比企谷八幡は呪いへ堕ちる。   作:NewSankin

22 / 55
【4-5】異常の側

【11月6日 夜】

 

「ええ、連絡はすぐに。……でも先生」

 

陽乃は声を一段低くし、探るような目で医師の顔を覗き込んだ。

 

「それにしては、先生の顔が妙に引きつってますよね。彼のこと、何か隠してません?」

 

「え? い、いや、隠すだなんて……」

 

「普通の暴力事件の被害者なら、そこまで言い淀まないでしょう。彼に何があったんですか?」

 

陽乃の氷のような眼差しに射抜かれ、医師は観念したように周囲を見回し、声を潜めた。

 

「……信じられないかもしれませんが。彼、搬送時はもっと、信じられないほどひどい状態だったんです」

 

「ひどい状態?」

 

「ええ。顎の骨折、肋骨の複雑骨折、多臓器損傷に頸部裂傷。普通の人間なら三度は死んでるダメージだ。それが……なぜか、今彼は息をしている」

 

「それが?」

 

「それが……到着して処置を始めようとしたら、あり得ない速度で回復していて……。いえ、回復というより、傷が『塞がって』いたんです。今は軽い骨折と打撲程度まで改善しています。本当なら、大学病院の専門チームを呼んで詳しく調べたいくらいです……」

 

医師の言葉を聞いた瞬間、陽乃の背筋にゾクッとした歓喜の電流が走った。

間違いない。この少年は、あちら側(異常の側)の力に触れ、何らかの覚醒を果たしている。

 

陽乃はここで、比企谷八幡という存在の「本当の利用価値」を見抜いた。

 

「……そうでしたか。ご苦労様です、先生。それで……彼と一緒に搬送されたはずの『女の子』は、どこに?」

 

陽乃が案内されたのは、フロアの奥にある重症患者用の厳重管理治療室(ICU)だった。

ガラス越しに見るその光景に、陽乃でさえも一瞬息を呑んだ。

 

ベッドの上に横たわる小町は、もはや生きた人間の姿ではなかった。

人工呼吸器に繋がれ、無数の管が身体中に突き刺さっている。そして何より異様なのは、彼女の白い肌を侵食し、脈打つように這い回っている『黒い血管のような呪印』と、ミイラのように衰弱しきった四肢だった。

 

「こちらの方は、状態がさらに厳しく……」

 

傍らに立つ医師が、苦渋の表情で口を開いた。

 

「搬送時から、原因不明の異常な衰弱と細胞の壊死が進行していて……。現代の医療技術では、原因すら特定できません。今は強い薬でなんとか心肺機能を安定化させて、命を繋いでいるだけの状態です。正直……今夜持つかどうか」

 

小町には、もう時間がない。

陽乃はガラス窓から目を離し、静かに結論を出した。

 

「……やっぱり、無駄じゃなかったわね」

 

先ほど電話をかけた女医。彼女を呼んだ自分の判断は、完璧に正しかった。

これで、比企谷八幡という最高の駒を意のままに操るための、絶対的な「主導権(リード)」を握る準備が整ったのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。