比企谷八幡は呪いへ堕ちる。   作:NewSankin

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【5-4】待っていてほしい

【11月7日 昼前】

 

「やめとけ。行くのは自殺と同じだ」

 

八幡の呟きを拾い上げ、家入は明確な拒絶の意志を示した。

 

「悪いことは言わない。君たちはここで待っていてほしい。こっちで動く」

 

「待つ? 小町はあと数日しか持たねえんだろ!」

 

「私の仲間が、今各地のコロニーの平定に動いている。その中に、とびきり強くてイカれた奴らもいる。そいつらに美甘井燈二の討伐を最優先で回すよう、私が手配する」

 

家入は、大人の責任として、真っ当な正論を八幡にぶつけた。

 

「呪術のルールも、戦い方もろくに知らない君を死滅回遊に入れるのは、丸腰で戦場に放り込むのと同じだ。死にに行くようなもんだ」

 

「……他人に任せて、待ってる間に小町が死んだらどうするんだよ」

 

「任せろ、じゃない。生き残るための、一番確率の高い順序の話をしてるんだ」

 

家入の言うことは、100パーセント正しい。

専門家に任せるのが一番安全で、確実だ。一般人がしゃしゃり出る幕じゃない。

だが。

 

「……ッ」

 

八幡は黙り込んだ。

しかし、その沈黙は「従う」という意味の沈黙ではなかった。拳を握り締め、床を睨みつける八幡の目には、理屈や正論をすべて焼き尽くすような、どす黒い炎が宿っていた。

 

「……それに、お前自身の身体も、普通じゃないだろ」

 

家入は話題を変え、八幡の血まみれの服の下、ボロボロになった肉体に視線を向けた。

 

「搬送時のカルテを見た。顎骨の粉砕、肋骨の複雑骨折、多臓器損傷に頸部裂傷。普通の人間なら三度は死んでるダメージだ。それが……なぜ、今お前は立って息をしてる?」

 

「……知らねえよ。ただ、俺が受けたはずの傷と痛みが、そっくりそのままあいつらに『返った』んだ」

 

「やはりな。自分の傷やダメージを対象に転写する術式か。極めて珍しく、そして悪辣な性質だ」

 

家入は、八幡の身体に触れることなく、その異常性を正確に見抜いた。

 

「さらに、お前の肉体には微弱だが『反転術式』に似た自己修復の呪力が回っている。だから致命傷を受けても、首の皮一枚で死なずに済んでるんだ」

 

「……反転術式?」

 

「呪力で肉体を治癒する力だ。だが、お前のそれは『回復』じゃない。治癒の速度がダメージに追いついてない。ただ致命傷を先送りにして、死にきれないまま戦い続けるための……最悪の泥仕合を強制する性質だ」

 

その説明を聞いて、陽乃の目が再び妖しく光った。

 

「へえ……それは面白いわね。ねえ硝子ちゃん、その術式、再現性はあるの? 比企谷くんは今、どのくらいの戦力になるのかしら」

 

「……おい」

 

「強いの? それとも、使い物になる前に壊れちゃう欠陥品? 放っておいたら、どこまで伸びると思う?」

 

完全に、人間を「兵器」や「運用可能な駒」として評価する質問の数々。

家入は露骨に嫌な顔をした。

 

「……今は未熟だ。安定性も低い。でも、条件が噛み合えば、格上すら道連れにできる最高に厄介な地雷になる。伸びるかもしれないし、その前に自滅して壊れるかもしれない。……あんた、完全に運用前提で聞いてるね」

 

「当然でしょ? 投資する価値があるかどうかの見極めは、パトロンの義務だもの」

 

陽乃は悪びれもせずに笑う。

 

「……望んで手に入れた能力じゃねぇよ」

 

八幡は自嘲気味に吐き捨てた。

自分が傷つくことでしか機能しない、ひどく醜くて、痛々しい力。俺の捻じ曲がった生き方を、そのまま具現化したような泥臭い力。

だが、今の俺には、この呪われた力しか、あいつをぶっ殺す手段がないという現実を否定しきれなかった。

 

「……雪ノ下陽乃。必要以上のことは教えない。お前はこれ以上、深入りするな」

 

家入は陽乃を鋭く睨みつけ、短く釘を刺した。

だが、陽乃はその警告を、心地よいBGMでも聞くように軽く聞き流していた。

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