異世界帰りのTS転生ロリババア、ひ孫のヒロインになる 作:ひさなぽぴー
救助して、会話が可能だった人たちに聞き取りをしたところ、彼らの大半は口を揃えてこう言った。
「教官が突然怒鳴り出して、身体から白いモヤを出し始めた。あまりの剣幕になんだなんだと思って遠巻きに見ていたら、教官の周りが凍り始めた」
このとき、件の教官とやらは「ファッキンホット!! こんな暑い中、外で仕事とかやってられるか!!」などと叫んでいたらしいので、まず間違いなくその教官が今回の魔導士だろう。
屋外でフォークリフトとやらの指導をしていたらしいのだが、まあ、気持ちはわかる。どれほど暑さ対策をしたところで、この暑さじゃ根本的な解決にはならないだろうからな。
なお、その暑さ対策で霧を発生させる機械や、打ち水の用意などをあちこちに設置していたらしいのだが、これがやたらとこの場が凍り付いている原因だろう。
水分があって気温が下がれば、凍る。至極当然のことであり、せっかくの暑さ対策が裏目に出た形だ。皮肉なものである。
「この暑さだもんな……。炎天下の屋外にずっといないといけないとなれば、そりゃあ温度を下げる魔法にも目覚めるだろうね」
「だな。実際、特定の条件を整えたところに放り込むと、同じ魔法に覚醒する可能性が上がるのは歴史が証明してるんだよ」
「へぇ、そうなんだ。寄生された人間の意識が強く影響するのは疑ってなかったけど、短期的なものでもだいぶ強く影響するんだね」
俺は優一に頷いたが、この習性を利用して特定の魔導石を養殖するという事業が異世界に存在したことは、言わなかった。
もちろん、裏稼業のシノギである。当然禁じられてはいたが、悪魔に対抗する兵器としての魔導石の価値は非常に高かったから、やるやつが後を絶たなかったんだよな……。国策としてやっているところもあったし……。
話を戻そう。そういうわけで犯人はわかったし、なんならすぐそこにいることもわかったわけだが……当人は自身が生み出した氷の中に埋もれているという状況である。さてどうしたものか。
「反撃されなさそうなのはいいけど、そもそも生きてるかなこれ……?」
「死んだら魔力の供給が切れて魔法も止まるから、生きてはいるだろうな。ただまっとうに意識があるなら、制御に失敗して身動き取れなくなった時点で解除しているだろうから、気絶した状態で魔法だけが止まらずに稼働し続けているんだろう」
「要するに暴走かぁ」
やや遠い目でそう言った優一に、俺はまた頷く。
とはいえ、そこまで珍しいものでもない。たまにいるんだ、自身の魔法を扱いきれずに自滅するやつは。
「ふぅん、そうなのかい?」
「魔法が強すぎる場合に起きがちだな。そういう魔法は得てして制御が難しいくせに、使用者の意思とは無関係に稼働できたりするんだ」
「魔石って、つくづくはた迷惑だな……」
「こうなると魔力が切れるより先に死ぬことがほとんどだから、異世界だとこうなったやつは放置されるのが普通だが……」
何せ時間はかかるが、魔導士以外の被害なしに問題を解決できるんだ。地球に比べて社会制度が未発達な異世界であれば、それは実に理にかなった解決法だった。
「そんなわけにはいかないでしょ。人の命がかかってるんだぞ」
「わかってる。言ってみただけだ」
しかしそうはならない。そもそもの話、魔導士というのは基本的に本来犠牲者だ。助けるのが道理ってもんだろう。
もとより俺はそのつもりだったが、優一もそのつもりで何よりだ。まあ最初から放置には反対だとは思っちゃいたが、改めてこいつと同じ意見というのは地味に嬉しい。
「……で、どうしようね? 体温コピペして溶かしたのはいいけど、近づく途中で凍らされそうになったじゃないか」
「それなんだよなぁ……」
