【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常   作:ていん?が〜

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アリウス編開始です。


第15話:おじさんの寝床は、アリウスの絶望を包み込む

 アリウス自治区。その最も深く、冷たい湿気が立ち込める「ベアトリーチェ」の居室。

 

 豪奢だがどこか毒々しい装飾に囲まれた一角で、彼女は不機嫌そうに端末の画面を凝視していた。

 

「……不可解。実に不可解だわ。この私の目を盗んで、これほどまでのリソースがどこへ消えているというの?」

 

 ベアトリーチェは、ゲマトリアの共通口座から流出している「用途不明の莫大な資金」のログを遡っていた。彼女の眉間に深い皺が刻まれる。

 

 

 

 

【2年前・ゲマトリア拠点】

 

「どういうことかしら、黒服っ! 説明なさい!!」

 

 静寂が美徳とされるゲマトリアの会議室に、ベアトリーチェのヒステリックな絶叫が響き渡った。彼女は手元の端末を、優雅に椅子に座る黒服の鼻先に突きつける。

 

「おや、どうしましたか、マダム。そう声を荒らげては、貴女のお美しい顔が台無しですよ?」

 

「とぼけないで! 共通の活動資金から、毎月定期的に『天文学的数値』の資金が流出している。これは一体何の冗談? 私の研究費だけでなく、マエストロやゴルコンダの研究予算まで削られているのよ! 彼らからも執拗な苦情が来ている。これ以上私腹を肥やすつもりなら、即刻ゲマトリアから追放してあげてもいいのよ!」

 

 ベアトリーチェの詰め寄りに対し、黒服は動じるどころか、むしろ悦びに満ちた溜息を漏らした。

 

「……クク、ククク。マダム、貴女には分かりませんか? 私が見つけたのです。このキヴォトスという歪な箱庭の中で、一生を……いえ、ゲマトリアとしての永劫の時間をすべて投げ打ってでも追い求めたい、『至高の神秘(重力)』をね」

 

「何を言っているの!? 趣味に公金を使うなと言っているのよ! これ以上勝手をするなら、以後その追求とやらは自費から出しなさい!」

 

「……自費、ですか。よろしい。分かりました。……ええ、それもまた、一興でしょう」

 

 黒服はあっさりと立ち上がり、何かに取り憑かれたような足取りで部屋を去っていった。

 

 

 

 

【現在・ベアトリーチェの部屋】

 

「……あの馬鹿。本当に自費から捻出していたのね」

 

 ベアトリーチェは呆れたように呟いた。

 

 風の噂によれば、黒服はニ年前から私財をすべて研究対象への「投資」に回し、私生活では毎日質素なふりかけご飯だけで凌いでいるという。

 ゲマトリアの一員が、女子高生ひとりのために極貧生活に身を投じるなど、常軌を逸している。

 

 だが、だからこそベアトリーチェは気になったのだ。あの傲慢な黒服をそこまで狂わせ、盲信させる「対象」とは何なのか。

 

 カチッ。

 

 彼女がエンターキーを叩くと、画面が切り替わり、一枚の写真が表示された。

 そこには、ピンク色の髪をなびかせ、眠たげな表情でエビフライを頬張る、なんとも緊張感のない少女の姿があった。

 

「……この娘が。小鳥遊ホシノ。噂には聞いていたけれど、まさかこれが『100トン』という不条理の塊だなんてね」

 

 詳細な観測データを読み進めるにつれ、ベアトリーチェの口角が吊り上がっていく。

 

「神秘という抽象的なアプローチではなく、この『物理的な超密度』。この特異体質さえ私の管理下に置き、サンプルとして解体すれば……私を真の至高へと連れていく、絶好の足がかりになるかもしれないわ。……クク、いいわ。黒服、貴方の宝物は私が有効活用してあげる」

 

 彼女は通信機を取り出し、冷酷な命令を下した。

 

「アリウススクワッド。聞こえているわね?」

 

 

 

 

 

 

 アビドス自治区、深夜。

 

 静まり返った街の影を、四つの人影が音もなく移動していた。

 

「……マダムからの指令だ。現在の全任務を放棄し、最優先でこの『小鳥遊ホシノ』を拉致、連行する」

 

 リーダーの錠前サオリが、冷徹な声で告げる。背後には、秤アツコ、戒野ミサキ、槌永ヒヨリが続いている。

 

