【11月10日 深夜】
「……よく分かったわ、姉さん。あなたが比企谷くんを、ただの都合のいい兵器としてしか見ていないことが」
雪乃は冷たく言い放ち、一歩、陽乃の方へと歩み寄った。
「だったら、私から『勝負(ゲーム)』を持ちかけるわ。姉さんが大好きな、腹の探り合いよ」
「あら。雪乃ちゃんから私に勝負? ふふっ、面白そうね。聞いてあげる」
陽乃は余裕の笑みを崩さずに、雪乃の言葉を待った。
「比企谷くんが、もし生きてあの黒いドームから出てきたら。……姉さんは彼に、彼を『兵器』として扱うための、何らかの非道な命令を一つ下しなさい」
「……へえ?」
「私たち(雪乃と結衣)は、その時、彼にその命令に従わないように、全力で止めるわ。……もし、彼が私たちの制止を振り切って、姉さんの命令を優先したなら。私たちは完全に諦める。今後一切、姉さんの邪魔もしないし、比企谷くんにも関わらない」
雪乃の提示した条件に、結衣が息を呑む。
だが、雪乃は決して目を逸らさない。
「でも。もし比企谷くんが私たちの声に耳を傾け、踏みとどまって、姉さんの命令を『拒否』したら。……その時は、姉さんは比企谷くんへのすべての契約を破棄し、彼を完全に解放すること。これが条件よ」
それは、八幡の「人間性」にすべてを懸ける賭けだった。
地獄の中で血に染まり、陽乃の兵器として完成しようとしている彼が、最後に私たちの「普通の日常へ帰ろう」という声に応えてくれるかどうか。
陽乃は雪乃の提案を聞き終えると、クスッと笑って首を横に振った。
「……雪乃ちゃん、頭が悪くなったの? そんな賭け、私には何一つ『メリット(得るもの)』がないじゃない。私が勝っても、ただ邪魔者が消えるだけで、得られる利益が少なすぎるわ」
「……」
「勝負っていうのはね、お互いに『絶対に失いたくないもの』をベットして初めて成立するものなのよ」
陽乃は立ち上がり、雪乃の耳元に顔を近づけて、甘く、そして決定的に邪悪な声を落とした。
「……いいわ。そのゲーム、乗ってあげる。でも、私が提示する『条件』を飲むことが前提よ」
陽乃は雪乃から離れ、結衣と雪乃の二人を交互に見つめて、ぞっとするような笑みを浮かべた。
「私が勝った場合、つまり比企谷くんが完全に私の『兵器』として完成して戻ってきた場合……あなたたち二人は今後、私の完全な監督下に入ること」
「……監督下?」
雪乃の眉がピクリと動いた。
「ええ。あなたたちは、私が構築する組織や企業ネットワークの中で、比企谷くんの『社会的基盤』を支える役目を担ってもらうわ」
陽乃は、まるで完璧なビジネスモデルをプレゼンするように、冷酷な言葉を紡ぐ。
「比企谷くんの帰る場所、人間関係、生活基盤、表社会での居場所。彼が『普通に生きている』と錯覚するためのすべての要素を、私の管理下に置く。そして、あなたたち二人はその『歯車』になることを、私に誓いなさい。……もちろん、将来的には、彼が築く家庭や、その資質を継ぐ存在(子ども)の教育や進路についても、すべて私の決定権を認めてもらうわ」
雪乃と結衣の思考が、一瞬白く染まった。
それは、直接的な暴力や性的な強要よりも、ある意味で遥かに残酷で悪辣な「人生の完全支配」の宣告だった。
「……ふざけないで。つまり、私たちに一生、姉さんの奴隷になれと言っているの?」
「奴隷だなんて、人聞きの悪い。私はただ、最高の人材に最高の環境を提供するための『システム』を作りたいだけよ。そうとも言うかもしれないけどね」
陽乃は平然と肩をすくめた。
拒否すれば、交渉は決裂。八幡を取り戻す道は永遠に閉ざされる。
この狂気の条件は、陽乃の本気の要求だった。