【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常 作:ていん?が〜
翌朝、7時。
キヴォトスの中央特区にそびえ立つ、一際重厚な造りの高級マンション。
黒服がその財力と技術を惜しみなく注ぎ込み、「100トンの少女が室内でダンスを踊っても下層階に影響が出ない」という、もはや建築基準法を物理的に書き換えた特別仕様の物件。そこが、アビドスOG・梔子ユメの一人暮らしの拠点である。
ユメは部屋のキッチンで、鼻歌を歌いながら朝食の準備をしていた。
「今日はエビフライをたくさん揚げちゃうぞ〜! タルタルソースも特製だぁ!」
トングを手に、パチパチと軽快な音を立てる油の音に耳を傾けていると、玄関から「ピンポーン」と小気味よいチャイムが鳴った。
「はーい! 今行きまーす!」
ユメは元気よく返事をすると、エプロンをなびかせながらパタパタと廊下を駆け出した。重厚な扉を勢いよく開けると、そこにはあまりにも場違いな、そしてあまりにも「濃密な」一団が立っていた。
大きくあくびを噛み殺しているホシノ。
にこやかに微笑む、丸眼鏡の父親とおっとりしたピンク髪の母親。
慇懃に、しかしどこか愉悦を隠しきれない様子で佇む黒服。
そしてその足元で、死地へ向かう捕虜のような悲壮感を漂わせながらも、昨夜のココアの温もりに毒気を抜かれたアリウススクワッドの四人が固まっていた。
「おはよ〜! ホシノちゃん、お父さんにお母さん! それに黒服さんも、朝から賑やかだねぇ」
ユメは驚くふうもなく、玄関先で談笑を始めた。
「ユメちゃん、朝早くにごめんなさいね。これ、お土産の新鮮なお野菜よ」
母親がアホ毛をぴょこんと揺らし、カゴを差し出す。
「ありがとうございます、お母さん! ちょうどサラダが欲しかったんです」
ユメが野菜を受け取ると、隣にいた父親が、ひょろりとした体を揺らして柔和に笑いかけた。
「おはよう、ユメちゃん。朝から元気だね。あ、そうだ、この間話していた例の美味しいお茶の淹れ方、試してみたよ。お母さんと二人で飲んだけど、本当に香りが違って驚いたなぁ」
「わぁ、本当ですかお父さん! 私もあの淹れ方が一番好きなんです。今度また、お茶に合う新しいお菓子のレシピも持っていきますね!そして黒服さんも、今日はまた随分と決まってますね!」
「クク……。ユメさん、貴女の変わらぬ快活さには敬服しますよ」
一頻り挨拶を済ませたところで、ホシノが「ドシン」と一歩踏み出し、廊下に微振動を与えながら切り出した。
「ユメ先輩、朝から悪いんだけどさ。……この子たちを今日一日、ここで預かってほしいんだよ」
ホシノの視線の先には、煤けた衣服で身を寄せ合うサオリたちの姿があった。
「この子たち、いろいろと大変な事情があるみたいでね。おじさんたちが話し合いに行っている間、安全な場所にいてほしいんだ。ね、お父さん」
「ああ、そうだね。ユメちゃん、この子たちはとても良い子なんだ。どうかお願いできるかな」
父親が丸眼鏡を直し、慈愛に満ちた目でサオリたちを見つめる。ユメは、サオリたちの刺すような視線の奥に潜む「底知れない怯え」を瞬時に察した。だが、彼女が返したのは、すべてを包み込む太陽のような笑顔だった。
「いいよ〜! ちょうどエビフライもたくさん揚げてるし、クッキーも焼いたところなんだ。みんなで食べようね!」
「……っ。預かる……だと? 私たちは、貴様らの命を狙ったのだぞ。なぜ、これほどまでに無防備に……」
サオリが戸惑い、剣呑な言葉を吐こうとするが、ユメは構わずに一歩踏み出し、サオリの汚れた頬を優しく撫でた。
「いいのいいの。今はただの『お腹を空かせた女の子』でしょ? 難しいことは後回し!」
その圧倒的な母性。かつて家族以外で初めてホシノの質量を肯定した、あの絶対的な光。
サオリ、ミサキ、そしてアツコは、自分たちの居場所には決して存在しなかった「無償の温かさ」に脳が麻痺したように、気づけばユメの服の裾をギュッと、縋り付くように握りしめていた。
「サオリ姐さん……このお姉さん、なんだかすごく、お日様の匂いがしますぅ……。あ、おにぎり……お母さん、鮭のおにぎり、おかわりしてもいいですかぁ……?」
ヒヨリだけはホシノの母に待たされた巨大おにぎり(直径50センチ)を頬張り、涙目になりながら咀嚼していた。
