【11月10日 朝】
「お目覚めですか。少しは痛みが引きましたか?」
牧野は穏やかな口調で言いながら、八幡の傍らにしゃがみ込んだ。
「……あんたが、手当を?」
「ええ。まあ、大したことはできませんが。……あなた、すごいですね」
「は?」
「いえ、あの怪我と出血量で、ここまで歩いてこられたのが信じられなくて。……君の身体には、不思議な『力』が回っているみたいですね」
牧野の言葉に、八幡は警戒して目を細めた。
この男、ただの一般人じゃない。「力(呪力)」の存在を知っている。
牧野は八幡の鋭い視線を受け止めながら、内心で深く感嘆し、そして同時に強い危惧を抱いていた。
(……すごい才能だ。あんなデタラメな呪力の回し方で、致命傷を先延ばしにして戦い続けてきたなんて。正直、三級術師止まりの私からすれば、羨ましいくらいの器だ)
だが、だからこそ危うい。
この少年は、呪術の基礎知識も指導者も持たないまま、ただ己の命を削るような執念と、むき出しの生存本能だけでこの戦場を生き抜いてきたのだろう。
このまま血みどろの最前線だけで育ってしまえば、彼は確実に「人間」として壊れてしまう。
でも、彼の目にはまだ、川崎さんや避難民を気遣うような、人間らしい「迷い」の理性が残っている。
「……褒めるなよ。気持ち悪い」
「褒めているんじゃありません。……心配しているんです」
牧野の真っ直ぐな言葉に、八幡は居心地の悪さを隠すように、少しだけ目を逸らした。
牧野が他の避難民の様子を見に立ち去った後、八幡と川崎の間に、少しだけ気まずい沈黙が落ちた。
「……お前、看護師にでもなったのかよ」
「まだ大学生。……でも、ここじゃそれで十分すぎるくらいだよ。他に動ける大人が、牧野さんしかいないんだから」
川崎は、荒れた自分の両手を見つめながら、自嘲気味に笑った。
「……無理してるだろ」
「そっくりそのまま返すわ。あんたこそ、何背負い込んであんなボロボロになってんのよ」
互いに言葉は短く、刺々しい。だが、高校時代から変わらないそのぶっきらぼうなやり取りの根底には、「状況が最悪である」という痛切な共有認識があった。
「ゴホッ、ケホッ……!」
少し離れた場所で、ケイカが苦しそうに激しく咳き込む。
川崎は弾かれたように立ち上がり、妹の元へと駆け寄って背中をさすり始めた。その必死な姿を見て、八幡の表情が暗く曇る。
小町に重なるからじゃない。大切な日常の残骸を「守る側のしんどさ」が、痛いほど理解できたからだ。