比企谷八幡は呪いへ堕ちる。   作:NewSankin

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【14-2】急襲作戦と出撃

【11月10日 昼】

 

「紙屋は、準備してる時『だけ』強いんだ」

 

八幡は、牧野と川崎の方へ向き直り、明確な戦術を口にした。

 

「観測、監視、導線、罠。その全部が揃って初めて厄介になる。なら、その土俵の外から、奴の喉元へ飛び込めばいい」

 

「……はい。それが、最も理にかなっています」

 

「今までの襲撃の角度と、呪霊の誘導ルート、監視の気配からして、奴の本拠地はそう遠くないはずだ。しかも奴は今、こっちを削る側で完全に油断してる」

 

八幡の言葉に、川崎が目を丸くして反論する。

 

「ちょっと待ってよ。そんな簡単に言う?」

 

「簡単じゃねえよ」

 

八幡は、川崎の言葉を真剣な目で遮った。

 

「でも、このまま待ってる方が終わってる。……今夜、こっちから仕掛ける」

 

【11月10日 午後】

 

八幡の「今夜、紙屋を叩く」という宣言に、川崎は反射的に止めようと口を開きかけた。

だが、牧野は八幡の理屈を聞いて、すぐにその必然性を理解した。

 

「……川崎さん。比企谷くんの言う通りです」

 

「牧野さんまで!? いくらなんでも無茶でしょ!」

 

「このまま受け続ければ、どのみちこの拠点は詰みます。なら、相手の『場』が完成する前に、大元の頭を壊すしかありません」

 

そこから、三人による急襲作戦の具体的な構築が始まった。

 

牧野は手書きの地図を広げ、紙屋の監視カメラ配置の「癖」や、呪力線による誘導の起点が集中しやすい方角を予測する。

 

「正面突破は絶対にダメです。罠の設置密度が低い、死角になりやすい搬入口や保守通路……そこを縫って、最短で紙屋本人のところまで行くんです」

 

「ああ。道中の雑魚は全部無視する」

 

拠点側は、牧野と川崎で最低限の防衛を持たせる。

八幡は、紙屋の首を刈るためだけの「暗殺者」として動く。

 

川崎は、淡々と作戦を進める二人を見て、口を挟むのをやめた。

理屈は通っている。これしか生き残る道はないのだと、彼女も理解せざるを得なかった。

 

「……分かったよ」

 

川崎は短く溜息をつき、八幡を睨みつけた。

 

「でも、ちゃんと帰ってきなさいよ。アンタが死んだら、ここも終わりなんだから」

 

牧野は、八幡に紙屋の癖と、予想される侵入ルートをメモと口頭で叩き込む。

 

「ここからここまでは、たぶん監視の死角です」

 

「“たぶん”かよ」

 

「紙屋相手に、断言できる人間はいません。……気をつけてください」

 

川崎は、拠点の人間をまとめ、ケイカと病人のケア、そしていざという時の最低限の避難準備に奔走する。

 

八幡は、一人で死地に赴く急襲役。

だが、以前のような「俺一人が傷つけばいい」という自己犠牲の特攻ではない。

牧野の知識と、川崎の覚悟。それらを背負い、彼らに後を託して、八幡は初めて「仲間との連携」の中で前へ出るのだ。

 

「帰ってきたら、死ぬほど文句言うから」

 

「帰ってきたらな」

 

「帰ってくる前提で言ってんの」

 

川崎の怒ったような言葉に、八幡は少しだけ口角を上げた。

だが、その目は誰よりも真剣で、冷たい殺意を宿していた。

 

【11月10日 夕方】

 

作戦決行前の、不気味なほどの静けさ。

 

夕方までのわずかな時間、八幡は最低限の休息を取り、タクティカルナイフの刃こぼれを確認し、傷口の応急処置を済ませた。

牧野から渡された、紙屋の特徴を簡潔にまとめたメモ。八幡はそれを、脳に焼き付けるように何度も読み返す。

牧野の『伝習』で得た基礎知識が、今度は「相手の術式と作戦の理解」という形で、八幡の思考をクリアにしていく。

 

そこへ、川崎が不機嫌そうな顔で近づいてきた。

 

「ほら。お粥、残ってた分」

 

「……」

 

「全部食べて」

 

ぶっきらぼうな口調。だが、その底には確かな気遣いがある。

少しだけ、かつての高校時代のいつもの空気が戻ったような気がして、八幡は黙ってお粥を口に運んだ。

 

やがて。

窓の外の空が、完全に暗闇に染まった。

決行の時間が、来た。

 

 

 

 

【11月10日 夜】

 

同じ頃。

避難拠点から数キロ離れた、廃ビルの観測拠点。

 

「……十分ですね」

 

紙屋は、モニターに映るボロボロになった旧市民会館の映像を見て、満足げに呟いた。

 

「あれはもう、守るものに縛られて動けない。明日、罠を完全に敷き詰めてから、ゆっくりと丁寧に壊して差し上げましょう」

 

紙屋は、避難拠点が順調に削れていると確信していた。

あの忌まわしい手癖の異物(八幡)も、結局は一般人という「重り」を捨てきれず、拠点から離れられないと見切っている。

だから今夜は、まだ「仕上げ」には入らない。

 

もちろん、彼も完全な愚か者ではない。拠点周辺には、最低限の警戒網と監視の罠を配置している。だが、彼の意識は完全に「明日、どう美しく潰すか」という、攻撃側の油断へと向いていた。

 

その紙屋の僅かな隙を突いて。

八幡はすでに、闇の中を動き始めていた。

 

 

【11月10日 夜】

 

夜の愛知コロニー。

旧市民会館の裏口、瓦礫で半ば塞がれた搬出口の隙間から、八幡が一人、音もなく外へと滑り出た。

 

「……比企谷くん」

 

見送りに来た牧野が、最後に短い注意を告げる。

 

「紙屋は『頭』です。彼の頭を落とせば、この拠点への細工と襲撃は確実に止まるはずです」

 

「……止める」

 

川崎は、奥の部屋で眠るケイカのそばから立ち上がり、少し離れた場所から八幡の背中をじっと見つめていた。

 

「……ちゃんと帰ってきなさい」

 

「努力はする」

 

「そういうの、今は嫌い」

 

「……分かったよ」

 

八幡は短く返し、振り返ることなく、漆黒の夜の街へとその姿を消した。

 

(守るために、先に殺す)

 

もう、無策の突撃じゃない。受けるだけでも終われない。

これは、小町を救うための、明確な「攻略」の第一歩だ。

 

(まずは、紙屋だ)

 

八幡は暗闇と同化し、冷酷な暗殺者として、紙屋の本拠地へと向けて最短ルートを駆け抜けていった。

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