【11月6日 夜】
自分の信奉者たちが一瞬にして皆殺しにされたというのに、燈二に焦りや怒りの色は微塵もなかった。
彼は血の海で痙攣し、意識を失いかけている八幡を見下ろし、口角を上げて小さく笑みをこぼした。
「……殺すには惜しい。いい兄ですね。あなたが絶望で完全に壊れていく顔が、楽しみになってきた」
燈二は踵を返す。
彼が逃げるわけではない。ただ、今日はもう十分に「味わった」から帰るのだ。圧倒的な強者の余裕だった。
「妹さんの顔も、また見に行きます。追うなら愛知へどうぞ」
立ち去る背中越しに、底冷えのする声が広場に響く。
「もっとも、その子が持てば、の話ですが」
燈二の気配が、パニックの喧騒と暗闇の中に、水に溶けるようにして完全に消えていった。
「……こ、まち……!」
八幡は、朦朧とする意識と、全身の骨が軋む激痛に耐えながら、血まみれの身体を引きずるようにして、小町の元へ這い寄った。
小町は仰向けのまま、虫の息で、浅く短い呼吸を繰り返している。口の端からは血が溢れ続け、全身を這い回る真っ黒な呪印が、彼女の命を文字通り削り取っていた。
『どうして!小町なんだ!……』
抱き起こした妹の身体は、信じられないほど軽かった。
腕は枯れ枝のように細く、体温は氷のように冷たい。もう、健康な女子高生の身体ではなかった。
「……お、兄……ちゃん……」
「喋るな。大丈夫だ、すぐ救急車を……」
「寒い……」
小町の焦点の合わない目が、虚空を彷徨い、やがて八幡の血まみれの顔を微かに捉えた。
「……ごめん、ね……お兄ちゃん……」
「謝んな。謝るな、小町!」
八幡は、小町の冷え切った手を、自分の血まみれの両手で強く握りしめた。
俺は結局、一番大切な妹を、目の前で理不尽に壊されるのを止めることができなかった。
「絶対……絶対に、なんとかするからな……!」
血塗れの広場で、八幡の悲痛な叫びだけが虚しく響き渡る。
『あの男、絶対に殺してやる!……』
八幡自身気づいていなかったが、八幡の術式『傷在転嫁』はデフォルトで反転術式が備わっているが、八幡本人が強弱を調整することはできない。怪我が大きいほど治癒力は強くはなるが、絶対に『完治』まではしないし、他人に対して反転術式を行使することはできない。
この術式は八幡を死ぬに死ねなくして、苦しみを長くする。
遠くから近づいてくる救急車の無機質なサイレンの音は、絶望の淵に取り残された今の八幡にとって、何の救いにも聞こえなかった。