優一の魔法は、現状単一のものにしか効果を付与できない。だがそこは本人の認識に大きく左右されるので、巨大な氷の塊は一つ扱い。無事に体温を付与して、まとめて溶かすことはできた。
おかげで魔導士も氷から救出できたのだが……魔法が相当強力なのだろう。優一によって付与されている体温を貫通して、溶かした氷が再び凍り始めたのだ。
しかも氷から解放され、倒れ込んでいる魔導士に使づいている最中から早くもそれが起こった。おまけにかなりの勢いであり、水浸しの中を歩く俺たちも氷に足を取られかけたため、慌てて回れ右をして今に至る。
コンクリートの地面に倒れ伏している教官殿には悪いが、もう少しだけ我慢してほしい。我慢する意識はないだろうが、それはそれである。
「僕の魔法は、一度コピペしたものは不変だと思っていたんだけどなぁ」
「魔法の強度による綱引きが起きたんだと思うぜ。自然現象や物理法則からの影響ももちろん受けるんだろうが、魔法なら特にってところだろう。特に今回は同じ温度という分野だから、なおさらかな。……ああ、それと出力の差もあるはずだ」
今は定期的に氷に体温を付与して溶かし、魔導士が再び氷に包まれるのを阻止し続けつつ話し合っている状況だ。
しかしこのまま状況を見ているだけでは、埒が明かない。相手の魔法によって周囲の気温も低いままだから、俺たちもずーっと寒さをこらえている状況だしな。魔力である程度寒さに耐えられるが、限度というものはある。
何より、魔導士当人の命が危ない。目覚めた魔法が魔法なだけに、当人には寒さへの耐性があると思うが……氷山に包まれて意識を失っていることからして、無効にできるわけではないはずだ。さてどうしたものか。
「たぶんだが……周りの気温自体がすごく低くなっていることが、溶けた水を凍らせやすくしていると思うんだよ」
「ああ、確かに。気温が低ければより効率的に温度も下がるよね」
「だからこそ、この場全体の気温を上げられれば近づけるようになると思うんだが……油をまいて火をつけるわけにはいかんよなぁ」
「力業がすぎる……でもそういうことなら、ちょっと考えがあるよ」
「ほう?」
自分でもどうかと思う案を口にした俺に、優一がにまりと笑う。彼はそのまま少し歩き、教習所内のある地点でしゃがんだ。
位置的には、魔導士の男が倒れているところから離れた別区画である。地面を舗装しているコンクリートは向こうにもこちらにもあるが、一度途切れているため別区画だと見てすぐにわかる。
そこで彼は、ズボンのポケットからライターを取り出した。俺が光太郎時代に見聞きしたことのあるものとは随分と趣が異なる、プラスチックで作られた安っぽいガスライターである。
なるほど、火の温度を使うのか。それをコンクリートに付与するつもりだろう。コンクリートの一番端なのは、付与してすぐに離れるためかな。
果たして優一はライターに火をともすと、さっとその炎に指先を一瞬だけくぐらせた。直後、地面に手を当てて──優一の身体から、魔力がきらめいた。
「う……っわ」
当然、一帯のコンクリートが一斉に熱を発し始める。俺は思わず顔をしかめて声を漏らしたし、優一は大慌てでこちらに走って逃げてきた。
当然だろう。火の温度は状態によって異なるが、どんなに低く見積もっても五、六百以上はあるはずだ。広範囲のコンクリートが、いきなりそんな熱を帯びたとなればとんでもないことになるに決まっている。
具体的には、まずコンクリートがうっすらと赤い光を帯び始めた。熱がそうさせるのだろう。これが音もなく一瞬で起こるのだから、優一の魔法も大概規格外だと思う。
次いで周囲の氷や霜が猛烈に溶け始め、水蒸気となって上に広がっていく。熱が空気を伝って、周辺の気温が上がり始めたのだ。
