【11月10日 朝】
(……すごい)
牧野は、八幡の荒々しい、だが決して破綻しない戦いぶりを見て、強い衝撃を受けていた。
八幡は呪術に関して何も教わっていないはずだ。だというのに。
通路を絞り、群れをまとめて受ける。
倒した呪霊の残骸を意図的に残し、後続の足場を悪くして死角を潰す。
そして、自分の痛みを恐怖ではなく「怒り」と「反撃の起点」へと即座に変換する。
それらの高度な戦場判断を、この少年はすべて『感覚だけ』でやっているのだ。
粗い。危うい。だが、とてつもない速度で実戦に適応し、伸び続けている。
(ここまで戦場に適応できる人間は、そうはいない。しかも彼は今……)
牧野は、八幡の血に染まった背中を見た。
これほどの異能と、復讐心という強烈な原動力を持っていながら、彼は今、逃げることなく、赤の他人である病人と子どもたちを守るために『盾』として立っている。
(……この子は、死なせちゃいけない。そして、化け物にもしちゃいけない)
牧野は強く、そう誓った。
しかし、その牧野の祈りを嘲笑うかのように、八幡の戦線の均衡が崩れ始める。
「クソッ……切りがねえぞ……!」
八幡は焦燥感を募らせていた。
大胆に戦えている。呪力も、傷を負うたびに溢れてくる。
だが、「呪霊の核(急所)の位置」も、「効率的な祓い方」も知らない八幡の攻撃は、どうしても無駄な手数が多くなってしまうのだ。
致命傷を与えきれず、倒せるはずの呪霊に余計な反撃を許し、不必要な傷を負う。
さらに、エントランスの封鎖方法や、背後を守りながらの最適な位置取りのセオリーを知らないため、乱戦の中でどうしても『隙』が生まれてしまう。
「ギヒィッ!!」
一瞬の隙を突き、小型の呪霊が一匹、八幡の脇をすり抜けてホール内へと侵入しかけた。
「……させかよッ!」
八幡は無理な体勢から左手を伸ばし、その呪霊の足を掴んで強引に引き戻した。だがその反動で体勢が崩れ、別の呪霊の強烈な体当たりをまともに胸に受けてしまう。
(……倒せる。でも、守り切れない)
八幡は血を吐きながら、自身の「限界」を悟った。
呪力や感覚だけじゃ足りない。分からないものが多すぎる。
このままじゃ、俺が先に壊れるか、背後を抜かれるかのどちらかだ。
八幡の戦線が崩れかけているのを見て、牧野は自身の「切り札」を切ることを決断した。
(このままでは、比企谷くんが先に壊れる。だが、彼が倒れれば、この拠点の人間も全員死ぬ)
牧野自身には、あの大群を押し返すような強力な戦闘能力はない。
でも、「知識」なら渡せる。
今の彼に決定的に足りないのは、才能や呪力ではなく、戦うための『基礎(セオリー)』なのだ。
「比企谷くん! 少しだけ、そのままじっとしてください!」
牧野は、簡易結界の維持を放棄し、呪霊の群れが迫る最前線へと自ら飛び出した。
「は? おっさん、何考えて……!」
「あなたに、『足りないもの』を渡します!」
牧野は八幡の背中に強く手を当て、自身の術式を全開で発動させた。