「ごめんなさ~いリツカ~!! 金髪で黒服の人が私達の警備を突破してORTの所に行っちゃいました~!!」
妖精國のキャメロット、その冷たい石造りの回廊に響いたククルカンの慌てふためく声は、魔術的な通信装置を介して藤丸立香の耳へと直接叩きつけられた。
その凶報を聞いても、藤丸は驚愕の色を見せない。
むしろ、心のどこかで納得感を覚えていた。この連絡が来ることは予測の範疇。いや、正確に言えば、カルデアが南米異聞帯へ到達して以来、藤丸はこの瞬間が訪れないことを心の底から祈りながらも、同時にいつ訪れてもいいように綿密な準備を重ねていた。
祈りながら、備える。
矛盾したその二律背反を抱えながら、藤丸は七つの異聞帯の頂点に立つ王たちと共に、この脅威に備え続けてきたのだ。
金髪で黒服の男。その特徴を聞いた瞬間に、藤丸の脳裏に浮かんだ人物は一人しかいない。
――デイビット・ゼム・ヴォイド。
今はAチームの一員であり、人類史の枠組みを遥か超えた宇宙的な視点から物事を捉える男。
前回、一度はこの星を破壊しようとし、その試みが阻止されようとも、再び星を破壊する意志を捨てていなかった不屈の精神の持ち主。
「……あぁ、わかった。ありがとう、ククルカン。君はそのまま自身の安全を最優先にして欲しい」
藤丸は静かに通信を切り、一呼吸置いた後、すぐさま手元の通信機を操作し、七つの異聞帯を繋ぐマルチラインへと回線を開いた。
この惑星規模の危機に対抗するためには、人間一人の力では到底足りない。世界を揺るがす大厄災を止めるには、世界そのものを統べる者たちの力が不可欠だった。
素早い手際で回線を繋いだ相手は、異聞帯を統べる王たち。
オリンポスの大神、全知全能の父ゼウス。
北欧の雪原を統べる氷雪の女神スカサハ=スカディ。
極寒の大地ロシアの絶対皇帝イヴァン雷帝。
中国の広大な大地を管理する永遠の皇帝・始皇帝。
そしてインドの理を書き換える神罰の具現、神たるアルジュナ。
無駄な挨拶や問答は一切なかった。藤丸が口にしたのはたったの一言。ただ短く、呟くように告げる。
「ORTが動き出した。皆、力を貸して欲しい」
そう告げただけで、通信の向こうの王たちは一瞬にしてその事態の深刻さを理解する。
ゼウスが低く禍々しい雷鳴のように唸り、スカサハ=スカディが青ざめながらも杖を握り締め、イヴァン雷帝が巨体を揺るがし、始皇帝が冷徹な表情を浮かべ、アルジュナ・オルタが静かに神気を開放する。
「ORTは俺とトネリコが引き受ける。皆はカルデアの動きを見てい欲しい」
『ほう――』
一瞬の静寂の後、スピーカーから漏れ聞こえるノイズを切り裂くように、咸陽を総べる絶対者――始皇帝の声音が響いた。その口元には、藤丸の危うい覚悟を見抜いた上での、どこか呆れたような苦笑が浮かんでいる。
『其方自身が前線に出てORTの相手をする、か。なぁ、藤丸立香、ORTが目覚めた原因を聞いていなかったな。あの怪物の周囲は、厳重な警備が敷かれていたはずだ。あの女神がアホをやらかして、警備隊を蹴散らしたという可能性もあるが』
「……ククルカンでも、そこまではしないと思うけど」
『ならば、答えは一つしかあるまい。カルデアが故意にORTを叩き起こそうとしている、あるいはすでに実行したのだろうよ』
始皇帝はふ、と細く息を吐き、通信越しに冷徹な事実を突きつける。
『分かっているだろう。これは
始皇帝の言葉に同意するように、他の異聞帯の王達が静かに意思を示す。
「でも、このままじゃ、ORTに全てを壊される。それに、皆には異聞帯を治める必要があるでしょ。流石にORTを相手にしたら、いくら異聞帯の王でも危ない。後のこともある。ここは俺に任せてよ」
今の異聞帯は、共通の敵を前にした連合のようなもの。今は共通の目的があるため、手を組んではいるが、決して仲良しこよしの関係ではない。目的を達したその先では、のちに世界の在り方を決めるために喰らい合わねばならないライバル同士でもあるのだ。
異聞帯の王は、ただの強力な力を持つだけの存在ではない。それぞれの世界を、民を統べる絶対の支配者。もし、ここで異聞帯の王の一人が、ORTと戦って命を落とせば、この後の戦いで、その異聞帯は不利となる。
己の異聞帯を守る義務がある彼らは、どれほど強力な力を持とうとも、
しばしの沈黙の後、通信の向こうの王たちは、それぞれが短い言葉で藤丸の決意を受け入れ、異論のないことを告げた。
次々と回線が閉じられ、手元の通信機は静かに沈黙へと戻る。
「――よし」
