幼き神にはあしからず   作:庚申待ち

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第十三段 閑散たる神社

 時は遡り、妹紅と橘が竹林端で出会うよりも更に三十分程前。

 

 霊夢と魔理沙の二人は昨夜の宴会の片付けを終え、各々の身支度を整えていた。

 朝早い時間ということもあって、今神社には参拝客の姿は見えない。尤も、ならば昼にはいるのかと問われれば、やはりいないと答えることになるだろうが。

 兎に角、屋内からの物音と二人の声、風が巻き上げる木の葉の音以外は何も聞こえない、そんな朝だった。

 

「おーい霊夢、私の箒知らないか?」

「ああ、掃除に使った後、邪魔だったから薪と混ぜて積んどいたわよ」

「……は!? 私の大事な商売道具に何してくれてるんだよ!! まさか火に焼べてないだろうな!?」

「そんなことする訳ないでしょ。魔女の箒なんて燃やしたら、神社が穢れそうだし」

「お前なあ!!」

 

 二人の、よく言えば元気な、悪く言えば喧しいことこの上ない口論のお陰で、晩秋初冬の寒々とした気候と曇天の下にあっても、寂寥感は微塵もない。

 

 二人が口論していると、縁側から部屋に入って来て、声を掛ける者があった。

 

「おはようございます! 朝から、相変わらずお元気ですね……魔理沙さん、箒持ってきましたよ」

「お、サンキューあうん! こんな薄情巫女の神社の狛犬から生まれたとは思えない有能さだな!」

 

 箒を携えた高麗野あうんが半分呆れたように挨拶して、魔理沙にそれを手渡す。魔理沙も勿論霊夢への愚痴を混ぜながら、勿怪の幸いと――まあ、霊夢に危うく箒を煙にされそうになったことが勿怪の不幸と言うべきで、箒が戻ってきたことは何も幸福ではないけれど――それを受け取った。

 

「それにしても、こんな朝早くからお二人共どうしたんですか?」

 

 魔理沙の皮肉には一切反応しない霊夢に苦笑しつつ、あうんが尋ねる。

 それに、箒を失くしたと慌てていた魔理沙より先に準備を終わらせたらしく、暢気にお茶を啜っている霊夢が答えた。

 

「ちょっと面倒事が出来(しゅったい)してね。幻想郷で一番鬱陶しい奴に会わなきゃいけないのよ」

「一番、ですか。でも、スキマ妖怪は今冬眠中では?」

「今回はそっちじゃないわよ。アレはアレで胡散臭いけど、同じくらい面倒で得体の知れない幻想郷の賢者――隠岐奈の方」

「あ~……確かに、あの方も腹に一物も二物もありますからね」

 

 あうんが、至極納得がいったように頷いた。

 

 摩多羅隠岐奈――幻想郷の創設に関わった賢者が一柱で、霊夢と魔理沙が思う最も胡散臭い人物の一人。既にして――霊夢達は知り得ないものもあるが――四季異変、石桜異変、石油異変の三異変の元凶となっている、霊夢の仕事を悉く増やしてくれる厄介者でもある。

 ”あらゆるものの背中に扉を作る程度の能力”で幻想郷の生命力、精神力――可美葦牙彦舅神(ウマシアシカビヒコヂノカミ)、橘の言葉を借りれば”活力”――を操作している、幻想郷という閉鎖空間における橘のような役回りを果たしていて、あうんも四季異変の際、後戸を開かれて、その生命力、精神力操作の影響を受けて妖怪化したのだ。

 

 閑話有題(あだしごとをはじめて)――少し、謎の多い神、摩多羅神について掘り下げてみよう。本気で突っ込もうとすると数万字になるどころか論文が一本書けてしまうので、さわりだけ。

