【11月6日 夜】
由比ヶ浜結衣は、自室のベッドの上に体育座りをしたまま、スマホの画面を何度もオンにしてはオフにする作業を繰り返していた。
胸の奥で、冷たい泥水のような嫌な予感がずっと渦巻いている。
さきほど、八幡に送ったメッセージ。
『小町ちゃんを守ってね。今、小町ちゃんを本当の意味で守れるのは、きっとヒッキーだけだと思うから』
既読はついた。だが、返信はない。
普段なら「過大評価しすぎだ」とか「兄貴の義務だからな」とか、ひねくれた返事がすぐに来るはずなのに。
それに、テレビのニュースやSNSのタイムラインに次々と流れてくる「千葉駅前の商業施設でのパニック」という不穏なニュースが、結衣の不安をさらに煽っていた。小町たちとよく一緒に遊びに行った場所だ。
「……お願い、出て」
結衣はたまらず、八幡の連絡先をタップして通話ボタンを押した。
プルルル、という無機質な呼び出し音が、やけに長く、不吉に響く。十回、二十回。
「……なんで出ないの!?…まさか……」
不安で心が押しつぶされ諦めかけたその時、不意にガチャリと通話が繋がった。
「ヒッキー!?今どこに…」
『――……千葉市消防局の救急隊員です』
電話口から聞こえてきたのは、無線のノイズ混じりの、全く聞き覚えのない野太い大人の男の声だった。
結衣の頭の中が、一瞬で真っ白になる。
「え……救急隊員?あの、ヒッキー……比企谷くんは? この携帯の持ち主は――」
『関係者の方ですか。この端末の持ち主である若い男性と、同行者と思われる女性が現在、救急搬送されています』
ドクン、と心臓が跳ね上がった。呼吸の仕方を忘れたように、喉がヒューヒューと鳴る。
「同行者の、女性って……」
『現場から同時に搬送されました。現在、〇〇総合病院へ移送済みです』
「女性って……小町ちゃん、ですか……!?」
『申し訳ありませんが、お電話ではこれ以上の詳細はお伝えできません。ご家族の方へ連絡を取っていただけますか』
結衣の問いかけには直接答えず、救急隊員は事務的にそう告げて、一方的に通話を切った。
ツーツー、という電子音が、静かな部屋に空しく響き渡る。
「ヒッキー……小町ちゃん……」
結衣の直感は、最悪の形で当たってしまった。
震える手でスマホを握りしめ、結衣はもう傍観者ではいられないことを悟った。連絡先をスクロールし、最も頼りになる、理知的な友人の名前をタップする。
呼び出し音が、結衣の震える心臓の音と同調するように鳴り響いた。