比企谷八幡は呪いへ堕ちる。   作:NewSankin

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【4-4】陽乃の通し方

【11月6日 夜】

 

「あら、雪乃ちゃんにガハマちゃん。こんなところで奇遇ね」

 

不意に背後からかけられた声に、二人はビクッと肩を揺らした。

振り返ると、完璧なメイクと上質なコートに身を包んだ雪ノ下陽乃が、ハイヒールの音を響かせて立っていた。

 

「姉さん……どうして、ここに」

 

「ちょっとね。お仕事のトラブル確認よ」

 

陽乃は雪乃たちを値踏みするように一瞥すると、すぐに先ほどの医師の方へとツカツカと歩いて行った。

雪乃と結衣は、反射的に近くの柱の陰に身を隠し、その様子を息を潜めて見守った。

 

「すみません、先生」

 

陽乃は、先ほど雪乃たちを冷たくあしらった医師に対し、ひどく上品で、切羽詰まったような「完璧な演技」の声音で話しかけた。

 

「現場付近のモール内に、うちの系列店舗があるんです。若いスタッフが多くて……もしかしたら、このパニックに巻き込まれている従業員がいるかもしれません。労災やご家族への対応のためにも、顔と名前の確認だけでもさせていただけませんか?」

 

「あ、ええと……店舗の責任者の方ですか? しかし……」

 

医師がためらうのを見て、陽乃は名刺をすっと差し出しながら、さらに一歩踏み込んだ。

 

「ご心配には及びません。身元が確認でき次第、すぐにこちらからご家族に連絡を回します。病院側の負担も減るはずです。どうか、お願いします」

 

「……そういうことでしたら、お顔の確認だけなら」

 

あっさりと、本当にあっさりと、陽乃の要求は通った。

柱の陰で聞いていた雪乃は、その圧倒的な「手際」に戦慄した。陽乃はルールを真正面から破ることはしない。ルールの隙間を突き、相手に「メリット」を提示することで、自分の要求を正当化して通してしまうのだ。

 

案内された処置室のベッドには、数名の負傷者が横たわっていた。

陽乃は冷徹な目で一人一人の顔を確認していく。自分の店舗の従業員など、一人もいない。

 

だが、部屋の奥の簡易ベッドに寝かされている『血だらけの青年』を見た瞬間、陽乃の口角が微かに上がった。

 

(なるほどねぇ…)

 

「あ……先生。この子、うちのスタッフです」

 

陽乃は悲痛な顔を作りながら、即座に八幡を指差した。

 

「本当ですか? ええと、お名前は?」

 

「名前は比企谷八幡くん。最近入った子で、大学生なんですけど……普段は〇〇店の方で手伝ってもらっていて」

 

「ご年齢と、生年月日までは分かりますか?」

 

「ええ、履歴書と学生証のコピーを預かったことがあるので、すぐに本社に確認させますわ」

 

(ふぅーん、この医者なにか隠してる)

 

陽乃は淀みなく、八幡に関する「知っている最低限の事実」を並べ立てた。完全な嘘ではない。顔見知りだからこそ知っている個人情報が、彼女の嘘に完璧な真実味を持たせた。

 

「そうですか……では、至急ご家族へのご連絡をお願いできますか」

 

医師はすっかり信じ込み、安堵したように息を吐いた。

だが、陽乃は引き下がらない。逆に、ここからが本番だとばかりに、医師の懐に鋭く踏み込んだ。

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