 摩多羅神は、渡来神であるとされる仏教由来の要素が強い神で、数多の神々と同一視され、習合してきた。障碍神*1である他に、作中で挙げられているだけでも、後戸の神、障碍の神(恐らく作中においてはDisabilityの意味)、能楽の神、宿神*2、星神、地母神、能楽の神、星の神、養蚕の神、被差別民の神、更には大道芸の神。挙げるのなら、他にも念仏の神、護法の神と、主に仏教関連で様々な神格を持ち合わせている。

 同時に聖徳太子に仕えた秦河勝――大避明神とも同一視されていたり、大黒天や荼枳尼天、新羅明神、赤山明神と、習合した神の名だっていくらでも出てくる。しかも、牽強付会の極致では、素戔嗚尊と同一視されることさえあるのだ。とかく日本の神々は同一視だの習合だのが多く、それ自体は大して珍しくないが、摩多羅神は少し箍が外れている所がある。

 そして、何より特異なことに、この神、渡来神と言われる癖に、相当する神格が大陸側に存在しない。これではないかと推測できるものを上げている研究家は多いし、似たような音の名前を持つ神も中国に見られるし、その神性の性格から確実に天竺や唐土の影響を受けていることは判るだが、これぞと合致するものはない。まるで自然発生的に誕生したような、中古頃の神とは思えない程に謎めいた神であり、これが幻想郷においても秘神の名を受ける所以であろう。

 

 ここからは余談だが――実は、日本神話は成立時期が中国大陸の神話に比べると遅かったり、また多くの文化を中国から輸入している影響もあって、史実を潤色・再構成したことによって構成されるより前の代――国譲りよりも前の神々に関しては、多くの箇所に中国的な要素や”元ネタ”を見出すことが出来る。

 例えば、伊弉諾尊が黄泉の国から帰って禊をした際、左目から天照大御神が、右目から月読尊が生まれたという神話は、中国における原始の巨人神、盤古の死体の左目が太陽に、右目が月になった神話に大きな影響を受けているのがよく判る。また、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)高御産巣日神(カミムスヒノカミ)神産巣日神(カミムスヒノカミ)の三神を造化三神と呼ぶのは道教的な思想の影響が見られるもので、抑々別天神(コトアマツカミ)の存在すらも中国思想を強く受けていると言える。《/ref》。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)――そんな細かな事情は知らずとも、霊夢にとっても魔理沙にとっても、そしてあうんにとっても、隠岐奈は得体の知れない、胡乱な人物という認識だった。永琳然り、紫然り、八千慧然り、今まで出会ってきた知恵者はとかく胡散臭い。

 

「前の弾幕花火の時も滅茶苦茶大変だったからな~。アレも、隠岐奈が一枚噛んでたんだろ?」

「後で菫子に訊いてみたら、私達が必死に弾幕を防いでる間それはそれは楽しく観戦してたそうよ。純狐の弾幕を絶賛してたんだってさ」

「……何か思い出してたら、やっぱり無性に腹が立つな。ちょっと呼ぶがてら、弾幕でボコってやるか?」

 

 魔理沙の言葉に霊夢が呼応し、二人で隠岐奈に一泡吹かせてやろうかと盛り上がる。あうんも同調こそせざれ、にこにこと笑って二人を止めはしない。

 

 すると、卒爾として――

 

「それは勘弁したいな。意味もなくお前達とやり合う程、私だって暇じゃない」

 

 ――その後ろから、やけに飄々とした声が聞こえてきた。

 霊夢と魔理沙がそちらを振り向く。あうんは自分のすぐ後ろからの声に、ぐりんと思い切り振り返って、いきなり現れた人物を目の当たりにして吃驚し、バランスを崩して畳に倒れ込んだ。

 

 車椅子に腰掛け、北斗が描かれた橙色の前掛けを膝の上に乗せた黄金色の長髪の少女がそれにくすりと笑って、あうんに手を差し出す。

 

 噂をすれば影とはまさにこのこと。

 扉の後ろの絶対秘神、摩多羅隠岐奈当人のお出座しだ。

 

