即席バスのようなものらしい。

 幸い、僕は早めにそこに乗ることができた。

 

 乗れなかった人たちの不満を受けながら、トラックは発車する。

 オープントップ式なので、青天井で屋根がない。外の世界ともダイレクトに繋がる。

 

 トラックは燃え盛る町の中へ進んでいく。少々荒れているが、ここから抜けるのが最短だというらしい。

 

 ゴトゴトと揺れるトラック。煙の臭いが鼻を突く。荷台に乗った16人くらいの人々の表情は暗い。

 

 僕はそっと鞄から天使像を取り出すと、両手でそれを愛でる。少しでも気持ちが落ち着くようにと。

 

 ――ゴンッ、とトラックが急制動をかける。荷台にいた僕たちは、外に放り出されるかと思う程の衝撃。

 何事か、前方を見るとトラックの前に人がいる。

 

 そいつは何か武器を持ったりすることなく、ただぼうっと突っ立って。そうしたかと思えば、両手をこちらにだして緩慢に歩いてくる。

 

 その姿をどこかで見た。それはテレビで見た……暴動者と同じ動きだ。

 

 トラックを運転していた隊員がトラックを降りてライフル銃を構える。

 

「おい! ここから立ち去れ!」

 

 威嚇射撃。それでも暴動者はひるまない。

 

「ケニー! もう撃っちまえよ!」

「下手したら始末書じゃすまないぞ……」

 

 その躊躇いが、命とりだった。

 暴動者が隊員に掴みかかる。

 

「うわ! くそォ! 放せええええ!」

 

 もがく拍子にライフルに指がかかったのか、ダダダダダッっと連射される音が響く。

 僕たちは荷台に伏せる。すると

 

「うわああああああああああああああああああ!!」

 

 という隊員の悲鳴。

 恐る恐るみると、首から血を噴き出している。

 本物だ……あれは、映画なんかじゃなかった……本当に起きていることだ!

 

「お、おい! 軍人さんよ! トラック出してくれ! じゃなきゃ俺たちも!」

 

 一緒に荷台にいた男性が、運転席に残った隊員に声をかけるが、返答がない。

 よく見ると、血を流して倒れている。先ほどのライフルの弾丸が、運悪く胸に命中したらしい。

 

「オイ冗談だろ……」

 

 ぐっと、荷台が揺れる。なにかと思ったら、荷台の淵に指が掛かっている。

 さっきの者ではない、他の暴動者。この荷台に乗ろうとしている。

 

「うわ! うわ! うわああああああああああ!」

 

 荷台から慌てて飛び降りる人。その場にしゃがんで喚く人。

 

 暴動者は逃げる人の背中を掴み地面に引き摺り倒すと、そのまま体を貪り始める。

 生きたまま、人に喰われる。

 

 その時僕は確信した。奴らは、暴動者は、いたずらに殺人を愉しんでいる訳ではない。

 

 人を食べることを目的にしているんだ。と。

 

 僕も荷台から転がり落ちる。しかし逃げようと思っても、いつの間にか周りは暴動者だらけ。

 

 ウオオオオという声が真正面から。

 

 暴動者がこちらを目掛けてやってくる。

 捕まれる。そして押し倒される。

 

 暴動者が僕の上にのる、口が開いた咄嗟の時、僕は手に持っていた天使像を横にして、奴らの口に押し込んだ。

 腕を突っ張って、抗う。口を塞いでいれば、少なくとも食べられることはない。少しの時間は稼げる。

 

 その時僕は、はっきりとその暴動者の相貌を見た。

 

 皮膚は腐りきっており、目には充血が走り、そして瞳孔は完全に開いている。

 体中に、致命傷相当の傷を負いながらも、それでも人の肉を貪ろうとしている。

 

 

 僕はまた、思った。この暴動者もしかしたら、本当は既に死んでいるのではないか。

 死んだ人間を、何かが動かしているのではないかと。そうでなければ、こんなボロボロの人間が動き回れるはずがない。

 

 こんな状況なのに、意外にも冷静だった。

 

 しかし、天使の加護も束の間。

 やつが天使の像を殴り飛ばす。

 

 つっかえる物がなくなった故、もう抗うことはできない。

 

 暴動者が口を開ける。ネバっと口の中で腐った糸が引いている。

 それを僕の首に近づける――

 

 

 また、銃声が鳴る。

 フルオートの銃声。

 

 僕の上に乗っていた暴動者は急にぐたっと力が抜け、僕の上から落ちる。

 

「大丈夫か、青年」

 

 仰向けになった僕の手を引いて起こしてくれたのは、また、軍人のようだった。

 しかし、僕らをここまで運んできた軍人とは制服が違う。

 

 肩のワッペンには、あの、製薬会社アンブレラのマーク。

 そこの淵に、U.B.C.S.と書かれている。

 

 重ねて銃声が響く。駆け付けた小隊が、暴動者を一斉掃射する。しばらくすると、暴動者は皆地面に倒れ動かなくなっていた。

 

