「……なんで、そこまで私たちを巻き込む必要があるの。彼一人を支配すれば済む話じゃない」
雪乃が、震える声で問い詰める。
陽乃は、手元のティーカップを弄りながら、次の時代の冷酷な現実を語り始めた。
「これからの世界では、向こう側(呪術)の力に触れた人間の『周辺環境』こそが最も重要になるの。比企谷くんという強力な兵器を、個人として物理的に縛り付けても意味がないわ。いずれ反発して壊れるか、暴走するだけだもの」
陽乃の目は、人間をパーツとしてしか見ていない設計者のそれだった。
「強力な力を持った人間を完璧に制御するには、彼の『帰る場所』、彼を『縛る場所』、彼が『甘える場所』……彼が人間でいられる場所そのものを管理しなくちゃいけない。だから、あなたたち『二人』が必要なのよ」
「……」
「あなたたちは、比企谷くんの最大の弱点であり、彼を人間側に繋ぎ止めるための『錨(いかり)』よ。私はね、彼という船だけじゃなくて、その錨ごと、私の管理する港に係留しておきたいの」
陽乃の支配欲の底知れなさに、結衣はゾッと身震いした。
八幡本体だけでなく、八幡の人間性を支える「私たち」まで欲しがる。そうすることで、八幡がどんなに足掻いても、陽乃の手のひらから絶対に逃げられない完璧な鳥籠を完成させようとしているのだ。
「これが私の条件よ。彼を取り戻したいなら、あなたたちの人生と未来、そのすべてをこのテーブルにベットしなさい。……できないなら、お帰りなさい。二度と私の前に姿を見せないで」
陽乃の圧倒的な圧力。
重く、絶望的な沈黙が、スイートルームを支配した。
空気が凍りつき、雪乃が屈辱と恐怖で言葉を失いかけていた、その沈黙の中。
「……わかりました」
静かな、だがハッキリとした声が響いた。
雪乃が驚いて隣を見ると、結衣が一歩前に出て、陽乃を真っ直ぐに睨みつけていた。
結衣の額には冷や汗が浮かび、両手はスカートの裾を千切れるほど強く握りしめている。声も微かに震えている。
陽乃の条件がどれほど恐ろしいものか、結衣も十分に理解している。自分たちのこれからの人生、恋愛、結婚、そして未来の家族まで、すべてをこの女に管理され、自分たちは八幡を騙すための「偽りの幸せな居場所」を演じ続けさせられるかもしれないのだ。
普通の女の子なら、泣き叫んで逃げ出すだろう。
だが、由比ヶ浜結衣は、絶対に逃げなかった。
「……その条件、受けます」
「由比ヶ浜さん!? ダメよ、そんなの……!」
雪乃が制止しようとするが、結衣は雪乃に向かって、力強く首を横に振った。
「ゆきのん、大丈夫。……それでヒッキーに賭けられるなら、私、何でもするよ」
結衣の目には、一点の曇りもない絶対の信頼が宿っていた。
八幡は不器用で、ひねくれていて、いつも一人で傷つこうとする。でも、最後には必ず、私たちのいる「優しい場所」を大切に思ってくれる。
彼がどれだけ血と泥にまみれてバケモノに近づいたとしても、私たちの声が届かないほど壊れてしまうはずがない。
「ヒッキーは、絶対に踏みとどまってくれるから。だから……この賭け、絶対に私たちが勝つから!」
結衣は再び陽乃に向き直り、堂々とした態度でその狂気の条件を飲み込んだ。