【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常 作:ていん?が〜
アビドス高等学校、生徒会室。
窓の外にはどこまでも続く黄金の砂漠が広がり、室内には黒服の投資によって新調された、一脚で家が建つほどの超高耐荷重オフィスチェアが並んでいる。
まだ主役が登校してこない静かな朝、会計の黒見セリカは、ふと手元の資料をめくる手を止めた。
「ねえ、アヤネちゃん。……ずっと気になってたんだけどさ」
「どうしたの、セリカちゃん? また黒服さんからの寄付金に、不審なゼロが一個増えてた?」
書記の奥空アヤネが眼鏡のブリッジを押し上げながら聞き返す。セリカは首を横に振り、ホシノがいつも座っている――もはや床ごと数センチ沈み込んでいる――特等席を見つめた。
「そうじゃなくて。ホシノ先輩のことよ。……あの『100トン』っていう規格外の体質、一体いつからなの? 生まれた瞬間からあの質量だったのか、それとも後天的に……何かの神秘の影響でああなったのかしら」
アヤネの手が止まった。
「……確かに、言われてみれば興味深いね。後天的だとしたら、一体どんな事件に巻き込まれたら人間が戦車並みの密度になるのか想像もつかないけど。もし先天的だとしたら……」
「……出産したお母さん、無事だったのかしら…?重い過去、っていうレベルじゃないわよね、物理的に」
「そうだね。でも、先輩って自分の昔の話、全然してくれないでしょ? やっぱり、あまり触れられたくない『重い』事情があるんじゃないかな……」
二人がそんな、深淵を覗き込むような神妙な面持ちで語り合っていると、廊下の向こうから「ドォォォォン……ドォォォォン……」という、規則正しい大地の鼓動が近づいてきた。
「うへ〜、おはよ〜。今日もおじさん、登校するだけでフルマラソンした気分だよぉ」
副会長の十六夜ノノミと砂狼シロコに付き添われ、生徒会長・小鳥遊ホシノが姿を現した。彼女が一歩踏み込むたびに、特注の防振床が「ギギギ」と断末魔のような音を立てる。
「(ヤバい、噂をすれば!)」
「(落ち着いてセリカちゃん、普段通りに……!)」
セリカとアヤネは、内心の動揺を隠して必死に事務作業に没頭するフリをした。
だが、絶対的質量による絶対的な余裕に浸りきっているホシノは、すこぶるほど「勘が鈍い」。後輩二人の不自然な硬直には微塵も気づかず、よっこいしょ、と自分の指定席(陥没地帯)へ沈み込んだ。
「そういえば、ホシノ先輩。ふと思ったんですけど〜☆」
お茶を淹れていたノノミが、事も無げに、爆弾のような質問を投げかけた。
「先輩って、生まれた時からそんなに『パワフルな密度』だったんですか?」
「(っ!? ノ、ノノミ先輩!?)」
「(なんて突拍子もないことを……!)」
セリカとアヤネが心の中で激しく突っ込み、顔を青くする。せっかく「重い過去」に配慮して黙っていたのに、このお嬢様は天然という名の重戦車で地雷原を突き進んでいく。
だが、ホシノは空を仰いで「うへ〜」と笑った。
「ん? ああ、そだよ〜。おじさん、最初からこれくらい『詰まって』たんだよねぇ」
「(そだよ〜、じゃないわよ! 肯定が軽すぎるわ!)」
「(やっぱり先天的だったんですか!? 物理法則はどうなってるんですか!)」
二人の心の叫びを余所に、今まで黙っていたシロコも興味深そうに耳を動かした。
「……ホシノ先輩の過去、初耳。ん、私も気になる。……何キロで生まれた?」
「あはは、シロコちゃんまで。みんなおじさんの昔話が聞きたいの? 別に隠してたつもりはないんだけど、聞かれたことなかったからねぇ。……まあ、いい機会だし、おじさんの『重厚な』誕生秘話でも話してあげようか」
ホシノは自販機でジュースを買うような気楽さで、とんでもない話を切り出した。
「おじさんが生まれた直後の話なんだけどね。取り上げてくれたお医者さんが、おじさんを持ち上げようとした瞬間に、両腕が『バキバキッ』て骨折しちゃったんだって。なんせ2トンもあったからねぇ」
「……2トン!?」
「生まれたてで!? 軽自動車より重いじゃないですか!」
「それだけじゃないよ。おじさんを支えきれずに手が滑っちゃってさ。そのままおじさん、病院の床を貫通して、地下4階のボイラー室まで真っ逆さまにめり込んで落ちたんだってさ。いや〜、あの時は病院中が大騒ぎだったらしいよぉ、うへへ」
生徒会室に、凍りついたような沈黙が流れた。
セリカとアヤネは、赤ん坊がコンクリートの床を何層も突き破っていく地獄絵図を想像し、顔を引きつらせてドン引きしている。
「あらあら〜、生まれた時からとってもパワフルだったんですねぇ☆」
