FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで 作:鳥獣跋扈
「どうしたんだ、こんなところで」
既に視線はこちらに向けられている。誰かと思ったが、まさかアルフだとは思わなかった。ゆっくりと街角から出ていき声を掛けると、日傘の下でアルフが一瞬視線を揺らした。
普段の仕事中とはずいぶん印象が違い、なんとなく“良いところのお嬢さん”といった雰囲気だ。
少なくとも、血生臭い仕事をしている人間には見えない。
「……ええっと」
口から漏れたのは、どこか歯切れの悪い声。
普段は淡々と、それこそ“女の子らしい”時はハキハキと元気に答えることが多いだけに、珍しいな。
「こっちに来てたのか。何かあったのか?」
こちらに連絡をするでもなく、後を尾けていたところからして、何かはあるんだろうが。
「まぁ、立ち話っていうのもなんだ。どこか入ろうか」
「……はい」
アルフはどこか思い詰めたような顔をしている。
暑さにやられたんだろうか。
色白だし、日本の夏はやっぱりきついのかもしれない。
端末で周辺を確認すると、少し先に喫茶店があったので、そこへ向かうことにした。その途中、先ほど空き家の郵便受けへ入れておいたブレスレットを回収し、左手首へ巻き直す。
着いたのは、古いながらもしっかり手入れされた、落ち着いた佇まいの純喫茶だった。
木製の扉を押すと、冷房の効いた空気が火照った肌を撫でる。焦げ茶色の梁や柱には年月なりの艶があり、壁には琥珀色の照明、奥には磨き込まれた長いカウンターが見えた。
赤いビロード張りの椅子や、丸みを帯びた木製のテーブルにもそれなりの年季が入っているが、古びているというより、大切に使われ続けてきたという印象の方が強い。
小さな音量でジャズが流れ、客は一人だけだった。
丸眼鏡を掛けた老人が、文庫本らしいものを読みながらコーヒーカップを傾けている。
俺たちは外から見えにくい奥の席へ座り、店員が持ってきた氷入りの水を受け取ってから、俺はアイスコーヒー、アルフはアイスティーを頼んだ。
向かいを見ると、アルフはさっきより多少落ち着いたようには見えるものの、まだ妙に肩へ力が入っている。
「それで」
店員が離れたところで、改めて尋ねる。
「いつからいたんだ?」
聞いた瞬間、アルフの背筋がわずかに伸びた。
「東京駅からです」
「最初から?」
「……はい」
そこまで答えると、アルフは慎重に言葉を選ぶように少し間を置いた。
「今回の件ですが、私の方からお嬢様に具申して恒一さんの元に」
からん、と氷の入った水のグラスが小さく鳴る。
「最近は国外での仕事も続いていましたし、以前の案件では構成員が狙われる状況もありました。休暇中を狙われる可能性もある、と思いまして……」
そこで一度息を整え、アルフは目を伏せた。
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
ゆっくり頭を下げるのに合わせて、さらりと金髪が揺れる。
「ナルホド」
確かに、前回は妙な連中に組織の人間が狙われていた。
現場の人間の始末は付けたが、大本はまだ残っていると思われる。
あれから特にこれといった事は起きてはいないが、俺の休暇に併せて、何かあるかも、というわけか。
アルフとしては、黙って後を尾けていたことに自責の念でもあるのかもしれないが、仕事上仕方のない部分もあるだろうしなぁ。
前回のマチルダの時も、俺自身似た様な事をしたわけだし。
「気にしなくていいさ」
「……よろしいんですか」
おずおずと、こちらを窺うように見上げてくるが、特に何かあったわけでもなし。
それに、大概こういう組織から渡されるアイテムに何か仕掛けがあるってのは相場だ。
ちらりと左手首のブレスレットへ目を落とし、俺は肩をすくめた。
「ああ。本当に気にしなくていい。それより、こうして合流したわけだけど、この後はどうするんだ? 帰るのか?」
目的としては俺の護衛、というところだと思うが、俺としてはただの休暇と“暇つぶし”みたいなものだ。アルフを巻き込むのも申し訳ない。
ちょうどそこで飲み物が運ばれてきた。
厚手のグラスに入ったアイスコーヒーへミルクを落とすと、黒い液体の中へ白がゆっくり沈んでいく。
向かいのアルフはアイスティーへ手を伸ばさず、そのままこちらを見ていた。
「……ご厚意に感謝します。そうですね、出来ればこのままご一緒させていただけると幸いです」
ふむ、付いてくる、か。
俺としては特に問題ないが、一応、雨宮にも改めて話を通しておいた方がいいだろう。
「こっちは構わない。……雨宮さんには報告するけど、どうする?」
