【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常   作:ていん?が〜

16 / 30
第16話:おじさんの実家は、理不尽をも飲み込む

 深夜。小鳥遊ホシノの寝室は、かつてないほどに混沌とした空間と化していた。

 

 床の上では、キヴォトス最恐のテロ組織と目される「アリウススクワッド」の四人が、もはや隠密の矜持も、戦士としてのプライドも、すべてを質量の彼方に置き去りにして、子供のように「わんわん」と泣きじゃくっている。

 特にリーダーであるサオリの号泣は凄まじく、アツコの無事を確認できた安堵と、自分たちが背負わされた運命、そして未知の「100トン」という物理的絶望に叩きのめされ、もはや嗚咽を超えて咆哮のような泣き声を上げていた。

 

「……うへぇ?」

 

 一方で、事の元凶である100トンの主、ホシノは、自分の腹の下から這い出してきた頼りない煙をポカンと眺めながら、状況が一切飲み込めず固まっていた。

 あまりの非現実感に、ホシノは自分の頬を、寝ぼけ眼のまま少しだけ——彼女なりに加減して——つねってみた。

 

 

 メキメキッ、ズゥゥゥゥン……!!

 

 

 指先が皮膚を挟んだ瞬間、人体からは到底鳴るはずのない硬質な音が響き、その微々たる指先の力がホシノの全身を伝わって床を叩いた。

 部屋全体に局地的な激震が走り、本棚から数冊の本が飛び出し、天井の照明が激しく揺れる。

 

「……痛いねぇ。夢じゃないのか。おじさん、夜中に知らない女の子たちが四人も部屋に入ってきて、大合唱で泣かれるような徳は積んでないはずなんだけど……」

 

 泥棒さんかな、とホシノが首を傾げたその時。

 

 ホシノが首を傾げたその時。寝室のドアが、軽い音を立てて開いた。まるで深夜に喉が渇いてキッチンへ向かうような、あまりにも日常的な足取りで二人の男女が入ってくる。

 

「おや、ホシノ。まだ起きてたのかい?」

 

「あらあら、どうしたのホシノ?夜中ににぎやかねぇ」

 

 入ってきたのは、ホシノの両親だった。

 父親は、中年の落ち着いた佇まいに丸眼鏡をかけ、知性を感じさせる黒髪を綺麗に整えている。

 顔つきだけを見れば、どこかの大学にでも勤めていそうな「ひょろひょろの学者」といった風貌で、およそ武力とは無縁な優しそうな笑みを浮かべていた。

 

 対して母親は、ホシノと同じ鮮やかなピンク色の髪を揺らし、頭頂部には特徴的なアホ毛がぴょこんと跳ねている。その瞳はおっとりとしていて、世界が明日終わるとしても「お茶でも飲みましょうか」と言い出しそうなほどに穏やかだ。

 

 娘が100トンの質量を持っていても、それを「個性」として受け入れている彼らの足取りは驚くほど軽く、そして全く焦っていない。

 

「お父さん、お母さん。……いや、知らない人たちが部屋にいてね…起きたらみんなで泣いてたんだよ」

 

 ホシノの説明を聞き、母親はおっとりと首を傾げた。

 

「あら、お友達? 随分と泣いちゃって……。何かホシノが意地悪したの?」

 

「してないよぉ、おじさん寝てただけだもん」

 

 父親は、サオリたちの物々しいタクティカル装備や、銃器、そして泣き崩れている異様な光景を視界に入れても、全く表情を変えなかった。

 ただ、迷子を保護したかのような優しい声で、地面に座り込む彼女たちに促す。

 

「……とりあえず、事情を聞きたいからリビングへ行こうか。君たち、立てるかな?」

 

 あまりにも「当たり前」な響き。自分たちが何者であるか、何をしようとしたか、そんなことは後回しだと言わんばかりの、こちらの意思を置き去りにするような圧倒的な善意の押し流しに、サオリたちは毒気を抜かれたように、鼻をすすりながら力なく頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 小鳥遊家のリビング。

 