「よし、それじゃあおじさんたちは行ってくるねぇ。学校にはアヤネちゃんから連絡してもらったし。……さあ、ベアトリーチェさんのところへ家庭訪問だ」
ホシノが踵を返すと、マンションの廊下が「メキメキ」と悲鳴を上げる。小鳥遊夫妻と黒服は、ピクニックにでも行くような軽やかさで、その後ろに続いた。
アリウス自治区へと向かう道中、キヴォトスの各自治街区は未曾有のパニックに陥っていた。
「緊急放送! 緊急放送! アビドス方向より移動性超重量権現『小鳥遊ホシノ』が接近中! 推定震度5弱! 進路上のすべての交通を遮断し、地下シェルターへ避難してください!」
街中にサイレンが鳴り響き、厳戒態勢が敷かれる。トリニティの境界線付近では、正義実現委員会のハスミが地割れ対策の鋼鉄プレートを必死に敷き詰めながら、遠くから近づく「ドォン……ドォン……」という地響きに顔を青くしていた。
「ふふ、見てお父さん。あそこの噴水、ホシノが幼稚園の時に『たかいたかい』してあげたら、着地の衝撃で水が50メートルくらい噴き上がった時の光景に似てるわね」
「ああ、懐かしいね。あの時は送り迎えの途中でホシノが雀を追いかけて走っただけで、道路が100メートルほど波打って、バス停が3つくらい空を飛んだんだったねぇ」
小鳥遊夫妻は、周囲の阿鼻叫喚や「避難アラート」の爆音、そして自分たちに向けられる数多の警戒の視線など一切耳に入っていないかのように、のんびりとホシノの幼少期の思い出話を語り合っている。
「ククク……。素晴らしい。この進路上の引力変動、および地盤の塑性変形データ。実に美しい。お父様、お母様、この『歩く自然災害』をこれほど穏やかに見守れるのは、世界で貴方方だけですよ」
黒服はタブレットを片手に、ホシノが一歩踏み出すたびに限界値を突破する震度計の数値を、恍惚とした表情で記録していた。
「あ、お腹空いた。お父さん、お母さん、お昼ごはんにしようよ」
ホシノが立ち止まった。その瞬間、慣性の法則に従いきれなかった周囲のガードレールが「バキバキッ」と音を立ててひしゃげる。
一行は、避難勧告で無人となった街の中で、奇跡的にシャッターを開けていた一軒の定食屋に、吸い込まれるように入っていった。
「いらっしゃいませぇ……ひっ!? じ、地震!? 爆破テロ!?」
店長がカウンターの奥で腰を抜かす。ホシノが「特注・耐震仕様」の椅子に腰を下ろした瞬間、店内の床が「ズズズ……」と重厚な音を立てて5センチほど沈み込み、テーブルの醤油瓶がすべて一斉に倒れた。
「あ、ごめんなさい。店長さん、カツ丼四つね。黒服さんも一緒に食べようよ。おじさんの奢り……あ、お父さんの財布からだった」
「いいよ、ホシノ。お父さん、今日はお小遣い多めに持ってきたからね。黒服さんも遠慮せずに。はい、割り箸」
ひょろりとした父親が、ひしゃげたテーブルを事も無げに手で水平に戻す。
黒服は「おやおや、家族団欒の輪に私のような怪人が混ざってもよろしいのですか? ……クク、頂戴しましょう。小鳥遊家の食事風景、これもまた一級の研究資料です」と、優雅に割り箸を割った。
昼食を終えた一行はいよいよ、呪われた地・アリウス自治区の境界線へと足を踏み入れた。
そこには、アリウス分校の完全武装した全生徒が、絶望的な形相で「人間の壁」を形成し、立ちはだかっていた。
「……停止しろ! これ以上の侵入は、アリウスへの全面戦争の意志とみなす!」
メガホンを持った生徒が、震動でガタガタと震える足を踏ん張りながら叫ぶ。全生徒の銃口、対戦車ミサイルの発射筒が、たった四人の一行に向けられる。
「うへ〜、お出迎えかな? でもごめんねぇ、おじさんたち、ベアトリーチェさんと約束してるんだよ。今行かないと間に合わないよ〜」
ホシノがのんびりと、少しだけ痒くなった頭を掻こうと右手を上げた。
その瞬間、腕が空気を切り裂く「ヒュンッ」という風圧が、局所的な衝撃波となってアリウス生徒たちの前線に物理的な圧力となって叩きつけられた。
「……っ! 攻撃だ! 全員、撃てぇぇぇぇ!!」
パニックに陥った生徒たちが、一斉にトリガーを引いた。
数千発の弾丸、対戦車ロケット、グレネードが、一行を飲み込む。
「おやおや、野蛮ですねぇ。お父様、お母様、こちらへ」
黒服が優雅に指を鳴らすと、彼の懐から展開された特殊な絶対防壁装置が、ホシノの両親と黒服自身を青白い力場の中に包み込んだ。
カァァァァァン!!
