比企谷八幡は呪いへ堕ちる。   作:NewSankin

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【10-1】他の奴ら

【11月9日 夜】

 

愛知コロニー内部。

血の匂いが充満する非常階段の踊り場で、八幡は息絶えた配下のポケットから抜き取った、手書きの簡易な地図を広げていた。

 

スマートフォンのライト機能で、インクの滲んだその紙片を照らし出す。

美甘井燈二の正確な居場所を示すような、分かりやすい印はどこにもない。だが、奴の配下たちがウロウロしていた動線と、あの男の『そろそろ極上の顔を見に行く』という気色悪い証言を照らし合わせれば、奴が次に向かいそうな区域の「傾向」は読める。

 

(極上の顔……つまり、まだ完全に絶望しきっていない、必死に生きようと足掻いている人間の顔だ)

 

奴は、すでに死に絶えたゴーストタウンには興味がない。

まだ人が残っている可能性が高い区域。あるいは、怪我人や病人が寄り集まって、恐怖に怯えながらも希望にすがっているような場所。

 

八幡は地図を折りたたみ、再びジャケットのポケットにねじ込んだ。

即座に非常階段を駆け下り、夜の街へと移動を開始する。

 

燈二は、また「獲物」を見に行く気だ。

奴が小町の元へ再び現れ、あの呪印に触れて完全に命を吸い尽くしてしまう前に、俺が奴に辿り着かなければならない。

遅れたら、終わりだ。

 

八幡は血糊で重くなった革靴を引きずりながら、漆黒の闇に沈むコロニーの奥深くへと足を踏み入れた。

 

 

 

同じ頃。愛知コロニーの東部、高架下の河川敷跡。

この一帯を力で制圧し、自身の「縄張り」としている大柄な受肉体の術師――轟(とどろき)は、瓦礫の上に胡座をかき、夜風に乗って運ばれてくる微かな『血の匂い』を嗅ぎ取っていた。

 

轟は、コガネが告げる点数や、他泳者の名前などいちいち気にしていない。そんなものは、直接殴り合えば分かることだ。

だがここ数日、この愛知コロニーにおける『死に方』が変わったと、持ち前の鋭敏な戦場勘が告げていた。

 

「……死に様が違うな」

 

轟は低く唸った。

雑魚泳者の死体の転がり方、逃げた痕跡、空気に残留する呪力の残滓、そして戦闘の間合い。それらが、これまでこのコロニーを荒らし回っていた美甘井燈二の配下たちや、あの理屈っぽい紙屋という術師のやり方とも決定的に違うのだ。

 

「ただ力で潰されたのではない。どれもこれも……致命傷を与えきれず、己の痛みを引きずったまま、絶望して死んでおる」

 

轟の口角が、獰猛な笑みの形に歪む。

盤面に、知らん手癖の獣が混ざったか。

 

「この、粘り気のある湿った気配……。まさか、あの忌まわしい『傷在』の系譜か? だとすれば、久々に骨のある殺し合いができそうだな」

 

轟は立ち上がり、自身の太い首の骨をゴキリと鳴らした。

 

 

 

一方、コロニー西部の廃オフィスビルの一室。

無数のモニターが並ぶ暗い部屋で、現代の術師――紙屋(かみや)は、キーボードを叩きながら冷徹な目で画面を監視していた。

 

紙屋は、自身の呪力と現代のテクノロジーを融合させる特異な術師だった。

コロニー内の監視カメラ、防犯設備、ビル管理システムの生き残った配線を呪力で強制的に再生し、死角を減らし、自分だけの広域観測網を構築している。過去から蘇った受肉の術師どもは、なぜこういう便利な文明の利器を軽んじるのかと、紙屋は常々呆れていた。

 

「この監視カメラというやつは、本当に便利ですね。ローコストで、結界内の無数の『目』を買える。しかも決して疲れない」

 

紙屋は、モニターの一つに表示された不規則な破壊痕と、死体の転がる路地の映像を拡大した。

 

「……なるほど。知らない動線がひとつ、増えていますね」

 

過去の記録映像と照合する。

美甘井燈二の配下たちの統率された動きではない。轟のような一直線の破壊の痕跡でもない。

 

「ひどく雑に暴れているのに、妙に真っ直ぐ、一定の方向へ進んでいる。まるで何かを狂信的に追っているように。……盤面を汚す、不快な異物が入りましたか」

 

紙屋の目が、ヘビのように細められる。

このコロニーの膠着した均衡を崩す、未知の手癖を持つプレイヤー。

紙屋は即座に、その「異物」の進行ルート上に、自身の術式による細工と罠を配置する演算を開始した。

 

 

 

轟も紙屋も、まだ八幡の顔も名前も、その『傷在転嫁』という最悪の術式の詳細も知らない。

だが、「何かが盤面を強引に動かし始めている」ことだけは、すでに確信していた。

その正体不明の異物を、轟は興味深く、紙屋はひどく不快に感じていた。

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