【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常 作:ていん?が〜
キヴォトスの全生徒の活動を支援する連邦捜査局「シャーレ」。
そこでは毎日、各学園の生徒が交代で「当番」として派遣され、先生の業務を手伝うのが恒例となっていた。
しかし、シャーレの公式な当番ローテーション表の「アビドス高等学校」の欄には、ある奇妙な注意書きが太字で記されている。
『小鳥遊ホシノ:本人の希望、およびシャーレ庁舎の構造的耐久力の限界、並びに周辺環境への物理的影響を考慮し、当番業務から無期限に除外とする。なお、本人の来訪時は最大警戒レベルを維持すること』
この特例措置が取られるまでには、キヴォトスの歴史に刻まれるべき「重厚な一日」があった。
「うへ〜、先生。おじさん、今日は当番としてやってきたよ。いつもアビドスがお世話になってるお礼に、今日はおじさんが先生を楽にさせてあげようと思ってねぇ」
シャーレのオフィス。自動ドアが開くと同時に、建物全体が「ドォォォォン……」という地鳴りにも似た重低音と共に数センチほど沈み込んだ。
ホシノが一歩踏み出すたびに、洗練されたオフィスフロアのタイルが、まるで巨大なプレス機にかけられたようにバキバキと音を立てて放射状に砕け散っていく。
「あ、あ、ああ……ホシノ。来てくれたのは、その、すごく嬉しいんだけど……。まずは、入り口のその、補強杭が入っているあたりで立ち止まってくれないかな?」
デスクで事務作業をしていた先生は、ペンを持つ手をガタガタと震わせながら叫んだ。
ホシノが入り口からデスクまでの数メートルを「軽く」歩いただけで、先生の机の上にあるコーヒーカップの中身は、小規模な津波のように全て溢れ出していた。
「おや、先生、顔色が悪いよ? 肩でも揉んであげようか。おじさん、握力にはちょっと自信があるんだよね。ほら、100トンを支える筋肉は伊達じゃないよ」
ホシノが親切心から先生の背後に回ろうと、少しだけ歩速を上げた。その瞬間、床下の鉄筋が「ギィィィィン」と断末魔のような悲鳴を上げた。
「待って! ホシノ、ストップ! 気持ちだけ受け取っておくから! それは物理的な意味で、人類には早すぎるマッサージだ!」
先生は全力でデスクから飛び退いた。かつて、アビドスでホシノの肩を叩こうとしたセリカが、シロコのタックルで救出された話を思い出していたのだ。
100トンの質量を持つ少女の「肩揉み」など、もはや工業用プレス機で脊椎を分子レベルまで圧縮するのと同義である。
「うへ〜、先生もつれないなぁ。じゃあ、おじさんは大人しくお茶でも淹れようかな。先生、熱いのと冷たいの、どっちがいい?」
ホシノは給湯室へと向かった。彼女が給湯室に入った瞬間、ビルの配管が異常な圧力で捻じ曲がり、隣接する会議室の壁に巨大な亀裂が走った。
「ん、ホシノ先輩。……お茶、私が代わる。先輩はそこに座って。……動かないで。なるべく、重心を分散させて。……一点に圧力を集中させると、建物が抜ける」
あまりの事態に、護衛(兼、ストッパー)として密かについてきていたシロコが、物陰から飛び出した。
彼女はホシノから正確に2メートルの安全距離を保ちつつ、先生に「避難して」という合図を送りながら、手早く急須を用意する。
「シロコちゃん、おじさんを子供扱いしないでよ。これくらい、おじさんだってできるんだから。……おっと」
ホシノが急須の蓋を、指先でつまもうとした。
パキィィィィィィン!!
