【11月6日 夜】
病院の救急フロアは、野戦病院さながらの凄惨な有様だった。
「……なに、これ」
結衣が、口元を両手で覆って絶句する。
ストレッチャーで運ばれていく負傷者たちは、ただの転倒や打撲による怪我ではなかった。不自然にねじ曲がった四肢。何か巨大な獣にでも引き裂かれたような異常な裂傷。
あまりにも理不尽な暴力の痕跡と、混乱の余波。
雪乃は、その光景を前に言葉を失っていた。
これは災害ではない。偶然起きた不運な事故でもない。誰かの底知れぬ悪意と、現代科学では説明不能な『何か』が混ざり合った、純粋な異常だ。
ふと、雪乃の脳裏に、ラウンジで姉が放った言葉がフラッシュバックする。
『綺麗事や道徳で守れるほど、これからの社会は優しくないわよ』
『あの異常に対応できる力を持った人間を抱えた組織が優位に立つ』
雪乃は強い不快感を覚えた。だが同時に、目の前に広がる血と悲鳴の現実を前にして、陽乃の冷酷な言葉の「現実味」を認めざるを得ない自分がいることに、さらに絶望した。
その時、自動ドアが開き、血だらけの手術着を着た医師が早足でフロアに出てきた。
「あ、あの! すみません!」
雪乃は医師の前に進み出た。
「比企谷八幡くんと、比企谷小町さんの状況を教えてください。先ほど、商業施設からこちらに搬送されたはずです」
「……どちら様ですか?」
「友人です。同じ高校の出身で、ご家族への緊急連絡先に近い立場でもあります」
雪乃は毅然とした態度で、理路整然と身分を明かした。
だが、疲労困憊した医師の顔に浮かんだのは、事務的な拒絶だった。
「お気持ちは分かりますが、ご親族の方でないと詳しい説明は一切できません。個人情報の観点からも、ご家族が来られてからになります」
「でも! 今どんな状態かだけでも……命に別状はないのかだけでも教えてください!」
結衣が涙声で食い下がるが、医師は首を横に振った。
「申し訳ありませんが、ルールですので」
医師はそれだけ言うと、そそくさとナースステーションの方へ歩き去ってしまった。
雪乃はギリッと奥歯を噛み締めた。
正しいことを言っている。友人を心配する真っ当な理由もある。だが、この「社会のシステム(病院のルール)」の前では、ただの友人という立場は何の力も持たない。
「守りたい」と心から願っても、それを実行するための「立場」がない。その絶対的な無力感が、雪乃と結衣を容赦なく打ちのめした。
二人が打ちのめされていると、後方にある自動ドアが開いた。