【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常   作:ていん?が〜

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第11話:おじさんの髪の毛は、錬金術師をも絶望させる

 月明かりさえも届かぬほどに重苦しい、深夜のアビドス自治区。静まり返った砂漠の夜に、一人の少女が音もなく降り立った。

 

 

 七囚人が一人、申谷カイ。

 

 

 錬金術の粋を極め、神仙の域へと至る至高の「仙丹」を練り上げようとする彼女は、最近耳にしたある一つの「理外の噂」に、その飽くなき探求心を向けていた。

 

 「……クク、ククク。キヴォトスの神秘もここに極まれり、といったところか。小鳥遊ホシノ……その娘の特異体質、もはや生物学という名の安っぽい殻を突き破っている。密度が極限まで高まったその肉体、その一部から得られる因子さえあれば……我が仙丹は真に『完成』の二文字を刻むはず。さあ、私に見せておくれ、その宇宙の深淵にも似た密度をね」

 

 カイは自身の気配を完全に消失させ、周囲の光屈折さえも操作する特製の隠密薬を煽ると、ホシノの住まう住宅へと音もなく忍び込んだ。

 

 狙うのは「小鳥遊ホシノの毛髪」一本。

 

 施錠された窓など、カイにとっては開いた口も同然だ。錬金術で分子結合を一時的に弛緩させ、彼女は物理的な抵抗を受けることなく、ホシノの寝室へと足を踏み入れた。

 

 「うへ……エビ…フライ……ムニャ……」

 

 ベッドに横たわるホシノは、無防備な寝顔を晒していた。だが、彼女が吐き出す寝息の一つ一つが、室内の気圧を微かに変動させ、重厚な鉄骨で組まれたベッドのフレームを、巨大な生き物の骨が軋むようにミシミシと鳴らしている。

 カイは喉を鳴らし、腰のポーチから特製の採取道具を取り出した。

 

 「……おやおや、なんという無防備。だが、その周囲に渦巻く重力場は、まるで触れる者すべてを拒絶する結界のようだね。……よろしい。まずはこの、超高張力チタン合金をさらに錬成して硬度を高めた、特製ピンセットで失礼しよう」

 

 それは、重火器の極小部品を精密に固定するために作られた、並の鉄ならば紙のように容易に噛み切る強固な道具だった。

 カイは慎重に、ホシノの枕元に、まるで神殿の供物のように散らばるピンク色の髪の一本を狙い、その先端を確実に挟み込んだ。

 

 

 メキョッ。

 

 「……は?」

 

 

 カイの手の中で、硬質な、しかしどこか虚しい手応えが響いた。ピンセットの先端が、ホシノの髪を摘んだ瞬間にぐにゃりと飴細工のようにひしゃげ、ひっくり返ったのだ。

 髪の毛という「圧倒的な密度」が、ピンセットの挟む力をすべて反発させ、あろうことか構造そのものを内側から破壊してしまった。

 

 「……私の、私の最高傑作の一つが、たかが髪一本を挟んだだけでこれか……? クク、面白い。面白すぎるよ、小鳥遊ホシノ! これこそが、私が求めていた至高のピースである何よりの証左だ!」

 

 カイの目に、冷徹な探求心を超えた、狂気混じりの熱が灯る。彼女はすぐさま次の手段に打って出た。

 

 「ならば、次はこれだ。超振動粉砕カッター。毎秒数百万回の高周波で分子の結合を物理的に断つこの刃なら、いかなる高密度物質も沈黙するはずだ。さあ、その神秘を私に差し出しなさい」

 

 カイが震える手でカッターを起動し、ホシノの髪の毛に押し当てた。

 

 

 キィィィィィィィィィィィン!!

 

 

 深夜の静寂を切り裂くような、重金属同士が全力で擦れ合う凄まじい高音が響く。だが、髪の毛は一本たりとも切れない。

 どころか、摩擦熱で真っ赤に焼けたカッターの刃が、ホシノの髪の毛に触れている部分からボロボロと砂のように崩れ去っていく。

 

 「……切れない? 分子結合を断つ刃が、逆に破壊されている……!? 私の、私の錬金術が、たかが物理的な密度に負けているというのか……!?」

 

 次に彼女が取り出したのは、王水をも凌駕し、ドラゴンの鱗さえ溶かすという極悪な腐食性薬剤だった。これを髪の根本に塗り、溶かして採取しようという算段だ。

 だが、スポイトから薬液を垂らした瞬間、ホシノの髪から発せられる謎の斥力、あるいはあまりに密なキューティクルによって、液体は一滴も浸透することなく、表面を滑って逆にカイの顔の方へと跳ね返ってきた。

 

 「……っ!? ひっ……危ない……!! なんてデタラメな……。もはやこれは物質ではなく、一本一本が独立した『不可侵領域』ではないか……!」

 

 

 それから、カイの孤軍奮闘が始まった。

 

 超小型の熱線レーザーを一点集中で照射する。――レーザーが鏡面反射のごとく全反射し、ホシノの部屋のカーテンと壁に綺麗な穴が開いた。

 