ノノミだけが、まるで「元気な赤ちゃんね」とでも言うようなほんのりした調子で感心している。
「……流石、ホシノ先輩。ん、生を受けた瞬間から世界の理(ことわり)を破壊している。私の憧れる先輩に相応しいエピソード」
シロコは、なぜか自分のことのように誇らしげに鼻を高くしていた。
セリカが我慢できずに、ガタガタと震える膝を押さえながら身を乗り出した。
「ちょっと待ってよホシノ先輩! その後どうしたのよ!? 幼少期とか、普通に生活できたわけ!?」
ホシノは遠い目をしながら、昨夜の献立でも思い出すかのような気安さで、いくつかのエピソードという名の「事件」を指折り数えて語り始めた。
「んー、幼少期は今より力の制御ができなかったからねぇ」
ホシノは懐かしむように語る。
「三歳の時にお母さんと手を繋いで散歩してたら、おじさんがちょっと踏ん張っただけで、繋いでた側の道路が1キロにわたって液状化現象を起こして全壊しちゃったことがあったね。」
ホシノはのんびりと語るが、アヤネは、少女の一歩でアスファルトが波打ち、電柱が次々と倒壊していく大惨事を幻視して目眩を覚えた。
「そして、幼稚園の砂場で山を作ろうとしてスコップを刺したら、その振動で隣の区画のビルの窓ガラスが全部割れちゃったこともあったっけ。」
衝撃波が空気を伝わり、高層ビルの窓が粉々に弾け飛ぶ光景。セリカは、それがテロではなく園児の砂遊びの結果であることに、戦慄を禁じ得なかった。
「それと…あぁ、そうそう。公園のシーソーに乗った瞬間、対面に座ってた子が宇宙まで飛んでいきそうになったから、慌てて飛び降りたら、今度はシーソーが地面にめり込んでブラジルまで突き抜けそうになったこともあったんだよね」
ホシノは「懐かしいねぇ」とのんびり語るが、聞いている方はたまったものではない。
「……それ、もはや歩く弾道ミサイルじゃない」
「そうだよ、セリカちゃん。だからおじさんに喧嘩を売る子なんて一人もいなかったよ。というか、おじさんが通るだけで半径50メートルから人がいなくなるんだもん。ついには行政が動いてねぇ。おじさんが歩いても大丈夫なように、専用の『超強化耐荷重ロード』が街中に作られたんだよ。おじさん一人のために、都市計画が書き換えられちゃった」
「……言葉が出ませんよ……」
アヤネが真っ白になって燃え尽きている。そんな中、セリカがふと、最も気になっていたことを尋ねた。
「……ねえ、ホシノ先輩。……家族は、どう思ってたの? そんな、化け物……じゃなくて、規格外な子が生まれてきて」
ホシノは一瞬、きょとんとした後、いつも通りの眠たげな笑顔を浮かべた。
「ん? 『元気でよかったね〜』って、全然気にしてないみたいだったよ。お父さんもお母さんも、おじさんが床を抜いても『あらあら、また成長期かしら』なんて言って笑って、いつもお腹いっぱいご飯を食べさせてくれたしね」
「「((軽い……!!))」」
セリカとアヤネは確信した。この物理的な「重さ」を受け流す精神的な「軽さ」は、間違いなく遺伝であると。
「それで、お父さんの仕事の都合でここ、キヴォトスのアビドスに引っ越してきたんだ。そこでアビドス高等学校に入学してからは、まあ、みんなが知っての通りだよ」
ノノミは「素敵なご家族ですね〜」と微笑み、シロコは「ん、アビドスの地盤が固いのは、ホシノ先輩が踏み固めたおかげ」と納得の表情。アヤネは「私の苦労の源流がようやく理解できました……」と遠い空を見ていた。
そこへ、扉が勢いよく開いた。
「おはよ〜! みんな、朝から何の話をしてるの?」
アビドスOGの梔子ユメが、お盆にエビフライの皿を山盛りにして入ってきた。
「あ、ユメ先輩。おはよ〜。今ね、おじさんの昔話をしてたんだよ」
「あら、懐かしいねぇ! ホシノちゃんが一年生で入ってきた時のこと? あの時は本当に大変だったんだから!」
ユメはエビフライをテーブルに置くと、楽しそうに話し始めた。入学当時、アビドスには生徒会長であるユメただ一人しかいなかった頃の話だ。
「入学式のあとね、ホシノちゃんが緊張して自分の机に座った瞬間、椅子がそのまま床を突き破って一階までストーン!って落ちちゃったんだよ。当時のアビドスはまだ校舎も古かったからね」
ユメは懐かしそうに目を細め、山盛りのエビフライを指差しながら当時の光景を語り始めた。
その凄まじい内容に、セリカとアヤネは手に持っていたペンを落とし、椅子が軋む音さえ立てられないほど硬直した。
「私は慌てて下の階に駆けつけて、『一階まで一瞬で移動するなんて、素敵なサプライズだね!』って、穴の底で呆然としてるホシノちゃんに握手を求めたんだ」
