【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常   作:ていん?が〜

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第18話:おじさんの親切心は、邪悪なる魔女を混沌の渦へと叩き落とす

 キヴォトス中央特区、高級マンションの一室。

 

 リビングの重厚なテーブルの上に、ユメが作り上げた「山盛り」という言葉では生ぬるいほどのエビフライと特大唐揚げが、ドスンと小気味よい音を立てて置かれた。

 

「はい、お待たせ! お昼ごはん、たくさん食べてね!」

 

 キッチンから現れたユメは、エプロン姿で満面の笑みを浮かべている。

 その前には、ユメに半ば強引にお風呂に入れられ、湯気を立ち昇らせながら彼女のお下がりのパジャマを着せられたアリウススクワッドの面々がいた。

 

 ミサキは、フリルがついた可愛らしいパジャマの袖を何度も引っ張り、これ以上ないほど落ち着かない様子で視線を泳がせている。

 一方、アツコはすっかり毒気を抜かれたのか、ユメの膝の上にちょこんと座り、その温もりに身を委ねていた。

 

「……う、うわあああああん!! 美味しいですぅぅぅ!! こんなに外側がサクサクで、中がジュワッとする食べ物があるなんて、私たちはやっぱり今まで不幸だったんですぅぅぅ!!」

 

 ヒヨリは涙と鼻水を流しながら、猛烈な勢いで唐揚げを口に運んでいる。

その隣で、サオリだけは箸を持ったまま、窓の外のアビドス方向を見つめていた。

 

「……ユメ、と言ったか。本当に、あいつらは大丈夫なのか? ホシノの異常な質量は理解したが、ヘイローのある母親はともかく、父親はただの一般人なのだろう?マダム……ベアトリーチェの逆鱗に触れれば、命の保証はないぞ」

 

 サオリの悲痛な問いかけに、ユメは「あはは!」と明るく笑い飛ばした。

 

「大丈夫だよ〜! サオリちゃんは心配性だねぇ。ホシノちゃんのお父さんとお母さんはね、『あのホシノちゃん』を今日まで育て上げてきた、世界で一番優しくて、そして世界で一番パワフルな二人なんだから!」

 

「……パワフル? 一般人が、か?」

 

「そうだよ! 100トンの愛を受け止め続けてきたんだもん。ちょっとやそっとの『絶望』じゃ、あの二人には傷一つつけられないよ」

 

 その根拠のない、しかし絶対的な信頼がこもった笑顔に、サオリは二の句が継げなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、アリウス宮殿の最深部。

 

 絶望と胃の痛みで顔を土気色に固めたベアトリーチェは、無言で自身のデスクに座っていた。

 モニター越しに見た「歩く天災」が、今、まさにこの扉の向こう側にいる。

 

 コン、コン。

 

 控えめだが、なぜか宮殿の土台に響くようなノックの音がした。

 

「失礼します。ベアトリーチェさんは、いらっしゃいますか?」

 

 聞こえてきたのは、昨夜電話で聞いたあの、拍子抜けするほど穏やかな父親の声だ。

 

「……ええ、どうぞ。開いていますわ」

 

 ベアトリーチェが喉の奥までせり上がった胃液を飲み込み、震える声で答えると、「失礼します〜」という気の抜けた返事とともに、ガチャリと重厚な装飾扉が開かれた。

 

 ドシィン…!ドシィン…!!

 

 いつものように地鳴りを響かせながら入ってくるホシノ。そして「いやぁ、立派な建物ですねぇ」とのんびり歩く両親。

 さらに最後尾からは、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた黒服が、ハンディカメラを片手に「家庭訪問の記録」を撮影しながら入ってきた。

 

「いや〜、ベアトリーチェさん。今日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。あっ、私、ホシノの父の小鳥遊太陽と申します〜」

 

 後ろでホシノの母が「私はホシノの母の小鳥遊ツキノといいます〜」と自己紹介する中で、丸眼鏡を光らせた父親の太陽が、のほほんとした笑顔で歩み寄る。

 そして、反射的に立ち上がったベアトリーチェの手を、ガシッ!と両手で包み込むように握った。

 

