東方米花帖   作:椪柑

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1話 再転生先に本物の魔理沙がいたんだが

 米花町――それは、東京都に存在する犯罪都市の名前である。

 

 スリや万引きなどの軽犯罪類に関しては特筆すべき点は存在しないが、強盗や殺人事件となると話は別。

 その発生率は彼(か)のベネズエラの30倍を優に越すほどに跳ね上がり、1年と経たない間に300人以上が殺される程の頻度……つまりは殆ど一日一件のペースで事件が発生している。

 

 そして一度(ひとたび)事件となれば、その度に何処からともなく『探偵』が現れ、シャーロック・ホームズもかくやと言わんばかりの推理で事件のトリックとその犯人を突き止めていく。

 あと序(ついで)にうな重大好きなとある少年が『すっげー!』と感嘆した対象は大抵爆発する。

 

 

 とまぁ、そんな大変物騒な所ではあるのだが、同時に逮捕率や検挙率も彼ら探偵達のお蔭で高い水準を保っているので、ある意味安全な町と言えなくも……無いか、普通に。

 

 

 ……まぁ、兎に角。

 そんな町で生まれ育った『工藤新一』という高校生探偵が、遊園地で怪しげな組織の取引現場を目撃した結果毒薬を飲まされて幼児化してしまい、元の姿に戻るためにその組織の足取りを追いつつ日々遭遇する事件を解決していく……

 

 

 ――というストーリーの推理漫画『名探偵コナン』の世界に転生してしまっていたことについ先程気がついた、魔法使い兼元一般男子高校生です。マジでどうしてこうなった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「……いっつつ……あー、頭割れそう……」

 

 

 ……顔の上に被さっていた分厚い本を払い除けつつ、仰向けに倒れていた状態から床に手を置いて上体を起こし。

 床にしたたか打ち付けた衝撃と、短めとは言え人(・)生(・)二(・)つ(・)分(・)も(・)の(・)記(・)憶(・)を脳内に突然ぶちまけられた影響でズキズキと痛む頭を押さえながら、その結果生じた言葉に出来ない万感の思いが溢れ出そうになるのを何とか堪えて、深い深い溜息を零した。

 

 

 ……さてさて。誰に聞かせるでもないけど、ここは一旦記憶と状況の整理も兼ねて、これまでのことを色々と振り返ってみるとするかな。

 

 

 ――まず。小学校入学を目前に控えた今世の俺……わ(・)た(・)し(・)こと霧(・)雨(・)魔(・)理(・)沙(・)は、今日の昼にパ……父さんと母さんに買って貰ったランドセルを喜びのあまり自室で振り回し、案の定手からすっぽ抜けて本棚に激突させてしまった挙句、その拍子に本棚から落下してきた見覚えの無い重装丁な本が頭頂部に直撃して暫く床に蹲って悶絶していた。最初からクライマックスかよ。

 

 悶絶してた間は若干意識が混濁してたから、それが一体何秒、何分間だったのかは定かじゃないけど……二階にあるわたしの部屋に向かって一階のリビングから心配の声を掛けてきた母さんに『だいじょうぶぅ……!』と生返事を返した覚えはある。

 

 

 ……そして、その時の衝撃が原因か。頭に激痛が走った瞬間、わ(・)た(・)し(・)の脳内には突如としてわ(・)た(・)し(・)ではないわたし(俺)の記憶が溢れ出した。

 

 

 ――それは、今暮らしているこの世界と酷似した現代世界で、サブカル好きの一般人として過ごした人生。

 そして、その世界に存在する『東方Project』という弾幕ゲームシリーズの舞台となった場所――幻想郷に、主人公格のキャラクターの一人である霧雨魔理沙として生まれ変わった人生の、二つの記憶。

 

 

 とどの詰まり、わ(・)た(・)し(・)――基(もとい)俺は、つい先程前前世&前世の記憶を思い出した転生者、という訳なんだけど。

 ……まぁ、転生云々に対する驚嘆やら精神的問題(乗っ取り疑惑)への苦悩やらは既に前世で散々やってるし、死ぬ程悩んだ末に直接冥界の主に話を訊いて大体解決出来ているからこの際省略するとして。

 

 

