ピッ……ピッ……。
紙屋が構築した地下拠点への防衛ネットワーク。その最も外周にあたる地上の搬入口付近に仕掛けておいた『感知用の呪力線(トラップ)』の一つが、微かな反応を示していた。
「……何かが、私の結界の端に触れましたね」
紙屋は即座に椅子から立ち上がり、システムを警戒モードへと切り替えた。
モニターの光が青から赤みがかった警戒色へと変わり、地下区画に低い電子音が鳴り響く。紙屋は目を閉じ、自身の指先と繋がっている外部の呪力線からフィードバックされる「波長」を、極めて冷静に分析し始めた。
(……規模が小さい。轟のような、周囲の空気を圧迫するような暴力的な呪力ではない。美甘井燈二の配下たちが放つ、あの気色悪い油のような呪力でもない。そして、無作為に徘徊する呪霊の乱数的な動きとも違う)
紙屋の脳内で、侵入者のプロファイリングが高速で進められていく。
感知線に触れたのは、ほんの一瞬だった。だが、その触れ方は明らかに「意図的」なものだ。まるで、そこに罠があることを事前に知っていたかのように、あるいは、探りを入れるためにわざと触れたかのような、極めて知性的な動き。
「……なるほど。避難拠点の側から、誰かがこちらへ向かってきたということですか」
紙屋は冷笑を浮かべた。
あの疲弊しきった旧市民会館の中から、わざわざこの死地へ向かってくる人間など限られている。避難民や怪我人であるはずがない。だとすれば、あの不快な泥仕合を強要してくる少年、比企谷八幡か、あるいは彼に知恵を授けているであろうあの三級術師(牧野)のどちらかだ。
「窮鼠猫を噛む、と言いたいところでしょうが……来ましたか。ですが、判断が遅すぎますね」
紙屋はネクタイの結び目を少しだけ緩め、モニター群の前に再び座り直した。
もし彼らが昼間のうちに、自分の防衛線が完全に整う前に決死の覚悟で突っ込んできていれば、あるいは数パーセントの勝機はあったかもしれない。だが、今はもう夜だ。紙屋の監視網と防衛線は、すでに複合施設全体を完全に覆い尽くしている。
「感情に任せた無策の突撃。あるいは、一か八かの暗殺のつもりでしょうか。……愚かな。私の構築した『場』の中で、私に近づくことすら不可能なのだという現実を、たっぷりと味わわせてあげましょう」
紙屋は、侵入者が触れたとされる外周ポイントをカバーしている監視カメラの映像を、中央のメインモニターへと切り替えた。侵入者の顔と絶望する姿を、特等席で観測するために。