「ひっ…!?」

 

 握られた瞬間、ベアトリーチェは全身の毛穴が逆立つような錯覚に襲われた。

 握られた手から伝わってくるのは、人間の温もりではない。まるで巨大な土砂崩れに巻き込まれたような、逃げ場のない圧倒的な「密度の暴力」だ。

 

 

 小鳥遊太陽。彼は普通の人間ではあるが、17年間にわたりホシノに全力の愛情を注いできた代償として、その肉体は人知を超えた進化を遂げていた。

 

 幼少期のホシノと手を繋げば指が砕け、「たかいたかい」をすれば両腕の骨が粉砕され、抱っこやおんぶをすれば脊椎にヒビが入る。そんな入退院の回数は、この17年で実に4桁を超えている。

 

 

 しかし、人体の適応能力とは恐ろしいものだ。

 

 

 「Wolffの法則(骨への負荷に応じて骨密度が増す)」および「超回復による筋繊維の極限強化」が数千回繰り返された結果、彼の骨密度はもはやキヴォトスの戦車用装甲を上回り、筋密度は物理的な限界を超えて圧縮されている。

 彼はヘイローこそ持たないが、その肉体強度は並のキヴォトス人を遥かに凌駕する「人型の鋼鉄」へと変貌していた。

 

「(な……何なの、この男は……。ただの一般人が、なぜ私にこれほどの圧を……!)」

 

 戦慄するベアトリーチェを余所に、太陽は手を離すと、足元に置いていた大きな袋を持ち上げた。

 

「あっ、これ、つまらないものですが、アビドス名物の『砂漠の特製羊羹』です。どうぞ〜」

 

 ズゥゥゥン……!!

 

 手渡された小箱。見た目はせいぜい数百グラムだが、受け取った瞬間、ベアトリーチェの両腕が悲鳴を上げた。

 重い。10キロどころではない。その小さな箱には、茶菓子としては殺意すら感じる重量がひしめき合い、彼女の細い腕はそのまま地面へと沈み込んだ。

 

「…………(絶句)」

 

 青ざめた顔で地面にめり込むベアトリーチェを、黒服が至近距離で撮影する。

 

「クク……最高です、マダム。その絶望の表情、プライスレスだ。実はお父様方と初めて握手した際、私もあまりの頑強さに脳が焼かれましてね……追加の研究契約をその場で申し込んでしまったほどですよ」

 

 その横では、ホシノがマイペースに部屋を散策し、「うへ〜、この絵、ちょっと触っただけで穴が開いちゃったよぉ」と、アリウスの至宝とも言える宗教画を指一本で突き破っていた。

 それを母親のツキノが「こら、ホシノ。勝手におもちゃにしちゃダメよ」と叱りながらも微笑みを絶やすことなく見守っている。

 ちなみにツキノも太陽と同様の「100トン育児」を生き抜いた超人であり、キヴォトス人である分、太陽よりもさらに頑強である。

 

 

 

 30分後。

 

 ようやく「話し合い」の席が設けられたが、そこは震災直後の被災地のようにボロボロになっていた。

 太陽はのほほんとした様子で椅子(特製)に座り、しかしその声に真剣な色を込めて切り出した。

 

「それで、ベアトリーチェさん。本題ですが……どうして、あのアリウスの子たちを虐めるんですか?」

 

 ベアトリーチェはようやく気を取り直し、ゲマトリアとしての尊大さを取り戻そうと背筋を伸ばした。

 

「……クク、愚問ね。子供とは大人に搾取されるための存在。彼女たちは、私の神秘追求に必要な『道具』に過ぎない。支配と被支配、それがこの世界の真理よ」

 

 冷酷な宣告。

 それを聞いた瞬間、小鳥遊夫妻は驚愕したように顔を見合わせ、ガクンと深くうなだれた。

 

