どっちが長生きできるか、勝負だ!」
幼稚園の頃、俺はあいつとそう約束した。
俺には小さい頃から一緒にいるムカつくやつがいる。ムカつくって言っても嫌いなわけじゃないが、田中とかいうやつだ。あいつは何でも簡単にこなす。運動神経も良くて勉強もできる。それを見て何だかムカついた俺はそれに負けじと対抗する。小学校の頃、あいつがシャトルランを90回したなんて噂を聞いた。なんだか負けた気がした俺はそれから毎日走り続けて2ヶ月かけて体力をつけて、体育館を借りて自分で記録を測り、91回を記録した。
その間にあいつは漢字テストで学年に少ない満点を叩き出したらしい。
僕には小さい頃から一緒にいる面白い奴がいる。山田ってやつだ。あいつは僕が漢字テストで満点を取ったその1週間後に家に突撃してきて、何度も消された跡のある漢字テストのコピー用紙、それも満点のやつをドヤ顔でつきだしてきた。
僕は中学校の頃に陸上部に入った。ただ何となく、他のことより走るのが得意だったから。
やっぱり山田は陸上部に入ってきた。僕の出す記録を越そうとしているんだろう。
中学最初の記録会、僕は100mで12.6秒13.2秒だった。
部の友達が近寄ってくる。
「1年生なのにすごい!」
と少し興奮した様子で僕を褒める。その言葉に僕は
「小学校の頃から陸上やってたから」
という一言で会話を打ち切った。
褒められるのは嬉しいけど、たくさん褒められるときって大体同じ内容だからいちいち答えるのってすごく面倒くさい。
こういうとき、山田は絶対に僕を褒めない。なんでかは分からないけど、小さい頃から一緒にいる割に僕と山田ってあんまり話さないからかな。
田中は中学最初の大会で12.6秒を記録した。田中の記録を素直に褒めようか、と考えたが、すぐに却下する。田中の記録を褒めたとき、今と同じ熱量で頑張れる気がしないからだ。
対して俺は13.6秒、0.6秒の差がある。その事実に少しだけ落ち込むも、すぐに切り替えて12.6秒という記録を越すにはどうしたらいいかを考える。
田中に負けたときは毎回こうやって計画を立てる。そして、立てた計画は絶対に守る。
そうやって勉強も、陸上も追いついて、そして、引き離されていった。でも、それが嫌だとは思わない、俺は追いかける方が性に合っている気がするから。
僕と山田の家は向かい合っている。だから、窓から山田の家の周りの様子がよく見える。
最近は夜遅くに窓の外を見るとスタートの練習をしている山田の姿が街灯に照らされているのが毎日見える。流石にこんなことは初めてだったので、少しだけ目を見開くも、山田だし、と納得する。
あの元気はどこからやってきているのか、と考えながら、その姿を見て、何故か勉強頑張ろう、なんて考えて、久しぶりに家出勉強をした。
中学2年生、僕は思うように記録が伸びていない、スランプってやつだ。
練習が終わって友達と下校しているとき。
「田中、最近記録伸びてきてないよなー、最初はあり得ないスピードで伸びてたのに」
そう言って話しかけてくるのは同じ100mをやっていて僕や山田よりも記録が低い林と言う友達だ。話は続けて話す。
「でも、このまま俺が記録を伸ばしていつか追い抜いてやる!」
「いつか、なー」
いつか、の部分を強調して林をからかう。
林は決して遅い訳では無いが、僕から見れば林は遅く見えてしまう。
「山田くらい努力したらいつかは追い抜けるかもな」
「あいつは異常だろ、夜に塾の帰りにあいつの家の前通ったらなんか走ってて、でも、あいつ俺が塾行くときも走ってたんだぜ、やべーよ」
林は知らなかっただろ!と言ってくるが。もちろん知っている。山田のその姿は俺が一番よく見ているはずだから。
田中は最近スランプだ。記録が伸びていない、チャンスだ、とトレーニングの強度を上げる。それに比例して記録も伸びている。そして、俺は中学2年生の大会で12.5秒。田中は12.2秒、中学3年生で俺は11.6秒、田中は11.3秒だった。
部活を引退し今は受験シーズン、みんなは勉強しているんだろう。だけど僕は陸上部と一緒に走っていた。顧問の先生から引退したあとも来ていいと言われたのと、僕はもう私立の陸上強豪校から推薦が来ているからだ。
「田中先輩、受験勉強しなくて大丈夫ですか?」
そう聞いてくるのは陸上部の後輩だ。
「僕はもう推薦来てるからね。」
そう答えると後輩はなるほど、と納得した様子で去っていった。
その姿を見ながら僕は、山田はどこの高校に行くんだろう、と考えた。
みんなは今受験勉強をしている。もちろん俺も例外ではない。俺は私立から推薦が来ている。
「山田は私立から推薦来てるんだから別に勉強しなくてもいいじゃん」
と田中に言われた。だが、俺には兄弟が下に二人いる。特待でももらわない限りは私立になんていけないのだ。
「俺兄弟が二人いるからさ、大学まで行かせるんだったら私立になんて行けないよ」
そう答えると田中は納得した様子で
「確かにね」
と答えた、その後も田中は続けて話す。
「県大会とかいけば会えるし別にいいか。」
今度は俺が答えた。
「確かに」
その後、受験は無事成功した。