藤丸は小さく息を吐くと、すぐさま身を翻した。冷たい石造りの回廊を、迷いのない足取りで駆け抜けていく。
目指すのは、キャメロット城の一角にある、静かな部屋。
その扉の前に辿り着くと、彼は躊躇うことなく力強く扉を押し開けた。
部屋の奥、静寂に包まれた光の差す窓辺を振り返る影へと、藤丸は開口一番、迷いのない声を真っ直ぐにぶつける。
「トネリコ、もう一度一緒に戦ってくれ」
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――
南米異聞帯、ミクトランの最深部。
底知れぬ闇が広がる巨大な空洞の中、冷たい空気が肌を刺す場所。
デイビット・ゼム・ヴォイドとその傍らに冠位のサーヴァント――バーサーカーのクラスとして現界したテスカトリポカが立っていた。
「ヒュ~……話を聞いた時は、疑ったがマジでいるじゃねぇかORT。だが、肝心の心臓がねぇ。本当に大丈夫なのか兄弟。どれだけ強力な武器があっても、火薬が湿気ってたら意味がねぇぞ?」
テスカトリポカは面白がるような、しかしどこか冷めた眼差しで目の前にある穴を見下ろし、隣に立つ
「
デイビットの右手には、チチェン・イツァーの神殿から強奪してきた太陽遍歴、正確にはその中心部に組み込まれていた一つの石が握られていた。
その石こそが、ミクトランという地底世界を照らす太陽の位置を操る、絶対的な制御権。かつて勇者王カマソッソによって抉り取られた、ORTの心臓たる太陽を呼び戻すための鍵だった。
「俺がこの石をORTの
デイビットはいつもの無味乾燥な真顔のまま、淡々と、しかし決定された未来を宣告するように言葉を紡いだ。
カマソッソが抉り取ったORTの心臓、それを基幹として人工の太陽を作り上げたことで、ミクトランの生態系とディノスたちの営みは今現在まで維持されてきた。
その太陽をORTの心臓にするということは、ミクトランは暗黒に包まれることになる。
加えて、マヤの巨樹たちは活動を停止していき、熱帯雨林はまたたく間に白銀の霜に覆われてしまうだろう。それはディノスたちにとって、生命線の完全な断絶を意味する。
ディノスは光合成が出来ずとも、乾眠状態へと移行すれば死ぬことはないが、全ての植物が死んだ暗闇の世界で眠っているだけの状態が、生きていると言えるのかは微妙だ。
尤も、ORTも復活するので乾眠状態のディノスも肉片残らず消え去ることになるだろうが。
「完全なORTの復活がどれほどの被害をもたらすかは未知数だ。結末を最後まで見るつもりなら、それなりに今のうちに距離を取って逃げることをおすすめする」
「ハッ、逃げるだと? 笑わせるな兄弟。これからどデかい花火が上がるってのによ、その瞬間を見逃す奴がどこにいる?」
テスカトリポカは面白そうに肩を揺らし、アステカの戦神としての好戦的な笑みを深く歪めた。
「俺は死線を見物するのが大好物でね。星がひっくり返る間際まで、特等席を味わせてもらうさ。……で、お前はどうするんだ、兄妹?」
「俺は速やかにこの場から退避させて貰う。完全なORTの初動に巻き込まれれば、即死は免れない」
デイビットは表情一つ変えずに応じた。
――人は本能的に善い事したがる。
それが父の遺した言葉であり、デイビットの歪むことのない唯一の行動原理だ。
眼前の無辜の民を見捨てるどころか、世界ごと滅ぼそうというこの凶行は、その行動原理に従うのであれば直ちにやめるべき愚挙。
しかし、あまりにも巨大すぎる宇宙的視点を獲得してしまった在り方と、その行動原理が重なった結果、ORTを復活させるという最も恐ろしい極論へと導いてしまった。
もしも、前カルデア所長マリスビリー・アニムスフィアの企図した
それを、デイビットは許さなかった。
宇宙と何より、地球人類自身の尊厳と名誉を守り抜くために、人類は今ここで、自らの手で滅ぼす。
脳裏に一瞬だけ、共にカルデアで過ごし、人理修復を成し遂げたAチームの顔が過る。
「……これで、いい」
デイビットが静かに呟く。その声には迷いも恐怖もない。
太陽の石を握り締め、底知れぬ闇の奥底、巨大な繭のように眠り続けていたORTの本体へと歩みを進める。テスカトリポカは言葉を発さず、ただ静かに主人の選んだ結末を見送るように佇んでいた。
デイビット・ゼム・ヴォイドは、躊躇うことなく、手に持った石を目の前にある穴へと投げ出す。
漆黒の闇が彼を飲み込み、星の運命を決定づける狂気的な胎動が、静かに、しかし確実に始まりを告げようとしていた。