「(……フン。一時はペースを乱されたけれど、所詮は平和ボケした一般人。恐怖で怯えているのかしら?隙を見て黒服のバリア装置を奪い、対ホシノ特化の『超高重力捕縛・分子固定檻』を発動させれば……この一家を纏めてサンプルの肥やしにしてあげますわ)」

 

 ベアトリーチェは心の中で鼻で笑った。プルプルと震える両親を見て、勝利を確信する。

 

「……し、」

 

 太陽が、絞り出すように一言漏らした。

 

 

 

「……知らなかった。ベアトリーチェさん……貴女も、こんなに傷ついていたなんて……っ!」

 

 

 バッ!と顔を上げた太陽の目からは、大粒の涙がボロボロと溢れ出していた。

 

「……は?」

 

 想定外の展開に、ベアトリーチェの思考が停止した。

 

「お父さん……っ!」

 

「ああ、間違いないよ、母さん。……ベアトリーチェさんは、きっと過去にとても悲しい事件があって、心が深く傷ついてしまったんだ。だから、その傷ついた心のやり場を失って、アリウスの子たちに厳しく当たることで、自分の心を守ろうとしているんだね……!」

 

「(……はい? 何を……何を言っているのこの人たちは!? 悲しい過去? 私にそんなものはないわ! 私はただ純粋な悪意と野心で――!)」

 

 ベアトリーチェの反論を遮るように、ツキノも涙を拭いながら身を乗り出した。

 

「なんてことでしょう……。こんなに立派な部屋に一人でいて。誰も本当の貴女を理解してくれなかったのね。……貴女は本当は、とっても優しい人だったはずなのに!」

 

「(どこからその結論が!? 宇宙人!? この人たちは未知の言語を話す宇宙人なの!?)」

 

「ベアトリーチェさん!!」

 

 ガシッ!と再び、万力のような力でベアトリーチェの手を握る太陽。その瞳は、もはや彼女を邪悪な支配者ではなく「迷える子羊」として見ていた。

 

「貴女の心の傷は、私の想像以上かもしれない。だけど、貴女が立ち直り、本来持っていたはずの優しい自分に戻るまで、私は……いや、私たち小鳥遊家は、全力で傷を癒すお手伝いをしたいんです!!」

 

「え、ええ!? 何を――」

 

「そうだ、お父さん! 良い案があるわ!……ベアトリーチェさん、テニスをしましょう!」

 

「…………テニス?」

 

 ツキノが突然、どこから持ってきたのか硬式テニスのラケットを取り出した。

 

「スポーツで汗を流せば、嫌な過去から立ち直る兆しが見えるかもしれません。健全な精神は、健全な肉体に宿るんですもの!」

 

「いいね母さん! よし、ダブルスでやろう。ホシノ、お前はベアトリーチェさんとペアになりなさい」

 

「うへ〜、いいよ〜。久しぶりのテニスだぁ。おじさん、サーブでコートを割らないように気をつけるねぇ」

 

 ドシンドシンとホシノがラケットを素振りしながら歩き出す。

 黒服は「クク……! 『深淵の魔女』対『質量』のテニス。これ以上の娯楽があるでしょうか!」と、カメラを回しながらワクワクとついていく。

 

 ベアトリーチェは、目の前で勝手に展開される「感動の再生ドラマ」と、それによって決まった「テニス対決」という不条理の濁流に飲み込まれ、口をパクパクさせることしかできなかった。

 

 

 なぜ、支配者が一般人とテニスをしなければならないのか。

 

 

 いくらゲマトリアの知恵を絞っても、その答えに辿り着く前に、太陽が放った素振りが、ソニックブームを伴って彼女の横を通り抜け、アリウス宮殿の壁に大穴を開けた。

 

「さあ、ベアトリーチェさん! ナイスショットを打ちましょう!」

 

 ベアトリーチェは悟った。

 この家族に、「悪の理屈」は一切通じない。




【おじさんの「重い」お悩み相談】

 うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。

「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?

 全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。

 あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。

 みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。
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