比企谷八幡は呪いへ堕ちる。   作:NewSankin

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【13-4】

【11月10日 午前】

 

「よし。だいたいの構造は分かった。……なら、さっそく動く」

 

八幡は壁に手をつき、無理やり立ち上がろうとした。紙屋の監視がある以上、ここに長居するのは危険だ。

 

「ダメです。あなたがもちません」

 

牧野が、八幡の肩を強く押さえて座らせようとする。

 

「時間がねえんだよ。小町も、ここも」

 

「知っています! それでも、今のまま行くのは自殺です!」

 

牧野の強い語気に、八幡は一瞬言葉を失った。さらに横から、川崎が八幡の胸ぐらを掴みかけるような勢いで顔を近づけてきた。

 

「バカじゃないの!? 今のアンタ、歩くのもやっとじゃない! そんなんで行っても、犬死にするだけでしょ!」

 

「……っ」

 

「少しは休め! これ以上無茶したら、私がアンタを縛り付けてでも止めるからね!」

 

川崎の剣幕と、牧野の真剣な目に気圧され、八幡は「……チッ」と舌打ちをして、壁際の簡易ベッドにドサリと腰を下ろした。 実際、身体も頭も限界だった。座った瞬間に、泥のような疲労感が全身を包み込んだ。

 

作戦会議がひと段落し、牧野は再び入り口の修繕と避難民の様子を見るために離れていった。 八幡は簡易ベッドに横になりながらも、興奮と痛みのせいでどうしても眠りにつくことができない。

そこへ、川崎が戻ってきた。手には、使い捨ての容器によそわれた温かいお粥と、栄養補助食品、そして水のペットボトルが握られている。

 

「……食べられる?」

 

川崎はぶっきらぼうに、八幡の横のパイプ椅子にそれらを置いた。

 

「毒入ってないならな」

 

「入れる余裕があるなら、とっくに自分で食べてるわよ」

 

川崎は呆れたように言い返し、そのまま立ち去るかと思いきや、パイプ椅子に腰を下ろした。

 

【11月10日 昼前】シーン11:川崎の本音

 

八幡がゆっくりとお粥を口に運んでいると、川崎がぽつりと口を開いた。

 

「……あんた、昔からそんなだったの?」

 

「そんな、って?」

 

「人間やめたみたいな戦い方」

 

「失礼だな。高校の頃からこんなことやってたら、今ごろ補導じゃ済まねえよ。少年院行きだ」

 

八幡の軽口に、川崎は「……そっか」と短く返し、少しだけ視線を落とした。

その横顔を見て、八幡は空気が変わったのを感じた。

 

「ケイちゃんのために、ここに残ったことに悔いはないわ」

 

川崎は、奥の部屋で眠る妹の方を見つめたまま、静かな声で吐露し始めた。

 

「でも……ずっと、怖かった。わけのわからない化け物が出てきて、人がどんどん死んでいって……」

 

彼女は自分の両手を強く握り締めた。

 

「牧野さんはいい人だし、信頼もできる。でも……この地獄をぶっ壊して助けてくれるような、そういう意味で『頼りになるか』って言われたら……違った」

 

「……」

 

「アンタが、私たちを助けるためにここへ来たわけじゃないのも知ってるわよ。小町を助けるための、ただの通り道だったんでしょ?」

 

川崎は八幡の方に向き直り、その真っ赤な目で見つめてきた。

 

「それでも、アンタは私たちを助けてくれた。……それは、本当に感謝してる」

 

「……よせよ。気持ち悪い」

 

「聞いて」

 

川崎は八幡の言葉を遮り、ギリッと唇を噛み締めた。強がっていた彼女の目から、大粒の涙がポロリとこぼれ落ちる。

 

「できるだけでいい。アンタにそんな義理がないのも、わがままだってことも分かってる。今のボロボロのアンタに頼むことじゃないのかもしれないけど……」

 

川崎は、八幡の服の袖を、すがるように強く握り締めた。

 

「でも……お願い。ケイちゃんだけでも、守って……っ」

 

泣き崩れることはない。でも、その分だけ、彼女の痛切な本音が、八幡の胸の奥底に重く、深く突き刺さった。

 

八幡は、川崎の震える手を見つめ、すぐには答えることができなかった。

頭の中で、ICUで苦しむ小町の姿と、奥の部屋で熱にうなされるケイカの姿が、完全に重なり合う。

 

「……お前、そういうのずるいぞ」

 

八幡は、視線をそらしてため息をついた。

 

「知ってる」

 

「今の俺に、簡単に守るとか言えるほどの余裕があるように見えるか?」

 

「見えない」

 

「……だろうな」

 

少しの間の後。 八幡は、お粥の容器を置き、川崎の目を真っ直ぐに見返した。 軽口で誤魔化すことは、もうできなかった。

 

「……でも」

 

八幡の声は、低く、重かった。

 

「見捨てる気はない」

 

絶対の保証なんてできない。でも、背負う覚悟なら決まっている。

その短い返答に、川崎は何も言わず、ただギュッと八幡の袖を握る手を強め、小さく頷いた。 それだけで、今の二人には十分だった。

 

川崎が立ち去り、八幡は再びベッドに横になった。 目を閉じても、やはり眠れない。

頭の中では、愛知コロニーの簡易地図と、燈二・轟・紙屋の配置が猛スピードで回転している。

牧野もまた、少し離れた場所で、八幡に渡すための詳細なメモをまとめているのが見えた。

拠点内は、一時的な静けさを取り戻している。だが、全員が「次」を恐れているのが、空気の重さで伝わってくる。

 

(休んでる暇なんてねえ。でも、今は休むしかない)

 

無茶な突撃はもう終わりだ。 次は、考えて動く。 小町も、ケイカも、ここの連中も。俺の届く範囲にあるものを全部助けて、日常に帰るためには、それしかない。

八幡の思考が、復讐の狂気から、冷徹な「盤面の攻略」へと完全に切り替わった瞬間だった。

 

だが、その休息の時間は、無慈悲なほどに短かった。

 

ザザッ……。

 

静まり返った拠点の外から、かすかな、しかし確かな異音が響いた。 瓦礫を踏む音。

入り口付近で作業をしていた牧野が、ハッとして顔を上げた。 八幡も横になったまま、スッと目を開ける。

監視の目か、それとも牽制か。あるいは、紙屋の放つ第二陣の前触れか。 まだ休息は終わっていない。身体の傷も塞がりきっていない。 だが、敵は待ってくれない。

 

(……来る)

 

八幡はゆっくりと身を起こし、枕元に置いたタクティカルナイフの柄を、静かに握り締めた。

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