「以上が私の目的だ。懸念点があるのなら聞かせてほしい」
「いまのところは、何も。ただ、成功率は極めて低いのではないでしょうか」
「要となる魔術師たちの生存率が低すぎる。真実を知った者が、必ず彼等を抹殺する」
「そこには世界からの抑止力も含まれます。僕とヴォ―ダイム以外、生き残れる者はいない」
「だからこういう形で隠すんだ。魔術協会からも、仲間からも、世界からも」
「来るべき特異点での人理修復において、Aチームの魔術師はマスターではない。君たちは
その時、彼は自身が行うべき
白や薄いグレーの近未来的でミニマルなデザインで統一された部屋の中、一人の男と対峙する中で、一人の人類が己のやるべきことを定める。
デイビット・ゼム・ヴォイド――彼は宇宙視点で物事に当たっている。
カルデアの仲間でもない、人理のために動いている訳でもない。
誰に教わるまでもない。誰に喜ばれる必要もない。
人間とは、ただ、善い事をする生き物だ。
たとえそれが、冷血な虫の反応に過ぎなくとも。
デイビット・ゼム・ヴォイドはどう考えても人類の敵だ。
カルデアに所属し、
彼はクリプターとしての役割を遂行する。すべてが空洞になる前に、この惑星を破壊する。
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南米・アマゾン熱帯雨林。鬱蒼と茂る樹海の只中に、高度な迷彩機能によってその巨大な車体を完全に隠匿し、静かに佇む巨大戦艦があった。その広大な操縦席には、今まさに緊迫した空気が満ちていた。
外の世界を覆う肥沃な大地と生い茂る樹木の風景。その生命力に満ちた風景とは対照的に、艦内は青白い光と、精密機械の稼働音に包まれている。モニターの明かりが、集結したAチームの面々の顔を照らし出していた。
その中心、艦長席に毅然と立つオルガマリー・アニムスフィアの姿があった。彼女は周囲を一瞥し、微塵の揺るぎもない、威厳に満ちた声で操縦席全体に号令を飛ばす。
「全員帰って来たわね。南米異聞帯の探索、ご苦労様。これより、私たちは再度ブリテン異聞帯への突入するためのブリーティングを始めるわよ。それと、今回から復帰したキリシュタリアとデイビットも参加するわ」
オルガマリーの視線が、目の前の一人の青年に向けられる。
Aチームのリーダーであり、数日前まで昏睡状態にあった男――キリシュタリア・ヴォーダイム。しかし、かつて受けた致命傷の痕跡など微塵も感じさせず、いつもの完璧な微笑を浮かべたまま、非の打ち所がないほど綺麗な所作で、所長と仲間たちへ向けて深く頭を下げた。
「ええ。所長、そして皆……まずは私の不覚を詫びさせてほしい。敵の奇襲を許し、チームの足並みを乱す原因を作ってしまった。リーダー失格と言われても弁解の余地はない」
キリシュタリアはいつもの完璧な微笑を崩さないまま、しかしその声音には、仲間たちに負担を強いたことへの本物の悔恨が滲んでいた。
「――そんなことはないわ、ヴォーダイム!」
その言葉を遮るように、鋭く、しかし切実な声が響いた。 オフェリア・ファムルソローネが一歩前に出て、その隻眼をまっすぐにキリシュタリアへと向ける。彼女のいつもは冷静な横顔には、珍しく強い感情が宿っていた。
「あなたが足を引っ張ったなどと、誰が決めたの。あの状況は仕方がなかった。因果を歪めるあの迎撃宝具による不意打ちなんて、どれほどの魔術師であれ避けようがないわ」
「そうそう。むしろあのフラガラックを喰らって、死んでいなかった方が可笑しいぜ?」
ベリル・ガットが首の後ろを掻きながら、歪な笑みを浮かべて同意する。その言葉は不躾ではあったが、同時にキリシュタリアであったからこそ生き残れたのだという、彼なりの最大の評価でもあった。
その言葉に同意するようにカドックが小さく頷く。
もし、あの宝具を受けたのがキリシュタリアではなくカドックであれば、自身が持つ
デイビットすらも、その冷徹な視線の奥に異論のないことを示している。
パン、と。 静まり返ったブリッジに、小気味よい拍手の音が響き渡った。
一同の視線が、音の主であるオルガマリーへと集まる。彼女は腕を組み、不敵さと緊張感を湛えた瞳でAチームの面々を見据えた。
「そこまでにしなさい。いつまでも内輪のことで感傷に浸っている時間はないわ。……いい、みんな。これまでの移動中、異聞帯の勢力からの妨害は一切なかった。けれど、それが不気味なほどの異常事態だってことは、あなたたちなら解っているわね?」
オルガマリーの言葉に、ブリッジの空気が一気に引き締まる。
彼女の言葉の通り、カルデアはこれまで異聞帯の勢力から襲われることはなかった。多くの困難を乗り越え、人理修復を成し遂げたカルデアはこれを不気味と捉えていた。
「単に勢力差があり過ぎるからこちらに手を出さないだけかもしれない。もしくは、私たちに利用価値があるから今は残しているだけなのかもしれない」