 強力な超電導磁石で引き抜こうとする。――磁力の反動でカイ自身の持っていた精密機材がショートし、小規模な爆発を起こした。

 

 物理的に引き抜くため、小型の油圧ジャッキを設置しようとする。――ホシノが夢の中で「うへへ、エビフライ……」と寝返りを打ち、その際に出たわずかな衝撃波で、ジャッキがプラスチックのおもちゃのように粉々になった。

 

 

 ……気がつけば、窓のカーテンの隙間から、無慈悲な朝日が薄明るく差し込み始めていた。

 

 

 「はぁ……、はぁ……。……バカな。もう、八時間が経過したというのか。この私が……申谷カイが、たかが髪一本に、これほどの時間と資材を浪費するなど……」

 

 カイの顔は、疲労と屈辱で土気色になっていた。目の前では、ホシノが「うへ〜、なんだか昨日より体が軽い気がするよぉ……」と、寝言を言いながら実に快適そうに伸びをしている。

 

 「……ふ、ふざけるな……! 今日は……今日は一時撤退だ。私は認めない。私の錬金術が、こんな不条理に敗北するなど。……クク、次は、次はもっとマシな方法を用意してあげよう」

 

 カイはイライラを抑えきれぬまま、吐き捨てるように言い残し、煙のように部屋を後にした。

 

 

 

 

 アビドス高等学校へと続く一本道。

 

 カイは、徹夜の疲労と精神的なダメージを無理やりねじ伏せるため、自身の神経を極限まで尖らせる「特製・超覚醒秘薬」を無理やり喉に流し込み、校門から遠く離れた砂丘の影に身を潜めていた。

 

 「……ぐっ、反吐が出るほど苦い。だがこれで意識は保てる。……気配遮断薬、追加投与。……これで、誰にも私の姿は見えないはずだ」

 

 彼女は自身の存在を風景に溶け込ませ、高性能の電子望遠鏡でターゲットを監視する。ほどなくして、アビドスの生徒たちが登校してきた。

 

 「おはよ、ホシノ先輩。……今日の先輩、少し浮いてる。ん、重力係数が昨日より0.001%低下中。……いい傾向。ん、歩行による道路破壊、微減」

 

 「うへ〜、シロコちゃんおはよ。おじさん、今日はなんだか頭がスースーするんだよね。不思議だねぇ」

 

 その会話をマイクで拾いながら、カイは冷や汗を拭った。

 

 「(……正気か? あの銀髪の娘、重力係数を挨拶の基準にしているのか? ……アビドスの生徒は、全員あんな怪物なのか……?)」

 

 さらに監視を続ける。ホシノが校門をくぐる際、段差に軽く躓いた。

 

 

 ドォォォォォン!!

 

 局地的な地震が発生し、校門の門柱が目に見えて大きく揺れる。

 

 

「(……躓いただけで局所地震だと? クク、やはり私の目は節穴ではなかった。あの肉体、あの存在感……。あれこそが究極の生命の完成形。仙丹の、最後の、そして最大のピースだ。絶対に手に入れてやる……!)」

 

 だが、その後の光景は、カイの理解をさらに、絶望的なまでに超えていた。

 

 

 ホシノが昼休みに「エビフライ特盛り」を食べる際、咀嚼するたびに学園中の窓ガラスが共鳴し、アヤネという少女が「先輩! 咀嚼音で音響兵器並みのデシベルを出さないでください!」と悲鳴を上げている。

 

 さらにお昼寝の時間。ホシノが中庭の芝生に横になると、その自重だけで土が圧縮され、深さ数十センチの巨大なクレーターが出来上がった。

 

 「……化け物だ。……いや、化け物という言葉ですら、あまりに矮小だ。あれはもはや、人型をした天災、あるいは歩くブラックホールそのもの……」

 

 カイはガタガタと震えながら、それでも執念深くターゲットを追い続けた。これほどまでの「完成」を目の当たりにして、錬金術師として引き下がるわけにはいかなかった。そして、ついにその瞬間が訪れた。

 

 

 夕暮れ時。生徒会活動(という名のお昼寝)を終え、帰り支度をしていたホシノが、校舎の廊下でふと立ち止まり、頭を掻いた時のことだ。

 

 「んー、なんだか今日は髪が絡まるなぁ。えいっ」

 

 ホシノが少し強めに、自身の重い指を髪に通した瞬間。

 

 

 はらり、と。

 

 

 一本の、ピンク色の長い髪が、キヴォトスの重力に従って床へと落ちた。いや、その髪の毛自体が周囲の空気を吸い込み、床を叩くように落下した。

 

 「(――ッ!! 落ちた! 落ちたぞ!! 天は、真理は我に味方した!)」

 

 カイは興奮のあまり、潜伏していた砂丘を拳で叩き壊し、砂煙を舞い上げた。

 

 

 

 

 

 

 深夜。再び静寂に包まれたアビドス高等学校。

 

 カイは執念の末、再び忍び込んだ。昼間、ホシノが髪を落としたあの廊下の地点へと。

 暗闇の中、彼女の目は執着の炎でギラギラと輝いていた。懐中電灯で照らされた床には、確かに一本の髪の毛が、まるで王冠の宝石のように鎮座している。

 

 「……ふふ、ふふふ。……ようやく。ようやく私の手に。今度こそ私の勝ちだよ、小鳥遊ホシノ。これを持ち帰り、分析し、私は真の仙人へと至る……!」

 

 カイは、今度はピンセットのような脆弱な道具ではない、物理的な「クレーン構造」を持った小型の自動採取メカを床に設置した。

 先端の爪はダイヤモンドをも噛み砕く超鋼鉄製。これを髪の毛の下へ慎重に滑り込ませ、一気に油圧の力で持ち上げる作戦だ。

 

 「……作動。さあ、私のもとへ来なさい!」

 

 

 ギギギギギギギィィィィィィィン!!

