【11月10日 深夜】
愛知コロニーの夜は、不自然なほどに静まり返っていた。
紙屋の呪力線による誘導が消え去ったせいか、道中に下級呪霊が這い回る姿はない。至る所に仕掛けられていた監視カメラの気配もなく、ただ冷たい11月の夜風が、廃墟と化した街並みの隙間を吹き抜けていくだけだ。
八幡は、泥のように重い足を引きずるようにして、旧市民会館へと向かっていた。
自身の術式『傷在転嫁』によって呪力出力は底上げされていたが、それは決して肉体を都合よく癒すものではない。八幡の備える微弱な反転術式は、受けた致命傷を一時的に先延ばしにして、死にきれないまま無理やり戦わせ続けるだけの、ひどく悪辣で呪われた機能だ。
防刃ジャケットの下のシャツは、流しすぎた自身の血で肌にべったりと張り付き、一歩歩くごとに全身の骨が軋むような悲鳴を上げる。貯水設備を破壊した際に被った古い汚水と、泥の強烈な臭いが鼻をつく。
極度の疲労と失血で意識が明滅する中、八幡の脳裏には、秘密出口から命からがら這い出してきた紙屋の驚愕の表情が、スローモーションの映像のように何度も何度も再生されていた。
首へナイフを通した感触。硬い頸椎を断ち切り、肉が裂けるあの生々しい手応え。人間の命を一つ、物理的に切断したという絶対的な事実。
八幡は、よろめきながら歩を進めつつ、自分の右手をゆっくりと目の前にかざした。
泥と血に汚れた手は、全く震えていなかった。 結界に入ってすぐ、ナタを持った男を初めて殺した時。あの時は、胃袋がひっくり返るような強烈な嫌悪感があった。自分が平和な社会において絶対に越えてはならない一線を越えてしまったという、人間としての本能的な拒絶反応が確かにあったはずだ。
だが今はどうだ。
俺は先ほど、三十五点分の命を奪った。それはつまり、術師七人分の人間をこの手で確実に殺したということだ。
なのに、手は震えない。動悸も早くならない。足がすくむこともない。ただ「ひどく疲れた」「早く横になりたい」という肉体的な生理現象だけがそこにある。
「殺すことに慣れた」という言葉だけは、絶対に認めたくなかった。だが、その言葉以外に、今の自分のこの異常なほどの精神的平穏を説明する的確な語彙が見つからないことも事実だった。
『あなたは、人間を救うことができます』
昼間、牧野恒一に真っ直ぐな目で言われた言葉が、まるで呪いのように耳の奥で蘇る。確かに俺は、人間を救った。紙屋という人間の死体を一つ増やすことと引き換えに、避難拠点にいる無力な連中を救ったのだ。「人間を救う」という尊いはずの行為が、「人間を殺した数」によってのみ成立しているという狂った矛盾。八幡は自嘲気味に口角を歪め、ただ黙々と、血の滲む足を引きずり続けた。