最高級の磁器で作られた急須は、ホシノの指先がかすかに触れた瞬間に構造を維持できなくなり、ただの白い粉末となって床に降り積もった。
彼女の指先にかかる圧力は、すでに深海の底を越えていた。
「…………うへへ。先生、おじさんの指、ちょっと乾燥してたみたいだねぇ」
「乾燥の問題じゃないよ、ホシノ! それ、特注の強化セラミックだったはずなんだけど……」
先生が頭を抱えていると、シャーレのロビーから血相を変えたアヤネとセリカが駆け込んできた。
「やっぱり! ホシノ先輩、勝手にシャーレになんて来るから! 先生、ごめん! 今すぐ会長を回収するから! アヤネちゃん、早く!」
「セリカちゃん、落ち着いて! 先生、今すぐ黒服さんに連絡して、シャーレの再建築予算を……あ、でも、建物自体がホシノ先輩の自重で、北北西に5度ほど傾斜し始めていますね。修正は困難です」
アヤネがタブレットの水平器を凝視しながら、冷静かつ絶望的なトーンで報告する。
セリカはセリカで、「なんで歩くだけでビルを傾けさせるのよ!」と叫びながら、先生のデスクが滑り落ちないよう必死に支えていた。
「あはは! 先生、お疲れ様! ホシノちゃんが当番なんて、シャーレが更地になっちゃうね!」
背後から能天気に現れたのはユメだ。彼女は先生のデスクの横に平然と立ち、ホシノに手を振っている。
「ユメ先輩……笑い事じゃないんですよ……。先生、見てください。ホシノ先輩がただ立っているだけで、ビルの構造計算が狂って、自動火災報知器と構造崩壊アラートが同時に鳴り始めています……」
アヤネの言葉通り、オフィス内には「致命的な構造不備を検知しました。直ちに屋外へ退避してください」という無機質なアナウンスが響き渡った。
「うへ〜、おじさん、ただ先生のお手伝いをしたかっただけなんだけどなぁ。キヴォトスの建物は、おじさんの善意を受け止めるにはちょっと華奢すぎるみたいだね」
ホシノはしょんぼりと肩を落とした。彼女が落胆して床を少しだけ――本当に、ごくわずかに――強く踏んだ瞬間。
ドゴォォォォォォォン!!!
シャーレ庁舎の1階フロアが、ホシノを直撃した100トンの衝撃に耐えきれず、完全に陥没した。
ホシノとシロコ、そして巻き込まれた先生たちは、そのまま地下の備蓄庫へと「最短距離」で直通することになった。
「…………。先生、おじさん、やっぱり当番は向いてないみたいだね」
暗闇の中、自らの重みで作った穴の底から、ホシノは申し訳なさそうに呟いた。
「……うん。ホシノ。君の気持ちは本当に嬉しいんだけど、君がいるだけでシャーレが物理的に消失しそうなんだ。君の当番は、『アビドスでおじさんとして、地面を壊しすぎない程度に元気に過ごすこと』。それを今日の、そしてこれからの業務にしてくれないかな?」
先生が土埃の中で必死に諭すと、ホシノは納得したように「うへへ」と笑った。
「ん、先生の判断は正しい。……ホシノ先輩を室内に入れるのは、ブラックホールをガラス瓶に詰めようとするのと同じ。ん、先輩。……帰りにエビフライ、買っていこう。100本、背負ってもいいよ」
「シロコちゃん、100本じゃおじさんの体重の誤差にもならないよ〜」
シロコがホシノの手を引き(といっても実際には触れず、細心の注意で誘導するだけだが)、崩落したシャーレの瓦礫の山を越えて、入り口へと向かっていく。
「もう、ホントに人騒がせなんだから! アヤネちゃん、修理見積書、作成開始!」
「了解、セリカちゃん。……あ、でも先生、今回の件は公務中の事故ですから、請求先はアビドスの復興基金……あ、黒服さんの個人口座の方に直接リンクしておきました」
アヤネが頼もしい笑顔で端末を叩き、アビドスの面々は去っていった。
数日後。シャーレの当番表にあの「特例措置」が正式に書き加えられた。先生は、今でも時々、アビドスの方向から届く微かな地響きを感じるたびに、窓の外を確認する。
彼女が歩いてくる際に出る「ドォン、ドォン」という重低音を聞くたびに、先生はコーヒーカップを両手でしっかりと保持し、世界の「重み」に備えるのが日課となった。
100トンの少女がそこにいるだけで、秩序は揺らぎ、建物は沈む。
しかし、その圧倒的な存在感こそが、シャーレにとっても、アビドスにとっても、何物にも代えがたい「重い」愛の象徴なのだった。
「うへ〜、先生。おじさん、今日はアビドスの生徒会長室から応援してるよ。……あ、先生。今、ちょっとだけ地面が揺れたでしょ? それ、おじさんの『頑張れ』っていう気持ちが地面を伝わった証拠だよ」
電話越しに聞こえるホシノののんびりした声と共に、シャーレのデスクの脚が一本、耐えきれずに音を立てて折れた。
【おじさんの「重い」お悩み相談】
うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。
「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?
全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。
あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。
みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。