比企谷八幡は呪いへ堕ちる。   作:NewSankin

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【10-2】傍観者

【11月10日 未明】

 

名古屋市街、結界の外縁に隣接する最高級ホテルのスイートルーム。

雪ノ下陽乃は、バスローブ姿のまま、テーブルの上に広げたノートパソコンの画面を食い入るように見つめていた。

 

「やっぱり、結界内部では電波もGPSも完全に死ぬわね」

 

陽乃は手元のワイングラスを揺らしながら、小さく息を吐いた。

彼女は今、呪術という非科学的な力に、一般人の頭脳と最新のテクノロジーで外側からアプローチしていた。

 

結界の仕様上、内部からのリアルタイムの通信は不可能だ。

だから陽乃は、複数の高性能な小型ドローンを使い、あらかじめ「決められた飛行ルート」「一定時間の低空撮影」「その後の自動帰還」というプログラムを組んで、コロニー内部へ定期的に飛ばしていた。

 

ドローンが外縁を越えて帰還するたび、陽乃はそのSDカードから映像データを吸い出し、何本もの動画を並べて見比べる。

 

呪力という見えないエネルギーは、陽乃の目には一切映らない。カメラのレンズにも映らない。

だから彼女は、『死体の位置』『建物の破壊痕』『血痕から推測される逃走経路』、そして『戦闘後に残る結果』だけを抽出し、そこから盤面の動きを逆算していく。

 

「……へえ」

 

陽乃の指先が、キーボードの上でピタリと止まった。

画面に映し出された、いくつかの路地や廃ビルの映像。そこに残された痕跡の「癖」が、完全に一致している。

 

「これ、全部同じ人間が通った線ね。死体の転がり方も、配下たちの逃げ方も、壊れ方も似てる」

 

呪力を持たない陽乃でさえ、その異常な痕跡から「誰が」そこを通ったのか、容易に確信できた。

美甘井燈二の配下たちが、次々と、しかもひどく一方的な泥仕合の末に狩られている。

 

「本当に、期待以上に面白いわね、比企谷くん。たった数日で、あの中の環境にここまで適応するなんて」

 

陽乃の顔に、ゾクッとするような妖艶な笑みが浮かぶ。自分が放った「試験運用一号」が、想定を遥かに超える速度で戦果を上げていることへの高揚感。

だが同時に、少しだけ眉をひそめる。

 

「でも……ちょっと削れすぎかしらね」

 

ドローンの映像に一瞬だけ映り込んだ八幡の姿は、防刃ジャケットがズタズタに引き裂かれ、血にまみれ、足を引きずるようにして歩いていた。

いくら反転術式が回っているとはいえ、あのままのペースで消耗戦を続ければ、燈二に辿り着く前に壊れてしまう。

 

陽乃は次に飛ばすドローンの巡回ルートを微修正しながら、ふと、ホテルの窓ガラス越しに外の暗闇を見下ろした。

 

「そろそろ、雪乃ちゃんたちも着く頃かしら」

 

盤面の外側もまた、静かに動き始めようとしているのを、陽乃は確信していた。

 

 

新幹線は、夜明け前の名古屋駅のホームに静かに滑り込んだ。

改札を抜け、まだ薄暗いコンコースに出た雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣は、冷たい空気を肺に吸い込んだ。

 

「……着いたね、ゆきのん」

 

結衣が、不安と覚悟の入り混じった顔で呟く。

本来なら、華やかで活気に溢れているはずの名古屋の街。しかし、今はどこか空気が薄く、空が白み始めているのに、得体の知れない不気味な静寂に包まれていた。

駅の少し先には、あの大規模な「黒いドーム(愛知コロニー)」が、街を食い破るようにしてそびえ立っているのが、一般人の彼女たちの目にもはっきりと見えた。

 

「ええ。でも、休んでいる暇はないわ。ここからが本番よ」

 

雪乃は即座にスマホを取り出し、画面に表示された地図アプリを開いた。

 

「ヒッキー、たぶんあの黒い壁の向こう側にいるんだよね……」

 

「いるわ。……まずは、姉さんの拠点を割り出しましょう」

 

二人は、愛知の不気味な空気の中に、決意の足取りで踏み出していった。

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