 色々と軽く流せそうにない問題や疑問点がある中でも、此処で一番重大なのは……

 今現在住んでいるこの町の名前が、あの――米(・)花(・)町(・)だということだ。

 

 

「……いや、マジで何でなの……?」

 

 混乱のあまり脳内で諳んじた冒頭のモノローグでも触れた通り、米花町というのは俺の前前世の世界で連載されていた推理漫画、及びアニメシリーズ『名探偵コナン』の舞台となる町である。

 その治安の悪さと危険度については推して知るべしと言うべきか、あのじっちゃんの名にかける系名探偵の世界と違って主人公周りが死なないだけ救いと思うべきか……いやまぁ、その分劇場版のド派手な事件に大体巻き込まれるから、別に安全とも言い難いんだけども。

 

 兎に角。仮に二次元の世界に転生できるとしても『ここだけはちょっと……』と思われがちな作品の一つであることは間違いないハズだ。多分。

 

 

 さて。

 色々つらつらと考えてはみたけれど、ここらでもう少し今世の記憶を深掘ってみようか。

 

 

 今世の我が家のお隣には、驚くべきことに一体何坪あるのか考えるだけでも気が遠くなりそうな大きさの洋風の大豪邸が鎮座している。

 これならまだギリ普通だな。門先に掛けられた表札に書かれているのが『工藤』という文字であるとしても、まだあわてるような時間じゃない。なんなら工藤(くどう)じゃなくてエ藤(えとう)の可能性だって否定できないし。

 

 そしてそのまた一つ奥に、何やら時折爆発音を鳴り響かせる『阿笠』という表札が掛けられた研究所風の一軒家があったとしてもまだあわわわわわ(現実逃避)

 

 

 ……さ、更に言えば、保育園でサクラ組だったわ(・)た(・)し(・)の一番仲の良い親友の名前は毛利(もうり)蘭(らん)だ。天を貫かんばかりに聳え立つ髪のツノがキュートな女の子である。かわいいね。(諦観)

 

 そして二番目はというと、普通とは違う金髪金眼という容姿から入園当初は若干排斥気味だったわたし達双子に対して、そんなこと些事だと気にせず率先して集団の遊びに誘ってくれた性格イケメンで気さくな女の子、鈴木園子。

 何故あんなセキュリティの薄い一般保育園に通っていたのか皆目見当もつかないほどの、日本でも有数の財閥企業のお嬢様である。

 

 極めつけの三人目は、前世までの影響か物心ついた頃から既に若干男勝りな性格だったわ(・)た(・)し(・)という存在が、自らが淡い恋心を抱いている相手である蘭と殆ど常に一緒に過ごしていることを若干気にしていながらも、そういったお年頃の男の子にしては良好な仲の幼馴染関係を築けているお隣の工藤新一くん(6)。

 

 転入してきた当初は周りの子供達を小馬鹿にしたような態度で大人ぶっていて、正直わ(・)た(・)し(・)としてはあまり印象は良くなかったんだけど。

 

 第一に子供らしからぬ頭の良さ。なんだかんだ言って面倒見の良い性格に、バッジが壊れて自分だけ折り紙のバッジを着けていた結果仲間外れにされかけていた蘭を、自分も同じバッジを着けることで助けようとした不器用な優しさ……

 そして今思えばとんでもねぇヤバい奴だった担任の江舟先生から、『蘭を子分にして何か企んでる』なんていう見当違いの推理とは言え、実際誘拐の危機に直面していた蘭を救ってみせたほどの、その正義感。

 

 それらの複数の点から早々に園の仲間として受け入れられていったし、わ(・)た(・)し(・)自身も自然と友達として仲良くするようになっていた。

 

 

 

 ――っと。少し話が逸れたけど、ここまで来ればもう役満どころか四倍役満。ここがコナン世界、かつその中でも米花町だったという事実だけでも大分ヤバいと言うのに、なんと今世のわ(・)た(・)し(・)は原作の中でもガッチガチの中心人物である三人と、彼らの関係性に勝るとも劣らない幼馴染なのである!

