比企谷八幡は呪いへ堕ちる。   作:NewSankin

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【2-3】結衣は、変化の名前を知らない

【11月4日 昼】

 

『小町ちゃん、おはよー! 最近どうー?』

 

大学の講義の空き時間、由比ヶ浜結衣はキャンパスの中庭のベンチに座りながら、メッセージアプリで小町に連絡を入れていた。

数日前のやり取りから、なんとなく小町のことが気にかかっていたのだ。他人の感情や「空気」に誰よりも敏感な結衣のアンテナが、微かなエラー信号を受信し続けている。

 

数分後、返信が来る。

 

『小町は今日も元気です! って言いたいところだけど眠い!』

 

結衣は画面を見つめ、少しだけ眉を寄せる。

 

『え、だいじょぶ?』

 

『たぶん寝不足! たぶん!』

 

『“たぶん”多いなあ(笑)』

 

『大丈夫大丈夫〜。ちょっと夜更かししすぎちゃって』

 

『無理してない?』

 

『してないしてない。たぶん』

 

また「たぶん」。

結衣はスマホの画面を見つめたまま、小さく息を吐いた。

文字面だけを見れば、絵文字もついているし、いつもの明るくて少しあざとい小町だ。でも、結衣の直感が「なんか違う」と告げている。テンションが少し空回っているというか、言葉の端々に、隠しきれない焦燥感と疲労感が滲み出ている。

 

結衣は少し迷った末に、思い切って通話ボタンを押した。

数回のコールの後、少し間を置いて小町が電話に出た。

 

「もしもし、結衣さん? どうしたの?」

 

「あ、ごめんね急に。なんか、声聞きたくなっちゃって」

 

「えへへ、結衣さん寂しがり屋だなぁ。でも嬉しい」

 

「……小町ちゃん、声ちょっと変じゃない?」

 

「そう? ふつーふつー。あ、ちょっと風邪気味なのかも。乾燥してるしね」

 

小町は明るく返す。でも、やっぱりどこか声のトーンが低い。無理をして声を張っているのが、耳元から痛いほど伝わってくる。

 

「……ヒッキーには言った?」

 

「え、お兄ちゃん? 言ってない言ってない。言ったら絶対めんどくさいやつになるし」

 

「あー……それは……ちょっとわかるかも」

 

「でしょ? 『お前、熱計れ。いや病院行け』ってうるさくなるの目に見えてるもん。絶対大げさにするから、内緒でお願いします!」

 

「うん、わかった。でも、ほんとに無理しないでね。また今度ゆっくり話そ?」

 

「うん! ありがとう結衣さん」

 

通話が切れた後も、結衣の中に、冷たい泥のような説明できない不安だけが残っていた。

小町は「大丈夫」と言った。「ヒッキーには言ってない」と言った。

じゃあ、この不安は私の気のせいなのだろうか。私が過保護になっているだけなのだろうか。

 

「……ヒッキー、気づいてるかな」

 

結衣は灰色の雲が広がる空を見上げた。

街の空気は、数日前よりもさらに重く、息苦しくなっているように感じる。

でも、それを「急いで知らせるほどではない」と、結衣自身も思ってしまっていた。決定的な異常が起きているわけではない。まだ、ただの日常の延長線上の不調だと思いたかったのだ。

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