 アリウススクワッドの四人は、ホシノの母親が淹れてくれた温かいココアのマグカップを両手で包み込み、少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 

「……ふぅ。……すみません。お見苦しいところを」

 

 サオリが震える手でココアを啜る。一方、ホシノは自分の指でも壊れないよう特別に肉厚に作られた「特製マグカップ」を手に、だらけきった顔でココアを飲んでいた。

 

 サオリは観念したように、語り始めた。自分たちがアリウス自治区でどのような地獄のような境遇に置かれているか、そして「マダム」ことベアトリーチェから、どのような非道な命令を受けてホシノを拉致しに来たかを。爆弾を使ったこと、そして失敗したことも、すべてを吐き出した。

 

 

 それを黙って聞いていたホシノの両親は、話が終わると同時に、顔を見合わせてムスッと頬を膨らませた。

 

「……プンプン! 許せないわね、そのベアトリーチェさんって人!」

 

「そうだね。こんなに素直で、良い子たちが一生懸命生きているのに、そんなに虐めるなんて……なんて悪い人なんだろう」

 

 憤慨する両親を見て、サオリは呆然と口を開けた。

 

 自分たちは暗殺者であり、テロリストであり、今しがた彼らの娘を爆殺しかけたのだ。

 それを「良い子たち」と定義し、自分たちの過ちよりも背後の支配者に怒りを向けるこの夫婦は、一体何なのだ。

 

「……理解できない。我々は、貴方たちの娘を連れ去ろうとしたのだぞ……?」

 

「そりゃ、ホシノを誘拐しようとしたのは感心しないけどねぇ」

 

 父親はあっけらかんと言った。

 

「でも、そうしなきゃ生きていけない環境に子供を追い込む大人の方が、よっぽど悪い。君たちが泣いていたのは、本当はそんなことしたくなかったからだろう?」

 

「……っ!」

 

 ミサキは頭を抱えて俯いた。論理が通じない。アビドスの重心がホシノなら、この家の重心はこの親たちだ。アツコも、仮面の奥でオロオロとサオリの袖を引いている。

 

 そんな中、ヒヨリだけは「……この茶菓子、とっても美味しいです……。こんなに甘いもの、生まれて初めて食べました……。おかわりを……おかわりをいただけますか……?」と、涙目になりながら皿を差し出していた。

 

「うへ〜。お父さんとお母さんの言う通りだね。おじさんも、なんだか腹が立ってきたよ。一度ガツンと言いに行ってあげないと気が済まないなぁ」

 

 ホシノがソファを「ギシッ」と鳴らして立ち上がった。

 

「ねえ、サオリちゃん。そのベアトリーチェって人は、どこにいるの?」

 

「……っ! い、言えない。彼女の居場所を口にすれば、私たちは……」

 

 サオリの脳裏に、ベアトリーチェの冷酷な瞳と、失敗した者に与えられる凄惨な罰がフラッシュバックする。身体がガタガタと震え出し、呼吸が浅くなる。

 

「あれ、知らないのかな?」

 

 ホシノは、サオリのトラウマに気づくことなく、のんびりと首を傾げた。その恐ろしいほどの鈍感さが、かえってサオリの緊張を肩透かしにする。

 

 

 

「おやおや。彼女の居場所なら、私が把握していますよ」

 

 リビングの隅、照明の届かない暗闇から、優雅な声が響いた。

 黒いスーツを纏った男——黒服が、音もなく姿を現した。

 

「ひっ!? ゲマトリアの……!」

 

 サオリたちが反射的に身構えるが、ホシノの両親は「あ、黒服さん、こんばんは」と、近所の住人に挨拶するような気軽さで手を振った。

 

「こんばんは、夜分に失礼。お父様、お母様。これはつまらないものですが、ミレニアムの高級羊羹です」

 

「いつもすみませんねぇ、黒服さん」

 

 実は黒服は、かつてアビドスの借金を肩代わりする契約――ホシノの毛髪取得契約――を交わした際、ホシノが未成年であることを鑑み、保護者である両親に筋を通すためにここを訪れていた。

 

