【11月7日 昼前】
数日。
その絶対的なタイムリミットを突きつけられ、八幡の呼吸が荒くなる。
「……あいつ、言ってた。去り際に」
「何を?」
「『追うなら愛知へどうぞ』って。あれは、何なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、家入の表情が微かに険しくなった。
「……愛知コロニーだろうね」
「愛知コロニー? なんだよそれ。テーマパークか何かの名前か?」
「死滅回遊(しめつかいゆう)って、聞いたことは?」
「あるわけないだろ。こっちはつい昨日まで、ただの一般の大学生だったんだぞ」
八幡が苛立ち紛れに吐き捨てると、家入は煙草を指先で弄りながら、重い口を開いた。
「今の日本には、呪術によって巨大な結界で区切られた『危険区域』が十カ所存在している。その結界の中では、過去から蘇った術師や、現代で力に目覚めた人間たちが……ルールに乗っ取って殺し合いをしている」
「……は?」
「それが死滅回遊だ。愛知も、その結界(コロニー)の一つ。美甘井燈二がそこを拠点にしている可能性は極めて高い」
殺し合い。結界。
あまりにも現実離れした単語の羅列に、八幡の思考がフリーズしかける。だが、隣で聞いていた陽乃は、まるでビジネスのスキームでも聞くように、目を輝かせて身を乗り出した。
「ふうん、面白そうね。その“コロニー”って、出入りは自由なの?」
「結界に入るのは自由だ。だが、一度入れば『泳者(プレイヤー)』として認定され、基本的には外には出られない」
「なるほど。じゃあ、今の呪術側……あちら側の世界は、誰が管理して動かしてるの? 警察? それとも政府の裏組織?」
「……ずいぶん聞くね、雪ノ下陽乃」
家入は、陽乃の矢継ぎ早な質問を冷たい目で遮った。
「知りたいのは、この子たちを助ける方法だけじゃないだろ。あんたの目は、利用できるシステムを探すハイエナの目だ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。私はただ、比企谷くんがそこへ入ったら、どのくらい生き残れるのか、リスクアセスメントをしてるだけよ?」
「……必要なことは話す。でも、あんたに全部は教えない」
家入は陽乃を完全に「厄介な敵」として認識し、警戒レベルを引き上げた。
八幡は感情で動くから危うい。だが、陽乃は理性で動き、システムの脆弱性を理解した上で自分の利益のために利用するから、より危険なのだ。
「……コロニーに入れば、出られない。殺し合いのルール。そこに、あいつがいる」
八幡は、家入と陽乃の牽制劇など意に介さず、ただ自分の思考の海に沈んでいた。
「……なおさら、行くしかねえじゃねえか」