そう水を向けると、アルフは少し驚いたような顔をしたあと、すぐに頷いた。
「ありがとうございます。では、一度私の方からお嬢様へ連絡を入れます」
端末を取り出し、こちらを少し気にするような素振りを見せながら通話を繋ぐ。
雨宮はすぐに出たらしい。
「お嬢様。……はい。……はい、申し訳ございません。……はい、このままご同行しようかと」
通話の内容をじっと聞いているのも、なんとなくばつが悪い。
汗をかき始めたグラスを持ち上げ、少し溶けてきた氷をストローでかき混ぜてから一口飲む。
冷えたコーヒーが、すっと喉を通った。
うん。
なかなか旨いな。
「はい。では、報告については後ほど。失礼いたします」
通話を終えたアルフが端末をしまい、改めてこちらへ向き直る。
「お待たせしました。お嬢様から、正式に以降は恒一さんへ同行するよう指示を受けました。よろしくお願いいたします」
「了解」
おっと、そういえば雨宮から黒崎組のアレコレは聞いているんだろうか。
尋ねてみると、どうやらアルフの方はアルフの方で、昨日の時点で情報は共有されていたらしい。
まあそれもそうか。
「さて、それじゃあアルフも合流したことだし、ちょっと向こうさんの端末をみてもらおうかな」
俺一人だったらこのまま《龍宮》とやらに向かっていたが、アルフがいるなら話は別だ。
昨日手に入れた端末、俺はそれほど情報を抜けなかったが、何かわかるかもしれない。
* * *
喫茶店を出た後、そのまま俺の泊まっているホテルへ戻った。
部屋の小さな机へ、旧日栄水産から持ち帰ったスマートフォンを並べる。
「この二台だ。連中がやり取りしていたチャットくらいは分かるが、詳しいことはなんとも」
「お預かりします」
アルフは自分の端末と接続し、内部データを吸い出し始めた。
俺がメッセージを一つずつ確認していたのとは、やはり効率が違う。消去された履歴まで拾い上げながら、画像や位置情報、連絡先をまとめて分類し、中国語の文章には自動で翻訳が付き、意味の分からなかった固有名詞も次々と整理されていく。
「《龍宮》という名前ですが」
しばらくして、アルフが画面をこちらへ向ける。
「やはり場所、もしくは施設を指している可能性が高いです」
表示された地図は、昨日俺が確認した位置と一致していた。
海沿いの古い温泉街、その外れ。
「元は大型の温泉ホテルですね。十年以上前に営業を終了していますが、現在は別会社が建物を取得しています」
「営業してないのか?」
「少なくとも、一般客向けには」
画面に出された過去の写真を見ると、海を見下ろす高台に建つ、かなり大きなホテルだった。
昭和の終わり頃に建てられたものらしく、十階ほどある白い建物に、大浴場や宴会場、庭園まで備えていたようだ。
「改装の記録がありますね。ただし、現在の用途はほとんど公開されていません」
「怪しいな」
「かなり」
アルフが別のファイルを開く。
そこには予定表らしいデータが残っており、日付や時刻、人数の横に、《地下》《興行》という単語が並んでいた。
「興行?」
「内容までは分かりません。ただ、通常のホテルで使う表現ではありませんね」
さらに削除されていた画像の一部を復元すると、薄暗い空間に客席らしき段差が見えた。その中央には照明の当たる四角い場所があり、かなり荒い画像ではあるものの、どう見てもリングのように見える。
「……地下で何かやってるのか?」
「可能性は高いかと」
そのまま別のデータを辿っていくと、黒崎組が所有する海沿いの土地へと繋がった。
地図を重ねてみれば、《龍宮》のあるホテルにほとんど面している。
さらに同じ名前が何度も現れていた。
《華辰国際集団》。
「これ、会社名か?」
「はい。中国系の企業グループですね。不動産、物流、観光、投資を幅広く扱っています。国外にも多数の関連会社がありますね」
「フム」
「表向きは、ですが」
まあそうだよな。
「裏向きは?」
「現在確認できる範囲でも、不審な資金移動や、複数の非公式組織との接触記録があります。ですが、ウチとは取引記録はありませんね。依頼人としても、対象としても」
画面には海外を経由した通信履歴も並んでいた。
中国本土だけではなく、香港、シンガポール、さらに欧州まで。
「《龍宮》と、この会社が繋がってる?」
「可能性は高いですが、現時点では推測です」
「なるほど。その連中が、黒崎組の土地を狙っている、と」
「そちらは、かなり確度が高いかと」
俺は窓の外へ目を向ける。
海側の方角には、昨日から消えずに残っているマーカー。
「よし」
椅子から立つ。
「潜入するか」
「え?」
アルフが、珍しく分かりやすい顔で固まった。