「お、態々自分から呼ばれてもないのに出て来てくれたな」

「いやいや、呼んだだろう?」

「呼んでないわよ」

「いや呼んだ呼んだ」

 

 漫才じみた遣り取りを交わしつつ、隠岐奈があうんを引き起こしながらさも面白そうに笑う。やはり、胡乱なことこの上ない。

 

「話題に出ただけで自分が呼ばれたって思ってるんなら、自意識過剰もいい所だぜ。秘神を名乗るなら、ちょっとくらい韜光晦迹してみたらどうだ?」

「前も言ったと思うけど、寧ろ私のことは広めてほしいんだよね。お前達も戦った時も――」

「『見よ、聞け、語れ!!』だったかしら? ちゃんとロリコンって話は広めといたから、それは安心してくれていいわよ」

「セリフを奪らないでくれ。あと、勝手に出鱈目を広めるな。私の面目がなくなるだろう」

「事実でしょ」

「事実だろ?」

「事実ですよ」

「……私だってここまで虚仮にされたら泣くぞ?」

 

 少しは本気で傷ついたようで、隠岐奈が噓泣きする真似を見せる。それには一切の反応を示さずに、ふと魔理沙が隠岐奈の両脇が静かなことに気付いた。

 

「今日はあの煩い二人組は留守番なのか?」

 

 従者なので当然だが、何かにつけて隠岐奈に付き従っている二童子――爾子田里乃、丁礼田舞の二人がいない。

 

 その言葉に、人が涙しても黙殺か……とわざとらしく嘆いてみせてから、隠岐奈が答えた。

 

「今は少し野暮用でな……少し前に、反獄王の騒動があっただろう? 霊夢が野放しにしているというのがなかなか信用が置けないから、今は二人に監視させてる所だ」

 

 反獄王――宮出口瑞霊が幻想郷を荒らしに荒らしたあの事件から然程日は経っていない。未だに霊夢や魔理沙も、瑞霊が幻想郷を闊歩していては枕を高くして寝られないなどという苦情を聞いたり、霊夢はさとりやお燐に定期報告をするという面倒な習慣が出来ていたり、片時も忘れられない――というと大袈裟だが、頭の片隅にいつも居座っている存在でもある。

 

「なるほどね。案外、瑞霊が大人しくしてくれてるのもそのお陰かしら……そう言えば、もうそろそろ地底に行かなきゃね。あ~、面倒臭い……」

「まあ、瑞霊の監視はあと一月もしたら解くつもりだよ。あの二人にずっとそれだけやらせるんじゃあ二人も不満が溜まるし、私も忙しくて仕方がないからね」

 

 霊夢のぼやきに、隠岐奈がさりげなく自分の引き際を含めて適当な相槌を打ち、話題が一瞬途切れた。

 

 ここにおいて漸く、隠岐奈が本題に移る。

 

「さて――それで、何で私を呼び出そうとしてたんだ? そんな異変の時みたいな格好してるなんて、私をどれだけ引き摺り出したいんだと思ったぞ」

 

 その言葉に、霊夢と魔理沙が互いに顔を見合わせる。

 二人が無言で説明を押し付け合い、数秒の激戦の末に霊夢の眼圧に負けた魔理沙が小さく舌打ちしてから隠岐奈に向き直った。

 

「妖怪の山に行っちまったから今はここにはいねぇけど、昨日ここに、橘って神が訪ねて来たんだぜ。自分がこの世の原初の神で、私達全ての生命の生みの親だって名乗る愉快なお子様だよ。昨日は事情を説明したら酒を呑むだけ呑んで寝たからそこまで詳しい話はまだ判らんけどな」

 

 その”呑むだけ呑んだ”で、実は橘は博麗神社の酒の備蓄の六割を消し去ってしまったのだが――魔理沙はそこには深入りせず、説明を続ける。

 

