【11月6日 夕方】
千葉駅前に到着した八幡の目に飛び込んできたのは、日常の風景が暴力的に破壊されていく様だった。
「……なんだ、これ」
小町がいるはずの大型商業施設――〇〇モールの周辺だけが、異様な暗闇に包まれていた。
まだ夕刻だというのに、モールの照明はすべて落ち、周辺の信号機すらも機能していない。大規模な停電。それだけでなく、スマホの電波表示は完全に「圏外」を示していた。
「キャアアアアッ!」
「押すな! 誰か倒れてるぞ!」
「逃げろ! 中で人が暴れてる!!」
モールの入り口から、雪崩を打って人々が逃げ出してくる。
誰もがパニックに陥り、我先にと外へ飛び出してくる。転倒した人間が踏みつけられ、怒号と悲鳴が入り乱れる。ただの停電じゃない。誰かが突然錯乱して暴れ出し、意味不明な奇声を上げている者もいる。
局地的な、しかし決定的な異常。
まるで、このモールの周辺だけが、世界から切り離された別の『狩り場』に作り替えられてしまったかのような、どす黒い呪力の名残。
「小町……ッ!!」
八幡は、逃げ惑う人々の波に逆らい、暗闇に沈むモールの中へと一人、全速力で駆け込んだ。
モールの1階、吹き抜けの中央広場。
外のパニックが嘘のように、その一角だけが、真空地帯のように不自然に静まり返っていた。
床には何人もの一般人が、白目を剥いて泡を吹き、昏倒している。
その惨状の中心。ベンチから崩れ落ちるようにして、小町が床にへたり込んでいた。
呼吸はひどく浅く、恐怖で声も出せず、ただガタガタと震えている。身体の奥深くに巣食う呪印のせいで、指一本動かすことすらできない。
そして、小町を見下ろしている「男」がいた。
仕立ての良いスリーピースのスーツを着た、20代後半から30代前半に見える、ひどく整った顔立ちの男。
男――美甘井燈二(みかいとうじ)は、周囲の阿鼻叫喚などまったく目に入っていない様子で、うっとりと、ただひたすらに小町の「顔」を見つめていた。
「ああ……いい顔ですね」
丁寧で、柔らかく、それでいて這いずるような底冷えのする声。
「やはり苦痛は、若い顔をいっそう際立たせる。素晴らしい。実に美しい」
燈二の視線は、人間を見るものではなかった。ショーケースに並んだ極上の美術品を、あるいは、新鮮な生肉の赤身を品定めするような、純粋で醜悪な鑑賞の目だった。
「ひっ……ぁ……」
「まだ完全に壊れきっていない。恐怖に濁り切る前の、必死に生きようと足掻く命の色がある。……私は、その目がとても好きですよ」
燈二が、愛おしむように小町の頬に手を伸ばそうとした、その瞬間。
「……どけッ!!」
八幡が、死に物狂いの形相で人混みを蹴散らし、燈二と小町の間に割って入った。
小町を背中で庇うように立ち塞がり、目の前の狂人を睨みつける。
「お兄……ちゃん……」
「妹から離れろ。てめえ、何モンだ」
だが、美甘井燈二は、現れた八幡に対して微塵の興味も示さなかった。ただ、鑑賞の邪魔をする不快な羽虫でも見るように、虚ろな目で一度だけ八幡を見た。