比企谷八幡は呪いへ堕ちる。   作:NewSankin

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【7-3】最初の戦い

【11月8日 昼】

 

転送の吐き気を堪え、八幡が目を開けると、そこは完全に崩壊した商店街のど真ん中だった。

シャッターはひしゃげ、ひっくり返った軽トラックが炎上して黒煙を上げている。先ほどの外縁部とは違う、濃厚な死と血の匂いが充満していた。

 

「おっ? 新入りか?」

 

着地した瞬間、背後からひどくしゃがれた声がした。

振り返るよりも早く、強烈な殺気が八幡の首筋を撫でる。

 

「今このタイミングで入ってくるとか、運が悪いな。大人しく、俺の『点』になってくれや」

 

瓦礫の陰から姿を現したのは、全身に返り血を浴び、両手に血濡れたナタを持った大柄な男だった。

死滅回游の泳者か、呪詛師の配下か。相手のレベルは分からない。ただ一つ確かなのは、この男は明確な殺意を持って、俺の命を奪いに来ているという事実だ。

 

交渉の余地などない。八幡はジャケットの内側から、陽乃に渡されたタクティカルナイフを引き抜いた。

 

「死ねェッ!」

 

男が咆哮と共に跳躍し、凄まじい速度でナタを振り下ろしてくる。

一般人の反射神経では到底躱せない一撃。だが、八幡は仮拠点で掴んだ『感覚』を即座に引きずり出した。

 

(流せ……!)

 

丹田で渦巻く呪力を、無理やり両足と右腕に送り込む。

ドシュッ! という空気の破裂音と共に、八幡の身体が信じられない速度で横にスライドした。

 

「なんだ、そのキモい動き……?」

 

男が驚愕に目を見開く。

だが、八幡の呪力コントロールはまだ粗削りすぎる。完全には躱しきれず、ナタの切っ先が八幡の左肩を浅く切り裂いた。防刃ジャケットごと肉が斬られ、鮮血が舞う。

 

「ガッ……!」

 

痛い。だが、この痛みこそが、俺のトリガーだ。

 

(……返れ)

 

八幡が対象を明確に認識し、ドス黒い呪力を波打たせた瞬間。

 

「ア、ギャァッ!?」

 

ナタを振り抜いたはずの男の左肩が、突如として内側から弾け飛び、肉が裂けた。

八幡が受けた傷が、そっくりそのまま男に転写されたのだ。

 

「邪魔だ」

 

男が自身の突然の激痛に体勢を崩した、その一瞬の隙。

八幡は呪力で強化した脚力で一気に距離を詰め、タクティカルナイフを男の心臓めがけて深々と突き立て、全体重をかけて捻り込んだ。

 

「ガッ……ァ……」

 

男の口から大量の血が溢れ、その巨体が崩れ落ちる。

 

ドサリ、と音を立てて倒れた男は、二度と動かなかった。

八幡が荒い息を吐きながらナイフを引き抜いた、その直後。

 

『ピロリンッ! 泳者の死亡を確認〜!』

 

間髪入れず、虚空に現れたコガネの無機質で場違いな電子音が、血生臭い路地に響き渡った。

 

『比企谷八幡に5得点(ポイント)追加っしょ! これで合計5点ね! おめでとー!』

 

人を一人殺して、5点。

そのあまりにもゲーム的で、命の重さを嘲笑うような狂ったシステムのアナウンスが、八幡の耳にひどくグロテスクに響いた。

 

八幡は、自分の手に握られたナイフから、べっとりと温かい血が滴り落ちるのを見つめていた。

人を、殺した。

二十年間、平和な日本で生きてきた自分にとって、それは絶対に越えてはならない一線だった。

 

(……吐くか?)

 

八幡は自分の内側を観察した。

人を殺せば、膝から崩れ落ち、恐怖と悔恨に泣き叫び、胃液をぶちまけて後悔するのだと思っていた。ドラマや映画のように。

 

だが、現実は違った。

胃袋がひっくり返るような最悪の気分と、手のひらにこびりつく血の生臭さに対する強烈な嫌悪感はある。しかし、俺の精神は崩壊しなかった。膝も震えていない。

 

(……元から、その覚悟でこの黒いドームに入ってきたんだ)

 

ガラス越しに見た小町の姿を思い出す。

あいつを救うためなら、自分がどれだけ汚れても、どれだけ最悪な気分を味わっても構わない。八幡は込み上げてくる吐き気を無理やり喉の奥に飲み込み、血濡れたナイフを強く握り直した。

 

八幡は、死体の胸ぐらを掴み、何か情報がないかと探った。

男の腕には、奇妙な刺青があった。そして、男が絶命する直前にうわ言のように呟いた言葉が、八幡の耳にこびりついていた。

 

『……先生に、見つかったら……殺される……』

『……極上の顔を、見に行くって、言ってたのに……』

 

「先生」。そして「顔を見に行く」という、ひどく気色悪い執着の言葉。

間違いない。こいつは美甘井燈二の配下だ。

 

(……近くにいる)

 

八幡は死体を瓦礫に放り捨て、血振るいをしたナイフを構え直した。

初めての殺人の感触を、どす黒い怒りが完全に塗り潰していく。美甘井燈二は、間違いなくこのコロニーのどこかにいる。

 

「……待ってろよ、クソ野郎」

 

八幡の目的が、かつてないほど鮮明に研ぎ澄まされた。

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