オルガマリーは皮肉げに口元を歪め、ふんと鼻を鳴らした。冷酷とも言えるその現実的な予測に、ブリッジの誰もが反論しなかった。彼女の言う通り、敵が牙を剥かない理由が、ただの慈悲であるはずがない。
これまでの旅路において、カルデアは決して手をこまねいていたわけではない。
召喚術式を駆使して新たな戦力を順次補充し、さらに異聞帯の各地で放浪していた汎人類史のサーヴァントたちを次々と陣営へと引き入れることにも成功していた。カルデアが誇るAチームの人類最高峰と称するマスターたちと、彼らが従える強力な英霊たち。
客観的に見れば、それは人理を修復したカルデアに相応しい、破格の大戦力と言えた。
――しかし、それでもなお、これから挑む異聞帯という巨大な世界には、未だ遠く及ばない。
異聞帯の過酷な環境で育まれた戦力、そして汎人類史の魔術理論すら通用しない神秘。それらを前にすれば、カルデアが必死に掻き集めた戦力など、大海の一滴に過ぎないという厳然たる事実を、彼らは痛いほど理解していた。
今のカルデアは、荒れ狂う嵐の海にぽつりと浮かぶ、頼りない一艘の小舟。
外の世界を見渡しても、助けを呼べる味方などどこにもいない。完全に孤立無援のまま、彼らは人理漂白という
もしも、異聞帯の側が本気でカルデアを潰しにかかってくれば――その巨大な波がひとたび牙を剥けば、カルデアという小舟など、抵抗する術もなく一瞬で転覆してしまうだろう。
そんな絶望的な状況を前に、オルガマリーはブリッジに集ったマスターたちを真っ直ぐに見据え、毅然と言い放った。
「でも、私はあなたたちなら、相手がどんな罠を用意していたとしても、乗り越えられると信じているわ」
常人ならば気が可笑しくなるかもしれない。あるいは現実から目を背け、自暴自棄になり、享楽に耽るかもしれない。しかし、ここにいるのはオルガマリーが、全幅の信頼を寄せる前所長マリスビリーが集めた最高のマスターたち。
Aチームの表情には、動揺や自信の喪失は微塵もない。
それを見て、オルガマリーは笑みを浮かべて、胸を張る。このAチームを率いるカルデア所長に相応しいようにと。
「確かに敵は強大よ。でも、私達が倒すべき存在は唯一人。一番後ろに隠れている藤丸立香。彼だけ倒せば、全ての異聞帯は消え、私達は汎人類史を取り戻すことが出来る!」
異聞帯の王と
戦うとなれば、苦戦は必須。最悪、死人すら出るかもしれない。しかし、汎人類史を取り戻すための最短ルートは、彼らと正面から戦うことではないのだ。
カルデアは地球の上に、異聞帯というテクスチャを上書きし、維持している藤丸のみを排除すれば良い。
そう、カルデアはいつだってそうだった。
人理修復という気の遠くなるような過酷な旅路において、彼らは常に最短、最速のルートを選択し、勝利をもぎ取ってきたのだ。無駄な戦闘を避け、敵の急所を的確に穿つ。その冷徹なまでの合理性こそが、数々の絶望を乗り越えさせてきたカルデアの戦い方だった。
今回もまた、同じようにするだけ。
世界そのものを相手に泥沼の戦争を繰り広げるのではない。異聞帯というテクスチャを維持する起点――藤丸立香という一人の人間に狙いを定め、一撃で全てを終わらせる。
「幸い、彼自身の力は大したことがない。例え、サーヴァントを召喚していたとしても、あなたたちほどサーヴァントを使役できはしないでしょう」
絶対的な自信をもって、オルガマリーは言い切る。
それは単なる盲信ではない。数々の特異点を越え、人理修復を成し遂げたのは、他ならぬこのAチームなのだ。一度は世界を救ってみせた本物の天才たちが、戦いのイロハも知らぬポッと出の一般人に遅れをとるはずがない。
前回の敗北にしても、因果を歪める迎撃宝具による、不意打ちを受けたからに過ぎない。万全の体制を整え、正面からマスターとしてまともに激突すれば、彼らが後れを取る要素など万に一つも存在しない。
所長として、彼らの実力を誰よりも知っているからこその確信だった。
「――では、方針を前提として、具体的な策を一つ提案したい」
静寂を破り、すっと右手を挙げ、発言をしたのはデイビット・ゼム・ヴォイド。
感情の読めない冷徹な双眸をオルガマリーへと向け、驚くほど淡々とした声音で紡ぎ始める。
「異聞帯の勢力との無駄な戦闘を避けるのは、賛成だ。しかし、万全な体制で待ち構えているであろう敵の本拠地に潜り込むのは困難を極める。だからこそ、相手の守衛や異聞帯の王を藤丸から引き離し、こちらが付け入る隙を作る必要があると俺は考える」
デイビットは一度言葉を切り、ブリッジに集う仲間たちの顔を無表情に見渡した。
「南米異聞帯の最深部には、我々の常識を遥かに超越したイレギュラーが眠っている。それを利用しない手はない。よって……俺は、ORTの復活を提案する」