「何だっけな……可美葦牙彦舅神(ウマシアシカビヒコヂノカミ)だっけ? そんな仰々しい名乗りをしてたけど、隠岐奈は何か知ってるか?」

「いや、初耳だよ。それ本当にいる神なのか? そして、子供なのか? どれくらいの?」

 

 隠岐奈が身を乗り出してまで話題に食いついてきた。

 スルーしようと努めつつ、魔理沙は相槌を打って話を進めた。

 

「お前でも知らないんだな。ただ、ちょっと古事記を覗いてみたらマジで最初の最初にちょろっと載ってたから、実在はするみたいだぜ。伊弉諾よりも偉い神様って、なんか実感湧かないけどな。あと、犯罪臭がするから二つ目の質問には答えないぜ」

「ほう。で、それが何で私に繋がってくる? 高位の神に謁見するだけなら、守矢の二柱やそこら辺の神々にも声を掛けるべきだろう? で、子供なんだな? 小さいのか? 妖精(チルノ)くらいか?」

「しつこいぜ! 答えないっつってんだから二度も差し挟んでくるんじゃねぇ!」

 

 そう言って一旦言葉を切り、魔理沙がグリンと霊夢に振り向いた。

 

「霊夢、バトンタッチだ。こんなのを私だけに押し付けるのは不公平だぜ」

「面倒ね……はいはい、判ったわよ。橘がチルノよりちっこい男の子って答えとけってこと?」

「チルノより……最高じゃないか……」

「変態に燃料を注ぎ込むなよ! 霊夢、どういう読解力をしてたらそっちを答えるって結論になるんだ!!」

 

 恍惚とする隠岐奈を見て、魔理沙は天を仰ぎつつ霊夢を睨んだが、霊夢は素知らぬ澄まし顔だ。

 

「冗談よ。橘が言ってたことをそのまま言えばいいんでしょ? だから――」

 


 

「なるほど……つまり、橘は私が起こした四季異変のせいで大変な迷惑を被ったから、大変ご立腹だと。それで、私に直々に叱りたいということらしいから、お前達が気を利かせて呼ぼうとした、と。二人ともなかなか優しいじゃないか」

「私は恩を売っとけば面白い話が聞けるかなって思ったからだけどな」

「私は、何かしら理由をつけて追い出さないと私の酒がなくなるから、取り敢えずどうしようもない紫以外問題解決させておけばどうにかできるかなって。あっちは子供だし、こっちがゴリ押しで理論武装すれば勝てるだろうし。最悪人里の誰かに押し付けるでもいいから」

「……まあ、そんな所だろうとは思っていたよ」

「これを包み隠さず言っちゃうあたりが、お二人って感じですね」

 

 呆れるという動作の主客は、いつの間に転倒していた。

 橘本人が聞いたら泣きそうなことを平然と宣う霊夢には、大酒呑みの子守は少々荷が重かったらしい。昨日一日の世話だけで、霊夢の忍耐の限界値を越えてしまっていたようだ。普段から萃香に懐かれているので多分呑兵衛の相手は慣れているのだろうが、それに手の掛かる子供となると霊夢はお手上げらしい。何より、悍ましい量の酒がものの数時間で乾されたことに、焦燥を超えた危機感を覚えたようだった。

 

 隠岐奈とあうんが苦笑する中で、霊夢と魔理沙があんな穀潰しを置いておけるか、いやいやあんな面白いのを追い出せるかと隠岐奈が来る前のように再び口論を始める。

 

「酒なんて節酒させればいいだけだろ? 一日一升とかさ。あとは、萃香とかに馬鹿みたいにきつい酒を呑ませてもらってもいいんだし、それだけで追い出すんじゃ勿体ないぜ!」