寒さが和らいだのが肌で感じられて、これには思わず安堵の息が漏れる。まあ、すぐに暑くなってきて顔をしかめる羽目になったんだが。
さらには、上昇気流が生じてコンクリート付近の空気が薄くなったせいだろう。周辺から冷たい空気が、熱を付与されたコンクリートのほうへと押し寄せ始めた。
それなりの風が吹きすさぶ。もう少し強くなったら、矮躯の俺は歩くのが困難になるだろう風である。びょうびょうという音が耳を突く。
やがて温度変化とそれにともなう変化に耐え切れず、コンクリートにひびが入り始めた。あっという間に広がっていき、ボロボロになっていく。
ひびの入る不穏な音があちらこちらから聞こえてきて、思わず眉をひそめる俺だった。
「や……やりすぎたかな……」
「やりすぎとは思うが……体温程度じゃあの低温に対抗するには時間がかかっただろうし、仕方ないんじゃないか。どうせ俺の魔法で直せるしよ」
一連の変化を遠巻きに眺めながら、そんなことを話す。実際、ちょうどよく温める手段なんて持ち合わせていないわけだしな。
魔導士の男に目をやれば、彼の周辺の氷もそこそこ溶けていた。再び凍り始める気配は、今のところなさそうである。
つまり、周囲の気温を上げるという目的は達成だ。真夏というほどではないが、それでも寒いという感覚はもうない。
周囲に害を被った人間もいないのだから、ひとまずよしということでいいんじゃないだろうか。
ただ、発想は悪くないんだが、やる前に相談はしてほしかったな。
優一は前回も、空気抵抗のこととか何も考えずに音速を自分に付与して、大ケガをしているんだ。心臓に悪い。見ているこっちの身にもなってほしい。
「いやごめん、思いついたからにはやってみたくなっちゃって……」
「お前、慎重そうに見えて結構後先考えないよな……。で、どうせあれだろ? この経験は漫画に活かせるかもしれない、だろ?」
「よくわかってるじゃないかハハハ」
ハハハじゃねぇんだよ。何笑ってんだこの野郎。スマホしまえバカ。
そりゃあ俺だって、家にあった紡績機の仕組みを知りたくてうっかり分解して親父にクソ怒られたことはあるがよ……それはガキの頃の話だぞ。二十七にもなって、何をしてるんだか……。
「よーし、そろそろ行こうぜセティ!」
「ごまかしやがったな。まあ確かに頃合いではあるが……」
ここまで気温が上がれば、熱を奪う魔法であっても即座に悪影響が出ることはない。実際先ほどとは異なり、問題なく近づくことができた。
しかし問題はここからだ。
何せ魔導士の男は意識を失いながらも魔法は発動し続けており、彼は自身を中心に周囲の熱を奪い続けているのだ。
確かに先ほどの優一のおかげで気温は落ち着いているが、魔導士本人周辺の低温化は著しい。この状況で魔石を除去するのは困難を極める。
単純に寒いということも問題だが、熱伝導率の高い金属製のメスがすぐ凍りつきそうなのが特にまずい。凍ってしまったら切れ味に影響するし、超低温になったメスを持つ俺の手も凍ってしまいかねないんだよな。
凍らずとも、超低温は肌に悪影響がある。そんな状態で普段通りの手術ができるかというと、いくら歴戦の俺とはいえ難しいと言わざるを得ない。
もちろんやってやれなくはないし、その気概も自信もあるが、集中しなければいけないから時間はかかる。それだけ俺も魔導士の男にも負担になる。
だからこそ、手術道具を取り出しメスを手に取ったはいいものの、さてどうしたものかと一瞬悩んだ俺だったが……その背後から、優一の手がそっと伸びてきてメスに触れた。
「……優一?」
思わず顔だけで振り返った直後、魔力の気配と共に俺が手にしているメスが熱を帯びる。
体温……人肌程度、ではない。それより明らかに高く、ストーブの火に手をかざしたときのような熱さだった。