嵐のような着弾音。しかし、すべての攻撃はバリアに弾かれ、火花となって散っていく。黒服の目が怪しく光る。
「ホシノさんに関しては、バリアなど不要でしょう。……ええ、それこそリソースの無駄遣いというものです」
爆煙の中から、ホシノが悠然と姿を現した。
制服には煤一つついていない。飛んできた対戦車ロケットは、彼女の眼球に直撃した瞬間に「パリン」と電球が割れるような乾いた音を立てて粉々に砕け散った。
100トンの密度を持つ彼女の肉体にとって、現世の火器はすべて、そよ風に舞う塵芥に等しい。
「うへ〜、ちょっとチクチクするねぇ。おじさん、急いでるんだってば」
ホシノが、「ドォォォォン!!」と力強く一歩を踏み出した。
その衝撃波が地面を伝わり、扇状に広がってアリウスの生徒たちを襲う。爆風ですらない。
ただの「歩行」の余波だけで、重武装の生徒たちが、枯れ葉のように空中に舞い上げられ、十数メートル後方まで吹き飛ばされていった。
「あ、危ないよぉ。みんな、道を開けてね」
ホシノが進むたびに、アリウスの強固な防衛ラインが、まるで波打ち際の砂の城のように、触れもせず崩壊していく。
その後ろを、両親が「アリウスって、なんだか少し湿気が多いわね」「そうだね、カビが生えないように気をつけなきゃ。帰ったらホシノの服をしっかり乾かそう」と談笑しながら、バリアに守られて平然と歩いてくる。
アリウスに聳え立つ宮殿の最深部、ベアトリーチェの居室。
壁一面に並べられたモニターには、複数の監視カメラが捉えた「地獄絵図」が映し出されていた。
一歩ごとに地形を変え、アリウスの誇る精鋭たちをゴミのように散らしながら、ゆっくりと、しかし確実にこちらへと近づいてくる桃色の少女。
その背後で、まるで日曜日の公園を散歩しているかのような表情で歩く、ひょろりとした父親とおっとりした母親。
そして、その様子を嬉々として記録する、裏切り者の同僚。
「……何なの。何なのよ、この不条理は……っ!!」
ベアトリーチェの顔は、かつてないほど土気色に染まっていた。
画面の中で、ホシノが「あ、カメラ見つけたよ〜」とのんびり手を振った。
その瞬間、カメラが設置されていた堅牢な石柱が、彼女が発した「手の動きによる気圧変動」に耐えきれず、粉々に粉砕された。
「神秘はどうしたの!? 理論は!? ゲマトリアの威厳はどこへ消えたの……!!」
ベアトリーチェは、ガタガタと震える手でデスクの引き出しを乱暴に開けた。中から取り出したのは、強烈な不快感と胃の痛みを抑えるための、ゲマトリア特製の超強力胃薬だ。
「……話し合い? 家庭訪問……? 冗談じゃないわ……。あんなもの、来賓じゃなくて『破滅』そのものじゃない……!!」
彼女は三錠の錠剤を一気に口に放り込み、水も飲まずに飲み込んだ。
モニター越しに、小鳥遊一家の「日常」が、自分たちの築き上げてきた「非日常」を無慈悲に踏み潰していく。
ベアトリーチェは胃を強く押さえながら、モニターに映る「平和な家族の姿」に、かつてないほどの死の予感と胃の痛みを抱き、絶望的に奥歯を噛み締めていた。
【おじさんの「重い」お悩み相談】
うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。
「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?
全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。
あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。
みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。