【11月10日 朝】
八幡はゆっくりと上体を起こし、ホール内の惨状を改めて見渡した。
異常な熱と咳、そして皮膚に浮かぶ黒い斑模様。
「……普通の感染症ではありません」
戻ってきた牧野が、八幡の視線を追って静かに口を開いた。
「うまく説明しづらいですが……これは病気ではなく、『呪い』のようなものです。この結界の中を荒らし回っている、強力な呪詛師がバラ撒いた毒の残滓……私たちはそう推測しています」
「……分かる」
八幡は、握り締めた拳が小刻みに震えるのを感じた。
「その手の気色悪い地獄には……見覚えがある」
小町だけじゃない。
あの美甘井燈二という外道は、自分の歪んだ美意識と欲望を満たす過程で、こうして無関係な弱者たちの日常までをも無差別に破壊し、疫病という地獄をばら撒いているのだ。
復讐の相手がどれほど底知れぬ悪意を持った存在なのか。
小町一人を助ければ終わるような、生易しい問題ではないという現実を、八幡はまざまざと突きつけられた。
八幡の心の中にまた新たにドス黒い感情が募っていく。
(……ぶっ殺す。絶対に、俺があいつを)
八幡は毛布を退け、立ち上がろうと足に力を込めた。だが、まだ傷は塞がりきっておらず、膝がガクッと折れそうになる。
その時だった。
ドンッ……!!
旧市民会館の分厚い入り口の扉が、外側から何かの重い衝撃を受けて、嫌な音を立てて軋んだ。
「……”何か”来ます!」
牧野の顔色が一気に変わり、彼の身体から微弱だが確かな呪力が立ち上る。
川崎も息を呑み、ケイカを庇うようにして身構えた。ホール内の避難民たちが、恐怖に怯えた悲鳴を漏らす。
外の気配が、呪霊の群れなのか、燈二の配下なのか、それとも紙屋の放った刺客なのかはまだ分からない。だが、一つだけ確かなのは、この避難拠点がすでに「安全」ではないということだ。
「……チッ」
八幡は舌打ちをし、激痛の走る身体を無理やり引き起こして、ナイフを構えた。
「比企谷くん、ダメです! あなたはまだ無理をしないでください!」
「……できるかよ」
八幡は、制止する牧野を鋭い目で睨みつけた。
「俺がここで寝てたら、お前らが死ぬだけだろ。……邪魔だ、どいてろ、俺が殺してやる」
牧野は八幡の威圧を受け、怯んでしまい続く言葉が出なかった。
ギギギ……と、入り口の扉が外側から無理やりこじ開けられようとしている不穏な音が、ホール内に響き渡る。
八幡は己の痛みを呪力という熱に変換し、血塗れの戦場へと再びその足を踏み出した。