 

 ……事件に巻き込まれる予感しかしない。

 あ(・)の(・)時(・)はパチェに絶対帰ってくるとか言ったけど、幻想郷に戻る手段を探す云々の話以前に、そもそもこんな世界で成人まで生きられるのかが甚だ不安だ。

 

 

 

▽

 

 

 

「……まぁ、この世界とわ(・)た(・)し(・)についてはこの辺りで良いとして……」

 

 

 物理的な頭の痛みが若干引いてきたところで、一度床から立ち上がってベッドの縁へと腰掛け直し。

 人差し指を軽く振るって発動した魔法で、床に散らばった本や小物類を元あった場所へと戻していく。

 

 同時に手元へふわりと飛ばしたランドセルを両手で受け止め、さっきの衝撃で付いてしまった傷を指先でなぞって消(修復)していった。

 

 

 ――当然俺も、原作魔理沙と同じく男の子心を擽るド派手なビームは好きだけど。やっぱ魔法と言ったらこういう『地味に便利』なヤツだよな。……横着とも言う。

 ……ま、物を動かすのは個別でマニュアル操作してるから滅茶苦茶脳が疲れるし、直すのにも色々と制限があるから見た目ほど手軽じゃ無いんだけど。

 

 

 

「……そういや。このランドセルも今思えば大分懐(・)か(・)し(・)い(・)な……11年振り、いや、幻想郷に居た頃も合わせたら……28――えっ28年……?」

 

 ま、まぁ、単純に加算していくんだったら累計三十うにゃうにゃ歳ということにはなるけど、最高年齢は17歳だし……自認は17才だから……

 

 

 傷一つない新品状態に戻ったランドセルの表面を確かめるように軽く人差し指で撫でながら、ふと現在の自分の精神年齢を逆算して若干衝撃を受けたりしつつ。

 最後にランドセルを勉強机の側面にあるフックに掛けたことで、漸く部屋も久(・)し(・)ぶ(・)り(・)に(・)見(・)覚(・)え(・)の(・)あ(・)る(・)光景となった。

 

 

 ――そう。星形のシンボルが随所に施された、黄色いアクセントの入ったこの黒革のランドセル。

 俺の記憶にあるもの……前(・)前(・)世(・)の(・)俺(・)が(・)小(・)学(・)生(・)に(・)な(・)る(・)時(・)に(・)買(・)っ(・)て(・)も(・)ら(・)っ(・)た(・)の(・)と(・)全(・)く(・)同(・)じ(・)物だ。

 

 

 このランドセルだけじゃない。部屋にある机や本棚、母さんからお下がりで貰った電子ピアノまで。

 部屋のレイアウトに家全体の間取り……そして両親祖父母の尊属に至るまで。

 家系の苗字が『霧雨』で俺の名前が『魔理沙』になっていたり、どこかで外国の血が混じっているのか母さんの髪色が金色になって顔の彫りが若干深くなっていたりはするけど、それ以外の殆(・)ど(・)が前前世の環境と瓜二つだった。

 

 

 ……当然、この世界の父さんと母さん達は、前前世の両親と同一の存在では無いということは理解している。

 

 だけど、それでも。前世(幻想郷)の両親とはどうしても折り合いが悪くて打ち解けられなかったというのもあって、二度と会えないと思っていた二人(両親)と家族としてまた一緒に暮らせるというのは、少しでも気を抜けば思わず泣いてしまいそうなほどの……

 どれだけ強力な魔法であっても実現できないと思っていた、夢のような出来事だった。

 

 

 

「――ここが米花町とかいう魔境でさえなければ、の話だけどな!」

 

 これさえ、これさえ無ければ……この転生現象を引き起こしたであろうあ(・)の(・)魔(・)導(・)書(・)にも、少しは感謝してたかもしれないのに――

 

 

「――って、そうだ、こんな事考えてる場合じゃなかった……!」

 

 

 そりゃ当然、『コナン世界に前前世と同じ両親の元で霧雨魔理沙の姿のまま主人公組の幼馴染として転生していた』……なんてのは、改めて文にしてみても正直意味がわからないし俄に受け入れがたい事態ではあるけども。

 この先どう行動するにせよ、まずは何故こんな摩訶不思議な状況に陥っているのかは把握しておくべきだろう。

 

