【11月7日 昼前】
「やめとけ。行くのは自殺と同じだ」
八幡の呟きを拾い上げ、家入は明確な拒絶の意志を示した。
「悪いことは言わない。君たちはここで待っていてほしい。こっちで動く」
「待つ? 小町はあと数日しか持たねえんだろ!」
「私の仲間が、今各地のコロニーの平定に動いている。その中に、とびきり強くてイカれた奴らもいる。そいつらに美甘井燈二の討伐を最優先で回すよう、私が手配する」
家入は、大人の責任として、真っ当な正論を八幡にぶつけた。
「呪術のルールも、戦い方もろくに知らない君を死滅回遊に入れるのは、丸腰で戦場に放り込むのと同じだ。死にに行くようなもんだ」
「……他人に任せて、待ってる間に小町が死んだらどうするんだよ」
「任せろ、じゃない。生き残るための、一番確率の高い順序の話をしてるんだ」
家入の言うことは、100パーセント正しい。
専門家に任せるのが一番安全で、確実だ。一般人がしゃしゃり出る幕じゃない。
だが。
「……ッ」
八幡は黙り込んだ。
しかし、その沈黙は「従う」という意味の沈黙ではなかった。拳を握り締め、床を睨みつける八幡の目には、理屈や正論をすべて焼き尽くすような、どす黒い炎が宿っていた。
「……それに、お前自身の身体も、普通じゃないだろ」
家入は話題を変え、八幡の血まみれの服の下、ボロボロになった肉体に視線を向けた。
「搬送時のカルテを見た。顎骨の粉砕、肋骨の複雑骨折、多臓器損傷に頸部裂傷。普通の人間なら三度は死んでるダメージだ。それが……なぜ、今お前は立って息をしてる?」
「……知らねえよ。ただ、俺が受けたはずの傷と痛みが、そっくりそのままあいつらに『返った』んだ」
「やはりな。自分の傷やダメージを対象に転写する術式か。極めて珍しく、そして悪辣な性質だ」
家入は、八幡の身体に触れることなく、その異常性を正確に見抜いた。
「さらに、お前の肉体には微弱だが『反転術式』に似た自己修復の呪力が回っている。だから致命傷を受けても、首の皮一枚で死なずに済んでるんだ」
「……反転術式?」
「呪力で肉体を治癒する力だ。だが、お前のそれは『回復』じゃない。治癒の速度がダメージに追いついてない。ただ致命傷を先送りにして、死にきれないまま戦い続けるための……最悪の泥仕合を強制する性質だ」
その説明を聞いて、陽乃の目が再び妖しく光った。
「へえ……それは面白いわね。ねえ硝子ちゃん、その術式、再現性はあるの? 比企谷くんは今、どのくらいの戦力になるのかしら」
「……おい」
「強いの? それとも、使い物になる前に壊れちゃう欠陥品? 放っておいたら、どこまで伸びると思う?」
完全に、人間を「兵器」や「運用可能な駒」として評価する質問の数々。
家入は露骨に嫌な顔をした。
「……今は未熟だ。安定性も低い。でも、条件が噛み合えば、格上すら道連れにできる最高に厄介な地雷になる。伸びるかもしれないし、その前に自滅して壊れるかもしれない。……あんた、完全に運用前提で聞いてるね」
「当然でしょ? 投資する価値があるかどうかの見極めは、パトロンの義務だもの」
陽乃は悪びれもせずに笑う。
「……望んで手に入れた能力じゃねぇよ」
八幡は自嘲気味に吐き捨てた。
自分が傷つくことでしか機能しない、ひどく醜くて、痛々しい力。俺の捻じ曲がった生き方を、そのまま具現化したような泥臭い力。
だが、今の俺には、この呪われた力しか、あいつをぶっ殺す手段がないという現実を否定しきれなかった。
「……雪ノ下陽乃。必要以上のことは教えない。お前はこれ以上、深入りするな」
家入は陽乃を鋭く睨みつけ、短く釘を刺した。
だが、陽乃はその警告を、心地よいBGMでも聞くように軽く聞き流していた。