「止める間もなく勝手に消えて、いつの間にか酒蔵から酒を持ってくる奴相手にどうやって節酒させるってのよ! もう一日したら酒が消えるのよ!?」

「相手は子供なんだから、適当に地下にでも隠して鍵でも掛けとけばいいだろ?」

「そんな手間の掛かることやってられないわよ!! 第一、地下にあの鬱陶しい妖精が住んでるから全部お燗になっちゃうじゃない!」

「地下ってのはただの一例だろ?」

「じゃあ魔理沙(あんた)が預かったら!?」

「おい、地下に住んでる妖精というのは、あの地獄の妖精のことか? ツッコみたいのは山々だが、まあそれは置いておくとして……態々私を呼んでおいて、その私の目の前で口喧嘩をするのは止めてくれないか?」

「だから呼んでないってば!」

「そうか、じゃあ喧嘩を止めてくれ。埒が開かない」

 

 そんな二人を隠岐奈が黙らせ、大きく溜息を吐いて話を再開する。

 

「はあ、お前達は仲が良いのか悪いのか……まあ、良いんだろうな。それは結構だが、まずは依頼される側の私の話を聞くべきだろう?」

 

 そう前置きしてから、霊夢と魔理沙の言葉、即ち橘に引き合わせたいという願いに対する答えを返した。

 

「その橘――可美葦牙彦舅神に会ってやること自体は別に吝かではないぞ。話を聞いている限り、その権能は私の能力と職分に関係ありそうだし、話して損をすることはなさそうだからな。別格の神なら何か助言をくれるやも知れんし、原初の神というなら、不興を買った時の万一が怖い。何より、幼子というなら会わない理由がない」

「霊夢、通報しようぜ」

 

 魔理沙が合いの手を入れるのを無視しつつ、隠岐奈は顎に手を宛がい、少し首を傾げながら、更に続ける。

 

「まあ、機嫌を損ねないように献上品(袖の下)くらいは用意しておくけども――」

「真面目腐った顔でそんなこと言わないでくださいよ……」

「綺麗事では裏方仕事は回らないんだよ。あと初対面で気に入ってもらえれば、懐いてくれるかもだからな」

 

 あうんの言葉を適当に(あしら)いながら、隠岐奈は遠慮なくあうんの背中に後戸を開いて中に手を突っ込み、何やらゴソゴソと中を探る。

 

「――よっと。これで橘の機嫌は取れると思うか?」

 

 そうして取り出したのは――紛れもないただの一升瓶だった。

 ラベルも貼っていないので中で透明な液体がちゃぷちゃぷと揺れていることしか判らないが、霊夢も魔理沙も、そしてあうんも、会話の流れと容器の種類から内容物には何となく見当がついている。

 

「それがあと十本くらいあればいいと思うぜ」

「十本で足りるかしらね?」

「私の背中に勝手に後戸を作らないでくださいよ!」

 

 霊夢達が賛同、疑問、反発と三者三様の反応を見せる中で、隠岐奈は前半二人の言葉だけに応える。あうんの言葉には殆ど意識すら向けていない。

 

「十本、一斗か……痛いが、それで変な追及を躱せる可能性があって、しかも好誼を図れるならまあ高くはないか」

「あとは、最初から上辺だけでも敬っておいた方がいいぜ。そしたら多分気は良くしてくれるだろうから」

「隠岐奈、結局それ何なの?」

「外の世界の酒だ。結構な上物だよ。貴重なコレクションだから、お前達にはやらんぞ?」

 

 愚痴を吐いてもどうしようもないことを悟ったあうんががくりと肩を落として無言で机に突っ伏す横で、霊夢、魔理沙、隠岐奈が話を進めていく。

 

 そして、霊夢が執拗に酒を強請(ねだ)ってくるのを隠岐奈がのらりくらりと躱したところで、やっと話が一段落して、魔理沙が勝手に台所から持って来た甘味でちょっとしたお茶が始まった。

 

「つくづく思うけど、神社のものを、私の許可なしに当然のように食べないでくれない?」

「ん? 何か言ったか?」

「……」

 