 そして詳しい状況の方はさておき、大元の原因についてなら大方予想はつく。

 

 それは、あの時パチェから借りようとしていた魔導書の中に紛れていた、人知の及ばない魔法が封じ込められている――あの、正真正銘の『魔導書』だ。

 そう。ちょうど、ついさっき頭に落ちてきたあ(・)の(・)本(・)と良く似た見た目の――

 

 

「……ん?」

 

 ――ふと頭を過った違和感に、慌てて上半身を起き上がらせてベッドの縁へ腰掛け直し、つい先程片付けた本棚から例の本を浮遊させて手元まで運ぶ。

 

「……やっぱり、これ」

 

 表紙に軽く指を滑らせつつ改めて本の外見を検めてみれば、四隅に留められた細かな細工が施された金の金具も、経年劣化で損傷が激しい表面から辛うじて読み取れる『reincarnatione』の文字も。

 

 全てが、ア(・)レ(・)と瓜二つだった。

 

 

「なんで、コイツがここに……」

 

 ……わ(・)た(・)し(・)の記憶が確かなら、この部屋には少なくとも今朝までこんな物は影も形も無かったハズ。

 

 

 ……いや、でもまぁ、そこはコイツも常識に囚われてはいけない幻想郷の存在の一つ。俺の常識じゃあり得ないことでも、使用者(俺)に着いてきたのかい(・)つ(・)の(・)間(・)に(・)か(・)本棚に紛れ込んでいて、ランドセルをぶつけた衝撃で偶(・)々(・)頭に激突し、奇(・)跡(・)的(・)に(・)前世までの記憶が蘇っても不思議ではないのだろうか。そうはならんやろ。

 

 

 ……ま、まぁ、とにかく。魔法でざっと中身を探ってみた感じ、一度効果を発動したからか残存している魔力量は殆ど雀の涙状態みたいだから、今の状態だったら再度魔法が暴発する可能性も低い筈。

 

 そして……あの時。この魔導書が開いた瞬間に一瞬見えた、表紙裏にラテン語で書かれていたあの文章。

 

 流石に内容までは読めていないけど、それが書かれていた場所と魔(・)導(・)書(・)という存在のセオリーからして、あそこにはこの魔導書自体についての詳細や発動される魔法の情報が記されている可能性も十分考えられる。

 それを読み解けば、俺の身に起こった事象についての理解が……そして、幻想郷(前世の世界)に戻る方法を探す糸口になるかも知れない、と。

 

 

 万一にもまた魔法が発動してしまわないかと警戒しながら、恐る恐る魔導書を開こうとし――

 

 

 

 

「おーい理沙姉(ねぇ)、なんかさっきでかい音鳴ってたけど大丈夫かー?」

 

 

 

 

 ――た所で、勢いよく部屋のドアが開かれて。

 

 

「――っ……ま、魔(・)梨(・)香(・)……」

「?」

 

 咄嗟にバッと両手で魔導書をベッドに押さえつけ、声がした方へと顔を向ければ。

 そのドアの縁から、俺……霧(・)雨(・)魔(・)理(・)沙(・)と(・)瓜(・)二(・)つ(・)の(・)容(・)姿(・)をした少女が、小首を傾げながらひょっこりと顔を出した。

 

 

 

 ――瓜二つ、とは言ったものの。

 僅かながら存在する俺との明確な差異点は、セミロング程の長さのあるその髪の毛だろうか。

 重力に従ってふわりと流れる陽の光を紡いだようなその金糸は、彼女自身の心――その天真爛漫さを表しているかのようで。

 体の動きに従って揺れるワンピースのスカートも、ぱちくりと瞬く丸い瞳も。

 

 容姿自体に関しては俺と瓜二つでありながら、俺とはまるで違う……年齢と性別相応の可愛らしい仕草をしているこの少女。

 

 

 ――彼女の名前は、霧雨(きりさめ)魔梨香(まりか)。今世のわ(・)た(・)し(・)の、双子の妹であり……

 

 

 

 ……前世までの記憶を思い出した上で対面したこの瞬間に脳裏に過った、俺の想像が正しければ。

 

 本来、幻想郷で霧雨魔理沙として生まれるはずだった魂の持ち主でもある少女の筈だ。

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