さらりと言ってのけたユメだったが、聞いている後輩たちは「どんなポジティブ思考なのよ」と心の中で一斉に突っ込んだ。
二階の床に巨大な穴を開けておきながら、呆然と立ち尽くす新入生のホシノを想像し、アヤネは胃のあたりをそっと押さえた。
「それから、自力で穴の底から這い上がってきたホシノちゃんを見て、『よく頑張ったね』って労おうとして肩を叩いたんだけど……」
ユメは自分の肩を叩くジェスチャーを見せる。だが、その直後の描写に移る際、彼女の笑顔はより一層輝きを増した。
「その瞬間にホシノちゃんの『防御本能』が働いちゃって! 私の腕がコンクリートミキサーに突っ込んだみたいな音がして、そのまま反対側の壁まで吹っ飛んじゃったんだよ〜!あはは!」
屈託なく笑うユメの横で、ホシノは「うへぇ〜、恥ずかしいですよユメ先輩……。おじさん、あの頃はまだ尖ってたんだから、あんまり掘り返さないでよぉ」と、真っ赤になった顔を隠すように俯いた。
「吹っ飛んだって……ユメ先輩、よく無事でしたね……」
セリカが震える声で呟く。
「ん、ユメ先輩の生存能力、未知数。……ホシノ先輩の質量を受け流せるのは、この世でユメ先輩だけ」
シロコは、事も無げにエビフライを口に運ぶユメの腕を、畏敬の念を込めて見つめていた。
賑やかな笑い声が、補強された生徒会室に響き渡る。
その日の帰り道。
夕日に染まる砂漠の道を、ホシノは一人で歩いていた。
ドォン、ドォン……。
規則正しい地響きが、彼女の歩みを物語る。
ホシノはふと、自身の重い足元を見つめた。
「(……重い、か)」
幼い頃から、家族だけはいつも「元気でいいことだよ」と自分を慰め、愛してくれた。
けれど、家の外にある世界は、家族の温もりだけでは癒えないほどの「孤独」に満ちていた。
触れれば壊れる。歩けば壊れる。
自分の質量は、周囲の人々を遠ざける物理的な壁だった。
子供たちは自分を「怪物」として恐れて泣き叫び、大人たちは「天災」として遠巻きに、忌々しげに眺めていた。
家族の愛というシェルターの中にいても、一歩外に出れば、冷たい拒絶の視線が突き刺さる。
家族以外の誰の手も届かない、透明な檻。どれだけ誰かに触れてほしくても、その「密度」がすべてを拒絶し、孤独を深めていった。
けれど、あの人は違った。
アビドスに来て、最初に出会ったあの先輩。
梔子ユメ。
彼女だけは、家族以外で初めて、ホシノの「100トン」の質量を前にしても、一度たりとも怯むことはなかった。
それどころか、初対面でいきなり、命の危険も顧みずに自分へ手を伸ばしてきたのだ。
『ホシノちゃん! 愛の重さだと思えば平気だよ!』
そう言って、躊躇なく自分を抱きしめ、頭をなで回してきた。
だが、ホシノは知っている。
ユメはキヴォトス人の中でも確かにタフな方だが、それでも100トンの塊とスキンシップを取るたびに、彼女の骨は悲鳴を上げ、内臓は圧迫され、少なからずダメージを受けていたはずだ。
それでもユメは、一度も顔を顰めることなく笑い続けた。
卒業してからも、自分の維持費を稼ぐために飛び回り、こうして毎日遊びに来ては、壊れることを恐れずに触れてくれる。
「(……救われてたんだよね、おじさん)」
独りぼっちの「質量」に、意味を与えてくれたのは彼女だった。
そして今では、一定の距離を保ちながらも、自分の「重み」を当たり前の日常として受け入れてくれる、騒がしくて愛おしい後輩たちがいる。
ホシノは立ち止まり、長く伸びた自分の影を見つめた。
「……ありがとう、ユメ先輩」
そして。
「ありがとう、みんな」
誰にも聞こえないような、けれど絶対的な質量を伴った静かな声でそう呟くと、ホシノは再び歩き出した。
一歩ごとに、大地が震える。
けれどその足音は、もはや孤独な怪物の咆哮ではなく、大切な場所へと帰るための、力強く優しい鼓動のように響いていた。
アビドスの夜は、今日も100トンの温もりと共に、ドッシリと更けていく。
【おじさんの「重い」お悩み相談】
うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。
「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?
全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。
あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。
みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。