 

 機械のモーターが、過負荷によって悲鳴を上げた。

 

 

 「……な、上がらない? なぜだ!? たかが髪一本だろうが! なぜピクリとも動かない!!」

 

 カイは驚愕した。髪の毛そのものが、一本で数十キログラム、あるいはそれ以上の「実効質量」を持っているかのように床にへばりついている。それだけではない。

 採取メカの爪が髪の毛を「摘み上げよう」とした瞬間、髪の毛の硬度がメカの爪の限界を上回り、摘んだ部分から上が、髪の毛という断頭台の刃によって切断されるかのように、機械側がボロボロと削れ、ひしゃげていく。

 

 「……ああ。ああああ!! 私の、私の自慢の道具たちが!!」

 

 カイは発狂しそうになりながら、今度は道具を捨て、自分の手で直接髪の毛を掴もうとした。

 

 「……こうなったら、この私の指で、直接毟り取ってやる――ッ!!」

 

 指先が髪に触れた瞬間、カイの顔から、すべての血の気が引いた。

 

 重い。

 

 あまりにも、重い。

 

 指先に食い込むその一本の糸は、まるで「地球そのもの」を一本の指だけで持ち上げさせられているかのような、絶望的な、そして圧倒的な重量感だった。

 持ち上げようと全身の力を込めるたびに、カイの指の骨が、そして腕の筋肉が、ミシミシと断末魔を上げ始める。

 

 「……無理、だ」

 

 カイは、その場に力なく膝をついた。

 

 目の前にあるのは、たった一本の、美しいピンク色の髪の毛。

 

 だが、それは自分のような錬金術師が、あるいはこのキヴォトスの知性が、不用意に触れて良い領域ではなかったのだ。

 それは「物質」ではなく、不可解な「重圧」の塊だった。

 

 「……私……昨日の夜から、一体何をしていたんだ……?」

 

 深夜に忍び込み、一晩中道具を壊し続け、貴重な秘薬を湯水のように使い、一日中砂漠の猛暑に耐えながら監視し……。

 

 得られた結果は、自分の大切な指を傷め、自慢の機材をただの鉄屑に変えただけ。

 

 

 

 「……アホくさ」

 

 

 カイの目から、すべての知的な光が消えた。

 

 彼女は自分の中で、何かが、プライドのような、あるいは「理を究める」という信念の限界のようなものが、カランと虚しく砕け散る音を聞いた。

 

 「……帰ろ。……時間の……ドブ捨てだよ、これは。……仙丹なんて、最初からなかったんだ……」

 

 カイは、もはや気配を隠す薬の効果も切れかかっていることに気づきもしないまま、トボトボとした足取りで、深夜の廊下を去っていった。

 その後ろ姿は、仙人を目指す孤高の錬金術師ではなく、ただの疲れ果てた、現実に打ちのめされた少女そのものだった。

 

 

 

 

 カイが去った後の廊下。

 

 闇の中から、優雅に、しかしどこか不気味な気配を纏った男が、紅茶のカップを手に現れた。

 

 「おやおや……。七囚人の申谷カイ君、でしたか。……期待して観測していたのですが、案外と見切りが早かったですね。……賢明と言えば賢明ですが」

 

 黒服は、ホシノが残した髪の毛を愛おしげに見つめ、満足そうに頷いた。

 

 「小鳥遊ホシノの研究に関しては、私こそが第一人者。彼女の細胞一つ、毛髪一本にどれだけの『神秘』と『絶対的質量』が詰まっているか。……素人が不用意に手を出して良い領域ではないというのに。……クク、実に滑稽だ」

 

 黒服は、ホシノの髪の毛が自重で床に開けた「微細な陥没穴」を指でなぞり、悦びに肩を震わせる。

 

 「さて、この貴重なサンプルは、私が責任を持って回収しておきましょう。……もちろん、彼女の毛髪一本につき一億クレジットという、正当な『投資』をアビドスの口座に振り込んだ上で、ね。……これもまた、神秘への正当な対価だ」

 

 黒服の低く、愉悦に満ちた笑い声が、深夜の校舎にいつまでも響いていた。

 

 その頃、ホシノは自宅のベッドで「うへ〜、なんだか今、誰かに褒められたような気がするよぉ……。……明日は、エビフライが三本増えるといいな……」と、幸せそうな寝言を漏らしていた。




【おじさんの「重い」お悩み相談】

 うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。

「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?

 全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。

 あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。

 みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。
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