【11月6日 深夜】
「……っ」
八幡は、全身を鈍器で殴られ続けているような重い痛みに呻きながら、簡易ベッドの上で目を覚ました。
ひどく眩しい蛍光灯の光。消毒液の匂い。遠くで聞こえる心電図の電子音。
ここが病院であることはすぐに理解できた。
「お目覚めかしら、比企谷くん」
横を見ると、パイプ椅子に脚を組んで優雅に座る雪ノ下陽乃が、面白そうにこちらを見下ろしていた。
「……なんで、あなたがここに」
「たまたま通りかかった親切なお姉さんが、身元引受人になってあげたのよ。感謝してほしいわね」
「小町は……! 妹はどうなった!?」
八幡は激痛に顔を歪めながら、無理やり上体を起こした。頭が割れるように痛いが、そんなことはどうでもよかった。
「小町ちゃんは……生きてるわ」
陽乃は珍しく真面目なトーンで答えた。
「でも、“大丈夫”とはとても言えないわね。今はICUで、なんとか命だけを繋いでる状態よ。原因不明の異常な衰弱。普通の医者はお手上げみたい」
その言葉は、八幡の心を絶望の底へ突き落とすには十分すぎた。
俺が覚醒した意味なんて、何一つなかった。あいつを助けられなかったのなら、俺が生き残ったことになんの価値がある。
「……助かるのか」
八幡は、縋るような、血を吐くような声で陽乃を見た。
「あのままじゃ死ぬわ。確実にね」
「……ッ」
「でも……『治せるかもしれない専門家』なら、私、一人だけ知ってるの」
陽乃の口元に、悪魔的な笑みが浮かんだ。
「紹介してくれ」
八幡は即答した。迷いなど一切なかった。
「ふふっ、話が早くて好きよ。でも、当然だけど……ただでは紹介できないわ」
陽乃は立ち上がり、八幡のベッドに顔を近づけた。冷たい香水の匂いが鼻をつく。
「条件があるの。……今後、私のもとで働きなさい」
「……」
「私の指示には絶対に従うこと。絶対に裏切らないこと。逃げられると思わないこと。……つまり、私に一生『首輪』をつけられるのを許してくれるなら、その専門家を紹介してあげるわ」
それは、悪魔との契約だった。
陽乃は八幡を善意で助ける気など毛頭ない。八幡が手に入れた『異常な力』を、自分の手駒として完全に支配し、管理するための取引。
だが、八幡にとってそんなことはどうでもよかった。
「……それで、小町が助かるなら」
八幡は、虚ろな、だが決して折れない意志を宿した目で陽乃を見据えた。
「首輪だろうがなんだろうが、好きにすればいい。なんでも言うこと聞いてやる。だから、早くその専門家を紹介してくれ」
「……いい覚悟ね。契約成立よ」
陽乃は満足げに微笑み、「じゃあ、行きましょうか」と踵を返した。
八幡は軋む身体に鞭を打ち、点滴の針を引き抜いてベッドから立ち上がった。