「サオリ姐さん……。現在の任務を放棄してまで誘拐を優先しろだなんて……。その、小鳥遊ホシノという人は、相当な手練れ……いえ、私たちのような不幸な存在を、一瞬で捻り潰すような恐ろしい怪物なんですね……。ああ、きっとそうです、私たちは生きて帰れないんです……ぅ」

 

 ヒヨリが震える手で重火器を抱え直し、弱音を吐く。ミサキがそれを冷たく一蹴した。

 

「手練れかどうかは知らない。けど、ベアトリーチェから支給されたこの装備……出力がいつもの倍以上ある。あいつ、本気だね。……吐き気がする」

 

「……姫、顔色が悪いな。大丈夫か?」

 

 サオリの問いに、マスク越しの少女、アツコが静かに頷く。

 

「……うん、大丈夫。サッちゃん。……ただ、この街の空気が、少しだけ『重い』気がする」

 

 

 

 四人はホシノの自宅へと到着し、窓から寝室へと侵入した。

 

 そこには、無防備に、しかし「ドォォォォン……ドォォォォン……」という地響きのような寝息を立てて眠るホシノの姿があった。

 

「……ターゲットを確認。ミサキ、ヒヨリ、拘束の準備を。姫は入り口の警戒を頼む」

 

 サオリがホシノの腕を掴もうと、そっと指を伸ばした。

 触れた、その瞬間――。

 

「……ッ!?」

 

 サオリは反射的に手を引っ込めた。

 指先に走る、激痛。あと一秒、いやコンマ数秒でも長くホシノの腕を「掴もう」としていたら、自身の指の骨がすべて粉砕されていただろう。

 

「サオリ姐さん!? 何を……」

 

「……来るな! ミサキ、手を出すな! ……何だ、この『密度』は……。ただ眠っているだけだというのに、存在そのものが鋼鉄の塊を越えている……!」

 

 サオリの額から冷や汗が流れる。

 それから数時間。アリウススクワッドは持てる技術のすべてを駆使した。

 

 

 高強度のワイヤーで縛り上げる。――ワイヤーがホシノの重みに耐えきれず自壊する。

 

 四人がかりで持ち上げようとする。――床がひしゃげるだけで、ホシノは一ミリも浮かない。

 

 特製の麻酔銃を撃ち込む。――針がホシノの肌に触れた瞬間に粉々に砕け散った。

 

 

「ハァ……ハァ……。……サオリ姐さん、無理です、こんなの無理に決まってます……! 動かすことすらできないなんて、やっぱり私たちは呪われているんです……。雑誌の占いでも今日は最悪だったんです……ぅ」

 

 ヒヨリが肩で息をしながら絶望の声を上げる。ミサキも地面に手をつき、忌々しげにホシノを睨みつけた。

 

「サオリ姐さん、どうする? このままじゃ夜が明ける。……拉致なんて、物理的に不可能よ」

 

 サオリは、荒くなった呼吸を整えながら、懐から重厚な黒い球体を取り出した。

 

「……奥の手だ。……これを、使う」

 

「……っ。それ、ヘイロー破壊爆弾……?」

 

 ミサキの声が震える。ベアトリーチェの回想がサオリの脳裏を過る。

 

『サオリ、あの娘の体質が神秘によるものなら、ヘイローさえ消せばただの肉塊になるはずよ。最悪、死体でも構わない。確実に私の元へ運んできなさい』

 

「……やるんだね。サッちゃん」

 

 アツコの静かな言葉に、サオリは目を伏せた。

 

「……ああ。マダムの命令は絶対だ。……彼女の言うことを聞くのが、私たちの……救いなのだから。……姫、離れていろ。……ミサキ、ヒヨリ、爆風に備えろ」

 

 サオリは震える指を爆弾のピンにかけた。

 その時だった。

 

 

「うへ……エビフライ……おかわり……」

 

 ホシノが幸せそうな寝言を言いながら、無防備に寝返りを打った。

 

 

 

 ズゥゥゥゥゥン!!

 

 

 

 100トンの質量移動による衝撃波が室内の空気を一変させ、サオリの手元が激しく狂う。

 

「あ――ッ!?」

 

 手から滑り落ちたヘイロー破壊爆弾が、床を転がっていく。

 運命の悪戯か、その黒い球体は、一番近くで警戒していたアツコの足元で止まった。

 

「姫!! 逃げろ!!」

 

 サオリが叫び、ミサキとヒヨリがなりふり構わずアツコの方へ飛び込んだ。三人でアツコを覆い隠し、爆発の衝撃から守ろうとする。だが、爆弾のタイマーは無慈悲に「00」を刻もうとしていた。

 

 キヴォトス人であっても、ヘイロー破壊爆弾の至近距離での爆発に耐えられるはずがない。

 アリウススクワッドの全滅が確定した、その刹那。

 

 

「うへへぇ……」

 

 

 寝返りの延長線上で、ホシノの体が「ゴロン」と床に転がり落ちた。

 

 

 ドォォォォォン!!!