つまりはそう、火傷に至るほどではないものの熱いと言える温度。だがそれは、目の前の魔導士が熱を奪い続けている以上、ただ暖かいだけである。
「寒さが最大の敵。そういうことだろ?」
優一が先ほども使ったライターを掲げて見せながら、にやりと笑った。
「……よくわかったな。ああそうだ、このクソ寒い中どう進めるかでちょっと悩んだ」
「これくらいの温度で大丈夫かい? 念のため、火から少し離れたところから温度をコピーしたけど」
「ああ、これくらいでいい。助かるぜ、おかげで焦ることなく作業ができそうだ」
「魔石の切除は僕にはできないからね。代わりに温めるのは任せてくれよ。絶対にセティを凍えさせない」
こいつめ。俺がした一瞬の躊躇だけで、俺が気にしていることを全部見抜きやがった。さっき自分が起こした惨事を、嬉々として録画していたやつと同一人物とは思えねぇぞ。
けどまあ、こいつがこういうやつってのは短い付き合いながらもうなんとなくわかっている。結局根は同じで、それだけ周りをよく見ているからこその察しの良さなんだろう。
それを今のように気遣う方向に使えることが、こいつの一番の美点なんじゃねぇかな……などと思う俺である。
「……おう、任せろ! へッ、これだけお膳立てされて失敗するなんて、できるわけねぇよな……!」
こうしていつも以上に気合が入った俺は、いつも以上に的確に手術を進行。ふたを開けてみれば、自己最短くらいだったんじゃないかと思うくらい、実にあっさりと魔石の摘出を終えることができた。
「フィクションだと、ここで新手が登場みたいな邪魔が入りそうな場面だったのに」
「そんなことは起きないに越したことないだろうがよ」
被害は広がらなかったんだからさ。なんでちょっと残念そうなんだ。
ちなみに後始末は九朗氏に任せた。ひとまず問題の大元は解決したと報告したら、あとは任せろと請け負ってくれたのだ。
「二人とも、寒かっただろう。よかったらうちの風呂で温まっていくといい」
しかも風呂まで貸してくれるおまけつき。若いのに、まったく太っ腹な御仁である。頭が上がらねぇぜ。
ちなみにこの風呂、優一は「上流階級のお風呂なら、絶対豪華で広いやつに違いない! 作画資料にぜひスケッチか写真を……!」と張り切っていたが、ふたを開けてみたら普通の風呂だった。
いや優一の家にあるやつに比べれば広いし立派だったが、はしゃぐほどのものではなかったのだ。老執事いわく、「フィクションのような豪華絢爛な風呂を設けたところで、普段使いする上では手間なだけですので……」とのこと。そりゃそうだ。
「はあ……これが現実ってやつかぁ……」
「お前はブレねぇなぁ」
普段使っているより広い湯船に二人並んでつかりながら、そんなことを言い合う俺たちだった。
***
三日月九朗の厚意を受け取り温まった優一たちが、その九朗に後日の情報共有を約して帰路についた夜。冷却の魔法の効果がすっかりなくなり、夏の暑さが戻って来た夜のことである。
三日月家の邸宅から発進した優一の青い車が、テールランプをなびかせて大通りに向かう様を眺める一対の瞳があった。
黒く、夜の闇に溶け込むような姿のそれは、いまだに寒さのくびきに囚われた身をわずかに震わせつつも、喜悦に満ちた声でつぶやく。
『見ィツケタァ』
というわけで戦闘のない回でした。
魔導士にも、彼らが目覚める魔法にもいろいろなものがあり、場合によってはこういうケースもあるんだよということを例示するための回、と言い換えても可。
そして次回への引き。いかにもな感じにしたので察した方もいらっしゃるかもしれませんが、次の話が第一章の山場となります。
更新までまたお時間いただきますが、なにとぞよしなに!