バキィィィンッ!!!
特別制御室の天井付近に設置されていた太い換気口と、壁面の配管のジョイント部分が、限界を超えた異常な水圧に耐えきれず、大音響とともに同時に破断した。
「なっ……!?」
紙屋が絶句した次の瞬間。
破断した巨大な穴から、濁流のような水が滝のように室内に流れ込んできたのだ。
ただの漏水ではない。それはまるで、激流の川の底に穴を開けたかのような、圧倒的で暴力的な水塊の雪崩だった。
「水……!? 馬鹿な! どこからこれほどの水量が――!」
紙屋は椅子を蹴り倒し、慌てて後退した。
だが、水は容赦なく彼の計算された「場」を物理的に破壊していく。
バチバチバチッ!
室内を張り巡らせていた紙屋の極細の呪力線が、濁流の質量と衝撃に耐えきれず、次々とショートして切断されていく。
床に緻密に描かれていた呪力刻印も、水に流され、泥にまみれてその意味を失っていく。
モニターや精密機器が水を被って爆発し、火花を散らして完全に沈黙した。
「くそっ! 排水だ! 排水溝は――」
紙屋は床の排水口を探したが、そこからも水が逆流して噴き出しているのを見て、顔面を蒼白にさせた。
地下拠点は、敵の侵入を防ぎ、毒ガスや呪霊の侵入をコントロールするために、紙屋自身の手で導線を完全に閉じ、排水システムすらも自分の細工で制御(ロック)していたのだ。
つまり、彼が完璧だと信じて疑わなかったこの『安全で強固な箱』は、今や外から水が流し込まれれば、一滴の水も外へ逃がすことのできない『最悪の密閉水槽』へと変貌していたのである。
「排水が、詰まっている……? いや、違う。違う! この区画の導線を完全に閉ざしたのは……私自身か……!」
紙屋の足元で、水位はあっという間に膝を超え、腰の高さまで上がり始めていた。
冷たい水が、彼のオーダースーツを濡らし、体温と理性を奪っていく。
紙屋什路にとって、これまでの人生で最高の「整った芸術的な場」が、自身の傲慢さゆえに、最悪の溺死空間へと姿を変えた。彼が初めて、明確で取り返しのつかない「焦り」と「死の恐怖」を覚えた瞬間だった。
濁流が渦巻く室内で、紙屋は必死に壁の突起にしがみつきながら、自身の置かれた絶望的な状況の「真の理由」を理解し始めていた。
(……監視映像に、侵入者の姿が何も映らなかった理由)
(感知線だけを反応させ、侵入を完全に隠しきらなかった理由)
(そして……私が『念のため』と称して、自らの意思でこの地下最深部へ退避したという判断)
紙屋の脳内で、バラバラだったピースが残酷なほど完璧に組み上がっていく。
それは偶然起きた水害などではない。すべてが、あの比企谷八幡という少年の描いた「盤面」の上で踊らされていた結果だったのだ。
「……そうか。わざと、気づかせたのか」
紙屋は濁った水を口から吐き出しながら、ギリッと歯を食いしばった。
「侵入は、ただの囮。私の監視網に対するハッキングも、すべては私を警戒させ、この一番奥の『逃げ場のない箱』へと押し込むための……誘導だったというのか……!」
川崎の「自分で来ればいい」という何気ない一言から、八幡が導き出した紙屋の唯一にして最大の欠点。
『紙屋什路は、自ら整えた場でしか本来の強さを発揮できない』
その欠点を突くために、八幡は紙屋の土俵で戦うことを完全に拒否し、紙屋の土俵(地下拠点)そのものを外側から水没させるという、極めて乱暴で、しかし理にかなった『環境破壊』を選択したのだ。
「あの粗雑で、泥臭い異物が……! 私の、この完璧な構造を……こんな野蛮な方法で逆利用したというのか……!!」
紙屋のプライドは、ズタズタに引き裂かれていた。
自分が完全な支配者だと思っていた場所で、自分が見下していた「知性のない暴力」に、知恵と論理で完全に盤面をひっくり返された屈辱。
だが、その屈辱に浸っている時間すら、彼にはもう残されていなかった。
水位はすでに胸の高さに迫り、顎を飲み込もうとしている。
ここにとどまれば、あと数分で確実に溺死する。
「……くそっ! くそォォッ!!」
紙屋は水の中に潜り、最後の手段として用意していた『緊急時用の秘密の保守通路(非常口)』のロックを強引に解除するため、濁流の中を必死に泳ぎ出した。