【11月10日 深夜】
陽乃はティーカップを手に取り、優雅に一口含んだ。
「だいたい、解放しろって言うけど、私が彼を鎖で縛り付けて無理やり戦わせているとでも思ってるの?」
からかうような調子の陽乃に対し、雪乃は一歩前に出て、真っ当な理屈で問い詰めた。
「彼が自分の意思で小町さんを助けようとしているのは分かっているわ。でも、あなたは彼に武器を与え、退路を断ち、見返りとして自分に絶対服従する『首輪』をつけさせた。……それは保護でも支援でもない。ただの搾取よ」
「搾取? 人聞きの悪いこと言わないでよ」
陽乃はカップをコトリと置き、目を細めて冷たい光を宿した。
「彼とは、ちゃんと『契約』を交わしているの。小町ちゃんを死の淵で繋ぎ止めるための専門家(家入硝子)を手配したのは私。彼が結界の中で戦うための物資や情報を与えているのも私。……私は彼を助けた。だから、その対価として彼の命の運用権を受け取っている。等価交換の、立派なビジネスよ。大人なら当然の取引でしょう?」
「そんなのは契約じゃないわ。切羽詰まった人間の弱みにつけこんだ、ただの従属の強要よ! 彼に正常な判断ができる状態じゃなかったのに!」
「そうね。でも、比企谷くんは自分の意思でそれに頷いたわ。彼は今、小町ちゃんを助けるために、自分の意思で地獄を歩いているのよ。私に止める権利なんてないわ、もちろん雪乃ちゃんたちにも彼を止める権利なんてないわよ」
陽乃の正論めいた詭弁に、結衣がたまらず声を上げた。
「……ヒッキーは、そういう人だから! 自分が傷ついても、誰かを助けられるならって、すぐに自分を差し出しちゃう不器用な人だから! だから、そんな約束はダメなんだよ!」
結衣の悲痛な叫びは、八幡の自己犠牲の悪癖を誰よりも知っているからこそのものだった。
だが、陽乃は冷酷に言い放つ。
「だから何? 彼の性格が不器用だろうが自己犠牲だろうが、私には関係ないわ。それにね……」
陽乃は、モニターに映る八幡の血まみれの姿を指差した。
「彼はもう、あの黒い結界の中で、完全に『向こう側(異常)』の力を身につけ始めているわ。人を殺し、呪霊を解体し、血と泥にまみれて強くなっている。……そんなバケモノを、一般人でか弱い私が制御できるとでも思ってるの?」
陽乃の顔に、底知れぬ邪悪な笑みが広がる。
「でもね。義理堅い彼は、私への『恩』がある限り、必ず私のもとへ帰ってくる。私というパトロンを裏切ることはしない。……だからこの契約は、最高に完璧なのよ」