 

 

 100トンの質量が床に叩きつけられた衝撃は、アビドス全域で震度4を観測するほどの激震となった。

 家全体がバウンドし、窓ガラスがすべて粉砕される。その圧倒的な落下の軌道は、アツコの足元にある爆弾の上に、寸分違わずホシノの腹部を叩きつけた。

 

 

 ポッ。

 

 

 間の抜けた音と、わずかな閃光。

 

 ホシノの体の下から、細い糸のような煙が黙々と立ち昇る。

 

 

 静寂。

 

 アリウスの四人は、死を覚悟して固く目をつぶっていた。だが、いつまで経っても爆発の衝撃は来ない。

 

「……え?」

 

 サオリがおそるおそる目を開けると、そこには爆弾を腹の下に敷いたまま、相変わらず「スー、スー」と規則正しい寝息を立てて眠り続けるホシノの姿があった。

 キヴォトスの理を破壊するはずの爆薬は、100トンの超密度に完全に密閉され、エネルギーが拡散する隙すら与えられずに物理的に「封殺」されたのだ。

 

「……嘘。……嘘でしょ、ヘイロー破壊爆弾を……下敷きにして……無傷……?」

 

 ミサキが呆然と呟く。

 

 サオリは、自分の手がアツコの肩を掴んでいることに気づいた。

 あと一歩……あと一瞬、ホシノが動かなければ、自分の手で、一番大切な「姫」を殺していたかもしれない。

 

「……あ。……あぁ……」

 

 その恐怖が、サオリの冷静さを根底から破壊した。

 頭が追いつかない。自分の無力さ、ベアトリーチェへの狂信が生み出した悲劇の一歩手前。

 

「……すまない。……すまない、姫……! 私が、私が貴女を殺すところだった……! 私のせいで、私のせいで……!!」

 

 サオリはアツコにしがみつき、嗚咽を漏らし始めた。

 

「……ぅ、うぁぁぁぁぁ……! あぁぁぁぁぁぁ!! 姫、姫……っ!! ごめんなさい……! ごめんなさい……!!」

 

 サオリの絶叫に近い泣き声が響く。それにつられ、ミサキも目から涙を溢れさせた。

 

「……っ、ふ、ふざけないでよ……! なんなのよこれ……! なんでこんな思いをしなきゃいけないのよ……!! うぅ……うわぁぁぁん!!」

 

 さらにヒヨリが、耐えきれず幼児のように泣きじゃくった。

 

「う、うわぁぁぁぁぁん!! 怖いですよぉ……! 爆発すると思ったんです、死んじゃうと思ったんですぅ! サオリ姐さんもミサキさんも、みんな死んじゃうって……! 私たちなんて最初から生まれてこなければよかったんですぅぅぅ!! え、えぇぇぇん!!」

 

 アツコもまた、三人の絶望を分かち合うように、静かに、しかし激しく涙を流した。

 

「……サッちゃん……ミサキ……ヒヨリ……。……ぅ、ぅぅ……ひっ、うわぁぁぁぁん……!!」

 

 深夜のホシノの部屋に、アリウススクワッドの、あまりにも惨めで、切実な泣き声が響き渡る。

 

 

 その時。

 

「……んー……。なんだか、今日は随分とにぎやかな夢だなぁ……」

 

 

 100トンの主が、ようやくその重い瞼を持ち上げた。

 

 ホシノは寝ぼけ眼で体を起こすと、自分の部屋の床で、武装した四人組が団子状態になって大泣きしているという、理解不能な光景を目にした。

 

「……うへ? なに、これ。……おじさん、天国にでも来たのかな?」

 

 ホシノの間の抜けた呟きだけが、涙に濡れたアリウスの少女たちの間に、ぽつりと落ちた。

 彼女たちの任務は、物理的にも精神的にも、完膚なきまでに「100トン」の質量によって粉砕されたのだった。




【おじさんの「重い」お悩み相談】

 うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。

「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?

 全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。

 あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。

 みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。
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