高校1年生。僕は私立の高校へ進学した。山田は県立の高校だ。
別の学校になってしまったが別に会う機会がないわけじゃない。家は向かい合っているし、県大会にいけば山田も居るはずなのだ。
だが、高校に進学して周りは当然高校2、3年生、体も違う。その中で高校1年生で県大会出場というのはあまりに狭き門だ。
そんな中でも僕は県大会に出場した、受験シーズンの頃にスランプだったころ、記録が少しずつ伸びてきたのが大きかったのだろう。だけど、県大会の選手の名前に山田の二文字はどこにも見当たらなかった。
高校1年生の頃、俺は県大会に出場することができなかった。田中の高校のほうが強豪で、もちろん練習量も、質もあちらのほうが上だということは分かっている。県大会にいけなかったのは俺の実力不足。言い訳の余地もない。だからこそ、その事実がとても重くのしかかってくる。だけど、これからすることは簡単だ。少しだけ落ち込んで、そして計画を立てて、また走り出すだけなのだ。田中は10.8秒ということだ。今度はその記録を越しにいこう。
高校2年生の県大会。
俺は県大会出場を果たした。決して上位ではなかったが、10.7秒を記録し、昨年の田中の記録を超えることができた。
対して田中は10.6秒と去年とほとんど記録が変わっていない。
この調子なら高校3年生の頃には田中の記録に追いつく、もしくは追い越すことができるかもしれない。そう思うと練習に一段と熱が入り、トレーニングの強度も上がった。
高校2年の大会、僕は去年とあまり変わらない10.6秒という記録になった。理由はなんとなく想像がつく、去年。後ろに山田の影がなかったからだろう。いつも、僕は後ろに山田の影を感じ、これでは抜かされる。まずい。と思って練習する。だけど前回は県大会に山田はおらず、記録が分からなかったから危機感を覚えることがなかったのだろう。だけど、次は大丈夫。また引き離すだけだから。
高校3年生、高校最後の大会で僕は10.3秒という記録を残した。対して山田は10.4秒。とてもはさ危ない結果ではあったが、逃げ切ることができた。記録が伸びにくくなってきていたにも関わらず、0.3秒記録を伸ばすことができたのはいつもよりも強い危機感のおかげだろう。
大会の日の夜、俺と田中は家の前で話していた。
家の前でばったり会ったため、少し話そうと思って話しかけたのだ。辺りはすっかり暗くなっていて、蝉の声が聞こえてくる。
「結局最後まで追い越せなかったな」
悔しさの滲んだ声で俺はそう呟く。
「そこで追いつけなかった。じゃなくて追い越せなかったな、っていうのが山田らしいな」
あきれた、と田中は言った。
「当たり前だろ、小学生の頃から勝つためだけに走ってきたんだから」
「僕は田中のそういうとこ、割と尊敬してるんだよ」
「そういうとこって、どういうとこだよ」
突然褒められて思わず聞き返してしまう。
「どんなことでも勝とうとする姿勢だよ」
「結局、毎回毎回一つ前の田中にしか勝てなかったけどな」
「確かに、それじゃ、僕塾行かなきゃだから」
最後にそう言い残して田中は去っていった。
わかっていた。何でも簡単にこなす田中が努力なんてしだしたら、努力しかできない俺は、田中に追いつけるはずなんてなかったってことくらい。でも、それに気づいていないフリをして、ただがむしゃらに、勝負に挑み続けてきた。
十数年後
田中は病気になった。
その日、俺は田中が入院している病院に足を運んでいた。
病室の前に行き、番号を確認してからスライド式のドアを開ける。
開かれた窓に揺れるカーテン。穏やかな風が吹き込む病室の中には、ベットから体を起こした田中がいた。
「余命2日だって?」
開口一番に話す内容じゃないと思うが、本人の口から聞いておきたかった。
「全く嫌になっちゃうね、まだ30代だってのに」
否定はしてこない、やはり、もう残された時間は少ないのだろう。
「ほんとだよ、才能の代償ってやつか?あ、りんごここ置いとくぞ」
そう言って持ってきたりんごを机の上に置く。
「ああ、ありがとう。ってもう食えないけどな」
「じゃあ墓に供えておいてやるよ」
田中はそうやって軽口を叩いた。それに合わせて俺も言葉を返す。
「いらないから自分で食べてくれ」
田中は机のりんごを持って手渡してくる。それを受け取って俺は昔も昔、大昔の話をする。
「ところであの勝負、覚えてるか?」
「どっちが長生きするか、だったっけ?」
「そう、あともう一つ条件あっただろ?」
「そんなのあったっけ?」
「最後に勝ったほうが今までの負け、全部チャラにして勝ち、だよ」
田中はベッドの上で目を手で覆い、
「やられた」
と呟いた。その後続けて
「勝ち逃げしようと思ってたのに」
と言った。
「過去の自分を恨むんだな」
俺は声を上げて笑った後にそう言った。
「じゃあ、最後の勝負、俺の勝ちでいいのか?」
「しょうがないな、わかった、負けたよ」
田中は両手を上げて降参した。
3日後、田中は天に還った。初めて田中に勝ったが、その勝ち方は、何とも悲しい勝ち方だった。
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