 図太い魔理沙が霊夢を沈黙させる。魔理沙にとっては箒の一件の意趣返しのつもりだが、霊夢は既にそんなことは忘れ、ただ魔理沙を恨みがましく睨んでいた。

 

 そんな中で、ふと隠岐奈が金平糖を齧りながら問う。

 

「そう言えば、件の橘はいつ帰って来るんだ? 私だって、無為に待ち惚けたくはないぞ?」

 

 その問いには、口を閉ざした霊夢に代わり、魔理沙が答えた。

 

「ああ、一応『晩飯までには帰って来い』って伝えたから、それまでには来ると思うぜ? 遅くなっても今日中には帰って来るだろ」

「ふむ……そうか。じゃあ、今日はこの神社でゆっくりさせてもらおうか」

「はぁ? 何でそうなるのよ」

 

 隠岐奈が当然のように呟くと、霊夢が胡乱気にそれに食って掛かる。胡散臭い奴はさっさと帰ってくれ、橘が帰ったら姿を現せばいいだろうとその目が雄弁に語っていて、あまりにも不快気なその表情に隠岐奈は思わずちょっとだけ笑ってしまった。

 

「橘に威厳を持たせてやるためさ。私が呼ばれて顔を出すよりも、霊夢と魔理沙が橘のために私を朝早くから呼んで待たせていた、当の私は別天神の命とあればと直ちに推参して、何の文句も言わずに橘の帰りを待っていた。それだけで、お前達が虚仮にした橘のプライドは十分回復出来て、随分喜んでくれるんじゃないか? それと一秒でも長く見てたいし。その子、可愛いんだろ?」

「それは……確かに……」

「いちいちお前の嗜好を会話に混ぜ込んでくるなよ……もう言っても無駄か」

 

 まあ嘘をつけばそれはどうとでもなるし、ちょっとした暇潰しには丁度いいからこう無茶を言っているだけだが――隠岐奈は心中でほくそ笑んだ。忙しい忙しいとは言いながら、実はそれほど忙しくはない隠岐奈にとってはちょうどいい機会なのである。適当に霊夢と魔理沙と話していれば、最高の癒しにエンカウントできると考えれば、全く待ち惚けが割に合わないとは思われなかった。

 理屈が通っているから霊夢は反論できないし、自分も妥当な理由で、そして合法的に神社に居座れる。こういう手の交渉術は、腹の黒さなら幻想郷でも相当上位に入る隠岐奈の大得意な分野だ。

 

 魔理沙が何か言ってくるが、隠岐奈はガン無視安定だ。

 

 そして、魔理沙は隠岐奈の心中には薄々勘付いてはいても、これを機に隠岐奈に色々魔法のことを根掘り葉掘り聞いてやろうと思っていた所なので隠岐奈が宿痾を発症していること以外は見て見ぬふり。あうんもまた、もう発言する気はなさそうでお茶をちびちびと啜るばかりである。

 

「……判ったわよ、橘と話したらとっとと出て行きなさいよ、胡散臭さが部屋に移るから」

「……私が本当に臭いみたいな言い方じゃないか、今日はやたらと毒舌だな」

「昨日今日でストレスだらけだからね」

 

 そんな訳で、隠岐奈も霊夢と魔理沙に加わり、橘の帰りを待つことになった。

 

 

 ――六時間後(SIX HOURS LATER)――

 

 

 冬の短い日は既に大分傾いている。時間帯的には、”夕飯前”と言えばこれくらいであろう。

 霊夢と魔理沙、一応隠岐奈も晩ご飯の準備を始め、台所からの水音と包丁のリズミカルな音、三人分の足音が縁側にも聞こえて来るようになる。あうんは既に命蓮寺に行ってしまったらしく、ここにはとうにいない。

 

 

 ――更に二時間後(ANOTHER TWO HOURS LATER)――

 

 三人は、米櫃と釜に白米と味噌汁を用意して、簡単な焼き魚と香の物を盛った平皿を前に、暫く無言で湯気を見詰めた後、顔を見合わせた。

 