 改めて周りを見回す。このトラックに乗っていた人は全て死んでいた。

 生き残ったのは僕だけだったらしい。

 

「ここ、こいつらは」

「さあな俺らにもわからん。取りあえず君はこっちがピックアップしたヘリがあるからそれに乗ってくれ。『こちらE小隊、7022地点にて生存者を保護、そちらへ送る。……D小隊? ああ、あのカルロスにフォローがいるのか? わかった直ぐに向かう』よし、こっちだ青年」

 

 そこからU.B.C.S.の傭兵たちのヘリに乗って街を離脱した。

 ヘリから見下ろす町は、地獄そのものだった。あの暴動者が町中に出現しており、人々を貪っている。

 

 ヘリに同乗した人たちはすすり泣いている。

 でも僕は、涙なんか出てこなかった。少し仲のいい友人が死んだかもしれないけど、そんなことどうでもよかった。

 

 それよりも、僕はずっと思っていた。

 本当に、本当に、あれは死んだ人だったのか、と。

 

 死んだ人が動いていたのか、と。もしそれが本当なら。

 

 

 レイラを蘇らせることだってできるのか……と。

 

 

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

「何よここ……」

 

 役員室から更に地下へ。固く閉ざされた扉の奥には、大量に並んだ試験管や電子顕微鏡、机には定温培養器や撹拌機など。

 薬品の臭いが鼻を突く。ここは、何かの研究所だったのか。ここで何をしていたのか。

 

 そこに揃った研究道具は、映画でみるような上質なものではない。点検時期のラベルが何枚にも重ね貼りされてあったり、長さの足りない道具は手加工でエクステしてあったりする。所どころ液だれもしてあったりで、清潔感もあまりない。お金のない実験施設という印象だった。

 

「ローズ、こっち」

 

 エミリーが指す先には、また扉。

 その先にはT字路の廊下。突き当りから左右に分かれている。

 

 とりあえず迷ったら左の法則に従って左の通路へ。壁沿いにいくつかの扉と、突き当りには両開きの扉。その扉には寝ている子供に音楽を奏でる天使の絵が描かれている。

 

 扉を開けると、意外な光景。

 先ほどの研究施設とは打って変わり、子供用のベッドに動物のぬいぐるみ。よく見るアルファベットの積み木や、おもちゃがいくつか。まるで子供部屋だ。

 

「迷子の託児室ってわけじゃないよね」

 

 部屋の電気をつけ、ここにも何かおかしい仕掛けがないかを探してみるが、とくにそれらしいものはない。

 本棚から一冊本を取る。分厚いカバーの本。しかし、中身は真っ白で何も書かれていない。

 否、何かが書かれてはいるが、ローズに読むことはできない。その文字は、点のつぶつぶだから。

 

「点字の本……?」

 

 本を戻す。部屋の隅には学習机。

 机には一冊のノートがある。

 

 そこにもまた、点字。こちらは機械で打ち込まれたものではなく、恐らくペン先を使って自分で打ったもの。

 しかれど、ローズにはそれが読めない。

 

「あーん……」

 

 ここに何が書かれてあるのか、何か手掛かりになるものがあるのか頭を抱えていると、横からエミリーがノートを覗き込む。

 ノートに記された点字に触れると、暫くして独り言のように呟く。

 

「おめめが良くなったらしたいこと

 

 映画館につれていってもらう

 動物園につれていってもらう

 パパと遊園地で遊ぶ

 野球とバスケットボール

 テレビゲーム

 

 はやく、まちどおしい」

 

 

「あんた、点字が読めるの?」

 ローズが目を丸く。エミリーは得意げに頷く。

「私も前まで目が見えなかったから」

「そっか……じゃあ、この部屋にいた子も、目が見えなかったんだ」

「多分そう。……でも、ここだけはわからないな」

 

 ページを捲った先にある点字。エミリー曰く、こう書かれている。

 

 ――

 いたずら

 

 "1582"

 

 パパが反省したら教えてあげる

 

 ――

 

「まだ何かありそうだね、ここ」

 

 エミリーは頷くと、ノートを持ったまま部屋を出た。

 

 

 

 

 

 ……実は、エミリーはローズにひとつ黙ったことがあった。

 点字ノートの、後半に書かれてあったこと。

 

 

 

 

 

 ―― 

 

 ケネスおじさんは、いやな人。

 いつもお薬だといって私に注射する

 

 いたい

 

 いたい

 

 いまのわたしのからだ、どうなってるの

 

 せなかが、せなかがあついよ

 

 いたいよ、せなかがわれて何かがはえてるみたい

 

 ケネスおじさんは、わたしが天使になるんだとかいってる

 

 わけがわからない

 

 おめめが見えるおくすりを作ってくれてるんじゃないの?

 

 いたいよ

 

 いたいよ

 

 パパ

 

 ――

 

 

 声に出して読みたくなかったから。黙ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 









事件前のジル姉さんはきっとみんなに優しいという妄想込めて

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