 そこで彼は、ホシノの特異体質についての研究がいかにキヴォトスの未来を拓くかを、数時間にわたり熱弁した。

 それに対し両親は、難しい理論はさておき「ホシノが役に立つならいいですよ〜」と二つ返事でOKを出した。

 それ以来、黒服は小鳥遊家と家族ぐるみの付き合い、あるいは奇妙な友好関係を築いていた。

 

「マダムの居場所は、共有回線から特定済みです。ホシノさんには普段から非常に興味深いデータ……失礼、楽しい時間を提供していただいています。その恩返しとして、私が仲介役を務めましょう」

 

 黒服は懐からスマートフォンを取り出した。

 

「今後の円滑な関係維持のためにも、一度彼女と直接コンタクトを取ってみてはいかがですか? 今、私が回線を繋ぎましょう」

 

 

 

 

 

 一方、アリウス自治区の深部。

 

 ベアトリーチェは、黒服の専用番号から着信があるのを見て、不気味に目を細めた。

 

「あら……。ホシノの拉致が露見したのかしら。だとしても、些細な問題だわ。あの娘を手に入れれば、黒服の優位など一瞬で覆る」

 

 彼女は優雅に受話器を取った。

 

「あら、黒服。私の可愛いスクワッドが、何か粗相でもしたのかしら?」

 

『……あ、もしもし。夜分に失礼します。ベアトリーチェさんでしょうか?』

 

 電話口から聞こえてきたのは、黒服の慇懃な声ではなく、あまりにも穏やかで、しかし驚くほどマイペースな男性の声だった。

 

「……誰? 黒服はどうしたの」

 

『あ、私は小鳥遊といいます。ホシノの父です。黒服さんからお電話をお借りしました。ええ、今黒服さんとお茶を飲んでいたところでして』

 

「は……? 父親……?」

 

 想定外すぎる人物の登場に、ベアトリーチェの思考が停止した。

 

『今、家でサオリちゃんたちからお話を聞きました。それでですね、ベアトリーチェさん。人様の家庭のことに口出しするのは本来マナー違反だとは思うんですが。あの子たちをあんなに虐めるのは、どうかと思いますよ。あ、あと、羊羹も美味しいですよ』

 

「何を……何を言っているの? 私を誰だと思っているの?」

 

『ええ。ですから、一度ちゃんと大人同士で話し合いたいんです。うちの娘も寝ている間に危ない目に遭ったみたいですし。……というわけで、明日伺いますね。あ、いつならお時間が取れますか? 明日は午後から晴れるみたいですよ』

 

 ベアトリーチェは混乱した。

 自分はキヴォトスの理を歪めるゲマトリアの一員であり、アリウスの絶対的な支配者だ。

 なのに自分の理解を完全に置いてけぼりにしたまま、世間話と深刻な抗議、そして明日の予定確認をシームレスに繋げてくるこの男に、激しい混乱を覚えた。

 恐怖でも敵意でもない、ただひたすらに自分の意思を無視して進んでいく圧倒的な「日常」の暴力。

 

「……あ、明日の13時なら……空いていますけれど」

 

 あまりのペースの乱されっぷりに、ベアトリーチェは思わず自分のスケジュールを馬鹿正直に答えてしまった。

 

『左様ですか。13時ですね、分かりました。では、その時間にそちらへ伺います。場所は黒服さんに案内してもらいますね。お土産は何がいいでしょうか?ああ、もうこんな時間ですね。では、おやすみなさい』

 

 ツーツー、という切断音が、豪華な部屋に虚しく響く。

 

 ベアトリーチェは受話器を握りしめたまま、広い部屋で一人、呆然と、そして震える声で呟いた。

 

「……え? 伺う? ここに? ……どういうこと、なの……?」

 

 キヴォトスの暗部を支配し、神秘を弄ぶマダムは、人生で初めて「話の通じない一般人」による家庭訪問という、数式にも魔術にもない不条理に、深い恐怖を抱き始めていた。




【おじさんの「重い」お悩み相談】

 うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。

「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?

 全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。

 あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。

 みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。