「……もう月が出て来てるんだけど」

「流石に遅くないか?」

「……まあ橘も子供だし。妖怪山まで結構距離もあるから、それで時間が掛かってるのかもしれないぜ」

「……ご飯冷めちゃうし、橘の分だけ残して食べちゃおうか」

「「賛成」」

 

 

 ――更に更に三時間後(ANOTHER THREE HOURS LATER)――

 

 

「……今、亥の刻(午後九時)だぞ……?」

「どこかで迷子になってるんじゃあ……」

「……霊夢、魔理沙、探しに行くか」

 

 

 ――更に更に更に二時間後――

 

 

 結局、橘は見つからなかった。

 

「……どこにいるのよ!」

「妖怪山は厳戒態勢だっつって追い出されたぜ」

「私でも見つけられないとは……もう明日にするか」

 

 

――その九時間後(NEXT MORNING)――

 

 

 境内に、暢気で元気な声が響いた。

 

「おーい、ただいま~――」

「橘ぁぁぁぁ!! 遅すぎるぜ!! どこで何してたんだよ!?」

「夕飯までに帰って来なさいって言ったわよね!? 半日遅れよ、あんた、どういう神経してんの!?」

「――あ!! ごめんなさい……」

 

「「ごめんなさいで済むかぁぁぁぁぁ!!」」

 

 境内に、二つ重なった大音声が木霊した。

 

 橘は、数時間もの間こっぴどく叱られることになった。

 最初こそ言い訳していたものの憤る二人の勢いに押され続けて、終わる頃には橘はすっかり意気消沈していて涙ながらに謝るだけになっており、泣き腫らした目で霊夢と魔理沙に只管赦しを乞い続けていた。

 

 昼下がりには隠岐奈もやって来て、橘に呼ばれ馳せ参じたと慇懃に口上を述べると、説教する気力も残っていなかったらしい橘は贈り物(賄賂)の酒だけ受け取って、詰問することもなく二度と勝手なことはしないでくれという注意だけで済ませてしまい、隠岐奈の目論見は想定外の形で達成されることになる。

 

 隠岐奈が橘の姿を見た途端に一瞬口元を両手で覆って「……可愛すぎる……」とか何だか漏らしてその態度を取っ払い、歓声を上げて抱き着こうとして霊夢と魔理沙に止められたなどという余計な一幕もあったが……そのお陰で霊夢と魔理沙は更に疲弊して、隠岐奈がロリコンのみならず……という情報も文に売ってやろうと決意するのだった。そしてそれにより、隠岐奈の権威の失墜と共に橘は、幻想郷の住民がその存在を普く知る所となる。

 

 橘の機嫌が直るのには、翌日の妹紅の来訪を待たなくてはならない。

 

 幼い原初の神の、幻想郷での最初の二日間は、ある意味で大成功、ある意味では大失敗という、何とも締まらない形で幕を閉じたのだった。

 

 第一章――完――

*1
ここの”障碍”は”しょうげ”と読み、所謂Disabilityではなく、仏教において仏教徒を真なる帰依や極楽往生、入覚から(さまた)げる、という意味。こういう意味での障碍の神は、有名どころでは第六天魔王と称される他化自在天や荼枳尼天(ダキニ)などがいる。

*2
芸道に携わる者達に民間で進行された神。様々な読みが宛てられることがあり、ミシャグジと同一視されることも。また、”主空神”と宛てられることもあり、ここからも北極星に関連がある妙見菩薩や星神との習合が見られる。




 これを書く過程で、六回(誇張無し)も完成に近いデータが消えました……
 ネット環境がドブカスだったせいで保存する時に限ってグルってデータが吹っ飛ぶ。受験の息抜きにやっているつもりの執筆で更に苛立つとは、これ如何に。

 やっつけ感がありますが、第一章は完結です。いくつか閑話を挟んでから、次の章に移行します。
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